仮差押え取下げの和解契約書|条項の書き方と文例、手続きを解説
仮差押えを受けた資産を早期に解放するため、相手方との和解交渉を進め、ようやく合意に至った状況かと存じます。しかし、いざ取下げを盛り込んだ和解契約書を作成する段階になると、どのような条項を、どのような文言で定めれば将来の紛争を予防し、合意内容を確実に履行させられるのか、実務上の判断に迷うことも少なくありません。この記事では、仮差押えの取下げを伴う和解契約書について、盛り込むべき必須項目から具体的な条項の文例、債権者・債務者それぞれの立場で注意すべきポイントまでを網羅的に解説します。
仮差押えの取下げにおける和解契約書の重要性
口頭の合意だけでは不十分な理由と契約書の法的効力
民事保全手続において仮差押えが実行された後、当事者間の話し合いで和解に至ることは少なくありませんが、その合意を口頭のみで済ませることは後々の紛争の火種となり、非常に危険です。 法的には口頭の合意も契約として有効ですが、合意の存在や具体的な内容を客観的に証明する手段がないためです。
- 記憶違いや解釈の相違から「言った、言わない」の争いに発展しやすい
- 金銭の支払額や支払日、取下げの時期などの重要事項が曖昧になる
- 第三者や裁判所に対して合意内容を証明することが極めて困難である
これらのリスクを回避し、合意内容を明確な証拠として残すために、署名押印のある和解契約書を作成することが不可欠です。 ただし、当事者間で作成した私署証書である和解契約書には、それ自体に執行力はありません。相手方が支払いを怠った場合、この契約書を証拠に改めて訴訟を提起し、判決などの債務名義を得て初めて強制執行が可能になります。 より強力な効力を持たせたい場合は、和解契約の内容を強制執行認諾文言付きの公正証書にすることが有効です。これにより、裁判を経ずに直ちに強制執行手続きを開始できます。
仮差押え取下げ和解契約書に盛り込むべき必須項目
後々のトラブルを防ぐための主要な記載条項一覧
仮差押えの取下げを伴う和解契約書には、将来の紛争を予防し、和解内容の確実な履行を確保するために、以下の条項を漏れなく盛り込むことが重要です。
- 当事者の特定: 契約する債権者と債務者を正確に記載します。
- 和解対象の紛争の特定: どの債権債務に関する和解なのかを明確にします。
- 債務承認: 債務者が支払義務を負う債務の総額を明記します。
- 支払条件: 支払方法(一括・分割)、支払日、支払先口座などを具体的に定めます。
- 仮差押えの取下げ: いつ、どのような条件で仮差押えを取り下げるかを明記します。
- 担保取消への同意: 債権者が供託金を回収するための、債務者による担保取消への同意と権利行使をしない旨の約束を定めます。
- 期限の利益喪失: 分割払いの支払いが滞った場合に、残額を一括で請求できる条件を定めます。
- 遅延損害金: 支払いが遅れた場合のペナルティとなる損害金の利率を定めます。
- 清算条項: 本契約で定める以外に相互に債権債務がないことを確認し、紛争を終局的に解決させます。
【項目別】仮差押え取下げ和解条項の書き方と文例
債務の承認と支払条件(一括または分割)に関する条項
和解契約の中核をなすのが、債務者が債務の存在と金額を認め、その具体的な支払方法を定める条項です。 債務承認条項では、「債務者は、債権者に対し、本日現在、〇〇に関する債務として、元利合計金〇〇円の支払義務があることを承認する」のように、債務の総額を明確に記載します。 支払条件が一括払いの場合は、支払期日、振込先口座情報、振込手数料の負担者(通常は債務者)を具体的に定めます。 分割払いとする場合は、後のトラブルを避けるために、以下の項目を詳細に規定します。
- 初回および最終の支払日
- 毎月の支払額と支払日(例:毎月末日限り)
- 支払回数(総回数)
分割払いで特に重要なのが、支払いが滞った際の期限の利益喪失条項です。例えば、「債務者が分割金の支払いを1回でも怠ったときは、債権者からの通知催告なくして当然に期限の利益を失い、残元金全額及びこれに対する年〇%の割合による遅延損害金を直ちに支払う」といった文言を入れ、不履行時のリスクに備えます。
仮差押えの取下げ義務と履行時期を明記する条項
債務者にとって和解に応じる最大の目的は仮差押えの解除であるため、取下げの時期と条件を明確に定めることが極めて重要です。取下げのタイミングは、当事者の力関係や信頼度に応じて、以下のようなパターンが考えられます。
- 和解契約の締結と同時
- 和解金の一部(頭金)の支払確認後
- 和解金の全額完済後
条項の文例としては、「債権者は、債務者から本和解契約第〇条に定める金員の支払を受けた後、5営業日以内に、〇〇地方裁判所令和〇年(ヨ)第〇〇号仮差押命令申立事件の取下げ手続きを行う」のように具体的に記載します。 また、取下げが実行されたことを債務者が確認できるよう、「債権者は、前項の取下げ後、速やかに裁判所の受付印のある取下書の写しを債務者に交付する」といった条項を加えることも有効です。
