強制執行(差し押さえ)の手続きとは?流れ・費用・対象財産を解説
債権回収が思うように進まない、あるいは訴訟で敗訴し自社の資産が差し押さえられるかもしれないといった状況は、経営上の深刻な問題です。このような場合、最終的な法的手段として「強制執行(差し押さえ)」の手続きを検討、あるいは対処する必要に迫られます。この記事では、強制執行の基本的な仕組みから、具体的な申立ての流れ、必要書類、費用、そして財産調査の方法までを網羅的に解説します。債権者・債務者双方の立場から、実務で知っておくべきポイントを整理します。
強制執行(差し押さえ)とは?基本概要と前提条件
強制執行とは国の強制力で債権を回収する手続き
強制執行とは、債務者が支払義務を履行しない場合に、裁判所などの国家機関が強制力をもって債権者の権利を実現する法的手続きです。日本では、債権者が自力で債務者の財産を取り立てる行為(自力救済)は禁止されています。そのため、債務者が任意に支払わないときは、法に定められた手続きにより、国家の力を借りて債権を回収する必要があります。
この手続きは民事執行法に基づいて行われます。債権者の申立てを受けた裁判所が、債務者の財産を差し押さえ、競売などで金銭に換えて債権者に分配(配当)します。これにより、債権者は債務者の意思に関わらず、法的に権利を実現できます。
- 不動産: 土地、建物など
- 債権: 預貯金、給与、売掛金など
- 動産: 現金、貴金属、機械設備など
強制執行の申立てに不可欠な「債務名義」とは
強制執行を申し立てるには、債権の存在と範囲を公的に証明する「債務名義(さいむめいぎ)」という文書が不可欠です。これは、強制執行によって実現されるべき請求権の存在、範囲、債権者、債務者を明記した公文書を指します。単に契約書や請求書があるだけでは強制執行はできず、事前に訴訟などの手続きを経て債務名義を取得しなければなりません。
原則として、債務名義には「執行文(しっこうぶん)」の付与が必要です。これは、その債務名義に強制執行できる効力があることを裁判所書記官や公証人が証明するものです。ただし、仮執行宣言付支払督促など、一部の債務名義では執行文が不要な場合もあります。
債務名義の主な種類(確定判決・和解調書など)
債務名義にはいくつかの種類があり、手続きや状況に応じて使い分けられます。
- 確定判決: 裁判で勝訴し、控訴などがなく内容が確定した判決正本です。
- 仮執行宣言付判決: 判決が確定する前でも、仮に執行できることが認められた判決です。
- 和解調書・調停調書: 裁判上の話し合い(和解・調停)で合意した内容を記載した書面で、確定判決と同じ効力を持ちます。
- 仮執行宣言付支払督促: 簡易裁判所の書記官が発する支払督促に、仮執行の宣言が付されたものです。
- 執行証書: 公証役場で作成された公正証書のうち、債務者が強制執行を承諾する旨の文言(執行認諾文言)が記載されたものです。
強制執行の対象となる財産の種類
債権執行:預金・給与・売掛金など
債権執行は、債務者が第三者(第三債務者)に対して持つ金銭債権を差し押さえる方法で、実務上最も多く利用されます。預貯金の場合は金融機関、給与の場合は勤務先が第三債務者となります。
この手続きは、不動産執行などに比べて費用が比較的安く、迅速に進めやすい点がメリットです。ただし、申立ての際には、債権者側で「〇〇銀行〇〇支店の口座」や「勤務先の名称・所在地」といった情報を特定する必要があります。
不動産執行:土地・建物など
不動産執行は、債務者所有の土地や建物などを差し押さえ、裁判所の競売(けいばい・きょうばい)で売却し、その代金から債権を回収する方法です。不動産は高額な資産が多いため、一度の手続きで大きな債権を回収できる可能性があります。
しかし、対象不動産に住宅ローンなどの抵当権が設定されている場合、抵当権を持つ債権者が優先的に配当を受けます。そのため、後順位の債権者は回収が全くできない「無剰余(むじょうよ)」となるリスクがあります。また、手続きが複雑で、申立てから配当まで半年から1年以上かかることもあります。
動産執行:機械設備・商品・現金など
動産執行は、裁判所の執行官が債務者の自宅や事務所に直接赴き、現金や貴金属、商品、機械設備などの動産を差し押さえる手続きです。ただし、生活に不可欠な家財道具や66万円までの現金などは差押禁止財産として法律で保護されています。
