法務

債権差押命令が会社に届いたら?給与差押えの対応実務と注意点を解説

経営リスクナビ編集部

裁判所から従業員の給与に関する「債権差押命令」が届き、会社の法務・人事・経理担当者として、どのように対応すべきかお悩みではないでしょうか。この通知は会社が第三債務者として法的な義務を負うことを意味し、対応を誤ると二重払いや損害賠償といったリスクを負う可能性があります。会社を守るためには、感情に流されず、法律に基づいた正確な事務処理が求められます。この記事では、債権差押命令を受け取った際の具体的な初動対応から、差押可能額の計算、支払い実務までの一連のフローを詳しく解説します。

債権差押命令の基本知識

債権者・債務者・第三債務者の関係

債権差押命令の手続きには、「債権者」「債務者」「第三債務者」という三者が関わります。給与の差押えにおいて、これらの関係性は次のようになります。

差押え手続きの当事者
  • 債権者: 債務者に対して金銭の支払いを求める正当な権利を持つ者です(例:金融機関など)。
  • 債務者: 債権者にお金を支払う義務を負っている、貴社の従業員です。
  • 第三債務者: 債務者(従業員)に対して給与を支払う義務を負っている、貴社のことです。

会社に裁判所から債権差押命令が届くと、自社が訴えられたのかと驚かれるかもしれませんが、そうではありません。会社はあくまで、従業員に給与を支払う義務があるという立場で手続きに関与するだけであり、会社自身が借金をしたり、会社の財産が差し押さえられたりするわけではありません。第三債務者という立場は法律上の用語であり、会社自体に落ち度があるわけではないことを、まずはご理解ください。

第三債務者(会社)が負う法的義務

債権差押命令を受け取った第三債務者である会社は、民事執行法に基づき、以下の法的義務を負います。

会社が負う主な法的義務
  • 従業員への支払い禁止: 差し押さえられた範囲の給与について、対象の従業員への支払いが禁止されます。このお金は債権者のために確保しなければなりません。
  • 陳述書の提出: 裁判所の求めに応じ、給与債権の有無や他の差押えの状況などを報告する「陳述書」を提出する義務があります。

差押えの効力は、裁判所からの命令書が会社に届いた時点(送達時)で発生します。もし、従業員に懇願されて差し押さえ分を支払ってしまうと、その支払いは債権者に対して無効とみなされ、会社は債権者から請求された際に同じ金額を二重に支払う法的責任を負うことになります。会社としては、私情を挟まず、法的手続きに則って粛々と対応することが不可欠です。

通知受領後の初動対応フロー

差押命令書の記載内容を確認する

裁判所から債権差押命令の正本が届いたら、まず記載内容を正確に把握することが重要です。初動対応を誤ると、会社の法的リスクを高める原因となります。特に以下の項目を重点的に確認してください。

差押命令書の主な確認項目
  • 当事者目録: 債権者、債務者、第三債務者の氏名・名称や住所が正確か、対象が自社の従業員に間違いないかを確認します。
  • 請求債権目録: 従業員が支払うべき元本、利息、遅延損害金などの総額が記載されています。
  • 差押債権目録: 差し押さえの対象が給与のみか、賞与や退職金、役員報酬なども含まれるかを確認します。
  • 陳述書の提出期限: 通常、命令書を受け取ってから2週間以内と定められているため、期限を必ず確認します。

法務・経理担当者がこれらの内容を詳細に読み解き、速やかに今後の対応スケジュールを立てることが、初動対応の要となります。

従業員本人へ事実を通知する

会社には従業員へ通知する法的な義務はありませんが、給与の支給額が変動することによるトラブルを防ぐため、速やかに本人へ事実を伝えることが実務上推奨されます。通知を行う際は、以下の点に留意してください。

従業員への通知における注意点
  • プライバシーの保護: 個室など、プライバシーが守られる空間で面談を行います。
  • 担当者の選定: 直属の上司ではなく、人事労務部門の担当者が客観的な立場で対応するのが適切です。
  • 事実の客観的な伝達: 借金の理由を詮索したり叱責したりせず、裁判所から命令が届いた事実と、今後の給与から法律に基づき一定額が控除されることを冷静に説明します。
  • 毅然とした対応: 従業員から「全額振り込んでほしい」と頼まれても、会社は法的義務に従うしかないことを明確に伝えます。

