役員辞任の登記手続きガイド|必要書類の書き方から申請の流れまで解説
企業の役員が辞任する際には、法務局への変更登記手続きが法律で義務付けられています。この手続きは辞任日から2週間以内という厳格な期限が設けられており、必要書類の準備や正確な申請書の作成が求められるため、実務担当者にとっては重要な業務の一つです。この記事では、役員辞任に伴う商業登記の申請について、具体的な手続きの流れから必要書類の一覧、各種書類の書き方、費用、注意点までを網羅的に解説します。
役員辞任登記の基本知識
役員が辞任した場合に登記変更が必要な理由
株式会社の役員が辞任した際に変更登記が法律で義務付けられているのは、主に商業登記が持つ公示機能と、取引の安全を守るためです。登記事項は会社の現状を正確に社会に示すものであり、実態と登記内容を一致させる必要があります。登記を怠ると、会社だけでなく辞任した役員自身にも不利益が生じる可能性があります。
- 第三者への対抗要件: 登記簿は会社の公式情報として一般に公開されており、第三者は登記内容を信頼して取引を行います。辞任の登記をしないと、会社は善意の第三者に対して役員の辞任を主張できず、辞任したはずの役員の行為によって会社が責任を負うリスクがあります。
- 辞任した役員の保護: 登記簿に名前が残っていると、辞任後も会社に在籍していると見なされ、会社の取引に関して第三者から損害賠償責任を追及される恐れがあります。自身の責任範囲を明確にするためにも、速やかな登記が不可欠です。
- 法令遵守(コンプライアンス): 会社法では、登記事項に変更が生じた場合、2週間以内に変更登記を申請する義務が定められています。これを怠ると「登記懈怠」となり、代表者個人が過料の制裁を受ける可能性があります。
- 円滑な企業活動の維持: 金融機関からの融資や許認可の申請、重要な契約の締結など、多くの場面で最新の登記事項証明書の提出が求められます。登記が現状と異なっていると、これらの手続きが滞り、事業活動に支障をきたすことがあります。
登記申請の期限は辞任日から2週間以内
役員の辞任に伴う変更登記は、辞任の効力が発生した日から2週間以内に管轄の法務局へ申請しなければならないと会社法第915条第1項で定められています。この期間の起算日は、辞任の効力が発生した日です。例えば、4月1日に辞任した場合、同日を1日目として2週間後の4月15日が申請期限となります。
この期限を過ぎてしまっても登記申請自体は受理されますが、「登記懈怠」として扱われます。その結果、会社法第976条の規定に基づき、会社の代表者個人に対して100万円以下の過料が科される可能性があります。過料の金額は、登記を怠った期間の長さや理由などを考慮して裁判所が決定します。
過料は会社の経費としては認められず、代表取締役が個人として支払わなければなりません。コンプライアンスの観点からも、役員の辞任届を受理した後は、速やかに登記申請の準備を進めることが重要です。
「辞任」「退任」「解任」の基本的な違い
役員がその地位を離れる原因には「辞任」「退任」「解任」があり、それぞれ法的な意味合いや手続きが異なります。登記申請時には、これらの事由を正確に区別して「登記の事由」として記載する必要があります。
| 事由 | 概要 | 意思決定の主体 | 主な具体例 |
|---|---|---|---|
| 辞任 | 役員が自らの意思で役員の地位を辞めること。 | 役員本人 | 一身上の都合による辞任。会社側の承諾は不要。 |
| 退任 | 任期満了や死亡など、本人の意思や会社の決議によらず当然に役員の地位を失うこと。 | (なし) | 任期満了、死亡、定款で定める欠格事由への該当。 |
| 解任 | 会社側(株主総会)の意思決定によって、役員を強制的に辞めさせること。 | 会社(株主総会) | 株主総会の普通決議による解任。正当な理由なき解任は損害賠償請求のリスクあり。 |
役員辞任登記の必要書類一覧
【一覧】役員辞任登記で提出する基本書類
取締役や監査役といった役員が辞任した場合の変更登記で、法務局に提出する基本的な書類は以下の通りです。会社の状況によっては、これ以外の書類が追加で必要になることもあります。
- 株式会社変更登記申請書: どのような登記を申請するのかを記載するメインの書類です。登録免許税として収入印紙を貼付します。
- 辞任届: 辞任する役員本人が、辞任の意思を表明したことを証明する書面です。辞任日、本人の署名または記名押印が必要です。
- 委任状: 司法書士などの代理人に登記申請を依頼する場合に必要です。会社から代理人への委任を証明する書面で、会社実印の押印が求められます。
会社の状況によって追加で必要になる書類
前述の基本書類に加えて、会社の機関設計や辞任する役員の状況に応じて、以下の書類の提出が必要となる場合があります。
