警察の違法捜査で損害を受けたら?国家賠償請求の要件と手続きを解説
警察による不当な捜査や誤認逮捕によって精神的・経済的な損害を受けた場合、泣き寝入りする必要はありません。国や地方公共団体に対して、国家賠償法に基づき損害の賠償を請求できる可能性があります。この記事では、警察の違法な捜査活動に対して損害賠償を求めるための法的根拠、認められるための要件、具体的な手続きの流れについて詳しく解説します。
警察への損害賠償請求が問題となる典型的なケース
誤認逮捕・不当な身柄拘束
警察による誤認逮捕や不当な身柄拘束は、国家賠償請求が認められやすい典型的なケースです。逮捕は個人の自由を著しく制約する強制処分であるため、客観的に合理的な嫌疑がなければ違法となります。
- 独善的な法令解釈に基づき、十分な裏付け捜査をせずに逮捕した。
- 被疑者に有利な証拠(アリバイなど)を無視して逮捕を強行した。
- 捜査機関が収集した証拠の証明力が著しく低いにもかかわらず、逮捕の必要性を判断した。
無実の人が長期間拘束された場合、精神的苦痛に加え、失職による経済的損失なども賠償の対象となります。
違法な取調べ(自白の強要・暴行・脅迫など)
取調べにおける自白の強要や暴行・脅迫は、憲法で保障された黙秘権などを侵害する重大な違法行為です。このような手法で得られた自白は、裁判で証拠として採用されません。
- 暴行や脅迫を用いて自白を迫る行為。
- 偽計を用いて被疑者を騙し、虚偽の自白をさせる行為。
- 被疑者の重要な弁解を供述調書に記載せず、犯行を認めたかのように内容を誘導する行為。
- 被疑者の修正要求を無視して虚偽の調書を作成し、署名・指印を強要する行為。
不適切な取調べは冤罪の温床となるため、近年は取調べの録音・録画(可視化)が進められています。
違法な捜索・差押え
捜索や差押えは、個人のプライバシーや財産権を侵害する強制処分のため、原則として裁判官が発付する令状が必要です。令状主義に反する捜査は違法と判断されます。
- 令状に記載された範囲を逸脱し、事件と無関係な場所を捜索する。
- 令状に記載のない物を強制的に差し押さえる。
- 虚偽の疎明資料で裁判官を欺き、令状の発付を受ける。
- 合理的な理由なく、関連性の判断が可能なデジタル機器を丸ごと差し押さえる。
令状に基づく場合でも、社会通念上相当な範囲を超えた方法で行われた捜索・差押えは、国家賠償の対象となる可能性があります。
その他の不適切な捜査活動
逮捕や取調べ以外にも、様々な捜査活動において違法性が問われることがあります。個人の権利と捜査の必要性のバランスを著しく欠く行為は、国家賠償請求の根拠となり得ます。
- 裁判官の令状を得ずにGPS端末で車両の動静を継続的に監視する捜査。
- 被疑者の同意なく、職務質問の際に所持品検査を行う行為。
- 鑑定資料を意図的に全て消費し、再鑑定の機会を奪う行為。
- 証拠物を紛失したにもかかわらず、虚偽の記録を作成する行為。
捜査の開始から証拠の管理に至るまで、全過程で適正な手続きが遵守されているかが問われます。
損害賠償請求の法的根拠と関連制度
基本となる「国家賠償法」の概要
警察官の違法な職務行為によって損害を受けた場合、その賠償を求める根拠となるのが国家賠償法です。この法律は、公務員の行為による損害を国や地方公共団体が賠償することを定めています。
- 公務員が職務を行う中で、故意または過失により違法に損害を与えた場合に適用される。
- 賠償責任を負うのは公務員個人ではなく、国や地方公共団体(直接責任を負う仕組み)。
- これにより、被害者は公務員個人の資力に関係なく、確実な救済を受けられる。
- 国などが賠償した後、公務員個人に故意や重過失があれば、国からその公務員へ求償権を行使することがある。
警察官の行為が客観的に職務行為と見えるものであれば、たとえ私的な目的があったとしても国家賠償法が適用されます。
刑事補償法との違い(起訴後に無罪判決を受けた場合)
刑事補償法は、刑事裁判で無罪判決が確定した人に対し、国が身柄拘束による不利益を補償する制度です。国家賠償法とは異なり、捜査の違法性や捜査官の過失を問いません。無罪になったという事実だけで補償が受けられます。
補償額は拘束された日数に応じて1日あたり1,000円から12,500円の範囲で定められており、実損害の全てをカバーするものではありません。そのため、補償額を超える損害がある場合は、別途、国家賠償請求を検討する必要があります。
被疑者補償規程との違い(捜査後に不起訴処分となった場合)
