意匠権侵害の判例を解説|判断基準や訴訟になった場合の対応は?
他社から意匠権侵害の警告を受ける、あるいは自社の製品デザインが模倣されるといった事態は、事業の根幹を揺るがしかねない重大なリスクです。このような知財トラブルに直面した際、的確な初動対応と戦略立案のためには、過去の裁判例でどのような点が争われ、どのような理由で侵害の有無が判断されたのかを理解することが不可欠です。この記事では、意匠権侵害が成立する要件や類否判断のポイントを解説するとともに、侵害が認められた事例と認められなかった事例を具体的に比較し、その判断を分けた核心に迫ります。
意匠権侵害の判断基準とは?類否判断のポイントを解説
意匠権侵害が成立する要件
意匠権侵害とは、正当な権限を持たない第三者が、登録された意匠(登録意匠)またはそれに類似する意匠を、事業として実施する行為を指します。意匠権の効力は、登録意匠と同一のデザインだけでなく、類似する範囲にまで及びます。
- 意匠に係る物品の製造、使用、譲渡、貸渡し、輸出、輸入
- 意匠に係る物品の譲渡または貸渡しの申出(カタログ掲載やウェブサイトでの広告などを含む)
意匠権侵害が成立するには、主に次の2つの要件を両方満たす必要があります。
- 対象物品の同一性または類似性: 侵害が疑われる製品(被疑侵害品)が、登録意匠の対象となっている物品と用途および機能が同一または類似していること。
- デザイン(形態)の同一性または類似性: 被疑侵害品のデザインが、登録意匠のデザインと同一または類似していること。
ただし、形式的にこれらの要件を満たしていても、登録意匠自体に新規性がないなどの無効理由が存在する場合や、侵害者側に先使用権などの正当な権原がある場合は、権利行使が制限されることがあります。
意匠の類否判断における3つの観点
意匠が類似しているか否か(類否)の判断は、最終的に「需要者(取引者を含む)の視覚を通じて起こさせる美感」が共通するかどうかで決まります。この判断を客観的に行うため、実務では以下の3つの観点から総合的に評価されます。
- 物品の性質・用途・使用態様の考慮: 物品がどのように使用され、購入時に需要者がどこに注目するかに基づき、デザイン上の重要な部分を評価します。例えば、常に目に見える部分は重要度が高く、通常は見えない裏面や内部は重要度が低くなる傾向があります。
- 公知意匠の参酌: 登録意匠の出願前から世の中に知られていたデザイン(公知意匠)や、ありふれた形状は創作的価値が低いため、類否判断における重要度も低く評価されます。逆に、従来にない新規な特徴を持つ部分は、需要者の注意を惹く要部として重視されます。
- 意匠全体としての総合的な美感の対比: 部分的な共通点や差異点を個別に評価するだけでなく、それらが組み合わさって生じる全体的なデザインの印象が、需要者にとって共通の美感を生じさせるかどうかを最終的に判断します。
類否判断における観察方法と要部の認定
意匠の類否を具体的に判断する際は、まず登録意匠と被疑侵害意匠を肉眼で全体的に観察し、その後、両者を詳細に比較観察します。この過程で、意匠の要部を認定することが極めて重要となります。
要部とは、意匠の中で需要者の注意を最も惹きやすい部分、すなわちデザイン上の創作的な特徴が表れている部分を指します。要部の認定は、以下の要素を考慮して行われます。
- 物品の機能や構造から必然的に定まる形状は、要部と認定されにくい。
- 従来からあるありふれた形状は、要部と認定されにくい。
- 物品の使用時に、需要者の目に付きやすい部分や特徴的な装飾は、要部と認定されやすい。
最終的な類否判断は、この要部を比較して行われます。たとえ細部にいくつかの差異があったとしても、意匠の要部が共通しており、全体として受ける美感が共通していれば「類似」と判断される可能性が高まります。逆に、要部が異なれば、他の部分が似ていても「非類似」と判断される傾向にあります。
【判例紹介】意匠権侵害が認められた訴訟事例
事例①:体重体組成計事件(オムロンヘルスケア対タニタ)の概要
本件は、健康機器メーカーのオムロンヘルスケアが、同業のタニタが販売する製品のデザインが自社の意匠権を侵害するとして、製造販売の差止めや損害賠償を求めた事件です。裁判所は、複数の登録意匠のうち関連意匠について侵害を認め、高額な賠償を命じました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原告 | オムロンヘルスケア株式会社 |
