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雇用契約の錯誤無効とは?企業の法的リスクと実務対応を解説

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雇用契約を締結したものの、労働者から「聞いていた条件と違う」と契約内容の錯誤を主張されたり、後から契約書の記載ミスが発覚したりと、雇用契約の有効性について不安を抱くことはありませんか。民法改正により錯誤の効果は「無効」から「取り消し」へと変更され、その要件も具体化されています。この記事では、雇用契約が錯誤によって取り消される法的要件や具体的なケース、トラブル発生時の対応フロー、そして将来のリスクを防ぐための実務ポイントまでを網羅的に解説します。

目次

雇用契約における錯誤無効とは?民法改正後の基本要件

民法95条に定められる「錯誤」の定義と種類

錯誤とは、意思表示の内容と内心の意思が食い違い、その食い違いを意思表示した本人(表意者)が認識していない状態を指します。民法95条は、このような契約における意思決定の誤りについて定めています。

錯誤は、主に「表示の錯誤」と「動機の錯誤」の2種類に分類されます。

種類 内容 具体例(雇用契約の場合)
表示の錯誤 言い間違いや書き間違いなど、意思表示の行為そのものに誤りがある状態。 月給30万円と伝えるつもりが、雇用契約書に誤って「月給35万円」と記載した。
動機の錯誤 意思表示の基礎となった事情についての認識が、事実に反している状態。 高度な専門スキルを持つ人材だと誤認して採用したが、実際にはそのスキルがなかった。
錯誤の主な種類

2020年4月に施行された改正民法により、錯誤があった契約の法的効果が変更されました。かつては一律に「無効」とされていましたが、現在では「取り消すことができる」行為とされています。これにより、錯誤があったとしても自動的に契約が無効になるわけではなく、錯誤に陥った側が取り消しの権利を行使して初めて、契約が遡って無効となります。

雇用契約で錯誤無効が認められるための法的要件

雇用契約の取り消しを主張するためには、民法で定められた複数の要件を満たす必要があります。

錯誤による契約取り消しの主な要件
  • 錯誤が、契約の目的や社会通念に照らして重要なものであること。
  • 動機の錯誤の場合、その動機が契約の基礎となる事情として相手方に表示されていること(黙示の表示も含む)。
  • 意思表示をした本人に重大な過失(重過失)がないこと。

ただし、本人に重大な過失があった場合でも、例外的に取り消しが認められるケースがあります。

重過失があっても取り消しが認められる例外
  • 相手方が、本人が錯誤に陥っていることを知っていた、または重大な過失によって知らなかった場合。
  • 相手方と本人が共通の錯誤に陥っていた場合。

雇用契約は長期的な権利義務関係を生じさせるため、これらの要件は厳格に判断されます。

雇用契約で錯誤無効が問題となる具体的なケース

錯誤無効が認められやすい重要事項(賃金・職務内容・雇用形態など)

雇用契約の根幹に関わる重要事項について、当事者の認識と客観的な事実に大きな乖離がある場合、錯誤による取り消しが認められやすくなります。

錯誤が認められやすい重要事項の例
  • 賃金: 固定残業代の計算根拠や含まれる時間数について、実態と異なる説明を信じて契約した場合。
  • 職務内容: 高度な専門職として採用されたにもかかわらず、全く専門性と関係のない単純労働に従事させられた場合。
  • 雇用形態: 正社員(無期雇用)としての採用を前提に契約したが、実際は1年更新の有期雇用契約だった場合。
  • 労働者のスキル: 企業側が、経歴詐称により労働者が重要なスキルを有していると誤認して採用した場合。

これらの事項は労働者の生活設計や企業の事業計画に直接影響するため、錯誤の「重要性」が肯定されやすい傾向にあります。

錯誤無効が認められにくい軽微な相違や動機の錯誤

一方で、労働条件の相違が軽微であったり、本人が一方的に期待していたに過ぎない動機であったりする場合には、錯誤による取り消しは認められにくくなります。

錯誤が認められにくいケースの例
  • 軽微な相違: 入社後の配属部署が希望とわずかに異なる、通勤手当の端数処理が想定と違うなど、契約の本質に影響しないもの。
  • 表示されていない動機: 「将来はこの部署の責任者になれるはずだ」といった、相手方に伝えていない個人的な期待や憶測。
  • 調査不足: 雇用契約書の内容を十分に確認しなかったことによる解釈の間違いなど、本人の確認不足に起因するもの。