被疑者補償規程は、逮捕・勾留されたものの、起訴されずに不起訴処分となった場合に適用されることがある制度です。これは法律ではなく法務省の訓令に基づくもので、補償を受けるためのハードルは非常に高いとされています。
補償が認められるのは「罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるとき」に限られ、実務上は「嫌疑なし」の場合が中心です。「嫌疑不十分」では認められないことが多く、検察官の裁量に委ねられています。この制度による補償だけでは不十分な場合、国家賠償請求を併せて行うこともあります。
各制度の適用場面と関係性の整理
身体拘束を受けた場合、刑事手続きの段階に応じて利用できる制度が異なります。国家賠償法は、捜査の違法性を追及し、より実態に即した損害賠償を求めるための制度です。
| 項目 | 国家賠償法 | 刑事補償法 | 被疑者補償規程 |
|---|---|---|---|
| 根拠法規 | 国家賠償法 | 刑事補償法 | 法務省訓令 |
| 対象者 | 違法な公務で損害を受けた者 | 起訴後に無罪が確定した者 | 逮捕後に不起訴となった者 |
| 責任要件 | 公務員の故意・過失が必要 | 不要(無過失責任) | 不要(ただし検察官の裁量) |
| 請求内容 | 実損害額(財産的・精神的) | 拘束日数に応じた補償金 | 刑事補償法に準じた補償金 |
| 請求のハードル | 違法性の立証が必要で高い | 無罪確定が要件 | 「嫌疑なし」などハードルが高い |
刑事補償や被疑者補償を受けた後でも、損害が全額填補されていない場合は、その差額分を国家賠償請求で求めることが可能です。
国家賠償請求が認められるための法的要件
警察官(公務員)の職務上の行為であること
国家賠償請求の対象は、公務員の職務執行に関する行為でなければなりません。この判断は、その行為が客観的に職務行為の外観を持つか(外形標準説)によって決まります。
例えば、制服警官によるパトロール中の行為や、警察署内での取調べは、職務上の行為とみなされます。警察官が本来すべき職務を怠ったこと(不作為)によって損害が生じた場合も、この要件を満たすことがあります。
職務行為における故意または過失の存在
賠償責任が認められるには、警察官に故意または過失があったことが必要です。過失とは、警察官が職務上、通常払うべき注意を怠ったこと(職務上の注意義務違反)を指します。
具体的には、当時の状況や証拠に基づき、捜査の専門家として結果を予見し、それを回避する義務があったにもかかわらず、漫然と違法な行為に及んだ場合に過失が認定されます。単なる判断ミスではなく、客観的に見て不合理な判断であったかどうかが問われます。
捜査行為の違法性が認められること
単に捜査の結果として被疑者が無罪になったというだけでは、直ちに捜査が違法だったことにはなりません。国家賠償が認められるには、その捜査行為が職務上尽くすべき義務に違反し、法的に違法であると評価される必要があります。
裁判所は、捜査時点での証拠状況などを踏まえ、逮捕や捜索の判断に客観的に合理的な根拠が欠けていたかを慎重に判断します。法令に違反する行為や、個人の人権を不当に侵害する社会通念上許されない行為は、違法と評価されます。
違法行為と損害発生との間に因果関係があること
違法な捜査行為と発生した損害との間には、相当因果関係がなければなりません。これは、「その行為がなければ、その損害は発生しなかった」といえる関係であり、かつ社会通念上、その行為からその損害が生じることが通常と認められる関係を意味します。
例えば、違法な逮捕が直接の原因で会社を解雇された場合、逸失利益は賠償の対象となります。しかし、逮捕とは無関係な会社の経営不振で失職した場合は、因果関係が否定されます。因果関係の立証は、原告側が行う必要があります。
捜査の「違法性」を立証する上での具体的なポイント
捜査の違法性を立証するには、警察官の判断が客観的合理性を欠いていたことを具体的に示す必要があります。
- 逮捕状請求の際、被疑者に有利な証拠を意図的に隠蔽・無視したこと。
- 最低限の裏付け捜査(防犯カメラの確認など)を怠ったこと。
- 取調べの録音・録画データから、自白の強要や不当な誘導が明らかであること。
- 警察内部の通達や規則に反する手続きが行われていたこと。
これらの点を明らかにするには、刑事手続で開示された捜査記録の精査や、担当捜査官への証人尋問が不可欠です。
