会社倒産時の従業員対応ガイド|未払賃金立替払制度・解雇・社会保険手続きを解説
企業の経営が困難な状況に直面した際、従業員の生活をいかにして守るかは経営陣にとって極めて重要な責務です。特に賃金や退職金の支払いは、従業員の生活に直結する最優先課題であり、そのための公的な救済措置も存在します。この記事では、会社の倒産時に従業員の未払賃金を国が立て替える「未払賃金立替払制度」を中心に、各種退職金制度の扱いや、解雇に伴う社会保険手続きまで、企業担当者が知っておくべき実務を網羅的に解説します。
会社の倒産時に従業員の賃金を守る「未払賃金立替払制度」
未払賃金立替払制度の概要と目的
未払賃金立替払制度とは、勤務先の会社が倒産したことで賃金が支払われないまま退職した従業員に対し、国が会社に代わって未払賃金の一部を立て替えて支払う公的な救済制度です。この制度は「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づき、従業員とその家族の生活安定を目的としています。
制度の運営は独立行政法人労働者健康安全機構(以下、機構)が行います。機構が従業員に立替払いを行った後、本来の支払義務者である会社(または破産管財人など)に対して、その支払いを求める(求償する)仕組みになっています。立替払いの対象は、生活の基盤となる定期賃金と退職手当に限定されており、従業員が被る経済的な打撃を和らげるセーフティネットとしての役割を担っています。
制度を利用するための要件(企業側・従業員側)
未払賃金立替払制度を利用するには、倒産した会社側と、賃金が未払いとなっている従業員側の両方が、それぞれ定められた要件を満たす必要があります。
- 労働者災害補償保険(労災保険)の適用事業所であり、1年以上の事業活動実績があること。
- 倒産の事実が認められること。倒産には、裁判所が関与する「法律上の倒産」と、労働基準監督署長が認定する「事実上の倒産」の2種類があります。
- 倒産した会社に雇用されていた労働者であること(パート・アルバイトも対象)。
- 倒産の申立て日(または認定申請日)の6か月前の日から2年の間に退職していること。
- 未払となっている定期賃金および退職手当があること。
- 未払賃金の総額が2万円以上であること。
- 未払賃金額について、法律上の倒産の場合は破産管財人などの証明を、事実上の倒産の場合は労働基準監督署長の確認を受けていること。
立替払の対象となる賃金の範囲(給与・退職金)
立替払の対象となるのは、従業員の退職日の6か月前の日から立替払請求日の前日までに支払期日が到来している「定期賃金」と「退職手当」です。ただし、すべての賃金が対象になるわけではありません。
- 定期賃金: 基本給、家族手当、通勤手当、時間外手当など、毎月定期的に支払われる賃金。所得税や社会保険料などが控除される前の総支給額が基準となります。
- 退職手当: 就業規則や退職金規程などに基づいて支給される退職金。
- 賞与(ボーナス)など、臨時的に支払われる賃金
- 解雇予告手当
- 賃金の延滞利息や年末調整の還付金
- 慰労金や祝金といった恩恵的な給付
- 実費弁償にあたる旅費や備品購入費
- 未払賃金の総額が2万円未満の場合
立替払される金額の上限と計算方法
立替払される金額は、原則として未払賃金総額の80%です。ただし、退職時の年齢に応じて未払賃金総額に上限が設けられており、未払賃金総額がその上限を超える場合は、上限額の80%が立替払額となります。
| 退職日における年齢 | 未払賃金総額の限度額 | 立替払の上限額(限度額の80%) |
|---|---|---|
| 45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
| 30歳以上45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
| 30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
例えば、退職時に32歳で未払賃金が170万円の場合、限度額(220万円)の範囲内であるため、立替払額は170万円の80%である136万円となります。一方、48歳で未払賃金が470万円の場合、限度額(370万円)を超えているため、立替払額は上限である296万円となります。
なお、立替払金は税法上「退職所得」として扱われます。「退職所得の受給に関する申告書」を提出することで退職所得控除が適用されますが、提出しない場合は支払額の20.42%が源泉徴収されます。
申請から支払いまでの具体的な手続きと流れ
