偽装請負の判断基準とリスク|IT業界の事例と契約・運用上の対策
業務委託やSES契約は、外部の専門性を活用する上で有効な手段です。しかし、現場での運用を誤ると、意図せず「偽装請負」と判断され、重大な法的リスクを負う可能性があります。自社の契約形態が適法かどうか、不安を感じている経営者や法務担当者の方も多いのではないでしょうか。この記事では、偽装請負とみなされる典型的なパターンや判断基準、そして企業が講じるべき具体的な対策を網羅的に解説します。
偽装請負とは?請負・労働者派遣との違いを整理
偽装請負の定義と法律上の問題点
偽装請負とは、契約形式上は「請負」や「業務委託」でありながら、その実態が「労働者派遣」 になっている違法な状態を指します。発注者が受託者の労働者に対し、直接的な指揮命令を行っている点が最大の問題です。
この状態は、労働者派遣法や職業安定法が定める規制を意図的に免れるための脱法行為とみなされます。偽装請負によって、労働者は様々な不利益を被るリスクに晒されます。
- 労働者の雇用主(受託者)と指揮命令者(発注者)が異なるため、責任の所在が曖昧になります。
- 労働条件の改善やトラブル解決を誰に求めればよいか分からなくなります。
- 発注者による安全配慮義務が契約上は明示されにくく、その確保が困難になります。
- 発注者が労働者派遣法上の義務(雇用安定措置など)を回避する手段として悪用され、労働者の雇用が不安定になります。
適法な「請負契約」との本質的な違い
適法な「請負契約」は、民法第632条に定められており、請負人が「仕事の完成」を約束し、注文者がその結果に対して報酬を支払う契約です。
請負契約と偽装請負の最も本質的な違いは、指揮命令関係の有無です。適法な請負契約では、注文者(発注者)と受託者の労働者との間に指揮命令関係は一切存在しません。業務を請け負った事業者は、自らの責任と裁量において労働者を管理し、独立して業務を遂行する義務を負います。したがって、発注者が作業手順を細かく指示したり、労働者の勤怠を管理したりすることは認められません。
適法な「労働者派遣契約」との本質的な違い
適法な「労働者派遣契約」は、派遣元事業主(派遣会社)が雇用する労働者を、派遣先企業の指揮命令下で労働させる契約です。この場合、派遣先企業が労働者に指揮命令を行うことは合法ですが、その代わりとして労働者派遣法に基づく様々な義務を負います。
偽装請負は、実態としてこの労働者派遣と同じでありながら、請負契約を装うことで、派遣先として負うべき法的責任を不正に免れようとする行為です。適法な労働者派遣であれば派遣先が負うべき義務が、偽装請負では隠蔽されてしまう点が根本的な違いです。
- 派遣労働者の受入可能期間に関する制限の遵守
- 派遣先管理台帳の作成・管理
- 派遣労働者の雇用安定を図るための措置
- 労働時間管理や安全衛生に関する配慮義務
偽装請負とみなされる典型的な4つのパターン
代表型|発注者が受託者の労働者に直接指示するケース
最も典型的で多いのが「代表型」です。契約上は請負や業務委託でも、現場では発注者が受託者の労働者に対して直接的な指揮命令を行っている状態を指します。この場合、受託者は事業としての独立性を失い、単なる労働力提供者とみなされます。
- 発注者の担当者が、作業手順や方法を個々の労働者に細かく指示する。
- 発注者が、日々の作業内容や人員配置を決定する。
- 発注者が、労働者に残業や休日出勤を直接命じる。
- 発注者が、労働者の出退勤時間を管理したり、休暇申請を承認したりする。
形式だけ責任者型|現場責任者が名ばかりで実権がないケース
「形式だけ責任者型」は、受託者が現場に責任者を配置しているものの、その責任者に実質的な権限がなく、発注者の指示を労働者に伝えるだけの役割しか果たしていないケースです。適法な請負では、受託者の責任者が自ら業務指示や労務管理を行う必要がありますが、このパターンでは責任者が発注者の「拡声器」 となっている状態です。
- 現場責任者が、発注者の指示をそのまま労働者に伝達するだけになっている。
- 業務の進め方や人員配置について、責任者が自ら判断できず、すべて発注者の承認を得ている。
- 発注者が現場責任者を通じて、間接的に個々の労働者を管理・指示している。
使用者不明型|複数の企業が関与し雇用主が曖昧になるケース
