会社法第202-2条を解説 取締役への株式報酬(無償発行)の要件・手続き・注意点
企業の持続的な成長を実現するためには、経営陣への適切なインセンティブ設計が不可欠です。令和元年の会社法改正で新設された第202条の2は、上場会社が取締役等へ無償で株式を付与することを可能にし、報酬制度の柔軟性を大きく高めました。しかし、この特則を活用するには、対象者の範囲や株主総会決議といった法的要件、実務上の手続きを正確に理解しておく必要があります。この記事では、会社法第202条の2の概要から、具体的な手続きの流れ、メリットと注意点、さらには会計・税務上のポイントまでを網羅的に解説します。
会社法第202条の2とは?取締役への株式無償発行の特則
令和元年会社法改正で新設された株式報酬制度の概要
令和元年の会社法改正で新設された会社法第202条の2は、上場会社がその取締役や執行役に対し、報酬として自社の株式を無償で発行または処分することを認める特則です。この制度は、役員へのインセンティブ報酬をより柔軟かつ機動的に設計できるようにすることを目的としています。
本規定の適用により、通常の募集株式発行で求められる金銭の払込みや現物出資が不要となります。これは、取締役などが提供する職務執行が実質的な対価として機能すると考えられているためです。会社は払込期日の代わりに「割当日」を定め、その日に役員は株主となります。
- 対象会社: 金融商品取引所に株式を上場している株式会社に限定されます。
- 対象者: 会社の取締役および執行役です。
- 発行形態: 報酬として、募集株式の発行または自己株式の処分を無償で行います。
- 手続きの簡素化: 金銭の払込みや現物出資の手続きが不要となります。
- 効力発生: 会社が定めた「割当日」に、対象役員は株主としての地位を取得します。
役員インセンティブの柔軟化を目的とした制度設立の背景
従来、報酬として株式を直接無償で交付するための明確な法制度は存在せず、実務では複雑な手法が用いられていました。
具体的には、役員にまず金銭報酬債権を与え、その債権を現物出資させる「現物出資構成」が一般的でしたが、下記のような課題がありました。
- 金銭報酬債権の付与と現物出資という二段階の手続きが必要で、プロセスが煩雑でした。
- 会計上、資本金として計上すべき額の算定基準が不明確である点が指摘されていました。
欧米では、譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)などを直接交付する手法が主流です。本制度の創設により、日本でもグローバル基準に合わせた機動的な報酬設計が可能となり、企業はキャッシュアウトを伴わずに優秀な経営人材を確保しやすくなりました。
制度利用の前提となる法的要件
対象となる役員の範囲(取締役・執行役など)
本制度を利用できる会社が上場会社に限定されているのは、非上場会社では客観的な市場価格の不存在により、制度が悪用されるおそれがあるとの政策的考慮があるためとされています。
| 対象区分 | 具体例 | 備考 |
|---|---|---|
| 対象者 | 取締役、執行役 | 会社法第326条の取締役、指名委員会等設置会社の執行役が該当します。 |
| 対象外 | 執行役員、監査役、会計参与、従業員、子会社の役員 | 経営の監督・監査を担う監査役や、従業員等は対象外です。 |
監査役や会計参与は、経営を監督・監査する立場であるため、株価に連動するインセンティブを付与することはその独立性の観点から適切でないとされています。また、執行役員や従業員、発行会社の役員を兼務しない子会社の役員は本制度の直接の対象外であり、これらの者へ株式を付与する場合は、引き続き現物出資構成などの別の手法を検討する必要があります。
株主総会で決議すべき報酬等の内容
本制度を利用して株式を無償発行するには、事前に株主総会において、報酬として株式を付与するための枠組みを承認してもらう必要があります。この決議は、会社法第361条第1項に基づく非金銭報酬等の決定として行われます。議案を提出した取締役は、株主総会でその報酬内容が相当である理由を説明する義務を負います。
- 発行または処分する募集株式の数の上限(種類株式発行会社の場合は、種類ごとの上限も明記)