個人の主観的な思い込みや確認不足に基づく主張は、法的な保護の対象外とされることが一般的です。

錯誤無効と判断された場合の企業の法的リスクと対応義務

雇用契約が錯誤により取り消された場合、企業は多大な法的リスクを負うことになります。契約は遡って無効となるため、企業は速やかな是正措置と原状回復の義務を負います。

企業が負う主な法的リスク
  • 給与等の精算および不当利得・損害賠償責任: 契約が遡及的に無効となるため、既に支払った給与等の精算や、労働者が被った損害に対する賠償責任が生じる可能性があります。
  • 損害賠償: 企業側の虚偽説明などが原因であった場合、慰謝料などの損害賠償義務。
  • 行政処分: 労働基準監督署からの是正勧告や行政指導を受ける可能性。
  • 信用の失墜: 企業の社会的評価が低下し、採用活動や他の従業員の士気にも悪影響が及ぶ恐れ。

対応を誤ると紛争が長期化し、企業の損害が拡大するため、迅速かつ誠実な対応が求められます。

企業側の説明不足が「重過失」と判断されるリスク

企業は、情報の少ない労働者に対して労働条件を明確に説明する信義則上の義務を負っています。もし、賃金体系や雇用形態といった重要な労働条件について説明を怠ったり、曖昧な説明でごまかしたりした場合、その不作為は企業の著しい不注意、すなわち「重大な過失(重過失)」と判断される可能性があります。企業側に重過失があると認定されると、企業は原則として錯誤を主張して契約を取り消すことができなくなります。

労働者から錯誤無効を主張された場合の企業の対応フロー

初期対応:事実関係のヒアリングと客観的証拠の確認

労働者から錯誤の主張があった場合、まずは冷静に事実関係を確認することが不可欠です。感情的に対応するのではなく、客観的な情報収集に努めます。

初期対応のポイント
  • 労働者の主張(どの点に、どのような錯誤があったか)を具体的にヒアリングする。
  • 雇用契約書、労働条件通知書、募集要項、面談記録、メールなど客観的な証拠をすべて収集・保全する。
  • その場ですぐに非を認めたり反論したりせず、まずは事実関係の整理に徹する。

交渉段階:労働者との話し合いと合意形成の模索

事実関係を整理した上で、労働者との交渉に臨みます。目標は、紛争を拡大させず、労使双方にとって合理的な解決策を見出すことです。

交渉段階のポイント
  • 企業側に説明不足などの非がある場合は誠実に認め、労働条件の修正や新たな合意形成を目指す。
  • 労働者の主張に法的な根拠がないと判断できる場合は、その理由を丁寧に説明し、毅然と対応する。
  • 交渉がまとまった場合は、合意内容を必ず書面に残し、紛争の蒸し返しを防ぐための清算条項を設ける。

最終段階:弁護士への相談と法的措置の検討

当事者間の交渉で解決が困難な場合や、労働者が労働審判・訴訟などの法的手段に移行した場合は、速やかに専門家である弁護士に相談する必要があります。

最終段階で検討すべきこと
  • 収集した証拠を弁護士に提示し、法的な見通しと対応方針について助言を求める。
  • 労働審判や訴訟に備え、企業の主張を裏付けるための書面や証拠を準備する。
  • 訴訟リスクや解決までにかかる時間・費用を考慮し、解決金の支払いによる和解も選択肢として検討する。

将来の錯誤トラブルを防ぐための雇用契約実務

雇用契約書作成時に明記すべき重要事項とチェックポイント

将来の錯誤トラブルを未然に防ぐには、労働条件を網羅的かつ明確に記載した雇用契約書の作成が不可欠です。労働基準法で定められた絶対的明示事項は、必ず書面で明示しなければなりません。

雇用契約書への絶対的明示事項(例)
  • 労働契約の期間、就業の場所、従事すべき業務の内容
  • 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇
  • 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期
  • 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

