人事労務

通勤災害で車の修理代は労災対象?補償範囲と企業の対応手順

経営リスクナビ編集部

従業員の通勤中の事故で、車両の修理代は労災保険でカバーできるのか、お悩みの経営者や人事担当者も多いのではないでしょうか。この問題は、労災保険の補償範囲を正しく理解しないと、従業員とのトラブルや対応の遅れにつながる可能性があります。労災保険の対象は人的損害に限定され、車両修理代は対象外です。この記事では、通勤災害における労災保険の補償範囲と、車両修理代への具体的な対応方法、企業が取るべき事故後のフローを解説します。

通勤災害と労災保険の補償範囲

結論:車両の修理代は対象外

労災保険の補償は、労働者自身の人的な損害に限定されています。これは、労働者災害補償保険法が、業務や通勤を原因とする労働者の負傷・疾病などを救済し、社会復帰を支援するための制度だからです。したがって、通勤中に事故を起こし、自身の自動車や相手の車両に物的な損害が生じたとしても、その修理代は労災保険の給付対象外となります。

補償対象は従業員の人的損害

通勤災害において労災保険が補償するのは、事故によって従業員自身が被った身体的な損害、すなわち人的損害に限られます。これは、制度の目的が労働者の身体への被害を補償し、円滑な社会復帰を促すことにあるためです。

労災保険で補償される人的損害の例
  • 事故による負傷(骨折、打撲など)の治療に要する費用
  • 療養のために休業した場合の所得補償
  • 事故によって身体に後遺障害が残った場合の給付金
  • 死亡した場合の遺族への給付金や葬儀費用

主な給付内容①:療養(補償)給付

療養(補償)給付は、通勤災害による負傷や疾病の治療に必要な費用を全額補償する制度です。これにより、労働者は経済的な心配なく適切な医療を受けられます。

療養(補償)給付の受給方法
  • 労災指定医療機関で受診する場合:窓口で治療費を支払う必要がなく、現物給付として治療や薬剤の処方を受けられます。
  • 指定外の医療機関で受診する場合:一度費用を立て替える必要がありますが、後日、労働基準監督署に請求することで全額が還付されます。

主な給付内容②:休業(補償)給付

休業(補償)給付は、通勤災害による療養のため働けず、賃金を受けられない期間の所得を補償する制度です。休業中の生活を安定させ、治療に専念できる環境を確保することを目的としています。支給は休業4日目から開始され、休業初日から3日目までは待期期間となります。

休業(補償)給付の概要
  • 支給開始:休業した日の4日目から支給されます。
  • 休業(補償)給付:1日につき給付基礎日額(平均賃金)の60%が支給されます。
  • 休業特別支給金:上記に加えて、給付基礎日額の20%が上乗せで支給されます。

労災保険と任意保険の併用における調整ポイント

通勤中の交通事故では労災保険と自動車の任意保険を併用できますが、同一の損害項目について二重に補償を受けることはできません。損害額を超える過剰な補填を防ぐため、保険間で支給調整が行われます。

労災保険と任意保険の併用における注意点
  • 二重取りの禁止:治療費や休業損害など、両方の保険で補償される項目は、合計して実際の損害額までしか受け取れません。
  • 支給調整の実施:一方の保険から給付を受けた場合、もう一方の保険からはその金額が差し引かれて支払われます。
  • 調整対象外の給付:労災保険の休業特別支給金や障害特別支給金などは支給調整の対象外であり、任意保険からの賠償金とは別に受給できます。

車両修理代を補償する3つの方法

従業員自身の任意保険を利用する

労災保険の対象外となる車両修理代を補償する最も一般的な方法は、従業員自身が加入する任意保険の車両保険を利用することです。車両保険は、事故の相手方の有無にかかわらず、自身の車両に生じた損害を補償します。単独事故や自然災害による損害も対象となりますが、保険を使うと翌年度以降の保険等級が下がり、保険料が上がる可能性がある点には注意が必要です。

事故の相手方に損害賠償請求する

事故の相手方に過失がある場合、不法行為(民法709条)に基づいて損害賠償を請求できます。相手方が加入する任意保険の対物賠償責任保険から、自身の過失割合を除いた修理代の支払いを受けられます。例えば、追突事故のように自身の過失がゼロであれば、修理代の全額を請求できます。双方に過失がある場合は、過失割合に応じて損害額が相殺されます。

会社に補償を求める(企業の責任)

原則として、会社に車両修理代を支払う義務はありません。通勤は企業の指揮命令下にある業務とは見なされないためです。しかし、例外的に企業の管理責任が問われる特定の状況下では、損害賠償請求が認められる場合があります。

会社に賠償責任が問われる可能性のあるケース
  • 会社がマイカー通勤を強く推奨し、維持費や燃料代を補助している場合
  • 従業員のマイカーを恒常的に営業活動などの業務に利用させている場合
  • 会社が車両の運行を支配し、その運行から利益を得ていると評価される場合

通勤災害の認定要件

「通勤」の定義と合理的な経路

通勤災害と認定されるには、その移動が労働者災害補償保険法上の「通勤」の定義に合致し、かつ合理的と認められる経路・方法で行われている必要があります。

労災保険法における「通勤」の定義
  • 住居と就業場所との間の往復
  • 就業場所から他の就業場所への移動
  • 単身赴任先の住居と帰省先の住居との間の移動

これらの移動を、電車や自動車、徒歩など、社会通念上妥当と認められる方法で行うことが「合理的な経路」と判断されます。交通渋滞を避けるための迂回なども合理性の範囲内と見なされます。

