通勤災害の治療費はどうなる?労災保険の手続きと支払い方法を解説
通勤中に思いがけず怪我をしてしまうと、治療のことだけでなく、治療費の支払いはどうなるのかと不安になるものです。労災保険が使えるとは聞いても、健康保険との違いや、一時的に立て替えが必要なのかなど、具体的な流れは分かりにくいかもしれません。この記事では、通勤災害における治療費の扱いや労災保険の仕組み、労災指定病院と指定外病院での具体的な請求手続きの流れについて、ケース別に詳しく解説します。
通勤災害の治療費と労災保険の基本
原則自己負担なし!労災保険の療養(補償)給付とは
労働者が通勤中に負傷したり病気になったりした場合、労災保険から治療費が給付されます。これを療養(補償)給付と呼び、業務災害の場合と同様に、労働者は原則として窓口での費用負担なく必要な医療を受けられます。
給付の形態は、治療を受ける医療機関が労災指定かどうかによって異なります。
- 現物給付: 労災指定医療機関で受診する場合、治療そのものが給付されるため、窓口での支払いは発生しません。
- 療養の費用の支給: 労災指定外の医療機関で受診した場合、一度治療費を全額立て替え、後日その実費が労働基準監督署から現金で払い戻されます。
補償の範囲は広く、傷病が「治ゆ」するまで給付が続きます。労災保険における「治ゆ」とは、完治だけでなく、治療を続けてもこれ以上の改善が見込めない「症状固定」の状態も含みます。症状固定と診断されるまでは、期間の制限なく治療を受けることが可能です。
- 診察、検査
- 薬剤または治療材料の支給
- 処置、手術その他の治療
- 入院および看護
- 移送(通院にかかる交通費など)
健康保険ではなく労災保険を使うべき理由とメリット
通勤中の事故による怪我は、業務に起因するものとして扱われるため、健康保険の使用は法律で認められていません。健康保険は業務外の事由による傷病を対象としており、誤って使用した場合は後から労災保険への切り替え手続きが必要です。この手続きは複雑で手間がかかるため、初めから労災保険を利用することが重要です。
労災保険を利用することには、労働者にとって多くのメリットがあります。以下の表で健康保険と比較してみましょう。
| 項目 | 労災保険 | 健康保険 |
|---|---|---|
| 窓口負担 | 原則0円 | 原則3割負担 |
| 休業時の補償 | 休業給付(平均賃金の約8割) | 傷病手当金(標準報酬月額の約3分の2) |
| 通院交通費 | 移送費として支給対象(要件あり) | 原則対象外 |
| 治療期間 | 症状固定まで期間制限なし | 制度上の制約あり |
| 後遺障害 | 障害(補償)給付あり | なし |
医療機関側にとっても、労災保険は診療報酬単価が健康保険より高く設定されているため、より手厚い治療を提供しやすいという側面があります。労働者は経済的な心配なく治療に専念できるため、通勤中に負傷した際は、必ず労災であることを医療機関に伝えましょう。
労災保険が適用される「通勤災害」の基本的な考え方
労災保険が適用される「通勤災害」と認められるためには、その移動が以下の3つの要件を満たす必要があります。
- 就業との関連性: 業務を開始するため、または終了した結果としての移動であること。
- 対象となる移動: 「住居」と「就業の場所」との間の往復、または複数の就業場所間の移動であること。
- 合理的な経路および方法: 社会通念上、一般的に利用される経路や交通手段(徒歩、自家用車、公共交通機関など)であること。
ここでいう「住居」とは、住民票の住所地だけでなく、単身赴任先のアパートなど、労働者が日常生活を送る拠点となる場所を指します。また、経路は必ずしも最短である必要はありません。
ただし、移動の途中で通勤経路から外れる「逸脱」や、通勤とは関係ない目的で立ち止まる「中断」があった場合、その間およびその後の移動は原則として通勤とはみなされません。しかし、日常生活を送る上でやむを得ない行為については、例外的に扱われます。
- 日用品の購入やそれに準ずる行為
- 職業訓練や学校教育を受ける行為