請求できる損害賠償の範囲と慰謝料の相場
財産的損害(逸失利益・治療費・弁護士費用など)
不当な捜査によって生じた具体的な経済的損失を財産的損害として請求できます。損害額は、客観的な証拠に基づいて算出する必要があります。
- 逸失利益: 不当な身柄拘束中の給与や、逮捕が原因で解雇された場合の将来の収入減。
- 治療費: 違法な取調べによる傷害や精神疾患の治療にかかった費用。
- 弁護士費用: 国家賠償請求訴訟を依頼した弁護士への着手金や報酬金(裁判所が賠償の一部として認める額は、認容額の概ね1割程度が目安となる)。
- 物的損害: 違法な家宅捜索でドアや備品が破壊された場合の修理費など。
精神的損害(慰謝料)
不当な捜査によって受けた精神的な苦痛は、精神的損害(慰謝料)として金銭に換算して請求します。慰謝料は、権利侵害の程度や行為の悪質性などを総合的に考慮して算定されます。
- 逮捕され、手錠をかけられたことによる屈辱や恐怖。
- 留置場での不自由な生活を強いられた苦痛。
- 犯罪者の疑いをかけられ、名誉や信用を傷つけられたこと。
- 実名報道により、社会生活に多大な支障が生じたこと。
被害者本人だけでなく、その家族が受けた精神的苦痛についても、近親者固有の慰謝料が認められる場合があります。
慰謝料の算定で考慮される要素と金額の目安
慰謝料の額はケースバイケースですが、裁判所はいくつかの要素を考慮して金額を決定します。日本の司法では懲罰的損害賠償の制度がないため、欧米に比べて高額にはなりにくい傾向があります。
- 身柄拘束の期間: 拘束期間が長いほど高額になる。
- 捜査行為の悪質性: 証拠捏造など悪質なケースでは増額される。
- 被害者の社会的地位や生活への影響: 地位の喪失や家庭崩壊など影響が甚大な場合は高額になる。
金額の目安として、数日間の誤認逮捕であれば数十万円程度、長期間の勾留を経て無罪となった場合は数百万円から一千万円を超えるケースもあります。
損害賠償請求の具体的な手続きと流れ
証拠の収集・保全(捜査記録、診断書など)
損害賠償請求を成功させるには、捜査の違法性を客観的に示す証拠の収集が最も重要です。
- 捜査記録: 逮捕状請求書、供述調書、捜査報告書など。
- 取調べの録音・録画データ: 自白の任意性や取調べ手法を検証するための重要証拠。
- 診断書: 暴行による傷害や精神的ストレスによる疾患を証明する医師の診断書。
- その他: 警察とのやり取りの記録(メモ、録音)、目撃者の証言など。
これらの証拠は、弁護士を通じて文書提出命令などの法的手続きを用いて入手を目指します。
弁護士への相談と方針の決定
証拠がある程度集まったら、国家賠償請求に詳しい弁護士に相談します。弁護士は、証拠に基づいて勝訴の見込みや法的な主張の構成を検討し、今後の具体的な方針を決定します。
- 訴訟を提起するか、事前の交渉で和解を目指すか。
- 刑事補償法など他の制度とどのように連携させるか。
- 請求する損害賠償額の算定。
- 訴訟にかかる期間や費用の見通し。
警察という大きな組織を相手にする訴訟は負担が大きいため、信頼できる弁護士との連携が不可欠です。
国家賠償請求訴訟の提起
方針が固まったら、裁判所に訴状を提出して国家賠償請求訴訟を提起します。被告は、警察官個人ではなく、国または都道府県となります。
訴状には、誰のどのような行為が違法で、それによってどのような損害が発生したのか、そして両者の因果関係を具体的に記載します。訴訟を提起する裁判所は、被告の所在地や不法行為があった場所などを管轄する地方裁判所です。
訴訟における主張・立証活動
訴訟が始まると、法廷で原告(被害者側)と被告(国・都道府県側)が互いに主張と反論を繰り返します。原告側は、集めた証拠に基づき、捜査の違法性を具体的に立証していく必要があります。
- 準備書面を提出し、法的な主張を詳細に展開する。
- 証拠を提出し、捜査の不合理性を明らかにする。
- 担当捜査官などを証人として尋問し、供述の矛盾を追及する。
- 裁判所からの和解勧告に応じるか検討する。
判決または和解による解決までの期間
国家賠償請求訴訟は、一般的な民事訴訟に比べて長期化する傾向があり、第一審判決まで1年から3年程度かかることも珍しくありません。
裁判の途中で和解が成立すれば、期間は短縮されます。和解では、金銭支払いだけでなく、謝罪の意を表す文言を盛り込む交渉も可能です。判決に不服がある場合は控訴・上告することができ、最終的な解決までには5年以上を要するケースもあります。