申請手続きは、会社の倒産が「法律上の倒産」か「事実上の倒産」かによって異なります。請求は、倒産の決定日等の翌日から2年以内に行う必要があります。
- 破産管財人、再生債務者、更生管財人など(証明者)に、未払賃金額などに関する証明を申請します。
- 証明者から交付された証明書と一体になった「未払賃金の立替払請求書」に必要事項を記入します。
- 証明書と請求書を切り離さずに、独立行政法人労働者健康安全機構(機構)に郵送で提出します。
- 機構での審査後、指定した預金口座に立替払金が振り込まれます。
- まず、会社の所在地を管轄する労働基準監督署長に、会社が倒産状態にあることの「認定」を申請します。
- 認定通知書の交付を受けた後、次に同じ労働基準監督署長に、未払賃金額などに関する「確認」を申請します。
- 確認通知書の交付を受けたら、「未払賃金の立替払請求書」に必要事項を記入します。
- 確認通知書と請求書を切り離さずに、独立行政法人労働者健康安全機構(機構)に郵送で提出します。
- 機構での審査後、指定した預金口座に立替払金が振り込まれます。
制度申請における会社の協力義務と実務上の注意点
未払賃金立替払制度を円滑に利用するためには、会社の協力が不可欠です。会社(または破産管財人)は、破産管財人による証明や労働基準監督署長による確認手続きに必要な資料を、従業員に速やかに提供する義務があります。具体的には、賃金台帳やタイムカードといった、未払賃金の額を客観的に証明するための書類が該当します。
実務上の注意点として、もし事業主が不正受給に加担するなどの行為を行った場合、詐欺罪として刑事告発される可能性があります。その場合、国から立替払された金額の返還に加え、同額の納付(いわゆる倍返し)を命じられることがあります。
中小企業退職金共済(中退共)・企業年金制度に加入している場合の対応
中退共加入企業が倒産した場合の退職金請求手続き
中小企業退職金共済(中退共)制度は、国が支援する中小企業向けの退職金制度です。掛金は事業主が負担しますが、その資産は会社の財産とは別に、独立行政法人勤労者退職金共済機構によって安全に管理・運用されています。そのため、会社が倒産しても、従業員の退職金が減額されたり支払われなくなったりする影響はありません。
退職金は会社を経由せず、中退共から従業員に直接支払われます。ただし、自動的に振り込まれるわけではないため、退職した従業員自身が請求手続きを行う必要があります。会社側は、従業員が手続きを円滑に進められるよう、「退職金共済手帳」などの必要書類を速やかに渡すことが求められます。通常、請求書類の提出から4週間程度で、指定した口座に退職金が振り込まれます。
確定拠出年金(企業型DC)の資産保全と移換手続き
確定拠出年金(企業型DC)に加入している場合、その年金資産は法律によって会社の財産とは明確に分離して管理されているため、会社の倒産から完全に保護されます。会社の債権者による差し押さえの対象になることはありません。
会社が倒産すると企業型DC制度は終了するため、従業員は積み立てた年金資産を別の制度に移す「移換(ポータビリティ)」の手続きが必要です。移換先には、転職先の企業型DCや個人型確定拠出年金(iDeCo)などがあります。この移換手続きは、加入者資格を喪失した月の翌月から6ヶ月以内に行わなければなりません。
期限内に手続きをしないと、資産は国民年金基金連合会に「自動移換」されます。自動移換されると、運用ができなくなる、管理手数料が引かれ続ける、老齢給付金の受給開始が遅れる可能性があるなど、多くのデメリットが生じます。会社は従業員に対し、期限内に必ず移換手続きを行うよう、十分に周知徹底する責任があります。
その他の企業年金(確定給付企業年金など)の注意点
確定給付企業年金(DB)は、会社が将来の給付額を約束し、資産の運用責任を負う制度です。この資産も会社の財産とは別に外部で積み立てられているため、倒産から保護されます。
ただし、DB制度では会社が運用リスクを負うため、運用実績が悪化して積立不足が生じることがあります。通常、会社にはこの不足分を穴埋めする責任がありますが、倒産するような経営状況ではそれが困難です。その場合、定められた手続きを経て、将来の給付額が減額される可能性があります。DB加入者が退職した場合は、積み立てた資産(脱退一時金相当額)をiDeCoなどの他の制度に移換(ポータビリティ)することが可能です。
従業員の解雇と社会保険に関する実務手続き
倒産における従業員解雇の法的な手続きとタイミング