- 印鑑証明書: 法務局に印鑑を届け出ている代表取締役が辞任する場合、辞任届に押印した印鑑が本人の実印であることを証明するために添付します(個人の印鑑証明書、発行後3ヶ月以内)。代表権のない役員の辞任届の場合、原則として印鑑証明書の添付は不要です。
- 後任者の就任に関する書類: 辞任によって法律または定款で定められた役員の員数を下回る(員数欠け)場合に必要です。後任者を選任した株主総会議事録や、後任者の就任承諾書、本人確認証明書などが該当します。
- 死亡を証する書面: 役員が死亡により退任した場合に、辞任届の代わりに提出します。戸籍謄本や死亡診断書の写しなどがこれにあたります。
- 印鑑届書: 辞任する代表取締役に代わって、新しく就任する代表取締役が会社の印鑑(実印)を法務局に届け出るために提出します。
【書類別】書き方のポイントと記載例
変更登記申請書の書き方と各項目の解説
変更登記申請書は、登記手続きの根幹となる書類です。法務局のウェブサイトでテンプレートが公開されていますが、記載すべき主な項目は以下の通りです。
- 商号・本店: 登記事項証明書に記載されている通り、正確に記載します。
- 会社法人等番号: この番号を記載すれば、登記事項証明書の添付を省略できます。
- 登記の事由: 「取締役の変更」など、申請内容を簡潔に記載します。
- 登記すべき事項: 登記簿に記録される内容を具体的に記載します。例:「令和〇年〇月〇日取締役山田太郎辞任」のように、日付、役職、氏名、事由を正確に記述します。
- 登録免許税: 納付する税額を記載します。資本金1億円以下の会社は金10,000円、1億円超の会社は金30,000円です。
- 添付書類: 申請書と一緒に提出する書類(辞任届、委任状など)の名称と通数を箇条書きで記載します。
- 申請人: 会社の本店所在地、商号、代表取締役の氏名を記載し、法務局に届け出ている会社実印を押印します。
辞任届の書き方と具体的な記載例
辞任届には法律で定められた様式はありませんが、登記申請の添付書類として機能させるために、記載すべき事項がいくつかあります。辞任の意思と日付が明確にわかるように作成することが重要です。
本文の例としては、「私儀、このたび一身上の都合により、令和〇年〇月〇日をもって貴社の取締役を辞任いたしましたので、ここにお届けいたします。」といった内容を記載します。
- 表題: 「辞任届」と記載します。
- 辞任の意思表示: 役員の職を辞する旨を明確に記述します。
- 辞任日: いつ辞任する(した)のかを「令和〇年〇月〇日」のように具体的に記載します。
- 提出日: 辞任届を会社に提出する日付を記載します。
- 宛名: 「株式会社〇〇 代表取締役 〇〇 殿」のように、会社の正式名称と代表者名を記載します。
- 辞任者の情報: 辞任する本人の住所と氏名を記載し、押印します。代表取締役の辞任で個人の実印を押す場合を除き、認印でも手続きは可能です。
委任状の作成方法(代理人が申請する場合)
司法書士などの代理人に登記申請を依頼する場合は、会社から代理人への委任状が必要です。これにより、代理人が会社の代わりに申請手続きを行う権限を持つことが証明されます。
- 代理人の表示: 委任する代理人(司法書士など)の住所・氏名を記載します。
- 委任事項: どのような手続きを委任するのかを具体的に記載します。例:「当会社の取締役〇〇〇〇の辞任による変更登記申請に関する一切の件」などと記述します。原本還付請求などの権限も併記することが一般的です。
- 日付: 委任状を作成した日付を記載します。
- 委任者の表示: 会社の本店所在地、商号、代表取締役の氏名を記載し、会社実印を押印します。
- 捨印: 書類の軽微な修正を代理人が行えるように、欄外に会社実印を押印しておくことが実務上よく行われます。
役員辞任登記の申請手続きの流れ
役員の辞任が決まってから登記が完了するまでの手続きは、大きく分けて3つのステップで進みます。以下に、一般的な流れを解説します。
- STEP1:必要書類の準備と作成: まず、辞任する役員から辞任届を受領します。次に、辞任によって役員の法定人数を下回らないかなどを確認し、変更登記申請書や委任状など、ケースに応じた必要書類一式を作成・準備します。
- STEP2:管轄の法務局へ登記申請を行う: 書類がすべて揃ったら、会社の本店所在地を管轄する法務局に登記申請を行います。申請方法には、法務局の窓口へ直接持参する方法、郵送で提出する方法、政府の「登記・供託オンライン申請システム」を利用したオンライン申請の3種類があります。
- STEP3:登記完了後の書類受領と確認: 申請後、法務局での審査にはおおむね1〜2週間程度かかります。登記が完了したら、新しい登記事項証明書を取得し、申請内容が正しく反映されているか(辞任した役員の記載など)を必ず確認します。申請時に原本還付を請求した書類があれば、それも受け取ります。