上記のほか、以下の点にも注意して作成・確認することが重要です。

作成時のチェックポイント
  • 固定残業代制度を導入する場合、基本給と固定残業代部分(金額、対応時間数)を明確に区分して記載する。
  • 転勤や職務内容の変更が想定される場合、その可能性と範囲をあらかじめ明記しておく。
  • 契約内容が自社の就業規則を下回っていないか、整合性を確認する。
  • 作成した契約書は、弁護士や社会保険労務士などの専門家によるリーガルチェックを受ける。

採用選考から内定通知までの説明義務と記録の徹底

錯誤の芽は、契約締結時だけでなく、採用選考プロセスでのコミュニケーション不足から生じることが多々あります。各段階で丁寧な情報提供と記録の保管を徹底することが重要です。

採用プロセスにおける説明・記録のポイント
  • 求人広告や面接において、仕事の魅力だけでなく、厳しさや不利益となりうる情報も誠実に開示する。
  • 内定を出す際には労働条件通知書を交付し、労働者が内容を十分に検討できる時間的余裕を与える。
  • オファー面談などを実施し、書面の内容を口頭でも補足説明することで、認識のズレをなくす。
  • 「いつ、誰が、誰に、何を説明したか」を面談記録やメール履歴として客観的な形で保存しておく。

内定通知後や契約更新時に条件変更する際の法的留意点

一度提示した労働条件を内定後や契約更新時に変更する場合、錯誤を主張されるリスクが非常に高まります。特に、労働者にとって不利益な変更は慎重な対応が求められます。

条件変更時の法的留意点
  • 労働条件の変更は、原則として労使双方の真摯な合意がなければ行うことができない。
  • 特に賃金カットなどの不利益変更を行う際は、変更の高度な必要性や代替措置を丁寧に説明する必要がある。
  • 労働者の自由な意思に基づかない同意は無効と判断されるリスクがあるため、同意を強要してはならない。

雇用契約の錯誤に関するよくある質問

労働条件通知書と雇用契約書の内容が違う場合、どちらが優先されますか?

原則として、当事者の合意内容がどちらに示されているかが重要ですが、不一致がある場合は、労働者保護の観点から労働者にとって有利な条件が適用される傾向にあります。例えば、通知書の給与額が契約書より高い場合は通知書の金額が、契約書の休日日数が通知書より多い場合は契約書の日数が適用されることになります。このような不一致はトラブルの元凶となるため、両者の内容を完全に一致させておくことが極めて重要です。

口頭での説明と契約書の内容が異なる場合、錯誤は認められますか?

認められる可能性は十分にあります。労働者が採用担当者からの魅力的な口頭説明を信じて契約書に署名した場合、その労働者は錯誤に陥っていると判断されやすいためです。特に、企業側が意図的に有利な条件を口頭で伝え、不利な内容を契約書に盛り込んでいたようなケースでは、企業側に重過失があるとみなされ、労働者からの取り消し主張が認められる可能性が高まります。

試用期間の条件について十分な説明がなかった場合、錯誤にあたりますか?

錯誤にあたるリスクは非常に高いです。試用期間は「解約権留保付労働契約」という特殊な契約であり、本採用を拒否するには客観的に合理的な理由が必要です。もし企業が本採用拒否の基準や評価項目を事前に明示せず、労働者が「よほどのことがない限り本採用される」と誤認していた場合、その期待を裏切る本採用拒否は錯誤を理由に取り消されたり、不当解雇と判断されたりする可能性があります。

まとめ:雇用契約の錯誤リスクを理解し、予防と適切な対応を

本記事では、雇用契約における錯誤の法的要件、具体的なケース、そしてトラブル発生時の対応策と予防法について解説しました。民法改正により、錯誤があった契約は一方の意思表示によって「取り消し可能」なものとなり、特に賃金や職務内容といった契約の根幹に関わる認識の齟齬は、重大な紛争に発展するリスクをはらんでいます。企業には労働条件を明確に説明する義務があり、これを怠ると「重過失」と判断され、法的に不利な立場に置かれかねません。将来のトラブルを未然に防ぐためには、雇用契約書や労働条件通知書の内容を精査し、採用プロセス全体で丁寧な説明と記録を徹底することが最も重要です。万が一、労働者から錯誤を主張された場合は、初期対応として事実確認を慎重に行い、速やかに弁護士へ相談し、法的な見通しを立てることが賢明な判断といえるでしょう。

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