担保取消(供託金回収)への協力義務に関する条項
債権者は仮差押えを申し立てる際、裁判所に担保金(供託金)を預けています。和解によって事件が終了した後、債権者がこの担保金を回収するには、原則として債務者の協力が必要です。 そのため、和解契約書には、債務者が担保金の回収手続きに協力することを約束する条項を必ず盛り込みます。
- 担保取消への同意: 「債務者は、債権者が〇〇法務局に供託した担保(令和〇年度金第〇〇号)の取消に同意する」と記載します。
- 抗告権の放棄: 「債務者は、前項の担保取消決定に対し抗告しない」と記載し、手続きの遅延を防ぎます。
- 損害賠償請求権の放棄: 「債務者は、本件仮差押えによって生じたいかなる損害賠償請求権も放棄する」と記載し、後の請求リスクをなくします。
これらの条項により、債権者は「権利行使の催告」といった時間のかかる手続きを省略し、迅速に供託金を回収できます。
清算条項(債権債務関係の不存在確認や口外禁止など)
清算条項は、和解によって対象となった紛争を完全に解決し、将来の蒸し返しを防ぐために不可欠な条項です。 一般的には、「債権者及び債務者は、本件に関し、本和解契約に定めるもののほか、両者間に何らの債権債務も存在しないことを相互に確認する」といった文言で規定します。これにより、後から追加の請求が行われることを防ぎます。 ただし、本件とは別に継続的な取引があるなど、清算の対象外としたい債権債務が存在する場合は、その旨を「〇〇に関する売掛金債権を除く」のように具体的に明記し、意図しない債権まで消滅させてしまわないよう注意が必要です。 また、紛争の経緯や和解内容のプライバシーを守るため、口外禁止条項(秘密保持条項)を設けることもあります。「甲及び乙は、正当な理由なく、本和解の内容を第三者に開示、漏洩しない」といった内容が一般的です。
和解契約書を作成する際の注意点
【債権者側】和解後の不履行リスクに備える条項の定め方
債権者が仮差押えを取り下げた後、債務者が和解内容を履行しないことが最大のリスクです。この不履行リスクに備えるため、以下の対策を講じることが重要です。
- 期限の利益喪失条項の明確化: 「分割金の支払いを1回でも怠ったとき」など、債務不履行の具体的な条件を厳格に定めます。
- 遅延損害金の定め: 支払いが遅れた場合のペナルティとして、明確な利率(例:年14.6%など)の遅延損害金を規定します。
- 連帯保証人の追加: 債務者の資力に不安がある場合、連帯保証人を立てさせ、契約書に署名押印を求めます。
- 公正証書の作成: 最も強力な対策として、和解契約を強制執行認諾文言付きの公正証書にすることを検討します。これにより、裁判を経ずに強制執行が可能となります。
【債務者側】確実に差押えを解除するための確認事項
債務者にとっては、約束通り支払いをしたにもかかわらず、仮差押えが解除されないことが最大のリスクです。これを防ぐため、和解契約書において以下の点を確認する必要があります。
- 取下げ時期の具体化: 「和解金〇〇円の入金確認後、3営業日以内に」など、債権者の取下げ義務の履行期限を明確に定めます。
- 取下げの証明方法の規定: 債権者に対し、裁判所の受付印がある「取下書」の写しを交付する義務を課します。
- 解除までのタイムラグの認識: 銀行口座の凍結解除などには、裁判所の手続き後も数日かかることを理解し、資金計画を立てます。
- 不動産の場合の確認: 不動産の仮差押えの場合は、法務局で登記が抹消されたことを示す登記事項証明書の取得を求めます。
和解契約を公正証書にするメリットと検討タイミング
和解契約を公正証書にする最大のメリットは、契約書に執行力を持たせられる点です。債務者が金銭の支払いを怠った場合、訴訟を起こすことなく、直ちに給与や預金などの財産を差し押さえる強制執行が可能になります。 公正証書の作成は、特に以下のような場合に検討すべきです。
- 分割払いの期間が長期にわたる場合
- 和解金の総額が高額である場合
- 債務者の資力や信用状態に不安がある場合
- 仮差押えを取り下げることが和解の条件となっている場合(担保を失う代わりの保全策として)
和解成立から仮差押え取下げ完了までの手続きフロー
和解契約の締結から取下申立てまでの具体的なステップ
和解成立から仮差押えが実際に解除されるまでの手続きは、以下の流れで進みます。
- 和解契約書の作成・締結: 当事者双方が合意内容を確認し、署名押印します。
- 和解金の支払い: 債務者が契約内容に基づき、和解金(または頭金)を支払います。
- 入金確認: 債権者が和解金の入金を確認します。
- 取下書の提出: 債権者が管轄の裁判所に「保全命令申立取下書」を提出します。