- 株式に譲渡制限を設ける場合、その譲渡制限期間などの概要
- 役員の不正行為など、会社が株式を無償で取得できる没収事由を定める場合はその概要
なお、指名委員会等設置会社では、これらの事項は株主総会ではなく報酬委員会が決定します。
取締役会で決定する具体的な募集事項
株主総会で承認された報酬枠の範囲内で、個別の株式発行に関する具体的な内容は取締役会の決議によって決定されます。この決議では、会社法第202条の2の特則を適用する旨を明確にする必要があります。
- 当該募集が取締役等の報酬等として行われ、金銭の払込み等を要しない旨
- 募集株式を割り当てる日、すなわち割当日(払込期間のような幅のある設定は不可)
この手続きは、取締役の職務執行という対価があるため、既存株主に特に有利な条件で発行する「有利発行」には該当しないと解されており、株主総会の特別決議は不要です。決定された募集事項は、原則として割当日の2週間前までに株主へ通知または公告する必要がありますが、上場会社においては、金融商品取引法に基づく適時開示や臨時報告書の提出等により、その情報が株主に周知されることから、個別の通知・公告を要しない実務運用がなされています。
対象外となる子会社役員や従業員へのインセンティブ設計との使い分け
本制度は上場会社の取締役・執行役に限定されているため、子会社の役職員や従業員を対象とするインセンティブプランでは、他の手法を用いる必要があります。対象者ごとに適切な法的構成を選択することが重要です。
| 対象者 | 主な手法 | 備考 |
|---|---|---|
| 上場会社の取締役・執行役 | 会社法第202条の2による無償発行 | 手続きが簡素で機動的な運用が可能です。 |
| 従業員 | 現物出資構成(金銭報酬債権を現物出資) | 従来から用いられている一般的な手法です。 |
| 子会社役職員 | 現物出資構成に加え、親子会社間での債務引受契約など | 親会社との間に直接の委任関係がないため、追加の契約設計が必要です。 |
株式無償発行における実務手続きの流れとスケジュール例
手続き全体のフロー(計画から登記完了まで)
株式無償発行を実務で行う場合、報酬制度の設計から登記完了まで、一連の法的手続きを計画的に進める必要があります。以下に一般的な手続きの流れを示します。
- 報酬制度の設計: 報酬委員会や指名報酬諮問委員会で報酬内容を検討します。
- 取締役会決議①: 株主総会に報酬枠に関する議案を付議することを決定します。
- 株主総会決議: 定時株主総会等で、会社法第361条に基づく非金銭報酬として承認を得ます。
- 取締役会決議②: 個別の発行に際し、対象者、株式数、割当日などの具体的な募集事項を決定します。
- 割当契約の締結: 会社と対象役員との間で、譲渡制限付株式割当契約などを締結します。
- 効力発生: 割当日の到来をもって株式発行の効力が生じ、会社は株主名簿の書換えを行います。
- 変更登記申請: 新株を発行した場合、効力発生日から2週間以内に法務局へ変更登記を申請します。
株主総会決議と募集事項の決定
実務上、報酬枠の承認は定時株主総会で行われることが一般的です。株主総会で承認された上限数の範囲内であれば、その後は必要に応じて取締役会を開催し、具体的な募集事項を機動的に決定できます。
上場会社の場合、募集事項を決定した取締役会決議後は、速やかに金融商品取引所への適時開示を行うとともに、必要に応じて財務局へ臨時報告書を提出します。また、株式の管理を委託している証券保管振替機構(ほふり)への通知手続きも忘れずに行う必要があります。株主総会の承認内容と取締役会の決定内容に齟齬が生じないよう、厳格な管理が求められます。
株式の割当てと払込期日(割当日)の設定
本制度では金銭の払込みが不要なため、通常の増資で設定される「払込期日」や「払込期間」は存在しません。その代わりに、株式の効力が発生する「割当日」を特定の日として定めます。割当日の到来と同時に、引受人である役員は法的に株主となります。
実務では、割当日を迎える前に、会社と対象役員との間で必要な契約等を締結しておくことが一般的です。
- 譲渡制限付株式割当契約の締結: 譲渡制限期間や没収事由などの詳細条件を定めます。