会社が破産手続きを開始すると事業継続が不可能になるため、最終的に従業員は全員解雇されることになります。この解雇は、破産手続開始に伴う事業の消滅を理由とするものであり、法的に解雇権の濫用と見なされることは通常ありません。解雇にあたっては、原則として労働基準法に基づき、30日以上前の解雇予告、または30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが必要です。ただし、破産手続開始決定後に破産管財人が労働契約を解除する場合、労働基準法上の解雇予告義務は適用されないと解釈されることが多く、解雇予告手当の支払いは破産財団の状況によって異なります。
解雇の通知は、事業主が破産申立てを行う場合、情報の錯綜や業務の混乱を避けるため、申立ての当日またはその直前の事業停止日に、全従業員を集めて一斉に行うことが一般的です。
解雇予告手当の支払い義務と計算方法
解雇予告手当は、30日前の解雇予告を行わずに従業員を解雇する場合に、予告に代わって支払うことが法律で義務付けられている金銭です。即時解雇の場合は30日分、予告期間が30日に満たない場合はその不足日数分の平均賃金を支払う必要があります。
平均賃金は、原則として解雇日直前の3か月間に支払われた賃金総額を、その期間の総暦日数で割って算出します。賃金総額には、基本給や各種手当を含みますが、賞与など臨時的に支払われたものは含みません。解雇予告手当の支払いを怠った場合、会社は労働基準法違反となり、罰則の対象となるほか、裁判所から付加金の支払いを命じられる可能性もあります。ただし、破産手続開始決定後に破産管財人が労働契約を解除する場合には、この限りではありません。
健康保険・厚生年金保険の資格喪失手続き
従業員が退職すると、健康保険・厚生年金保険の被保険者資格を喪失します。会社は、従業員の退職日の翌日から5日以内に、管轄の年金事務所などへ「被保険者資格喪失届」を提出しなければなりません。その際、従業員とその被扶養者全員の健康保険証を回収し、届出に添付する必要があります。
この手続きが遅れると、退職した従業員が国民健康保険への加入など、次の手続きに進めず不利益を被る可能性があるため、迅速な対応が求められます。会社は、資格喪失後の選択肢について従業員に情報提供することが望ましいです。
- 国民健康保険に加入する
- 退職前の健康保険を任意継続する(最長2年間)
- 家族が加入する健康保険の被扶養者になる
雇用保険の資格喪失手続きと離職票の交付
会社の倒産による解雇は「会社都合退職」にあたるため、従業員は雇用保険の「特定受給資格者」として扱われます。
会社は、従業員の退職日の翌々日から10日以内に、管轄のハローワークへ「雇用保険被保険者資格喪失届」と「離職証明書」を提出する義務があります。ハローワークはこれに基づき「離職票」を会社に交付し、会社はそれを速やかに退職した従業員へ渡します。従業員はこの離職票を使って失業給付の申請を行います。手続きを怠ると法律違反となり、罰則が科される可能性があります。
従業員への説明責任とコミュニケーションのポイント
倒産の事実を従業員へ伝える適切な時期と方法
倒産の事実を従業員に伝える最適な時期は、破産申立ての直前、または事業を停止する当日です。情報が早期に漏れると、取引先との混乱や財産の流出など、破産手続きに支障をきたす恐れがあるためです。
ただし、経理担当者など、手続きに協力が必要な一部の従業員には、事前に状況を説明し、協力を求めておく必要があります。告知方法は、弁護士同席のもとで全従業員を集めた説明会を開き、一斉に伝えるのが最も公平かつ確実な方法です。
説明会で伝えるべき内容と質疑応答への備え
従業員説明会では、経営者が誠実な態度で経緯を説明し、従業員の不安を少しでも和らげることが重要です。質疑応答に備え、弁護士と協力して想定問答集を作成しておくことが望ましいでしょう。
- 倒産(破産申立て)に至った経緯についての誠実な説明と謝罪
- 全従業員を解雇する旨の通知と、正式な解雇日
- 未払給与、退職金、解雇予告手当の支払いに関する見通し
- 未払賃金立替払制度の概要と利用方法
- 雇用保険(失業給付)や社会保険(健康保険・年金)の今後の手続きについて
- 離職票や源泉徴収票など、必要書類の交付スケジュール
説明会後の個別対応と問い合わせ窓口設置の重要性
説明会後も、従業員は個別の事情に応じた多くの手続きに直面します。そのため、会社は手続きに関する質問や相談に応じるための問い合わせ窓口を設置することが極めて重要です。
窓口を設け、個別の質問に丁寧に対応することで、従業員の不安を軽減し、円滑な手続き進行を助けることができます。これにより、会社としての最後の責任を果たす姿勢を示すことにも繋がります。
会社倒産時の従業員対応に関するよくある質問
パートやアルバイト従業員も未払賃金立替払制度の対象になりますか?