| 被告 | 株式会社タニタ |
| 対象製品 | ガラス天板の薄型体組成計付体重計 |
| 争点 | 被告製品が原告の登録意匠(本意匠および関連意匠)と類似するか否か |
| 裁判所の判断 | 本意匠とは非類似だが、関連意匠とは類似するとして侵害を認定 |
| 結論 | 被告に対し、製造販売の差止めと約1億2900万円の損害賠償を命令 |
この事例は、シンプルなデザインの製品において、細かな構成の違いが類否判断に影響を与えること、また、関連意匠制度を活用して権利範囲を広く確保することの有効性を示したものとして知られています。
争点と裁判所の判断:形態の類似性が認められたポイント
裁判所が侵害を認めた関連意匠(本件意匠2)との比較において、以下の点が形態の類似性を肯定するポイントとなりました。
裁判所は、製品の要部を「本体正面の電極配置、表示窓やスイッチの形状・位置、製品の薄さ」などと認定しました。その上で、両者の共通点と差異点を評価しました。
- 共通点: 隅が丸い横長四角形のガラス板、四隅に配置された縦長の電極、中央上部の液晶表示窓とその下のスイッチ、側面から見た薄い積層構造。
- 差異点: 被告製品の液晶表示窓周囲の縁取り模様、スイッチの個数。
裁判所は、これらの差異点について「基本的構成態様が共通することから生じる共通の美感を凌駕するものではない」と判断しました。特に、ガラス板の縦横比の差がごくわずかで、全体として横長の印象を与える点で共通していることから、両者は全体として観察した場合の美感が共通すると結論付けました。一方で、侵害が否定された本意匠(本件意匠1)は、形状が正方形に近く、横長長方形の被告製品とは受ける印象が異なると判断されました。
【判例紹介】意匠権侵害が認められなかった訴訟事例
事例②:美容用シートマスク事件の概要
この事例は、美容用シートマスクの製造販売会社が、競合他社の製品デザインが自社の意匠権を侵害しているとして訴えを起こした事件です。裁判所は、両者のデザインは類似しないとして、権利者側の請求を退けました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原告 | 美容用シートマスクの製造販売会社 |
| 被告 | 競合他社 |
| 対象製品 | 顔の形状に合わせた立体的な美容用シートマスク |
| 争点 | 被告製品が原告の登録意匠と類似するか否か |
| 裁判所の判断 | 非類似であるとして侵害を否定 |
| 結論 | 原告の請求を棄却 |
この判決は、物品の機能上、必然的に定まる形状や、ありふれた形状の重要度は低く評価される一方、細部の形状の違いが全体の美感に大きく影響する場合があることを示す事例です。
争点と裁判所の判断:公知意匠との差異が乏しいとされたポイント
裁判所が非類似と判断した理由は、両意匠の共通点が、機能的な要請に基づく形状や、公知の意匠にも見られるありふれた形態であったためです。フェイスマスクという物品の性質上、人の顔の形に沿い、目・鼻・口の位置に開口部があるという基本的な構成は、意匠的な特徴として強く評価されませんでした。
その上で、裁判所は以下の具体的な形状の差異に着目しました。
- 目や口の開口部の形状(原告意匠:単純な楕円形、被告製品:両端が尖った形状)
- 鼻筋部分の折り込み線の有無(被告製品には明確な線あり)
- 全体の輪郭形状や顎のラインの処理
裁判所は、これらの差異によって「被告製品は鼻筋の通った引き締まった顔立ちの印象を与えるのに対し、原告意匠はのっぺりとした印象を与える」と評価し、両者の全体的な美感は異なると結論付けました。これは、基本的な構成が似ていても、それが機能に由来するものであれば、細部のデザインの違いが全体の印象を左右することを示しています。
意匠権を侵害した場合の法的措置とリスク
差止請求:侵害行為の停止・予防と侵害品の廃棄
意匠権者は、権利を侵害する者または侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止または予防を請求できます(意匠法37条)。これは差止請求権と呼ばれ、侵害者の故意・過失を問わず行使できる強力な権利です。
