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物損事故で慰謝料は請求できるか?原則と例外、損害賠償の範囲を解説

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自社の社用車や重要な事業用資産が物損事故の被害に遭った場合、修理費などの直接的な損害だけでなく、事業への影響を考慮した賠償を求めたいと考えるのは当然です。特に、代替の難しい資産が損壊した際の精神的な負担に対し、「慰謝料」は請求できるのでしょうか。この記事では、物損事故で慰謝料請求が原則として認められない理由と、例外的に認められる特段の事情、そして慰謝料以外に請求可能な損害賠償の範囲について、法的な根拠と実務上のポイントを詳しく解説します。

目次

物損事故で慰謝料請求が原則認められない理由

慰謝料は「精神的苦痛」に対する賠償であり人身損害が前提

交通事故の損害賠償において、慰謝料は精神的苦痛に対する賠償金を指します。これは原則として、人の生命や身体、自由といった人格的利益が侵害された場合に認められるものです。民法第710条では財産権の侵害でも慰謝料請求が可能と解釈できる余地がありますが、裁判実務では運用が異なります。

交通事故における精神的苦痛は、怪我による痛み、入通院の負担、後遺障害が残ることへの不安など、身体的な被害に付随して生じるものと捉えられています。そのため、人が死傷していない物損事故(物件事故)では、被害者が恐怖や喪失感を感じたとしても、それが直ちに法的に保護されるべき精神的損害とはみなされません。この運用は、賠償範囲の無用な拡大を防ぎ、損害の公平な分担と迅速な紛争解決を図るという損害賠償制度の目的に基づいています。

物損の損害は財産的価値の回復で填補されるという法的考え方

物損事故で慰謝料が原則として認められないもう一つの理由は、財産的損害が金銭で賠償されれば、それに伴う精神的苦痛も同時に回復(填補)されるという法的な考え方に基づいているためです。具体的には、破損した自動車の修理費や、修理不能な場合の買替費用などが支払われることで、被害者の損害は回復されたとみなされます。

この考え方は、物が壊れたことによる悲しみや怒りといった感情は、財産的価値が回復される過程で解消されるべきものと解釈することに基づいています。つまり、被害者が事故前と同じ経済状態に戻れば、精神的な損害も慰謝されたと判断されるのです。裁判例でも、財産的損害の賠償だけでは回復できないほどの精神的苦痛を受けたといえる「特段の事情」がない限り、物損に対する慰謝料は認めないという立場が一貫してとられています。

例外的に慰謝料請求が認められる可能性のあるケース

事業に不可欠な特殊資産や代替不可能な物が損壊した場合

物損事故であっても、例外的に慰謝料が認められるケースがあります。その一つが、損壊した物が市場での代替品調達が著しく困難な一点物のアート作品や、被害者にとって特別な価値を持つ代替不可能な資産である場合です。例えば、芸術家が制作した作品が破壊され、二度と同じものが作れないような場合、その精神的打撃は大きいと判断され、慰謝料が認められた裁判例があります。

また、事業活動で独自の役割を担い、代替のきかない資産が損壊した場合も同様です。過去には、営業上のコミュニケーションツールとして特殊な改造を施した自転車が事故に遭い、通常の自転車では代替できないとして慰謝料が認められた事例があります。ただし、単に「希少な限定車」や「長年愛用した車」という理由だけでは、この「特段の事情」には該当しないとされるのが一般的です。

墓石など宗教的・祭祀的な礼拝対象が損壊した場合

墓石や仏壇、祠といった宗教的・祭祀的な礼拝の対象物が交通事故で損壊した場合、これらは通常の財産とは異なる精神的価値を持つものとして扱われ、慰謝料が認められる可能性があります。墓石は先祖や故人を偲ぶ敬愛の対象であり、その損壊は所有者の宗教的感情や心の平穏を深く傷つける行為とみなされるためです。

実際に、自動車が墓地に侵入して墓石を倒壊させ、骨壺が露出したような事故では、財産的損害である修復費用のほかに、精神的苦痛に対する慰謝料の支払いが命じられた裁判例があります。物理的な修復だけでは、先祖の安眠を妨げられたという精神的ダメージは回復されないと判断されるのです。

判例に見るペットの死傷事故における慰謝料請求

法律上、ペットは「物」として扱われますが、近年の裁判実務では、飼い主にとって家族同然の存在であるという実情が考慮され、ペットが死傷した事故では慰謝料が認められる傾向が強まっています。特に、長年飼育し深い愛情を注いできたペットが死亡したり、重い後遺症を負ったりした場合、飼い主が受ける精神的苦痛は甚大であると評価されます。

