デロイト トーマツの不正会計調査から学ぶリスク管理とAI検知の最前線
企業の不正リスク管理は、経営の根幹を揺るがしかねない重要な課題です。しかし、形式的なコンプライアンス体制だけでは、巧妙化する不正会計や海外子会社のリスクに十分に対応しきれないのが実情ではないでしょうか。実効性のある対策を講じるためには、最新の動向を踏まえた専門的な知見が不可欠です。この記事では、デロイト トーマツ グループが公表した「不正リスク調査白書」の要点から、AIを活用した最新の不正検知モデルの仕組みまでを網羅的に解説します。
調査白書から見る不正リスクの現状
トーマツ「不正リスク調査白書」の要点
デロイト トーマツ グループが公表した「不正リスク調査白書」は、国内企業におけるコンプライアンスやガバナンスの現状を定量的に示す重要な資料です。この白書は、上場および非上場企業約700社からのアンケート回答を分析したもので、企業が直面する不正リスクの最新動向を明らかにしています。 調査から浮かび上がった主な傾向は以下の通りです。
- 経営陣のコンプライアンスリスクに対する認識と、実際のガバナンス体制の実効性には乖離が見られる。
- 形式的なコンプライアンス体制は整備されていても、実質的な不正防止機能が伴っていないケースが散見される。
- 法令違反やガバナンス不全に起因する重大な不祥事が増加しており、表面的なルール作りからの脱却が求められる。
- 企業は、実効性を伴うリスク管理体制の構築へとシフトする必要がある。
調査で判明した不正発生率の傾向
調査によれば、企業のコンプライアンス意識は向上しているものの、不正発生率は依然として高い水準で推移しています。特に、1社あたりの不正発生件数が増加傾向にあることが明らかになりました。
- 不正発生率: 不正を経験した企業の割合は横ばいだが、1社で6件以上の不正が発生した企業の割合は増加。
- 背景① オフィス回帰: 新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経てオフィス回帰が進み、潜在化していた不正が発覚しやすくなった。
- 背景② テレワークの影響: テレワーク期間中のコミュニケーション希薄化や管理監督の目が行き届かなかったことにより、不正が蓄積された可能性がある。
企業は、従来の監査手法では見落とされがちな潜在的リスクをいかに早期発見するかが喫緊の課題となっています。
海外・サードパーティにおけるリスク
企業のグローバル展開に伴い、海外子会社やサードパーティ(取引先、外部委託先など)に関連するリスク管理が急務となっています。多くの企業が自社内の統制に注力する一方、外部のリスク評価は不十分な傾向にあります。
- サードパーティリスク: サプライチェーンの複雑化や業務の外部依存により、取引先経由での情報漏洩や法令違反が自社のレピュテーションリスクに直結する。
- 海外子会社リスク: 本社との物理的・文化的な距離からガバナンスが及びにくく、現地の経営判断が不正の温床となりやすい。
企業は自社の枠を超え、サプライチェーン全体を視野に入れた定期的なモニタリングを実施し、グループ全体でのリスク管理体制を再構築する必要があります。
内部通報制度の機能と今後の課題
内部通報制度は不正の早期発見に不可欠な機能ですが、その実効性には多くの課題が残されています。制度の認知度は向上しているものの、通報を躊躇させる要因が依然として存在します。
- 心理的安全性の欠如: 通報者が特定されることへの恐怖や、「通報しても変わらない」という諦めが、通報の最大の障壁となっている。
- 独立性の担保: 通報窓口が社内組織(人事部など)に置かれている場合、調査の独立性や中立性が保たれにくい。
- 経営幹部の関与: 経営幹部が関与する不正に対して、適切な調査が行われないリスクがある。
これらの課題を解決し、制度を有効に機能させるためには、通報者の保護を最優先し、客観性を担保する仕組みが求められます。具体的には、匿名での双方向コミュニケーションが可能な外部プラットフォームの導入や、調査プロセスへの外部専門家の関与が有効です。制度を設置するだけでなく、通報に真摯に対応する組織文化の醸成が不可欠です。
不正会計が発生するメカニズム
不正のトライアングルとは何か
「不正のトライアングル」は、米国の犯罪学者ドナルド・R・クレッシーが提唱した、組織内で不正が発生するメカニズムを説明する基本的な理論です。この理論では、以下の3つの要素がすべて揃ったときに不正が発生するとされています。