- 引受けの申込み: 対象役員から募集株式の引受けの申込みを受けるか、総数引受契約を締結します。
効力発生後の変更登記申請
株式の無償発行により新株を発行した場合、会社の登記事項である「発行済株式の総数」および「資本金の額」に変更が生じるため、効力発生日(割当日)から2週間以内に管轄の法務局へ変更登記を申請する義務があります。
一方で、会社が保有する自己株式を処分した場合は、これらの登記事項に変動はないため、原則として変更登記は不要です。
登記申請に必要な登録免許税は、増加した資本金の額に1,000分の7を乗じた金額です。ただし、この額が3万円に満たない場合は、最低額の3万円となります。
会社法第202条の2を活用するメリットと注意点
企業価値向上に向けたインセンティブ設計上のメリット
本制度の最大のメリットは、役員の報酬と企業価値(株価)を直接連動させることで、株主と経営陣の利害を一致させ、持続的な成長への動機付けを強化できる点にあります。金銭報酬とは異なり、株式そのものを保有することで、経営への当事者意識を高める効果が期待できます。
- 株主との利害一致: 役員が株価上昇への強いインセンティブを持つことで、企業価値向上に向けた経営を促進します。
- キャッシュアウトの抑制: 会社は現金を支出することなく報酬を支払えるため、手元資金を事業投資などに活用できます。
- 手続きの簡素化: 従来の現物出資構成に比べて手続きが大幅に簡略化され、管理部門の負担が軽減されます。
譲渡制限株式(リストリクテッド・ストック)としての活用
会社法第202条の2は、譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)を役員に付与する際に広く活用されています。これは、付与した株式に一定期間の譲渡制限を課すことで、役員の長期的な貢献を促し、安易な離職を防ぐリテンション効果を狙うものです。
譲渡制限は、数年間の継続勤務や一定の業績目標の達成などを条件に解除されるのが一般的です。株式を事前に交付するため、役員は付与された時点から株主としての権利意識を持つことができ、株主目線での経営を早期に促す効果も期待できます。
譲渡制限期間や没収事由(マルス・クローバック条項)の具体的な設計
インセンティブ制度の実効性を確保するためには、譲渡制限期間や没収事由の具体的な設計が極めて重要です。これらの条件は、会社と役員との間で締結する割当契約書において明確に定めておく必要があります。
- 譲渡制限期間: 中期経営計画に合わせて3年~5年程度、あるいは役員の退任時までと設定する例が多く見られます。
- マルス条項: 役員に法令違反や不正行為があった場合に、まだ権利が確定していない報酬(譲渡制限が解除されていない株式)を失効させる条項です。
- クローバック条項: すでに支払われた報酬(譲渡制限が解除された株式)についても、事後的に不正が発覚した場合に返還を求める条項です。
これらの条項を設けることで、健全なコーポレート・ガバナンスを確保し、短期的な利益追求や不正行為を抑制する効果が期待されます。
株式の希薄化や既存株主への影響に関する留意事項
株式の無償発行は、発行済株式総数を増加させるため、1株当たりの価値が低下する「株式の希薄化」を招く可能性があります。そのため、既存株主の利益を不当に害することがないよう、慎重な制度設計が求められます。
東京証券取引所のルールでは、大規模な第三者割当増資などにおいて、希薄化率が25%を超える場合には、原則として株主の意思確認手続き(株主総会決議など)を経る必要があるとされています。役員報酬としての発行でこの基準に達することは稀ですが、累積的な発行による影響は機関投資家などから厳しく評価されるため、会社は報酬制度の合理性や必要性について、株主に対して十分に説明する責任を負います。
株式報酬に関連する会計処理と税務の概要
会計上の取扱い(実務対応報告第41号のポイント)
株式の無償発行に関する会計処理は、企業会計基準委員会の「実務対応報告第41号」などに定められています。会計上は、会社が役員から受け取る職務執行というサービスの対価として株式を交付するものと考えます。