- 選挙権の行使やそれに準ずる行為
- 病院や診療所で診察や治療を受ける行為
- 要介護状態の家族の介護(継続的なもの)
これらの例外行為を終えて合理的な経路に戻った後は、再び通勤として扱われます。ただし、逸脱・中断の最中に起きた事故は補償の対象外です。
通勤災害の申請は労災保険料に影響する?メリット制の考え方
労災保険には、過去の労働災害の発生状況に応じて保険料率が変動する「メリット制」という仕組みがあります。しかし、この制度が適用されるのは業務災害のみであり、通勤災害は対象外です。
- メリット制の目的: 事業主の災害防止努力を促進するため、業務災害の多寡に応じて保険料率を増減させる制度。
- 通勤災害が対象外の理由: 通勤中の災害は、事業主の管理下で発生するものではなく、企業の努力だけでは防ぎきれない外部要因が多いため。
- 結論: 従業員が通勤災害を申請しても、会社の労災保険料が上がることはない。
したがって、会社が保険料の増加を懸念して通勤災害の申請を渋ったり拒否したりすることは、制度の誤解に基づく不適切な対応です。会社には、労働者の労災申請に協力する義務があります。通勤災害の申請は、企業のコスト増には繋がらず、従業員を保護するための正当な権利行使です。
【ケース別】治療費の請求手続きの流れ
労災指定病院で治療を受ける場合(療養の給付)の手続き
労災保険指定医療機関で治療を受ける場合、労働者は治療費を支払う必要がない「現物給付」の仕組みを利用できます。手続きは以下の流れで進みます。
- 医療機関の窓口で、怪我の原因が「通勤災害」であることを明確に伝え、健康保険証は提示しない。
- 会社に依頼し、事業主の証明を受けた「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」を作成する。
- 作成した請求書を、受診した医療機関の窓口に提出する。
- 医療機関が労働者に代わって労働基準監督署へ治療費を直接請求するため、窓口での支払いは不要となる。
初診時に書類が間に合わない場合でも、後日速やかに提出すれば問題ありません。薬局で薬を受け取る際にも同じ様式の書類が必要になるため、病院用と薬局用の2部を用意しておくとスムーズです。また、別の病院へ転院する場合は、「指定病院等変更届(様式第16号の4)」を新しい病院に提出します。
労災指定外の病院で治療費を立て替えた場合(療養の費用請求)の手続き
救急搬送先が労災指定外だった場合など、やむを得ず指定外の医療機関を受診した場合は、一度治療費の全額を自己負担で立て替え、後からその費用を請求する「療養の費用の支給」という手続きを取ります。この場合、健康保険は使えないため10割負担となります。
- 医療機関の窓口で、治療費の全額(10割)を支払う。必ず領収書の原本を受け取り、保管する。
- 会社に依頼し、事業主の証明を受けた「療養給付たる療養の費用請求書(様式第16号の5)」を作成する。
- 受診した医療機関に書類を提示し、医師による診療内容の証明をもらう。
- 証明済みの請求書と領収書の原本を、会社の所在地を管轄する労働基準監督署に提出する。
- 審査で承認されると、後日、指定した銀行口座に立て替えた費用が振り込まれる。
薬局や治療用装具(コルセットなど)の費用も同様に請求できますが、それぞれ専用の様式が必要になります。高額な立て替えが難しい場合は、会社や労働基準監督署に相談してください。
請求に必要な書類(様式第16号の3・様式第16号の5)の入手と記入ポイント
労災申請に必要な請求書(様式)は、労働基準監督署の窓口や厚生労働省のウェブサイトから入手できます。
- 全国の労働基準監督署の窓口で受け取る。
- 厚生労働省のウェブサイトからダウンロードして印刷する。
記入にあたっては、災害の状況を第三者が見ても理解できるよう、具体的かつ客観的に記載することが重要です。特に注意すべきポイントは以下の通りです。
- 会社の労働保険番号を正確に記入する。
- 災害発生日時、場所、状況を詳細に記載する。
- 通勤経路の略図を記載する。