- 動機 (Motive/Pressure): 不正行為をせざるを得ない、あるいはしたくなるような個人的な事情や外部からの圧力。
- 機会 (Opportunity): 内部統制の不備など、不正を実行し、かつ発覚を免れることが可能となる環境。
- 正当化 (Rationalization): 自身の不正行為を「悪いことではない」と納得させるための、個人的な価値観や倫理観。
これらの要素はどの企業にも潜在的に存在するため、不正会計は突発的に起こるものではなく、日常業務の延長線上で発生し得るものです。企業は、従業員の倫理観に頼るだけでなく、これら3つの要素、特に「機会」を組織的に排除することが不正防止の鍵となります。
要因①:「動機・プレッシャー」の具体例
「動機・プレッシャー」は、個人や組織を不正行為に駆り立てる強力な起点となります。具体的には、以下のような状況が挙げられます。
- 組織的プレッシャー: 過大な売上目標や厳しい利益ノルマ、株主や金融機関からの業績達成圧力。
- 経営状況の隠蔽: 経営不振や資金繰りの悪化といったネガティブな情報を、外部から隠したいという動機。
- 個人的な動機: 多額の借金や生活苦など、個人的な経済的問題を解決するための横領や着服。
- 不適切な評価制度: 短期的な業績のみを過度に重視する評価制度が、不正な手段による目標達成を誘発する。
企業は、従業員に達成可能な目標を設定し、短期的な利益至上主義に偏らない公正な評価制度を導入することで、過度なプレッシャーを軽減する必要があります。
要因②:「機会」を生む内部統制の不備
「機会」は不正を実行可能にする環境的要因であり、企業の内部統制によって最も直接的にコントロールできる要素です。不正の機会は、主に以下のような内部統制の不備によって生まれます。
- 職務分掌の欠如: 特定の個人に承認から実行までの権限が集中し、相互牽制が機能しない状態。
- 経営者による統制の無効化: 経営者が自らの権限を利用して、意図的に内部統制を無視・回避する(経営者によるオーバーライド)。
- 監視・監督の不足: 取締役会や監査役による監督機能が形骸化しており、業務執行に対するチェックが甘い。
- IT統制の不備: システムへのアクセス権限管理が不適切で、誰でも重要なデータにアクセス・改ざんできる。
- 物理的な監視の困難さ: 海外子会社など、本社から地理的に離れている拠点は監視の目が行き届きにくい。
企業は、業務プロセスを可視化し、複数担当者による相互牽制が機能する仕組みを構築することで、不正の機会を構造的に排除しなければなりません。
要因③:「正当化」という心理的背景
「正当化」とは、不正行為に対する罪悪感をなくすための、行為者自身の内面的なプロセスです。不正を行う者は、自らの行為を特別な理由をつけて合理化します。
- 歪んだ忠誠心: 「これは会社のためだ」「一時的に数字を良く見せるだけ」と、組織への貢献を理由にする。
- 自己の権利意識: 「自分は正当に評価されていない」「これくらいの報酬は受け取る権利がある」と、会社への不満を理由にする。
- 問題の矮小化: 「後で補填すれば問題ない」「誰も傷つけていない」と、行為の影響を小さく見積もる。
- 同調: 「周りのみんなもやっていることだ」と、周囲の慣行を言い訳にする。
経営層がコンプライアンスを軽視する姿勢を示すと、組織全体に不正を許容する文化が蔓延します。企業は、倫理規範を明確に定め、経営トップが率先して法令遵守の姿勢を強力に発信し続けることで、不正を正当化する余地を与えない組織文化を醸成する必要があります。
AIを活用した不正検知モデル
トーマツが開発したAIモデルの目的
有限責任監査法人トーマツが開発したAI不正検知モデルは、財務データに潜む異常や不正の兆候を、網羅的かつ高精度に識別することを目的としています。従来の監査は、監査人の経験や知見に依存する部分が大きく、サンプル抽出による部分的な検証が中心であったため、巧妙に隠蔽された不正の発見には限界がありました。 このAIモデルは、過去に発覚した多数の不適切会計事案の財務データを学習しており、企業の財務データから不正リスクのパターンを自動的に検知します。これにより、監査業務は以下のように変わります。
- 効率化: 膨大なデータの中から、重点的に調査すべき高リスクな取引や事業拠点を効率的に絞り込める。