従業員は心理的に大きく動揺している可能性があるため、会社は冷静な態度を保ち、必要であれば外部の法律相談窓口を案内するなど、事務的なサポートに徹することが賢明です。

陳述書を作成し裁判所へ提出する

陳述書は、会社が第三債務者として給与債権の状況を裁判所に報告するための重要な公式文書です。民事執行法で提出が義務付けられており、指定された期限内に必ず提出しなければなりません。提出を怠ったり、虚偽の記載をしたりすると、債権者から損害賠償を請求されるリスクがあります。

陳述書の主な記載事項
  • 給与債権の存否: 対象従業員を雇用しているか、すでに退職しているかを記載します。
  • 給与等の金額: 雇用中の場合、毎月の支給額や賞与、退職金の有無などを正確に記入します。
  • 他の差押えの有無: 他の債権者から既に差押えを受けているかどうかも重要な報告事項です。
  • 弁済の意思: 債権者に対して支払いを行う意思があるかを記載します。

従業員をかばう目的で退職したと偽ったり、給与額を少なく記載したりする行為は、強制執行を妨害したとみなされ、債権者から損害賠償を請求されるリスクが高まります。陳述書は、送達後2週間以内に、事実のみを正確に記入して速やかに返送してください。

法務・人事・経理の連携と役割分担

給与差押えへの対応は、法務・人事・経理の各部門が緊密に連携する必要があります。それぞれの専門性を活かすことで、法的リスクを回避し、正確な事務処理を行うことができます。

部門 主な役割
法務部門 裁判所からの書類の法的精査、陳述書の作成・提出
人事部門 対象従業員との面談、プライバシー保護などの労務管理全般
経理部門 差押可能額の計算、債権者への送金や法務局への供託実務
部門別の役割分担

各部門が自らの役割を正確に遂行し、情報を共有しながら対応することで、会社としての義務を円滑に果たすことができます。

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給与差押え可能額の計算方法

計算の基礎となる「手取り額」の定義

差押可能額を計算する際は、給与の額面金額ではなく、法律で定められた「手取り額」を基準にします。これは、従業員の最低限の生活を保障するためです。この手取り額の定義を誤ると、計算結果が不正確になるため注意が必要です。

手取り額の計算で控除する項目・しない項目
  • 控除する項目(法定控除金): 所得税、住民税、社会保険料(健康保険、厚生年金、雇用保険など)
  • 控除しない項目(私的控除): 財形貯蓄、社宅費、組合費、生命保険料など

また、通勤手当は実費弁償的な性質を持つため、計算の基礎となる給与総額からは除外して計算するのが一般的です。経理担当者が普段の銀行振込額をそのまま手取り額と誤解すると、差押可能額を過少に算出してしまい、トラブルの原因となるため、給与明細から法定控除金のみを正しく差し引くことが重要です。

差押えが禁止される範囲と計算例

民事執行法では、従業員の生活を保護するため、給与の差押えには上限が定められています。原則として、手取り額の4分の3に相当する部分は差押えが禁止されます。つまり、差押えが可能なのは手取り額の4分の1までとなります。ただし、手取り額が高額な場合は計算方法が異なります。

手取り月額が44万円を超える場合、手取り額から33万円を差し引いた残りの全額が差押えの対象となります。

手取り月額 計算ルール 差押可能額 従業員への支給額
28万円 44万円以下のため、「手取り額 × 1/4」を適用 7万円 21万円
50万円 44万円を超えるため、「手取り額 – 33万円」を適用 17万円 33万円
一般債権の場合の差押可能額の計算例

毎月の給与計算の際には、手取り額が44万円の基準を超えるかどうかを確認し、正しい計算方法を適用する必要があります。

養育費などが原因の場合の計算特例

差押えの原因が養育費や婚姻費用といった扶養義務に関する債権の場合、家族の生活保障が重視されるため、一般の債権よりも広い範囲での差押えが認められています。この特例では、原則として手取り額の2分の1まで差押えが可能となります。