裁判例では、子供のように可愛がっていた愛犬が事故で後遺障害を負い、常時介護が必要になったケースで、死亡に匹敵する精神的苦痛として慰謝料が認められました。ただし、認められる慰謝料の額は数万円から数十万円程度が相場であり、人間が被害に遭った場合の慰謝料額と比べると限定的です。

加害者の行為が故意や重過失など著しく悪質な場合

加害者の運転態様や事故後の対応が極めて悪質で、被害者に多大な精神的苦痛を与えたと認められる場合も、慰謝料請求の対象となることがあります。具体的には、飲酒運転、無免許運転、著しい速度超過、信号無視といった重大な過失による事故や、事故後に現場から逃走する当て逃げなどが該当します。

例えば、飲酒運転で事故を起こしたうえに逃走し、被害者自らが加害車両を探し出さなければならなかったような事案では、加害者の態度の悪質性が重視され、慰謝料が認められました。このように、加害行為が著しく反社会的であったり、害意を伴ったりする場合には、財産的損害の回復だけでは被害者の感情が収まらないとして、例外的に慰謝料が肯定されます。

店舗への車両突入など、事業運営に深刻な支障が出た場合

自動車が家屋や店舗に突っ込み、建物を損壊させた事故で、居住者の生活の平穏が著しく害されたり、事業運営に深刻な支障が生じたりした場合にも慰謝料が認められることがあります。過去の裁判例では、長期間の仮住まいを余儀なくされたり、店舗の営業再開が大幅に遅れたりしたケースで、生活基盤を侵害されたことによる精神的苦痛が認められています。

これは、単なる建物の修理費という財産的損害の賠償だけでは償いきれない、平穏な生活や事業活動を営む権利が侵害されたことに対する賠償と位置づけられます。

慰謝料以外に請求できる損害賠償の主な内訳

修理費用:社用車や設備の原状回復にかかる実費

物損事故で最も基本的な損害賠償項目が、損傷した車両や設備の修理費用です。事故と相当因果関係のある範囲で、原状回復にかかる修理実費を請求できます。請求の際は、修理工場の見積書や領収書が損害額を証明する証拠となります。

ただし、請求できる修理費には上限があります。修理費が事故当時の車両の時価額に買替諸費用を加えた額を上回る場合、「経済的全損」と判断され、賠償額は時価額と買替諸費用の合計額が限度となります。例えば、時価30万円の車に50万円の修理費がかかる場合、原則として賠償されるのは30万円プラス諸費用までとなり、差額は自己負担となります。

評価損(格落ち損):事故による車両の市場価値低下分

評価損(格落ち損)とは、事故車両を修理しても外観や機能に完全には回復しない欠陥が残ったり、「修復歴(事故歴)」がつくことで中古車市場での取引価格が下落したりすることによる損害です。実務上は、後者の「取引上の評価損」が主に問題となります。

評価損は必ず認められるわけではなく、一般的に新車登録から日が浅い人気車種や高級外車などで、かつフレームなど骨格部分に損傷が及んだ場合に認められやすい傾向があります。裁判で認められる場合でも、修理費の10%~30%程度が目安となります。保険会社は示談交渉の段階では評価損を認めないことが多いため、請求には粘り強い交渉が必要です。

代車費用:修理期間中に事業で利用する代替車両の費用

事故車両が修理や買い替えで使えない期間、業務や通勤のためにレンタカーなどを利用した場合、その費用を代車費用として請求できます。ただし、代車の利用が事業継続や日常生活に不可欠であるという「代車の必要性」が認められなければなりません。

賠償対象となる期間は、修理の場合は1~2週間程度、買い替えの場合は1ヶ月程度が目安とされます。また、代車のグレードは原則として事故車両と同等のクラスに限られます。例えば、高級外車に乗っていた場合でも、国産の同クラスの車両のレンタル料金を上限とされることが一般的です。

休車損害:営業車両が稼働できなかったことによる逸失利益

休車損害とは、タクシーやトラック、バスといった緑ナンバーの営業用車両が事故で稼働できなくなったために生じた逸失利益(得られたはずの利益)のことです。損害額は、事故がなければ得られたはずの売上から、燃料費や高速代など、稼働しなかったことで支出を免れた変動経費を差し引いて計算されます。