「使用者不明型」は、多重下請け構造で発生しやすいパターンです。例えば、発注者A社がB社に委託し、B社がさらにC社に再委託した場合、現場で働くC社の労働者に対し、元請けであるA社やB社が直接指示を出すような状況を指します。労働者から見ると、誰が自分の雇用主で、誰の指示に従うべきかが不明確になり、責任の所在が曖昧になるため問題視されます。IT業界や建設業界で特に見られる構造です。
一人請負型|個人事業主を労働者同様に扱うケース
「一人請負型」は、企業が個人事業主(フリーランス)と業務委託契約を結びながら、実態は自社の従業員と同様に扱っているケースです。形式上は独立した事業者でも、実態として労働者性が認められれば偽装請負に該当します。この方法は、企業が社会保険料の負担や労働法の規制を回避する目的で用いられることが多く、近年特に注意が必要な類型です。
- 発注者が始業・終業時刻や勤務場所を指定し、管理している。
- 業務の進め方について、発注者が具体的な指示を出している。
- 発注者のオフィスに常駐させ、他の社員と同様の服務規律を課している。
- 報酬が時間単価で計算されるなど、労働の対価としての性格が強い。
偽装請負の判断基準|指揮命令関係の有無が重要
契約形式ではなく業務の実態が重視される
偽装請負か否かを判断する上で最も重要な原則は、「契約形式より業務の実態を重視する」 という点です。契約書に「請負契約」と明記されていても、現場で発注者による指揮命令が行われていれば、その実態に基づいて偽装請負と判断されます。行政や裁判所は、書類上の体裁ではなく、日々の業務指示、勤怠管理、備品の提供状況などを総合的に評価し、実質的な使用従属関係の有無を判断します。
判断の基礎となる「労働者性」の考え方(37号告示)
偽装請負の判断基準として広く用いられるのが、「昭和61年労働省告示第37号」(通称:37号告示)です。この告示は、労働者派遣と請負を区別するための具体的な基準を示しており、以下の2つの独立性を満たしているかを判断の軸とします。
- 労務管理上の独立性:受託者が、自社の労働者の労働時間や服務規律などを独自に管理し、業務の指示や評価を自ら行っていること。
- 事業経営上の独立性:受託者が、業務に必要な機械・設備や資金を自らの責任で調達・負担し、独立した事業者としての実体を有していること。
これらの要件を満たさない場合、その事業は請負ではなく労働者派遣とみなされ、派遣業の許可がなければ偽装請負となります。
具体的な判断要素|業務の指示・勤怠管理の有無
37号告示の中でも、特に「業務の指示」と「勤怠管理」の主体が誰かは、偽装請負を判断する上で極めて重要な要素です。
業務遂行に関する具体的な手順や技術指導、作業の割り当てなどを、発注者が直接労働者に行うことは、指揮命令権の行使とみなされます。また、始業・終業時刻の管理、残業や休日出勤の命令、休暇の承認といった勤怠管理も、受託者が主体的に行わなければなりません。発注者がタイムカードで労働者の出退勤を管理したり、遅刻に対して直接注意したりする行為は、労務管理上の独立性が欠如していると判断される典型例です。
その他の判断要素|機械・設備の提供や報酬の性質
業務指示や勤怠管理以外にも、以下の要素が総合的に考慮されます。
- 機械・設備の提供:業務に必要なPC、機械、資材などは、原則として受託者が自らの負担で準備する必要があります。発注者が無償で提供する場合、独立性が低いと判断される一因となります。
- 報酬の性質:報酬が「労働時間×単価」のように、労働力の提供を前提として計算されている場合、偽装請負と疑われる可能性があります。報酬は、あくまで仕事の完成や業務の遂行という成果に対して支払われるべきです。
【業界別】偽装請負と判断された裁判例と具体的なケース
IT業界(SES契約)で特に問題となりやすい偽装請負の事例
IT業界のSES(システムエンジニアリングサービス)契約は、法的には準委任契約にあたりますが、偽装請負が非常に発生しやすいことで知られています。エンジニアが発注者のオフィスに常駐して業務を行うため、指揮命令の境界線が曖昧になりがちです。
- 発注者のプロジェクトマネージャーが、常駐するエンジニアに直接タスクを割り振り、進捗を管理している。
- 発注者がエンジニアの勤務態度を評価したり、残業を命じたりしている。
- 発注者の社員と受託者のエンジニアが混在するチームで、区別なく業務指示が行われている。
- 仕様の範囲を超えて、発注者の判断で日常的な業務を依頼している。
製造業における偽装請負の事例と判断ポイント