- 客観性の向上: 監査人の主観だけでなく、客観的なデータに基づいたリスク評価が可能になる。
- 企業へのフィードバック: 分析結果を監査先企業に提供し、自社の内部監査やガバナンスの脆弱性を早期に把握・改善する機会を提供できる。
不正検知モデルの基本的な仕組み
不正検知モデルは、予測性能に優れた勾配ブースティングなどの機械学習技術を中核としています。基本的な仕組みは以下の通りです。
- 学習: 過去に公表された有価証券報告書などの膨大な財務データをAIに読み込ませ、正常な企業データと不正が行われた企業データの特徴を学習させます。
- スコアリング: 分析対象企業の財務データを入力すると、AIが複数の財務指標を横断的に評価し、不正企業との近似度をリスクスコア(0から1など)として算出します。
- 根拠の可視化: 「説明可能なAI(XAI)」技術により、どの勘定科目や財務指標がスコアに影響を与えたかを可視化します。これにより、監査人はAIの判断根拠を理解できます。
- 事例の提示: 算出したリスクスコアに加え、特徴が類似する過去の不正事例を自動的に提示し、監査人が具体的な調査イメージを持つことを支援します。
この仕組みにより、AIの判断プロセスがブラックボックス化することを防ぎ、監査人は異常値の背後にある具体的な取引実態の調査へとスムーズに移行できます。
複合的異常検知モデルとの連携
不正リスク評価の精度をさらに高めるため、単体の不正検知モデルと「複合的異常検知モデル」との連携が進められています。従来の分析では、個別のリスク指標ごとに異常値を判定するため、複数の要因が複雑に絡み合って生じるリスクを見逃す可能性がありました。 複合的異常検知モデルは、正解データを与えない「教師なし学習」という手法を用い、取引データ全体の分布や項目間の関係性から「通常とは異なるパターン」を学習します。これにより、単一の指標では異常と判断されないものの、複数の要素の組み合わせとしては不自然な取引を検知できます。このモデルは、熟練した監査人が経験則で抱く「違和感」を統計的に再現するものであり、仕訳や取引単位での高精度な異常検知を実現します。
会計監査業務におけるAI活用の実例
会計監査の実務において、AIはすでに様々な領域で活用され、監査の効率化と品質向上に貢献しています。
- 会計仕訳異常検知: 総勘定元帳の全データを分析し、通常の取引パターンから逸脱する例外的な仕訳(不規則な修正、休日の入力など)を自動で抽出します。
- 売上取引異常検知: 販売データから特定の取引先に集中する不自然な売上や、循環取引の疑いがある商流を可視化します。
- 工事進捗度異常検知: 建設業などにおいて、過去のプロジェクトデータを基に工事の進捗率や将来の損失発生確率を予測し、重点的に検証すべき契約を特定します。
- 拠点損益分析: 小売業などで、各店舗の損益データを分析し、店舗間での不当な利益の付け替えや減損回避を目的とした異常な操作を検知します。
AI監査に備える経理・財務部門のデータ管理と留意点
AIを活用した監査が普及するにつれて、監査を受ける企業の経理・財務部門にも新たな対応が求められます。AIの分析精度は入力データの質に大きく依存するため、事前のデータ管理が極めて重要です。
- データ品質の確保: AIが正確に分析できるよう、部門間でデータフォーマットを統一し、入力ルールを標準化・徹底することが不可欠です。
- プロセスの透明性: 企業が自社で会計処理にAIを導入する場合、その判断プロセスがブラックボックス化しないよう、処理ログを保存し、監査時に説明できる体制を整える必要があります。
- 人間による監督: AIによる自動処理を導入した場合でも、最終的な承認は必ず人間が行う業務フローを設計し、説明責任を果たせるようにしておくことが重要です。
質の高いデータ管理とプロセスの透明性確保が、AI監査へスムーズに対応するための鍵となります。
不正リスクに対応するガバナンス
経営者が担うべき監督・監視の役割
不正を未然に防ぐガバナンス体制において、経営者による強力な監督・監視機能が不可欠です。しかし、調査によれば、この領域を重視している企業は少なく、意識の希薄さが課題となっています。不正の多くは、経営陣が業績目標を優先するあまり、内部統制を意図的に無効化する「経営者によるオーバーライド」によって引き起こされます。 これを防ぐためには、以下の取り組みが求められます。