差止請求と併せて、侵害の予防に必要な以下の措置も請求することができます。
- 侵害行為を組成した物(模倣品の在庫など)の廃棄
- 侵害行為に供した設備(製造用の金型など)の除却
これらの措置により、市場からの模倣品の排除や再生産の防止を図ります。訴訟を待てない緊急の場合は、裁判所に仮処分を申し立て、迅速に販売停止などを求めることも可能です。侵害者にとっては、在庫や設備を失うことで甚大な経済的損失を被るリスクがあります。
損害賠償請求:逸失利益やライセンス料相当額の算定方法
意匠権侵害により損害を被った場合、権利者は侵害者に対し、不法行為(民法709条)として損害賠償を請求できます。損害額の立証は本来困難ですが、意匠法39条には権利者の負担を軽減するための損害額の推定規定が設けられています。
- 権利者の逸失利益: 権利者が侵害行為がなければ販売できたはずの製品の利益額。侵害者が販売した数量に、権利者の単位あたりの利益額を乗じて計算します。
- 侵害者の利益: 侵害者が侵害行為によって得た利益の額を、権利者の損害額と推定する方法です。
- ライセンス料相当額: その登録意匠の実施に対し、通常受けるべき金銭の額(ライセンス料)を損害額として請求する方法です。これは最低限の損害額と位置づけられます。
損害賠償請求には侵害者の故意または過失が必要ですが、意匠法40条により、侵害者の過失は法律上推定されるため、権利者側の立証負担は大きく軽減されます。
不当利得返還請求と信用回復措置請求
意匠権侵害に対しては、損害賠償請求の他にも、以下の請求が可能です。
- 不当利得返還請求: 侵害者が法律上の原因なく意匠権を利用して利益を得た場合に、その利益の返還を求める請求です。損害賠償請求権が時効で消滅した場合などの補完的な手段として用いられることがあります。
- 信用回復措置請求: 侵害品の品質が粗悪でブランドイメージが損なわれた場合などに、侵害者に対して謝罪広告の掲載など、失われた業務上の信用を回復するための措置を求める請求です。
損害賠償額が高額化するケースとその要因
意匠権侵害訴訟では、賠償額が数千万円から1億円を超える高額になるケースも少なくありません。その主な要因としては、以下の点が挙げられます。
- 侵害品の販売数量が多い、または販売期間が長い
- 侵害者が侵害行為によって高い利益を上げている
- 登録意匠が製品の売上に大きく貢献している(寄与度が高い)
- 侵害行為が悪質であると判断される
特に、侵害者の利益を損害額とみなす規定(意匠法39条2項)が適用された場合、ヒット商品であればあるほど賠償額は高額になる傾向にあります。
意匠権侵害トラブルにおける対応のポイント
権利者側(訴える側)の対応:証拠保全と警告書の送付
自社の意匠権が侵害されている疑いがある場合、権利者は以下の手順で慎重に対応を進める必要があります。
- 証拠の確保: 侵害品を購入して現物を確保するほか、ウェブサイトのスクリーンショットやカタログなどを収集します。必要に応じて、裁判所に証拠保全の申立てを行うことも検討します。
- 専門家への相談: 弁理士や弁護士に相談し、侵害の事実関係や法的見解について助言を得ます。
- 警告書の送付: 証拠が固まった段階で、通常は内容証明郵便を利用して侵害者へ警告書を送付します。警告書には、意匠権の内容、侵害の事実、要求事項(販売停止、損害賠償など)を明確に記載します。
警告書は相手方に交渉のテーブルについてもらうきっかけとなりますが、内容を誤ると逆に営業妨害で訴えられるリスクもあるため、専門家と十分に協議した上で送付することが重要です。
被疑侵害側(訴えられた側)の対応:侵害の有無の検討と対抗策
他社から意匠権侵害の警告書を受け取った場合、無視することは最も危険です。以下の手順で冷静に対応する必要があります。
- 警告書の精査と専門家への相談: まずは警告書の内容をよく読み、弁理士や弁護士に相談します。自社製品が相手方の意匠権を本当に侵害しているか、専門的な鑑定を依頼します。
- 相手方の権利の有効性調査: 相手方の意匠権に無効理由がないか調査します。例えば、出願前から知られていたデザインであれば、無効審判を請求して権利を無効にできる可能性があります。