損害賠償請求権の消滅時効に注意
国家賠償を請求する権利には消滅時効があり、期限を過ぎると請求できなくなります。原則として、被害者が損害および加害者を知った時から3年間です。
ただし、生命または身体を害する不法行為(暴行による傷害や精神疾患など)による損害については、時効期間が5年間に延長されています。また、不法行為の時から20年が経過した場合も権利が消滅します。時効の完成を中断させるためにも、早めに弁護士に相談することが重要です。
警察への損害賠償請求における弁護士の役割と重要性
捜査の違法性を立証するための専門的知見
警察の捜査の違法性を法的に証明するには、刑事手続きや判例に関する高度な専門知識が不可欠です。弁護士は、その専門的知見を活かして、警察側の主張に対抗します。
- 膨大な捜査記録から法的な問題点や矛盾を的確に抽出する。
- 過去の裁判例を分析し、効果的な主張を組み立てる。
- 捜査官の裁量の範囲を逸脱している点を論理的に指摘する。
証拠収集や複雑な訴訟手続きの代理
個人で警察組織と対等に渡り合うことは困難です。弁護士は、被害者の代理人として、複雑な手続きを遂行し、有利な証拠の確保に努めます。
- 文書提出命令などの法的手段を駆使し、警察が保有する内部資料の開示を求める。
- 訴状や準備書面など、専門的な裁判書類を作成・提出する。
- 法廷で捜査官に直接尋問し、証言の矛盾を追及して真実を明らかにする。
精神的負担の軽減と適切な賠償額の主張
不当な捜査を受けた被害者は、深刻な精神的ダメージを負っています。弁護士は、法的なサポートだけでなく、精神的な支えとしても重要な役割を果たします。
- 被害者に代わって警察側との交渉や連絡を行い、直接対峙する負担をなくす。
- 被害者の苦痛を法的な主張に落とし込み、正当な慰謝料額を請求する。
- 和解交渉において、金銭だけでなく謝罪表明など名誉回復につながる条件を引き出す。
警察への損害賠償請求に関するよくある質問
誤認逮捕の場合、担当警察官個人に責任を問えますか?
原則として、担当警察官個人に直接、損害賠償を請求することはできません。国家賠償法は、公務員の職務行為による損害について、国や地方公共団体が直接責任を負う仕組みを採用しています。これは、被害者の救済を確実にするためです。ただし、国が賠償金を支払った後、警察官に故意や重大な過失があった場合には、国からその警察官個人に対して求償(支払った分の返還請求)が行われることがあります。
損害賠償とは別に、警察から公式な謝罪は求められますか?
裁判所の判決によって、警察に謝罪を法的に強制することはできません。裁判所が行うのは、あくまで金銭賠償の命令です。しかし、訴訟の過程で行われる和解交渉の中で、和解条項に謝罪や遺憾の意を示す文言を盛り込むよう求めることは可能です。事実上の謝罪を得るためには、この和解手続きが重要な機会となります。
誤認逮捕や不起訴で釈放された場合、前科はつきますか?
前科はつきません。前科とは、刑事裁判で有罪判決が確定した履歴のことです。捜査の段階で釈放されたり、裁判で無罪になったりした場合は、法的に前科は一切残りません。ただし、捜査対象になったという記録(前歴)は警察内部のデータとして残ります。この前歴情報が一般に公開されることはありません。
国家賠償の慰謝料が比較的低いとされるのはなぜですか?
日本の損害賠償制度が、受けた損害を埋め合わせる「損害の填補」を目的としているためです。加害者に罰を与えることを目的とする「懲罰的損害賠償」の制度がないため、欧米のような巨額の賠償金が認められることは稀です。また、慰謝料額は交通事故など他の不法行為の賠償額との公平性も考慮されるため、被害感情に見合う額にならない場合もあります。
まとめ:不当な捜査への国家賠償請求は、証拠確保と弁護士相談が鍵
警察による誤認逮捕や違法な取調べといった不当な行為で損害を受けた場合、国家賠償法に基づき国や都道府県に賠償を請求できます。しかし、請求が認められるには、捜査行為の違法性や捜査官の故意・過失、損害との因果関係などを被害者側が立証する必要があり、そのハードルは決して低くありません。無罪判決や不起訴処分の場合には刑事補償や被疑者補償といった制度もありますが、これらとは別に、より実態に即した損害の回復を目指すのが国家賠償請求です。手続きは専門的かつ長期化する傾向があるため、まずは捜査記録などの証拠を確保し、消滅時効にも注意しながら、速やかに国家賠償請求に精通した弁護士へ相談することが重要です。