動産は不動産に比べて換金価値が低い傾向にあり、多額の回収は期待しにくい側面があります。一方で、執行官が現地に立ち入ることで債務者に強い心理的プレッシャーを与え、任意での支払いを促す効果が期待できる場合もあります。
【債権者向け】強制執行の申立て手続きの流れと必要書類・費用
強制執行申立てから回収までの基本的な流れ
強制執行の手続きは、債権者が裁判所に申立書を提出することから始まります。ここでは、最も一般的な債権執行(預貯金・給与)の流れを説明します。
- 管轄の裁判所へ強制執行を申し立てる。
- 裁判所が申立てを審査し、要件を満たしていれば差押命令を発令する。
- 差押命令が第三債務者(銀行や勤務先)に送達され、差押えの効力が発生する。
- 差押命令が債務者本人にも送達される。
- 命令送達から一定期間(預金は1週間、給与は4週間)が経過後、債権者が第三債務者から直接支払いを受ける(取立て)。
- 回収が完了したら、裁判所に取立完了届などを提出して手続きを終える。
申立てに必要な主な書類
強制執行を申し立てるには、法律で定められた書類を正確に準備する必要があります。
- 強制執行申立書: 当事者や請求内容などを記載した申立ての本体です。
- 執行文が付与された債務名義の正本: 判決書、和解調書、執行証書などです。
- 債務名義の送達証明書: 債務名義が債務者に送達されたことを証明する書面です。
- 当事者の資格証明書: 当事者が法人の場合は代表者事項証明書(発行後3か月以内)などが必要です。
- 住所等の変更を証明する書類: 債務名義記載の住所と現在の住所が異なる場合に、つながりを証明する住民票などが必要です。
- 各種目録: 請求債権目録、差押債権目録など、差押えの対象を特定するための書類です。
申立てにかかる費用の内訳(収入印紙・郵便切手など)
申立てには、裁判所に納める費用や実費がかかります。これらの費用は債権者が一旦立て替える必要があります。
- 申立手数料(収入印紙): 債権者1名、債務者1名につき4,000円が基本です。
- 予納郵便切手: 裁判所からの書類送達に使用する切手代で、数千円程度が目安です。
- 予納金: 不動産執行や動産執行で必要となる実費で、数万円から数十万円単位になることもあります。
- 登録免許税: 不動産執行の差押登記で必要となります。
- その他: 代表者事項証明書や住民票の取得費用、弁護士に依頼した場合はその報酬などがかかります。
申立て前の検討ポイント:費用倒れのリスクと回収可能性の見極め方
強制執行を申し立てても、債務者に差し押さえるべき財産がなければ、かけた費用が無駄になる「費用倒れ」のリスクがあります。特に不動産執行は予納金が高額なため、申立て前の調査が極めて重要です。
申立て前には、債務者の資産状況を可能な限り調査し、回収の見込みと費用のバランスを慎重に判断する必要があります。例えば、不動産については登記情報を確認して担保権の状況(オーバーローンでないか)を調べ、預金については取引銀行のあたりを付けるなどの準備が求められます。
債務者の財産を調査する主な方法
財産開示手続:債務者本人に財産状況を陳述させる制度
債務者の財産が不明な場合、財産開示手続を利用できます。これは、債権者の申立てに基づき、裁判所が債務者を呼び出して、自己の財産状況について陳述させる制度です。
2020年の民事執行法改正により、正当な理由なく出頭しなかったり、虚偽の陳述をしたりした者には「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」という刑事罰が科されるようになり、手続きの実効性が向上しました。この手続きを利用するには、確定判決などの債務名義が必要です。
第三者からの情報取得手続:金融機関や登記所への照会
債務者本人からだけでなく、金融機関などの第三者から直接、財産情報を取得する第三者からの情報取得手続も利用できます。これも債務名義があることが前提となります。
| 照会先 | 取得できる主な情報 |
|---|---|
| 金融機関 | 預貯金口座の有無、支店名、残高等 |
| 法務局(登記所) | 債務者名義の不動産の有無、所在地等 |
| 市区町村、年金機構等 | 勤務先情報(養育費等の特定の債権の場合) |
【債務者向け】差押命令が届いた場合の対処法
差押命令が届いたらまず確認すべきこと
裁判所から差押命令の書類が届いた場合、まずは慌てずに内容を冷静に確認することが重要です。放置すると、財産が取り立てられたり処分されたりしてしまいます。
- 申立てた債権者の氏名・名称
- 請求されている金額