通勤経路の「逸脱・中断」とは

通勤の途中で合理的な経路を外れたり(逸脱)、通勤とは関係ない行為をしたり(中断)した場合、その間およびその後の移動は原則として通勤とは見なされません。逸脱・中断の時点で、業務との関連性が失われるためです。例えば、退勤途中に映画館に立ち寄る(逸脱)、カフェで友人と長時間おしゃべりする(中断)といった行為が該当します。

逸脱・中断と見なされない例外

ただし、逸脱や中断が「日常生活上必要な行為」を「やむを得ない事由により最小限度の範囲で」行うものである場合、合理的な経路に戻った後の移動は再び通勤として扱われます。

通勤の逸脱・中断と見なされない例外行為の例
  • スーパーマーケットでの日用品や総菜の購入
  • 病院やクリニックでの診察・治療
  • 選挙権の行使や期日前投票
  • 親族(要介護者)の介護

事故発生後の企業対応フロー

従業員から通勤災害の報告を受けた場合、企業は以下のフローに沿って迅速かつ適切に対応することが求められます。

企業対応フロー
  1. 従業員が行うべき初期対応の確認

まず、従業員が事故現場で適切な初期対応を行ったかを確認します。これは、道路交通法上の義務を果たすと同時に、後の保険手続きに必要な交通事故証明書を取得するためです。

確認すべき初期対応項目
  • 負傷者の救護と二次災害を防ぐための危険防止措置
  • 警察への通報と実況見分への立ち会い
  • 相手方の氏名、住所、連絡先、加入保険会社などの情報交換
  1. 会社による事実関係のヒアリング
  2. 次に、通勤災害の認定要件を満たしているかを確認するため、従業員から事故の状況を詳細にヒアリングします。これは、労働基準監督署へ提出する請求書類を正確に作成するためにも不可欠です。

主なヒアリング項目
  • 事故の発生日時、場所、および具体的な状況
  • 利用していた交通手段と、会社に届け出ている通勤経路
  • 通勤経路からの逸脱や中断の有無
  • 相手方がいる場合の過失割合に関する当事者の認識
  1. 労災保険手続きの案内と支援
  2. 事実関係を把握したら、従業員に対して労災保険制度の仕組みを説明し、手続きを支援します。事業主には、労働者の保険給付手続きを助ける助力義務(労働者災害補償保険法施行規則第23条)があります。

会社が行う支援内容
  • 健康保険証を使わず、労災保険で受診するよう指導する
  • 労災保険の各種請求書(療養・休業給付など)の作成を補助する
  • 請求書の事業者証明欄に必要事項を記入し、記名押印する
  1. 再発防止に向けたマイカー通勤規程の見直し
  2. 一連の事後対応が完了したら、企業の安全配慮義務の観点から、再発防止策を検討します。特にマイカー通勤が関わる事故の場合、社内規程の見直しが重要です。

マイカー通勤規程の見直しポイント
  • 許可基準(運転経歴、車両の整備状況など)の妥当性を検証する
  • 任意保険の加入を義務付け、対人・対物賠償の補償限度額を適切に設定する
  • 運転免許証や保険証券の有効期限を定期的に確認する管理体制を構築する
  • 従業員に対する交通安全教育を定期的に実施する

よくある質問

自損事故の場合、修理代はどうなりますか?

通勤中の自損事故で車両が破損した場合、その修理代は労災保険の対象外です。したがって、従業員自身が加入している任意保険の車両保険を利用するか、全額自己負担で修理することになります。

相手方が無保険の場合、修理代は請求できますか?

相手方が無保険であっても、法律上の損害賠償請求権は消滅しません。しかし、相手に支払い能力がないケースが多く、修理代の回収は極めて困難になる可能性があります。このような事態に備え、自身の車両保険に加入しておくことが有効な自己防衛策となります。

無許可のマイカー通勤でも通勤災害になりますか?

会社に無許可でマイカー通勤をしていた場合でも、その移動が「住居と就業場所の合理的経路」と認められれば、原則として通勤災害として認定されます。労災認定は社内規程とは別に、客観的な事実に基づいて判断されるためです。ただし、無許可通勤は就業規則違反として、社内での懲戒処分の対象となる可能性があります。

労災保険を使うと会社の保険料は上がりますか?

上がりません。労災保険料率を増減させる「メリット制」は、業務災害の発生状況に応じて適用される制度です。企業の管理が及ばない通勤災害はメリット制の算定基礎から除外されているため、通勤災害で労災保険を使っても会社の保険料には影響しません。

会社は従業員に修理代を請求できますか?

従業員が社用車での通勤中に事故を起こした場合、会社が修理代の全額を従業員に請求することは、原則として認められません。社用車を業務に利用させる以上、事故のリスクは会社も応分に負担すべき(報償責任の原理)と考えられるためです。ただし、従業員に飲酒運転や著しい速度超過などの重大な過失があった場合に限り、責任の割合に応じて一部の損害賠償請求が認められることがあります。

まとめ:通勤事故の車両修理代は労災対象外!企業が知るべき対応策

本記事で解説した通り、従業員の通勤中の事故で発生した車両の修理代は、労災保険の補償対象外です。労災保険はあくまで労働者自身の負傷など人的損害を補償する制度であり、物損は含まれません。そのため、企業としてはまず事故の事実関係を正確に把握し、従業員の治療や休業に関する労災手続きを適切に支援することが重要です。同時に、車両修理代については、従業員自身の任意保険や事故相手への損害賠償請求が基本的な対応となることを案内する必要があります。今回の事故を機に、マイカー通勤規程の整備や任意保険加入の義務化、定期的な安全教育の実施など、再発防止策を検討することも企業の重要な役割です。使用者責任が問われるケースなど、個別の状況によっては法的な判断が必要になることもありますので、対応に迷う場合は弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。

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