- 立て替えた費用の払い戻しを受けるため、振込先口座情報を正確に記入する。
- 医療機関で医師による診療内容の証明を受ける必要がある。
- 病院や薬局が発行した領収書の原本を必ず添付する。
書類の記入を誤った場合は、修正液を使わず、二重線で訂正してください。押印は不要です。どちらの様式も事業主の証明が必要なため、会社に事実関係を確認してもらい、署名または押印を依頼しましょう。
交通事故など第三者が関わる場合の治療費請求の注意点
通勤中に自動車事故に遭うなど、加害者(第三者)がいる災害を「第三者行為災害」と呼びます。この場合、被害者である労働者は、加害者への損害賠償請求権と、労災保険の給付請求権の両方を持つことになりますが、同じ損害について二重に補償を受けることはできません。
- 第三者行為災害届の提出: 通常の労災申請書類に加え、「第三者行為災害届」を労働基準監督署に提出する必要がある。
- 支給調整: 加害者の自賠責保険などから先に補償を受けた場合、その金額分は労災保険の給付額から差し引かれます(控除)。
- 求償: 労災保険の給付を先に受けた場合、政府がその給付額を限度に、労働者が持つ損害賠償請求権を取得し、加害者側へ請求します(求償)。
- 示談の注意: 労災保険の給付を受ける前に加害者側と示談を結んでしまうと、その示談内容によっては労災給付が受けられなくなる可能性があります。示談前には必ず労働基準監督署に相談してください。
実務上、治療が長期化する場合や加害者の過失が大きい場合は、支払い限度額のない労災保険を優先して利用する方が有利なケースが多いです。
誤って健康保険証を提示してしまった場合の切り替え手続き
なぜ健康保険から労災保険への切り替えが必要か
通勤災害の治療に誤って健康保険を使ってしまった場合、速やかに労災保険へ切り替える必要があります。その理由は複数あります。
- 法律上の区分: 健康保険は「業務外」の傷病、労災保険は「業務上・通勤中」の傷病を対象としており、財源も目的も異なるため正しく使い分ける必要がある。
- 労働者の不利益: 健康保険を使い続けると、3割の自己負担分が返還されないほか、休業補償や後遺障害に対する給付など、労災保険ならではの手厚い補償を受けられない。
- 医療機関の負担: 後で労災と判明した場合、医療機関は診療報酬の請求をやり直す必要があり、複雑な事務手続きが発生する。
- 不正受給のリスク: 健康保険組合からの負傷原因調査に対し、事実と異なる報告をすると、不正受給とみなされる可能性がある。
小さな怪我であっても、通勤中の災害は労災保険で処理することが、関係者全員にとって適切な対応です。
医療機関と健康保険組合への連絡と具体的な手順
健康保険を使ってしまったことに気づいたら、直ちに受診した医療機関に連絡し、労災保険への切り替えを申し出ます。対応は医療機関の締め切り処理状況によって異なります。
医療機関の窓口で切り替えが可能な場合は、以下の手順で進みます。
- 医療機関に労災への切り替えを申し出る。
- 健康保険で支払った3割の自己負担金の返金を受ける。
- 代わりに「様式第16号の3」を医療機関に提出する。
一方で、医療機関での切り替えができない場合は、より複雑な手続きが必要になります。
- 自身が加入する健康保険組合(協会けんぽ等)に連絡し、労災であったことを申告する。
- 健康保険組合から送られてくる納付書を使い、保険組合が負担した7割分の医療費を返納する。
- 返納後、健康保険組合から厳封された診療報酬明細書(レセプト)の写しを受け取る。この封筒は開封しないこと。
- 「様式第16号の5」を作成し、①開封していないレセプトの写し、②窓口で支払った3割負担分の領収書、③健康保険組合へ7割分を返納した際の領収書を添付する。
- すべての書類を労働基準監督署に提出し、立て替えた医療費(合計10割分)の払い戻しを請求する。
この手続きは一時的に高額な費用負担を伴うため、立て替えが困難な場合は、事前に労働基準監督署へ相談してください。
通勤災害の治療費に関するよくある質問
通勤で発生した通院交通費も請求の対象になりますか?