さらに、手取り額が66万円を超える高額所得者の場合は、手取り額から33万円を差し引いた残りの全額が差押えの対象となります。

手取り月額 計算ルール 差押可能額 従業員への支給額
30万円 66万円以下のため、「手取り額 × 1/2」を適用 15万円 15万円
72万円 66万円を超えるため、「手取り額 – 33万円」を適用 39万円 33万円
養育費等の場合の差押可能額の計算例

実務では、差押命令書の「請求債権目録」を確認し、一般債権か扶養義務に関する債権かを見極め、適切な計算ルールを適用することが極めて重要です。

差押債権者への支払い実務

支払いの開始時期と具体的な流れ

差押命令が会社に届いても、すぐに債権者への支払いを始めるわけではありません。法律で定められた手順とタイミングを守る必要があります。支払いの具体的な流れは以下の通りです。

債権者への支払いの流れ
  1. 取立権の発生を待つ: 債権者は、債務者(従業員)に差押命令が送達された日から1週間が経過するまで、給与を取り立てることはできません。会社はこの期間が経過するのを待ちます。
  2. 債権者からの連絡を待つ: 取立権が発生すると、債権者またはその代理人弁護士から、支払先の銀行口座などに関する連絡があります。会社が独自に判断して送金する必要はありません。
  3. 指定口座へ振り込む: 債権者から指定された口座へ、計算した差押可能額を毎月の給与支給日後に振り込みます。振込手数料は、原則として債権者負担となります。

会社は、債権者からの連絡と指示に従って手続きを進めればよく、焦って対応する必要はありません。

対応を怠るリスク(二重払いや賠償)

債権差押命令を軽視し、法的な義務を怠ると、会社は深刻な経済的損失を被る可能性があります。

対応を怠った場合の主なリスク
  • 二重払いのリスク: 従業員に同情して差押え分を支払ってしまった場合でも、その支払いは債権者に対して無効です。後日、債権者から請求があれば、会社は自社の資金から再度支払わなければなりません
  • 損害賠償請求のリスク: 陳述書の提出を怠ったり、虚偽の記載をしたりした結果、債権者が損害を被った場合、会社に対して損害賠償請求訴訟を起こされる可能性があります。

業務の煩雑さや従業員への同情を理由に手続きを疎かにすることなく、法令に則って厳格に対応することが、会社自身を守ることにつながります。

差押え終了(完済・取下げ)時の確認事項と社内手続き

給与の差押えは、以下のいずれかの時点で終了します。

差押えが終了する主なケース
  • 請求額の完済: 会社が毎月支払い続けた合計額が、請求債権の総額に達したとき。
  • 債権者による取下げ: 債務整理などにより、債権者が裁判所に「取下書」を提出したとき。

差押えが終了したことを確認したら、経理担当者は翌月の給与計算から差押額の控除を停止し、従業員へ給与の全額を支払う通常の手続きに戻します。終了時期を正確に把握し、過払いや未払いを防ぐことが重要です。

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複数の差押えが競合した場合

差押えが競合した際の対応原則

一人の従業員に対して複数の債権者から差押命令が届き、各債権者の請求額の合計が差押可能額を超える状態を「差押えの競合」と呼びます。この場合、会社は独自の判断で特定の債権者を優先して支払うことは固く禁じられています。先に届いた命令を優先したり、独自の按分計算で支払ったりしてはいけません。すべての債権者への直接支払いを直ちに停止し、法務局への「供託」という手続きに移行する必要があります。

リスク回避のための供託手続きとは

供託とは、複数の差押えが競合した場合に、会社が差押可能額を法務局に預けることで支払い義務を免れる法的な手続きです。これにより、会社は債権者間の複雑な配当トラブルから完全に解放されます。

供託手続きの流れ
  1. 差押可能額を法務局に供託する: 毎月の給与から計算した差押可能額の全額を、会社の所在地を管轄する法務局に金銭供託します。これにより、会社はその金額について支払い義務を免責されます。
  2. 裁判所に事情届を提出する: 供託後、速やかに執行裁判所に対して「事情届」という書類を提出し、供託した事実と複数の差押命令の内容を報告します。

この2つのステップを完了すれば、あとは裁判所が供託された金銭を各債権者に公平に配当するため、会社がその後の手続きに関与する必要は一切ありません。手続きが複雑なため、顧問弁護士や司法書士に相談することをお勧めします。