- 対抗策の検討: 侵害の可能性や相手方の権利の有効性を踏まえ、対抗策を検討します。
- 非侵害の主張: 自社製品のデザインは登録意匠と類似しないことを論理的に主張します。
- 先使用権の主張: 相手方の出願前から、善意でそのデザインの製品を製造・販売していた事実を証明し、事業の継続を主張します。
- 設計変更(デザイン・アラウンド): 速やかに製品デザインを変更して侵害状態を解消し、損害賠償額の減額交渉に臨みます。
訴訟前の交渉で留意すべき実務上のポイント
訴訟は双方にとって時間と費用の負担が大きいため、可能な限り交渉による解決を目指すべきです。交渉にあたっては、以下の点を意識することが重要です。
- 客観的な根拠に基づく主張: 感情的にならず、侵害または非侵害の根拠を法的な観点から明確に示します。
- 多様な解決策の検討: 販売停止や賠償金だけでなく、ライセンス契約の締結といったビジネス的な解決も視野に入れます。
- 和解合意書の作成: 交渉がまとまった場合は、必ず合意書を作成し、紛争の再発を防ぐための条項(清算条項など)を盛り込みます。
意匠権侵害の判例に関するよくある質問
Q. 意匠権侵害の警告書が届いたら、まず何をすべきですか?
まずは落ち着いて、以下の手順で対応してください。
- 警告書の内容を精査する: 相手が主張する意匠登録番号を基に、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)などで意匠公報を確認します。
- 専門家に相談する: 意匠権に詳しい弁理士や弁護士に速やかに相談し、侵害の可能性について客観的な鑑定を受けます。
- 安易な回答を避ける: 拙速に侵害を認めたり、不用意な反論をしたりせず、専門家と方針を固めてから正式に回答します。回答期限が迫っている場合は、検討中である旨を伝えて時間を確保しましょう。
- 無視は絶対にしない: 警告書を無視すると、侵害の事実を知りながら行為を継続したと見なされ、訴訟で不利になる可能性が高まります。
Q. 自社のデザインが他社の意匠権を侵害していないか、事前に調査する方法はありますか?
はい、あります。新製品を発売する前などに、他社の意匠権を侵害しないか調査することをクリアランス調査(または侵害予防調査)と呼びます。
- 簡易的な自己調査: 特許庁所管の「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」を利用すれば、誰でも無料で登録意匠を検索・閲覧できます。
- 専門家による調査: 意匠の類否判断は専門知識を要するため、最終的には弁理士に依頼して精度の高い調査を行うことを強く推奨します。これにより、事業リスクを大幅に低減できます。
Q. 部分意匠や関連意匠の侵害はどのように判断されるのでしょうか?
部分意匠と関連意匠は、通常の意匠とは少し異なる観点で侵害が判断されます。
- 部分意匠: 意匠登録を受けた「部分」(意匠公報の図面で実線で示された部分)と、被疑侵害品の対応する部分の形態を比較して類否を判断します。製品全体が似ていなくても、権利化された特徴的な一部分が酷似していれば侵害となります。
- 関連意匠: 基礎となる本意匠だけでなく、そのバリエーションとして登録された個々の関連意匠も独立した権利です。したがって、被疑侵害品が本意匠と似ていなくても、いずれか一つの関連意匠と類似していれば侵害が成立します。
まとめ:判例から学ぶ意匠権侵害トラブルへの実践的対応
本記事では、意匠権侵害の判断基準と、具体的な2つの判例を基にその判断の分かれ目を解説しました。意匠権侵害の判断は、需要者の視点から見た「全体的な美感」が共通するかが基準となり、特にデザインの創作的な特徴である「要部」の比較が重要な鍵を握ります。体重体組成計事件では要部の共通性が侵害認定に繋がり、シートマスク事件では共通点が機能的な形状であるため細部の差異が重視され非侵害と判断されたように、ケースごとの具体的な検討が不可欠です。万が一、意匠権侵害の警告を受けたり、逆に侵害の疑いを発見した場合には、まずこれらの判例を参考に自社の状況を客観的に分析することが重要です。その上で、速やかに弁理士や弁護士といった専門家に相談し、侵害の可能性や無効主張、設計変更などの対抗策について具体的な助言を求めることが、紛争の拡大を防ぎ、適切な解決に至るための最善策となります。