はい、治療のための通院交通費も「移送費」として労災保険の支給対象となります。ただし、支給には以下の要件を満たす必要があります。
- 自宅または会社から医療機関までの距離が、原則として片道2km以上であること。
- 傷病の程度により、公共交通機関や自家用車を使わないと通院が困難であること。
- タクシーの利用は、症状や交通事情からやむを得ないと医師が認めた場合に限られる。
請求には、療養の費用の請求書と合わせて通院実績を証明する書類を提出します。公共交通機関の場合は領収書が不要な場合もありますが、タクシー利用時は必ず領収書が必要です。
パートやアルバイトでも労災保険は適用されますか?
はい、適用されます。労災保険は、雇用形態(正社員、パート、アルバイト、日雇いなど)や国籍に関わらず、日本国内で働くすべての労働者が対象です。労働者を一人でも雇用する事業主は、労災保険への加入が法律で義務付けられています。
- 労働時間や勤続期間に関係なく、雇用関係があれば補償の対象となる。
- 治療費の補償はもちろん、休業した場合の休業給付も正社員と同様に受けられる。
- 「アルバイトは対象外」などと会社に言われた場合でも、それは誤りであり、労働者本人が直接労働基準監督署に申請できる。
会社が労災申請に協力してくれない場合はどうすればよいですか?
会社が労災申請に協力しない、いわゆる「労災隠し」は違法行為です。会社が非協力的な場合でも、労働者は自身の権利として労災申請を行えます。
- 労働者本人による申請: 請求書の事業主証明欄は空欄のまま、会社が協力してくれない旨を記した書類を添えて労働基準監督署に提出する。
- 労働基準監督署への相談: 申請手続きについて相談すれば、監督署が会社に対して調査や指導を行ってくれる場合がある。
- 専門家への相談: 弁護士などの専門家に相談し、代理で手続きを進めてもらうことも可能。
労災給付を受ける権利は、会社ではなく労働者自身にあります。あきらめずに公的機関や専門家に相談してください。
治療費の請求権に時効はありますか?
はい、労災保険の給付請求権には消滅時効があります。治療費を立て替えた場合に請求する「療養の費用の支給」の請求権は、費用を支払った日の翌日から2年で時効となります。
- 時効の起算日は、治療が終了した日ではなく、医療費を支払った日ごとである。
- 長期にわたる治療の場合、古い領収書から順に時効が成立してしまう可能性がある。
- 治療が長引く場合は、治療が完了するのを待たず、数ヶ月ごとなど定期的に請求手続きを行うことが重要。
なお、労災指定病院で自己負担なく治療を受ける「現物給付」の場合は、労働者自身が時効を気にする必要は基本的にありません。
整骨院や接骨院での治療も対象になりますか?
はい、一定の条件下で対象となります。柔道整復師による施術は、骨折、脱臼、打撲、捻挫といった外傷性の負傷に対する治療の場合に限り、労災保険が適用されます。慢性的な肩こりや腰痛などに対する施術は対象外です。
- 専用の請求書: 医療機関とは異なる「様式第16号の5の3」を使用して請求する。
- 医師の同意: 病院(整形外科など)での治療と並行して整骨院に通う場合、治療の必要性について事前に医師の同意や指示を得ておくことが望ましい。
- 指定施術所: 労災保険の取り扱いが認められた指定施術所であれば、医療機関と同様に窓口負担なしで施術を受けられる。
まずは病院で医師の診断を受け、その指示に基づいて整骨院などを利用するのが最も確実な手順です。
まとめ:通勤災害の治療費は労災保険で!手続きのポイントと注意点
本記事では、通勤災害における治療費の扱いや労災保険の手続きについて解説しました。最も重要な点は、通勤中の怪我の治療には健康保険ではなく労災保険を使い、原則として自己負担なく治療が受けられるということです。治療を受ける病院が労災指定かどうかで手続きが異なり、指定外の場合は一時的に治療費を全額立て替える必要があります。万が一、誤って健康保険を使ってしまった場合や、会社が申請に非協力的な場合でも、諦めずに切り替え手続きや労働基準監督署への相談を行いましょう。まずは落ち着いて、受診した医療機関と勤務先の会社に通勤災害であることを伝え、適切な書類を準備することから始めてください。