休車損害を請求するためには、代わりに使用できる遊休車(予備の車両)がなかったことを立証する必要があります。もし代替可能な車両があれば、それを使うことで損害を回避できたとみなされ、原則として休車損害は認められません。請求には、売上台帳や確定申告書などの客観的な資料に基づく詳細な立証が求められます。

積荷損:事故により破損した商品や製品の損害

事故の衝撃により、車両に積んでいた商品や製品、その他の荷物が破損した場合、その損害(積荷損)も賠償請求の対象となります。損害額は、原則として破損した積荷の事故当時の時価額(市場価格)が基準となります。修理可能な場合は修理費が賠償されますが、その場合も時価額が上限です。

請求にあたっては、その荷物が事故によって破損したという因果関係の証明が重要です。特に精密機器などは、外見に損傷がなくても内部が故障している可能性があるため、専門業者による点検や見積もりが必要となる場合があります。

物損事故から人身事故へ切り替えるための手続き

切り替えが必要となる状況(事故後の従業員の負傷発覚など)

事故直後は興奮していて痛みに気づかず「物損事故」として届け出たものの、数日経ってから従業員がむちうち等の症状を訴えるケースは少なくありません。このような場合は、実態に合わせて「人身事故」へ切り替える手続きが重要です。

物損事故扱いのままでは、適切な補償を受けられないリスクがあります。

物損事故から人身事故へ切り替える主な理由
  • 人身損害(治療費・慰謝料等)に関する自賠責保険の適用を受けるため
  • 事故状況を記録した詳細な「実況見分調書」を警察に作成してもらうため
  • 過失割合の交渉で不利にならないよう、客観的な証拠を確保するため

医師の診断書を取得し、管轄の警察署へ届け出る流れ

人身事故への切り替えは、以下の手順で進めます。

人身事故への切り替え手続きの流れ
  1. 事故による負傷について医療機関を受診し、警察提出用の「診断書」を取得する
  2. 事故現場を管轄する警察署の交通課に連絡し、人身事故への切り替えを申し出る
  3. 警察署に診断書を提出し、必要に応じて実況見分に立ち会うなど捜査に協力する

事故から受診までの期間が空くと、事故と怪我との因果関係を疑われる可能性があるため、痛みを感じたら速やかに受診することが肝心です。切り替え手続きは、一般的に事故発生から10日~2週間以内を目安に行うことが推奨されます。

加害者側の保険会社への通知と必要な対応

警察での手続きと並行して、加害者側の保険会社および自社が加入する保険会社にも、人身事故に切り替える旨を速やかに連絡しましょう。これにより、保険会社は治療費の支払いや人身損害の賠償に向けた手続きを開始できます。

万が一、警察が切り替えを受け付けてくれなかった場合でも、「人身事故証明書入手不能理由書」という書類を保険会社に提出することで、人身事故として扱ってもらえる可能性があります。この手続きにより、治療費や慰謝料などの請求は可能になります。

損害賠償請求における過失割合と立証のポイント

過失割合が賠償額に与える影響と過失相殺の仕組み

過失割合とは、交通事故の発生に対する当事者双方の責任の度合いを数値で表したものです。被害者が受け取る賠償額は、この割合に応じて減額されます。これを「過失相殺」といいます。例えば、自社の損害額が100万円で、過失割合が「加害者:80 対 被害者:20」の場合、受け取れる賠償金は20%減額された80万円となります。

さらに、被害者側も相手方の損害に対し、自身の過失割合に応じた賠償責任を負います。相手が高級車などで損害額が大きい場合、受け取る賠償金よりも支払う賠償金の方が多くなる可能性もあるため、過失割合の交渉は極めて重要です。

自社に有利な過失割合を主張するための証拠収集方法

適正な過失割合を主張するためには、事故状況を客観的に証明する証拠が不可欠です。交渉を有利に進めるためには、以下のような証拠を確保することが重要です。

過失割合の交渉で有利になる主な証拠
  • ドライブレコーダーの映像記録
  • 事故現場や周辺施設の防犯カメラ映像
  • スマートフォンなどで撮影した事故直後の現場や車両の損壊状況の写真
  • 目撃者の証言や連絡先
  • 人身事故扱いの場合は警察が作成する「実況見分調書」

これらの証拠を基に、過去の裁判例と照らし合わせながら、自社に有利な事実を主張していくことになります。

損害額の根拠となる修理見積書や休業損害計算書の重要性

損害賠償請求では、発生した損害の内容とその金額を被害者側が立証しなければなりません。車両の損害については、修理工場が作成した詳細な見積書や写真が必要です。経済的全損の場合は、中古車市場の価格データなどを用いて時価額を証明します。