はい、対象になります。未払賃金立替払制度は、正社員や契約社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトなど、雇用形態にかかわらず、倒産した会社に雇用されていたすべての「労働者」を対象としています。ただし、制度利用の他の要件(退職日の期間や未払額など)を満たす必要があります。なお、代表取締役などの役員や、事業主と同居している親族は、原則として労働者とは見なされず対象外となります。
未払賃金立替払制度の対象外となるのはどのようなケースですか?
未払賃金立替払制度にはいくつかの除外規定があり、すべての未払金が対象となるわけではありません。
- 賞与(ボーナス)、解雇予告手当、その他臨時的に支払われる賃金
- 未払賃金の総額が2万円に満たない場合
- 倒産の申立て日等の6か月より前に、または2年経過後に退職した場合
- 会社の代表権を持つ役員や、事業主と生計を一つにする同居の親族
倒産によって退職金が減額されたり、支払われなかったりすることはありますか?
はい、その可能性はあります。会社の財産から直接支払われる退職金は、倒産した会社の財産状況に大きく左右されます。破産手続きでは、税金や担保権を持つ債権者への支払いが優先されるため、従業員の退職金に充てる財産が残らないケースも少なくありません。
ただし、中小企業退職金共済(中退共)や確定拠出年金(DC)、確定給付企業年金(DB)といった外部積立型の制度に加入していた場合、その資産は会社の財産とは別に保全されているため、倒産の影響を受けずに支払われます。社内積立の退職金が支払われない場合は、未払賃金立替払制度を利用して一部の救済を受けることができます。
解雇予告手当が支払われない場合、従業員はどうすればよいですか?
解雇予告手当の支払いは、原則として労働基準法で定められた会社の義務であり、支払われない場合は法律違反となります。ただし、破産手続開始決定後に破産管財人が労働契約を解除する場合には、この限りではありません。会社が支払いを免除されるのは、天災などやむを得ない事由について労働基準監督署長の認定を受けた場合などに限られます。
もし支払われない場合は、まず管轄の労働基準監督署に相談することが有効な手段です。労働基準監督署から会社に対して指導や是正勧告が行われることがあります。それでも解決しない場合は、労働審判や訴訟といった法的手続きを通じて支払いを請求することも可能です。
まとめ:従業員の生活を守り、企業の社会的責任を果たすために
会社の倒産という非常事態において、従業員の生活基盤を守るための公的制度や法的手続きを適切に実行することは、企業が果たすべき最後の社会的責任です。中心となる「未払賃金立替払制度」は、未払賃金の最大8割を国が肩代わりする強力なセーフティネットですが、その利用には賃金台帳の提供など会社側の協力が不可欠です。また、中退共や企業年金(DC/DB)の資産は倒産から保護されるものの、従業員自身による移換手続きが必要となるため、会社は正確な情報提供とサポートを行う義務を負います。解雇や社会保険に関する諸手続きは法定期限が厳格に定められており、遅延なく進めなければなりません。これらの複雑な実務を円滑に進め、従業員との不要なトラブルを回避するためにも、早い段階で弁護士などの専門家に相談し、計画的に対応することが最善の策と言えるでしょう。