製造業の生産ラインでは、発注者の従業員と請負企業の労働者が混在して作業することが多く、偽装請負のリスクが高い環境です。典型的なのは、発注者の現場リーダーが、請負企業の労働者に直接作業指示を出したり、人員配置を変更したりするケースです。
- 発注者の従業員と請負企業の労働者の作業場所や休憩場所が明確に区分されているか。
- 発注者からの指示が、必ず請負企業の現場責任者を通じて行われているか。
- 請負企業が独自の生産管理ノウハウや技術を用いて、独立して業務を遂行しているか。
建設業における偽装請負の事例と判断ポイント
建設業では、建設業務自体が労働者派遣法の適用除外業務(派遣禁止業務)とされているため、建設現場への労働者派遣は原則として違法です。しかし、多重下請け構造が常態化しており、元請けの現場監督が下請けの作業員に直接指示を出す「偽装請負」や、違法な「労働者供給」が慣習的に行われている場合があります。適正な請負と認められるためには、下請け業者が自社の職長(現場代理人)を通じて指揮命令系統を確立し、独立して工事を完成させる体制が必要です。
偽装請負が発覚した場合の企業リスクと罰則
職業安定法・労働者派遣法にもとづく罰則(懲役・罰金)
偽装請負が悪質と判断された場合、発注者・受託者の双方に刑事罰が科される可能性があります。関係法令に基づく罰則は以下の通りです。
| 根拠法 | 違反内容 | 罰則 |
|---|---|---|
| 労働者派遣法 | 無許可での労働者派遣事業の実施 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
| 職業安定法 | 違法な労働者供給事業の実施・利用 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 |
| 労働基準法 | 中間搾取の禁止 | 1年以下の懲役または50万円以下の罰金 |
これらの罰則は、担当者個人だけでなく、法人に対しても科される可能性があります(両罰規定)。
労働契約申込みみなし制度の適用による直接雇用リスク
「労働契約申込みみなし制度」は、企業にとって非常に大きなリスクです。これは、発注者が偽装請負などの違法派遣であることを知りながら労働者を受け入れた場合、その時点で発注者が労働者に対し、直接雇用の申込みをしたとみなす制度です。労働者が承諾すれば、発注者の意思に関わらず直接の雇用契約が成立し、予期せぬ雇用責任(給与、社会保険料など)を負うことになります。
社会的信用の失墜や損害賠償請求のリスク
法的な罰則に加え、偽装請負の発覚は企業の評判を大きく傷つけます。労働局から是正指導を受け、従わない場合は企業名が公表されることもあります。これにより、企業の社会的信用は失墜し、経営に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
- 主要な取引先からの契約打ち切りや、金融機関からの融資停止
- 公共事業の入札参加資格の停止
- ブランドイメージの悪化による顧客離れや、人材採用の困難化
- 労働者からの未払い賃金や損害賠償を求める民事訴訟の提起
偽装請負を回避するための契約・運用上の対策
対策①:契約書の記載内容を精査する
偽装請負を回避する第一歩は、契約内容を実態に合わせて適正化することです。契約書では、業務の範囲や責任の所在を明確に定める必要があります。
- 業務の目的が「仕事の完成(請負)」または「特定の業務の遂行(準委任)」であることを明記する。
- 業務の遂行に関する指揮命令権が受託者にあることを明確に記載する。
- 成果物の定義や、報酬が労働時間ではなく仕事の成果に対する対価であることを示す。
- 業務の具体的な範囲を仕様書などで特定し、責任分界点を明らかにする。
対策②:指揮命令関係が生じない業務フローを構築する
契約書を整備しても、現場の運用が伴わなければ意味がありません。発注者と受託者の労働者が直接やり取りをしない業務フローを構築し、徹底することが不可欠です。
- 発注者から受託者への指示や連絡は、必ず受託者の「現場責任者」 を通して行う。
- 発注者の担当者が、受託者の個々の労働者に直接作業を依頼したり、進捗を確認したりすることを禁止する。
- 会議の参加者や、メール・チャット等の連絡ツールにおける宛先ルールを明確に定める。
対策③:受託者側の独立性を尊重した運用を徹底する
受託者が独立した事業者として業務を遂行できるよう、その専門性や裁量を尊重する姿勢が重要です。発注者が業務の進め方に過度に干渉することは、偽装請負のリスクを高めます。
- 業務の具体的な手順や人員配置、労働時間の管理は受託者の責任で行わせる。