- 独立した監視体制の構築: 取締役会や監査役会が執行側から独立した立場で、経営者の行動を厳格に監視する実効的な体制を構築する。
- トップコミットメントの発信: 経営者自らが不正を許容しないという確固たる姿勢を社内外に継続的に発信する。
- 適切な評価制度への転換: 短期的な利益追求に偏った評価制度を見直し、中長期的な企業価値向上に資する健全な経営を評価する方針へ転換する。
全社的な内部統制の見直し方
内部統制報告制度(J-SOX)の改訂などを背景に、企業は内部統制の枠組みを根本から見直す必要があります。従来、内部統制は過去のリスクに基づく統制項目を形式的にチェックするだけの硬直的な運用に陥りがちでした。しかし、事業環境が激しく変化する現代においては、リスクもまた動的に変化します。
- リスクの適時な再評価: 新規事業や海外展開に伴って発生する新たな不正リスクを適時に識別し、コントロールマトリクス(リスクと統制の対応表)を柔軟に更新する。
- 重点領域の評価: サイバーセキュリティや情報システムといった、デジタル化に伴い重要性が増した領域の統制環境を重点的に再評価する。
- グループ全体での評価: 小規模な子会社であっても、グループ全体に重大な影響を及ぼすリスクがあるため、親会社による管理体制の有効性を含めて評価範囲を見直す。
企業は、形式的な文書の維持から脱却し、事業の実態に即した動的なリスク対応プロセスへと内部統制を再構築することが重要です。
リスク評価の解像度を高める視点
実効性のある不正対策を講じるには、リスク評価の「解像度」を高めることが求められます。単一のチェックリストによる画一的な評価では、複雑化する不正リスクを正確に捉えることはできません。
- 具体的な不正シナリオの想定: 事業拠点や部門ごとに、商流や決済プロセスなどの特性を踏まえ、どのような不正が可能かを具体的にシミュレーションする。
- 外部知見の活用: 監査法人と積極的に協議し、業界特有のリスクや他社事例などの専門的な知見を自社のリスク評価に反映させる。
- 非財務情報の考慮: 財務データだけでなく、現場のコミュニケーション状況や特定の従業員への過度な業務集中といった、非財務的な兆候も評価に含める。
多角的な視点からリスクの所在を詳細に特定し、評価の粒度を細かくすることで、限られた経営資源を真に脆弱な領域へ集中的に投下することが可能になります。
内部監査部門と取締役会の連携によるモニタリング実効性の向上
内部監査部門の機能を最大化し、モニタリングの実効性を高めるためには、取締役会や監査委員会との直接的かつ強固な連携が不可欠です。内部監査部門が経営執行部門の監督下にあると、経営層にとって不都合な監査結果が取締役会に報告されず、隠蔽されるリスクがあります。 モニタリングの実効性を向上させるためには、以下の点が重要です。
- 報告ルートの独立性確保: 内部監査部門が、経営執行部門を介さず、取締役会や監査委員会へ直接報告できる独立したレポーティングラインを確立する。
- テクノロジーの活用: データ分析ツールなどを活用して広範な取引を網羅的にモニタリングし、異常な兆候を早期に発見する。
- 現場での実態調査: データ分析で特定された重要な懸念事項については、監査担当者が直接現場に赴き、ヒアリングなどを通じて業務の実態を深く調査する。
テクノロジーを活用した網羅的なモニタリングと、重要なリスクポイントに対する深度ある実地調査を組み合わせることで、監査の実効性は飛躍的に向上します。
まとめ:不正リスク対策の要点とAI監査への備え
本記事では、デロイト トーマツ グループの調査白書を基に、現代企業が直面する不正リスクの実態と、AIを活用した最新の監査手法について解説しました。調査では経営陣の認識と実態の乖離や内部通報制度の課題が指摘されており、不正の3要素(動機・機会・正当化)のうち、特に内部統制でコントロール可能な「機会」を排除することが重要です。近年では、AIが膨大な財務・非財務データを分析し、不正の兆候を早期検知する監査手法が実用化されつつあります。まずは自社の内部統制が形骸化していないか、特に海外子会社やサードパーティのリスク評価が十分かを見直すことが求められます。また、将来のAI監査に備え、データ品質の確保や会計プロセスの透明化を進めることも不可欠です。不正リスクは企業ごとに異なるため、具体的な対策については監査法人などの専門家と協議しながら進めることが重要です。