- 費用計上: 役務提供の対象となる期間(通常は譲渡制限期間)にわたり、株式の公正な評価額を費用として計上します。
- 評価単価: 費用の測定に用いる株式の公正な評価単価は、原則として株式を付与した日で算定し、その後は見直しません。
- 貸方科目: 新株を発行した場合は、役務提供の対価として、資本剰余金など純資産の部に計上し、役務の提供に応じて費用を計上します。
- 自己株式の場合: 自己株式を処分した場合は、割当日に自己株式の帳簿価額を減額し、費用計上額との差額をその他資本剰余金で調整します。
税務上の基本的な考え方と役員給与の損金算入
税務上、役員に付与した株式報酬を会社の損金として算入するためには、その報酬が法人税法上の役員給与の規定(事前確定届出給与や業績連動給与など)を満たす必要があります。特に譲渡制限付株式については、一定の要件を満たす「特定譲渡制限付株式」として税務署に届け出ることで、損金算入が認められます。
- 会社の損金算入: 損金算入が認められる時期は、役員の給与所得として課税されることが確定した日、すなわち譲渡制限が解除された日の属する事業年度となります。
- 役員個人の課税: 役員個人においては、譲渡制限が解除された時点の株価に基づいて給与所得(退職に伴い解除される場合は退職所得)として所得税が課税されます。
会社法第202条の2に関するよくある質問
本制度による株式発行は、会社法上の有利発行に該当しますか?
結論として、会社法第202条の2に基づく株式の無償発行は、有利発行には該当しないと整理されています。
有利発行とは、第三者に対して市場価格よりも著しく低い価額で株式を発行することを指し、既存株主の利益を保護するため、原則として株主総会の特別決議が必要です。しかし、本制度は取締役の職務執行という非金銭的な対価の提供を前提としており、金銭的な払込みがないことが直ちに有利発行を意味するものではないと考えられています。そのため、特則によって払込金額を定める必要がなく、株主総会の特別決議も不要とされています。
登記申請の際に必要となる主な添付書類を教えてください。
新株の発行を伴う株式無償発行の効力が発生した後、法務局へ変更登記を申請する際には、主に以下の書類が必要となります。
- 報酬として株式を発行する枠組みを定めた株主総会議事録
- 具体的な募集事項(割当日など)を決定した取締役会議事録
- 対象役員による株式の引受けを証する書面(募集株式の引受けの申込書または総数引受契約書)
- 増加する資本金の額が会社法及び会社計算規則に従って計上されたことを証する書面
- 株主リスト(現在の主要株主を記載した書面)
新株予約権を無償で発行する場合も、この条文は適用されますか?
いいえ、会社法第202条の2は株式の発行・処分に関する特則であり、新株予約権には直接適用されません。
ただし、同様の趣旨を持つ特則が、新株予約権については会社法第236条第3項に設けられています。この規定により、上場会社が取締役等の報酬として新株予約権を付与する場合、権利行使に際して金銭の払込みを要しない、すなわち「権利行使価額を0円」とすることが認められています。
これにより、権利行使時に自己資金を必要としないストックオプションの設計が可能となり、株式報酬と同様に役員へのインセンティブ設計の柔軟性が高まりました。この特則も、株式の場合と同様に上場会社に限定されています。
まとめ:会社法第202条の2を理解し、効果的なインセンティブ設計へ
本記事では、令和元年会社法改正で新設された第202条の2について、その概要から法的要件、実務手続き、会計・税務上の留意点までを解説しました。この特則は、上場会社が取締役等に対し、金銭の払込みを要さずに株式を報酬として付与できる画期的な制度であり、企業価値向上に向けたインセンティブ設計の柔軟性を大きく高めます。活用にあたっては、株主総会での報酬枠の承認や取締役会での募集事項の決定といった法的手続きを正確に履践することが不可欠です。キャッシュアウトの抑制や手続きの簡素化といったメリットがある一方、株式の希薄化など既存株主への影響にも十分な配慮が求められます。自社での導入を検討する際は、法務や財務の専門家と連携し、ガバナンス体制と整合性のとれた制度設計を行うことが成功の鍵となるでしょう。