- 発注者の朝礼や定例会議に、業務上必要な場合を除き、受託者の労働者を参加させない。
- 業務に必要なPCや工具等は、原則として受託者が用意する。発注者が貸与する場合は有償の賃貸借契約を検討する。
対策④:定期的なコンプライアンスチェックと現場ヒアリングを実施する
契約後も、運用が形骸化していないか定期的に確認する仕組みが必要です。問題の早期発見と是正が、大きなトラブルを防ぎます。
- 偽装請負のリスクを評価するチェックリストを用いて、現場の自己点検を促す。
- 法務部門や人事部門が定期的に現場を巡回し、運用状況を確認する(現場パトロール)。
- 受託者の現場責任者や労働者にヒアリングを行い、指揮命令系統の実態を把握する。
契約書だけでは不十分|現場の独走を防ぐ社内教育の徹底
偽装請負の多くは、悪意ではなく、現場担当者の知識不足や効率優先の判断から発生します。契約書でルールを定めても、現場が「直接指示した方が早い」と考えてしまえば、ルールは簡単に破られてしまいます。これを防ぐためには、発注担当者や現場管理者に対し、偽装請負の法務リスクや具体的なNG行動について繰り返し教育し、コンプライアンス意識を組織全体に浸透させることが不可欠です。
発注者と受託者間の「窓口」を形骸化させないための実務ポイント
指揮命令系統を分離するために設置した受託者の「現場責任者」が、単なる指示の伝達役(メッセンジャー)になっては意味がありません。責任者が実質的な管理者として機能していることが重要です。
- 受託者は、責任者に業務配分や労務管理に関する実質的な権限を与える。
- 発注者は、責任者が不在であったり、管理業務を行う時間がなかったりする体制を黙認しない。
- 発注者と受託者の責任者間で定期的な打ち合わせの場を設け、円滑な業務連携を図る。
偽装請負に関するよくある質問
SES契約は特に偽装請負になりやすいのでしょうか?
はい、その傾向が強いと言えます。SES契約では、エンジニアが発注者のオフィスに常駐するため、物理的な距離が近く、発注者の社員と一体化して業務を進める中で、指揮命令の境界が曖昧になりやすいからです。契約形態が準委任であっても、実態として発注者が指揮命令を行っていれば偽装請負と判断されるため、厳格な運用管理が求められます。
契約書で「請負契約」と明記していれば偽装請負にはなりませんか?
いいえ、なりません。偽装請負の判断で最も重視されるのは、契約書の名称や条文ではなく「業務の実態」 です。たとえ契約書が完璧に作られていても、現場で発注者が受託者の労働者に直接指示を出していれば、偽装請負とみなされます。契約内容と現場の運用を一致させることが絶対に必要です。
作業の進捗確認や仕様変更の指示は、指揮命令にあたるのでしょうか?
進捗確認や仕様変更の依頼自体は、注文主の正当な権利の範囲内であり、直ちに指揮命令とはみなされません。しかし、その「伝え方」が極めて重要です。これらの連絡は、必ず受託者が選任した「責任者」 に対して行わなければなりません。個々の労働者に直接「進捗はどう?」と尋ねたり、「ここを変えて」と指示したりする行為は、指揮命令と判断されるリスクが非常に高くなります。
発注者が受託者の作業場所に常駐することは問題になりますか?
常駐すること自体が直ちに違法となるわけではありませんが、偽装請負のリスクを高める要因となります。常駐の目的が、成果物の品質管理や検収など、注文主としての業務に限定されていれば問題ありません。しかし、日常的に労働者の働きぶりを監視したり、気軽に指示を出したりする状況が生まれやすくなるため、常駐の目的と役割を明確にし、受託者の独立性を侵害しないよう細心の注意を払う必要があります。
まとめ:知らないでは済まされない偽装請負のリスクと実践的対策
本記事で解説した通り、偽装請負か否かは契約書の文面ではなく、現場における「指揮命令関係の有無」という実態によって判断されます。ひとたび偽装請負と認定されれば、刑事罰や直接雇用みなし制度の適用、企業名の公表など、経営に深刻なダメージを与えるリスクがあります。特にSES契約など、発注者のオフィスに常駐する形態では、意図せず指揮命令関係が生まれやすいため注意が必要です。リスクを回避するには、契約内容の精査はもちろん、現場の担当者への教育を徹底し、指揮命令系統を明確に分離した運用ルールを構築・定着させることが不可欠ですし、自社の契約と運用実態を定期的に見直し、法的リスクの芽を早期に摘み取ることが、安定した事業運営の鍵となります。