- 差し押さえられた財産の種類と内容(給与か預金かなど)
- 原因となった債務名義(判決など)に心当たりがあるか
もし請求内容に身に覚えがなかったり、既に支払いが済んでいたりする場合は、速やかに法的な異議申し立てを検討する必要があります。
強制執行を停止・回避するための具体的な交渉や法的手続き
強制執行を止めるには、債権者との交渉か、法的な対抗手段が必要です。
- 債権者との交渉: 分割払いの合意などを取り付け、差押えの取下げを依頼します。
- 請求異議の訴え: 債務名義成立後に生じた事由(弁済など)を主張して、執行力の排除を求める訴訟です。併せて強制執行停止の申立ても行います。
- 債務整理(自己破産・個人再生): 支払不能な状況であれば、弁護士に相談の上で自己破産や個人再生を申し立てます。開始決定が出れば、原則として強制執行は停止または失効します。
財産隠しなど強制執行妨害にあたる禁止行為と注意点
差押えを免れる目的で財産を隠したり、譲渡したり、壊したりする行為は絶対に行ってはいけません。これらの行為は「強制執行妨害目的財産損壊等罪」という犯罪にあたり、「3年以下の懲役もしくは250万円以下の罰金、またはその両方」が科される可能性があります。
特に、破産手続きを検討している場合に財産を隠すと、「詐欺破産罪」というさらに重い罪に問われるほか、借金の支払義務が免除される「免責」が許可されない重大な不利益につながります。安易な財産隠しは行わず、必ず法的な解決策を模索してください。
差押えが事業に与える影響と取引先・金融機関への対応
事業者が差押えを受けると、事業継続に深刻な影響を及ぼす可能性があります。預金口座が差し押さえられると口座が凍結され、仕入代金や手形の決済ができず、不渡りにつながる危険があります。また、売掛金が差し押さえられると取引先にその事実が知られ、信用不安から取引停止に至る恐れもあります。
このような事態に陥った場合は、主要な取引先や金融機関に誠実に状況を説明するとともに、速やかに弁護士などの専門家に相談し、事業再生や債務整理を含めた抜本的な対策を講じることが不可欠です。
強制執行(差し押さえ)に関するよくある質問
相手に財産がない場合、強制執行はどうなりますか?
債務者に差し押さえるべき財産が何もない場合、強制執行は「空振り(執行不能)」に終わります。申立てにかかった費用は債権者の負担となり、回収はできません。ただし、債務名義の効力は消滅しないため、時効期間内であれば、将来債務者が財産を得たタイミングで再度強制執行を申し立てることが可能です。
給与や預金口座は全額差し押さえられるのですか?
いいえ、全額が差し押さえられるわけではありません。特に給与は、債務者の生活を保障するため、法律で差押えが禁止される範囲が定められています。
| 財産の種類 | 差押えの範囲 | 備考 |
|---|---|---|
| 給与 | 原則として、税金等を控除した手取り額の4分の1まで | 手取り月額が33万円を超える場合、差押えの対象となるのは、手取り月額の4分の1、または33万円を超える部分のいずれか高い方となります。 |
| 預金 | 口座にある残高の全額が対象 | ただし、年金など差押禁止債権が振り込まれた口座については、差押えの取消しを求められる場合がある |
強制執行にかかった費用は債務者に請求できますか?
はい、請求できます。申立てにかかった手数料や郵便切手代などの費用は「執行費用」として扱われ、法律上、債務者が負担することになっています。したがって、債権者は本来の請求額に加えて執行費用も、差し押さえた財産から回収することができます。ただし、強制執行が空振りに終わった場合は、結果的に債権者が負担することになります。
まとめ:強制執行を正しく理解し、迅速かつ適切な判断を
本記事では、強制執行(差し押さえ)の概要から具体的な手続き、費用、注意点までを解説しました。債権者にとっては、債務名義の取得を前提に、費用倒れのリスクを避けるための事前の財産調査が成功の鍵を握ります。一方、差押命令を受けた債務者は、事業への影響を最小限に抑えるため、放置せずに内容を精査し、交渉や債務整理といった法的手段を速やかに検討する必要があります。財産隠しなどの行為は刑事罰の対象となり、将来の再建の道を閉ざすことにもなりかねません。強制執行は法律に則った厳格な手続きです。どちらの立場であっても、自社だけで判断せず、早期に弁護士へ相談することが、問題を的確に解決するための第一歩となるでしょう。