従業員への人事労務上の対応

プライバシー保護と情報管理の徹底

給与差押えに関する情報は、従業員の経済状況に関する極めて機微な個人情報です。情報漏洩は従業員の人格権を侵害し、会社が損害賠償責任を問われる重大なコンプライアンス違反につながります。

情報管理における徹底事項
  • 共有範囲の限定: 業務上必要不可欠な担当者(人事・経理など)のみで情報を共有し、直属の上司や同僚には決して漏らさない。
  • 厳重な書類・データ管理: 関連書類は施錠できるキャビネットに、電子データはアクセス制限をかけたフォルダに保管する。

会社は、法的義務を遂行する一方で、従業員のプライバシーを徹底的に保護する組織的な管理体制を維持しなければなりません。

差押えを理由とする解雇は可能か

給与を差し押さえられたという事実のみを理由に、会社がその従業員を解雇することは、原則として違法かつ無効です。借金や差押えは従業員の私生活上の問題であり、業務遂行能力とは直接関係がないと解釈されるためです。

就業規則に懲戒事由があったとしても、差押えの事実だけでは「客観的に合理的な理由」とは認められず、不当解雇と判断される可能性が極めて高いです。ただし、借金問題が原因で従業員が会社の金銭を横領するなど、業務上の明確な不正行為が発覚した場合は、その行為自体を理由とする懲戒解雇は当然検討できます。差押えの事実と業務評価は、厳格に切り離して対応する必要があります。

従業員が自己破産等を検討している場合の留意点

従業員が自己破産や個人再生などの債務整理手続きを申し立て、裁判所から「破産手続開始決定」などが出された場合、それまで行われていた給与の差押え(強制執行)は法律上、効力を失います(停止または失効)。

会社は、裁判所または代理人弁護士から開始決定の通知を受け取ったら、直ちに給与の差押えを中止し、翌月の給与から手取り額の全額を従業員本人に支給するよう、速やかに処理を切り替える必要があります。

よくある質問

Q. 陳述書の提出期限を過ぎたらどうなりますか?

期限を過ぎても直ちに罰則はありませんが、放置してはいけません。速やかに作成・提出してください。提出を怠り続けた結果、債権者が本来回収できたはずの金銭を回収できなくなった場合、会社がその損害について賠償請求されるリスクがあります。

Q. パートや業務委託の報酬も差押え対象ですか?

パートタイマーやアルバイトの賃金も、正社員と同様に給与債権として差押えの対象となり、差押可能額の計算ルールも同じです。一方、業務委託契約に基づく報酬は、原則として給与ではないため全額が差押えの対象となる可能性がありますが、実態が労働契約に近い場合は給与と同様の差押禁止の範囲が適用されることもあります。

Q. 差押え対象の従業員が退職した場合は?

従業員が退職すれば、会社は給与を支払う義務がなくなるため、給与の差押えはその時点で終了します。退職した事実は、陳述書や別途の連絡で債権者に伝える必要があります。ただし、退職金が支給される場合、その退職金も差押えの対象となるため、所定の計算(原則4分の1)に基づき控除・支払いを行う義務が残ります。

Q. 差押えはいつまで続きますか?

給与の差押えは、毎月の支払額の累計が、差押命令に記載された請求債権の総額に達するまで継続します。または、その前に債務整理などによって債権者が差押えを「取下げ」た場合にも終了します。

まとめ:債権差押命令に慌てず対応するための実務ポイント

本記事では、会社に債権差押命令が届いた際の具体的な対応フローを解説しました。会社は第三債務者として、従業員への支払い禁止や陳述書の提出といった法的な義務を負うため、冷静かつ正確な対応が求められます。最も重要なのは、差押命令書の内容を正確に確認し、法律で定められた計算方法に基づいて差押可能額を算出し、期限内に陳述書を提出することです。対応を誤ると二重払いや損害賠償のリスクがあるため、法務・人事・経理部門が緊密に連携し、役割分担を明確にして進めることが不可欠です。また、従業員のプライバシー保護を徹底し、差押えのみを理由とした解雇はできないなど、人事労務上の配慮も忘れてはなりません。複数の差押えが競合した場合や、退職金の扱いなど、判断に迷う状況が生じた際は、自己判断せず速やかに弁護士などの専門家に相談し、適切な指示を仰ぐようにしてください。



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