- 裁判所による受理・通知: 裁判所が取下げを受理し、法務局(不動産の場合)や第三債務者(銀行など)に通知します。
- 仮差押えの解除・抹消: 各機関での手続きが完了し、資産の凍結が解除されたり、登記が抹消されたりします。
支払と取下げの同時履行を担保するための実務上の工夫
和解金の支払いと仮差押えの取下げは、どちらが先に履行するかで当事者双方に不安が生じがちです。この問題を解決し、同時履行に近い状態を確保するため、実務では以下のような工夫がなされます。
- 代理人弁護士の活用: 債務者が代理人弁護士の預かり金口座に送金し、着金確認と同時に弁護士が裁判所へ取下書を提出する方法です。
- 当事者対面での手続き: 調印の場で債務者が現金等で支払い、債権者がその場で受領証と引き換えに取下書一式を交付、あるいは一緒に裁判所へ提出に向かう方法です。
取下げに必要な書類と申立てから完了までの所要期間
仮差押えの取下げ申立てには、一般的に以下の書類が必要です。
- 保全命令申立取下書
- 当事者目録、請求債権目録、物件目録など
- 委任状(代理人弁護士に依頼する場合)
- 法人の場合は代表者の資格証明書(発行から3か月以内)
申立てから仮差押えの効力が失われるまでの期間は、対象財産によって異なります。
| 対象財産 | 所要期間の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 預金債権 | おおむね1週間~2週間程度 | 裁判所から銀行への通知送達と、銀行内の事務処理に時間がかかります。 |
| 不動産 | おおむね1週間~2週間程度 | 裁判所から法務局への登記嘱託と、法務局での登記抹消処理に時間がかかります。 |
仮差押えの取下げに関するよくある質問
和解条項で定めた支払いを相手が守らない場合はどうなりますか?
和解契約の内容を債務者が履行しない場合の対応は、契約書の種類によって大きく異なります。
| 契約書の種類 | 対応方法 |
|---|---|
| 強制執行認諾文言付き公正証書 | 訴訟を経ずに、直ちに債務者の財産(給与、預金など)に対する強制執行を申し立てることができます。 |
| 私署証書(通常の契約書) | 直ちに強制執行はできません。和解契約書を証拠として、改めて訴訟を提起し、勝訴判決などの債務名義を得る必要があります。 |
どちらの場合も、通常は期限の利益喪失条項により、残額の一括請求が可能となります。
和解が成立すれば、すぐに資産の凍結は解除されますか?
いいえ、和解契約が成立しただけでは資産の凍結は解除されません。 凍結が解除されるには、債権者による裁判所への取下げ申立てと、その後の公的機関での手続きが必要です。このプロセスには時間がかかるため、和解成立から実際に資産が利用可能になるまでには、通常おおむね1週間から2週間程度のタイムラグが生じます。この期間を考慮して、資金繰りなどを計画する必要があります。
仮差押え取下げの申立ては誰が行うのですか?
仮差押えの取下げ申立ては、その申立てを行った債権者本人(またはその代理人弁護士)が行う必要があります。 債務者が裁判所に和解契約書を持参しても、裁判所が職権で仮差押えを取り消すことはありません。そのため、債務者としては、和解契約の中で債権者に対し、いつまでに取下げ手続きを行うかを明確に約束させることが非常に重要です。
弁護士に依頼せず当事者だけで和解契約書を作成しても有効ですか?
当事者だけで作成した和解契約書も、法律上は有効に成立します。しかし、専門知識がないまま作成すると、重大なリスクが伴います。
- 法的に重要な条項(期限の利益喪失、担保取消同意、清算条項など)が抜け落ちる可能性がある。
- 条項の文言が曖昧で、後日解釈をめぐる新たな紛争が生じる恐れがある。
- 契約書に執行力がないため、相手方が不履行の場合、改めて訴訟を起こす手間と費用がかかる。
これらのリスクを回避し、確実な紛争解決を図るためには、弁護士などの専門家に依頼するか、少なくとも内容のチェックを受けることを強く推奨します。
まとめ:仮差押えの取下げを確実にする和解契約書のポイント
この記事では、仮差押えの取下げを伴う和解契約書について、盛り込むべき条項や実務上の注意点を解説しました。口頭合意のリスクを避け、紛争を確実に終結させるためには、債務承認、支払条件、仮差押えの取下げ義務、担保取消への同意、清算条項といった必須項目を網羅した書面を作成することが不可欠です。債権者側は不履行リスクに備えて期限の利益喪失条項や公正証書化を検討し、債務者側は取下げ時期の明記によって確実な解除を担保するなど、双方の立場に応じた条項の作り込みが重要となります。和解契約は将来の紛争の火種を残さないよう、具体的な文言で互いの権利義務を明確に規定することが肝要です。自社に不利な点や不明な点があれば、契約締結前に弁護士などの専門家に相談し、万全を期すようにしてください。