営業車両の休車損害を請求する際は、事故前の売上台帳や確定申告書などに基づき、1日あたりの平均売上高や控除すべき経費を算出した休業損害計算書を作成します。客観的な根拠資料がなければ、相手方保険会社に損害額を低く見積もられたり、請求自体を否認されたりする可能性があるため、関連書類の整理・保管が重要です。

保険会社が提示する過失割合の妥当性を検討する視点

相手方の保険会社が提示する過失割合は、必ずしも最終的で適正なものとは限りません。多くの場合、過去の裁判例を類型化した基準(判例タイムズ等)に基づいて機械的に算出されており、個別の事故状況における修正要素(夜間、幹線道路、著しい過失など)が十分に反映されていないことがあります。

提示された過失割合に疑問がある場合は、その算定根拠を確認し、ドライブレコーダーの映像などの客観的証拠を基に反論することが重要です。専門的な判断が必要となるため、弁護士に相談し、法的な観点から妥当性を検討してもらうことが、適正な割合への修正につながります。

物損事故の損害賠償に関するよくある質問

物損事故の損害賠償請求権に時効はありますか?

はい、あります。物損事故の損害賠償請求権は、被害者が「損害および加害者を知った時」から3年で時効により消滅します。通常は事故発生時に両方を認識するため、事故日の翌日から3年間となります。また、当て逃げなどで加害者が不明な場合でも、事故日から20年が経過すると請求権は消滅します。

示談交渉が長引いている間も時効は進行するため、期限が迫っている場合は、内容証明郵便による催告や訴訟提起といった時効の完成を阻止する措置が必要です。

事故の相手方が任意保険に加入していない場合はどうすればよいですか?

相手方が任意保険に未加入の場合、加害者本人と直接交渉し、賠償金を請求することになります。しかし、相手に支払能力がなかったり、交渉に応じなかったりするリスクがあります。

このような状況に備え、自社で対策を講じておくことが有効です。

無保険の相手への主な対抗策
  • 自身が加入する自動車保険の「車両保険」を利用して自社の車両を修理する
  • 「弁護士費用特約」を利用して、費用負担なく弁護士に交渉や法的手続きを依頼する
  • 弁護士を通じて、加害者の財産調査や給与・資産の差し押さえといった法的措置を検討する

修理費用が車両の時価額を上回る「経済的全損」の場合、賠償額はどうなりますか?

修理費用が事故当時の車両の時価額と買替諸費用を合計した額を上回る場合、「経済的全損」と判断されます。この場合、加害者に請求できる賠償額の上限は、原則として「車両の時価額+買替諸費用」となります。

たとえ愛着があり修理して乗り続けたいと希望しても、時価額を超える部分の修理費は自己負担となるのが原則です。ただし、相手方の保険に「対物超過修理費用特約」が付帯している場合は、時価額に一定額(通常50万円限度)を上乗せして修理費が支払われることもあります。

過失割合が10対0の「もらい事故」でも慰謝料は請求できないのですか?

はい、たとえ自社に全く過失のない過失割合10対0の「もらい事故」であっても、人身損害が発生していない物損事故である限り、原則として慰謝料は請求できません。日本の損害賠償実務では、物の損害に伴う精神的苦痛は、その物の財産的価値が賠償されることで回復されると考えられているためです。

ただし、本記事で解説したようなペットの死傷や家屋への飛び込みといった例外的なケースでは、慰謝料が認められる可能性があります。なお、10対0の事故では自身の保険会社は示談交渉を代行できないため、弁護士費用特約を利用して専門家に対応を依頼することが有効です。

まとめ:物損事故の損害賠償は原則と例外の理解が重要

本記事で解説した通り、物損事故における慰謝料請求は、財産的損害が賠償されれば精神的苦痛も回復されるという考え方から、原則として認められません。しかし、事業に不可欠な特殊資産の損壊や、墓石・ペットの死傷、加害者の悪質な行為といった「特段の事情」が存在する場合には、例外的に慰謝料が認められる可能性があります。慰謝料請求が難しい場合でも、修理費や評価損、営業車両であれば休車損害など、請求できる損害項目は多岐にわたります。これらの損害を適切に立証し、適正な過失割合で賠償を受けるためには、ドライブレコーダーの映像といった客観的証拠の確保が不可欠です。損害賠償交渉で不明な点や困難が生じた場合は、速やかに弁護士へ相談し、法的な観点から最適な対応を検討することをお勧めします。

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