登記完了後に必要な社内外への届出・通知事項
法務局での登記手続きが完了した後も、関係各所への届出や通知が必要です。これらを怠ると、行政手続きや取引に影響が出る可能性があるため、速やかに行いましょう。
- 税務署・都道府県税事務所・市区町村役場: 「異動届出書」を提出し、役員変更の事実を届け出ます。
- 年金事務所: 役員変更に関する届出が必要な場合があります。
- 金融機関: 取引のある銀行や信用金庫などへ、代表取締役の変更届などを提出します。
- 許認可を受けている行政庁: 建設業許可や古物商許可など、事業に必要な許認可を受けている場合、役員変更の届出が義務付けられていることがあります。
- 取引先など: 役員交代の挨拶状を送付したり、自社のウェブサイトの役員情報を更新したりして、社外の関係者に変更を周知します。
役員辞任登記にかかる費用(登録免許税)
登録免許税の金額と納付方法
役員の辞任に伴う変更登記を申請する際には、登録免許税という税金を国に納める必要があります。この税額は、変更する役員の人数にかかわらず、申請1件あたりの定額です。
- 資本金の額が1億円以下の会社: 10,000円
- 資本金の額が1億円を超える会社: 30,000円
納付は、申請書に税額分の収入印紙を貼付して行います。収入印紙は郵便局や法務局内の印紙売場で購入できます。貼付した収入印紙に消印はせず、そのまま提出します。オンライン申請の場合は、インターネットバンキングなどを利用した電子納付も可能です。
役員辞任登記における注意点
辞任により役員の法定人数を下回る場合の対応
役員の辞任にあたって、特に注意が必要なのが、辞任によって会社法や自社の定款で定められた役員の最低人数を下回ってしまうケースです。例えば、取締役会設置会社は取締役が3名以上必要ですが、3名のうち1名が辞任すると、この法定要件を満たせなくなります。
このような場合、辞任した役員は後任者が就任するまでの間、役員としての権利と義務を引き続き有することになります(会社法第346条第1項)。つまり、辞任の意思表示をしても法的には役員の責任から完全に解放されません。
この状況を解消するためには、辞任登記の前提として、株主総会で後任の役員を選任する必要があります。実務上は、辞任する役員の退任登記と、後任役員の就任登記を同時に申請することになります。
「権利義務役員」とは?辞任後も役員の責任が残るケース
役員の辞任や任期満了によって法定または定款で定める員数を欠くことになった場合、後任者が就任するまで役員としての職務を継続しなければならない人物を「権利義務役員」と呼びます。
権利義務役員は、辞任後も取締役会への出席義務や経営判断に対する責任(善管注意義務など)を負い続けます。辞任した本人にとっては意図せず責任が継続する不安定な状態であり、会社にとってもガバナンス上のリスクとなり得ます。
この状態は、後任者が就任するか、定款を変更して役員の最低員数を減らす(例:取締役会を廃止する)などの対策を講じない限り解消されません。役員の辞任申し出があった際は、まず員数に不足が生じないかを確認することが極めて重要です。
代表取締役が辞任する場合の特有の手続きと留意点
代表取締役が辞任する場合は、一般の取締役の辞任とは異なる特有の注意点があります。手続きを誤ると、会社の意思決定に支障をきたす可能性があるため慎重な対応が求められます。
- 辞任の範囲の確認: 代表取締役の地位のみを辞して平取締役として残るのか、取締役の地位そのものを辞任するのかを明確にする必要があります。
- 辞任届への押印: 会社の代表権の乗っ取りを防ぐため、代表取締役の辞任届には原則として個人の実印を押し、発行後3ヶ月以内の印鑑証明書を添付する必要があります。
- 後任者の選定と登記: 代表取締役が不在とならないよう、速やかに後任者を選定し、就任登記を辞任登記と同時に行うのが一般的です。
- 会社実印の改印手続き: 新しい代表取締役が就任する場合、法務局に届け出ている会社実印の印鑑届書を新たに提出する必要があります。これに伴い、印鑑カードの再発行手続きも発生します。
まとめ:役員辞任登記を正確かつ期限内に進めるための要点
本記事では、役員辞任に伴う変更登記の手続きについて解説しました。重要なポイントは、辞任の効力発生日から2週間以内に登記申請を完了させること、そして会社の状況に応じた適切な書類を不備なく準備することです。特に、辞任によって役員の法定人数を下回る「員数欠け」が生じる場合は、後任者の選任登記も同時に行う必要があるため、事前の確認が不可欠です。本記事で解説した手順と注意点を参考に、正確な書類作成と期限内の申請を心がけてください。登記完了後も、税務署や金融機関など関係各所への届出が必要となるため、一連の手続きを漏れなく進めましょう。

