法務

物損事故の損害賠償|請求範囲と損害額の算定方法を法務視点で解説

catfish_admin

企業の車両が物損事故に遭った際、損害賠償としてどこまで請求できるか、その範囲や算定方法に悩む担当者は少なくありません。請求できる項目を正確に把握していないと、本来得られるはずの賠償を逃したり、不当に低い金額で合意してしまったりするリスクがあります。この記事では、車両本体の損害から休車損害、代車料に至るまで、物損事故で請求可能な損害賠償の範囲と具体的な算定方法、そして示談交渉の流れについて詳しく解説します。

物損事故で請求できる損害の範囲

車両本体の損害(修理費・買替差額・評価損)

交通事故で企業の車両が損傷した場合、加害者に請求できる損害賠償は、主に車両本体に生じた損害です。具体的には「修理費」「買替差額」「評価損」の3つに分類されます。

修理費は、事故前の状態に回復させるために必要かつ相当な範囲で認められます。ただし、修理見積額が車両の時価額に買替諸費用を加えた金額を上回る場合は「経済的全損」と判断されます。この場合、請求できる上限は修理費ではなく、事故当時の車両時価額と買替諸費用の合計額(買替差額)となります。

買替差額の算定では、被害車両の時価額が重要です。時価額とは、同じ車種・年式・型で、同程度の使用状態や走行距離の車両を中古車市場で取得するための価格を指します。一般的には「自動車価格月報(通称:レッドブック)」が参考にされますが、市場価格と乖離がある場合は、中古車情報サイトの価格データなどを用いて交渉します。

さらに、修理後も機能や外観に欠陥が残ったり、修復歴によって中古車市場での価値が下落したりした場合には、評価損(格落ち損)が認められることがあります。ただし、保険会社との交渉で最も争点になりやすい項目の一つです。

評価損が認められるためには、以下のような複数の条件を満たす必要があります。

評価損(格落ち損)が認められやすい主な条件
  • 車種が高級外車や人気の国産車である
  • 初度登録からの期間が短い(目安として3〜5年以内)
  • 走行距離が少ない(目安として4万km以下)
  • 損傷が車体の骨格部分(フレームなど)に及んでいる
  • 修理費が高額である

車両以外の損害(代車料・休車損害・積荷等)

車両本体の損害以外にも、事故によって生じた経済的損失を請求できます。代表的なものとして「代車料」や「休車損害」があります。

代車料は、修理や買い替えで車両が使用できない期間、業務に支障が出る場合に、レンタカー費用などが認められます。ただし、代車の必要性と相当性が求められ、使用期間は修理や買い替えに通常要する期間に限定されます。代車のクラスも、被害車両と同等ではなく、業務に支障のない必要最小限のグレードに制限されるのが一般的です。

運送業のトラックやタクシーなど、営業用車両が事故で稼働できなくなったことで生じる逸失利益は、休車損害として請求できます。休車損害が認められるには、以下の要件を満たし、現実に売上減少が生じたことを立証する必要があります。

休車損害が認められるための主な要件
  • 事故車両を営業に使用する必要性があること
  • 代わりに稼働できる予備の車両(遊休車)がないこと
  • レンタカーなど代替車両の調達が困難であること

このほか、事故の衝撃で破損した積荷の損害や、レッカー代、車両の保管料なども、必要かつ相当な範囲で賠償の対象となります。これらの費用を請求する際は、破損物の写真や領収書、見積書などの証拠を必ず保管しておくことが重要です。

原則請求できない損害(慰謝料等)と例外

物損事故では、原則として慰謝料を請求することはできません。財産的な損害は、修理や金銭賠償によって回復されれば、それに伴う精神的苦痛も慰謝される、というのが法的な考え方だからです。そのため、「愛車が傷つけられた精神的ショック」や「事故対応に費やした手間」といった理由での慰謝料請求は、通常認められません。

しかし、この原則には例外が存在します。財産権の侵害が、単なる財産の毀損に留まらず、被害者の生活や感情に重大な影響を与えたと認められる特段の事情がある場合には、慰謝料が認められることがあります。

物損事故で慰謝料が認められる可能性のある例外的なケース
  • 自動車が家屋に突っ込み、住居が損壊して平穏な生活が著しく害された場合
  • 家族同然に飼っていたペットが死傷した場合
  • 墓石が損壊され、遺骨が露出するなど、敬愛追慕の情が著しく侵害された場合
  • 加害者の行為が飲酒運転や無免許運転など、故意または重過失で悪質性が極めて高い場合

ただし、これらはあくまで極めて限定的なケースであり、通常の物損事故で車両への愛着等を理由に慰謝料を請求することは困難です。

主要な損害項目の算定方法

「時価額」を基準とする損害算定の基本

物損事故の損害額を算定するうえで、最も基本的な指標となるのが車両の時価額です。時価額とは「事故発生時点における、その車両の市場価値」を指し、修理費がこの時価額を上回る「経済的全損」の場合には、賠償額の上限となります。

時価額は、事故車両と同一の車種・年式・型式・グレードで、同程度の走行距離や使用状態の車両を中古車市場で再取得するのに必要な価格を基準に算定されます。実務上、時価額の算定には主に以下の方法が用いられます。

主な時価額の算定方法
  • 自動車価格月報(レッドブック)を参考にする方法: 保険会社が最も一般的に用いる基準。車種や年式ごとの平均的な小売価格が掲載されている。
  • 中古車市場の販売価格を調査する方法: レッドブックの価格が実勢と合わない場合や、掲載がない場合に用いる。中古車情報サイトで複数の類似車両の価格を調べ、その平均値を根拠とする。
  • 減価償却法を用いる方法: 新車価格から定率法などを用いて価値を算出するが、税法上の耐用年数を超えると価値が著しく低くなるため、市場価格と乖離する場合は適切ではない。

保険会社が提示する時価額は、必ずしも市場の実勢価格を反映しているとは限りません。提示額に納得できない場合は、被害者側でも中古車市場のデータを収集し、妥当性を検証することが重要です。

評価損(格落ち損)が認められる要件と算定

評価損(格落ち損)とは、車両を修理しても、事故歴(修復歴)が付くことによって中古車市場での取引価格が下落する損害のことです。評価損は、主に「取引上の評価損」を指し、これが認められるには厳しい要件を満たす必要があります。

評価損が認められるための主な判断要素
  • 車種: 高級外車や国産の人気車種であること。
  • 年式・走行距離: 新車登録から3〜5年以内で、走行距離が比較的少ないこと。
  • 損傷の部位・程度: 車の骨格部分(フレーム、ピラー等)に損傷が及んでいること。
  • 修理の規模: 修理費が高額であること。

逆に、登録から長期間経過している車や過走行車、軽微な損傷の場合は、評価損が認められる可能性は低くなります。

評価損の算定方法に確立された計算式はありませんが、実務上は修理費の10%〜30%程度の範囲で認定されるケースが多く見られます。日本自動車査定協会の発行する「事故減価額証明書」を根拠に主張する方法もありますが、裁判ではあくまで参考資料の一つとして扱われます。

休車損害・代車使用料の具体的な算定基準

営業用車両が事故で使えなくなったことによる逸失利益である休車損害は、事故前の売上実績を基に算出します。計算方法は以下の通りです。

(事故前3ヶ月等の平均日額売上 − 変動経費) × 相当な休車期間 = 休車損害額

変動経費とは、車両が稼働していれば発生したはずの費用(ガソリン代、高速道路料金など)を指します。人件費や保険料などの固定経費は控除しません。休車損害を請求するには、代替可能な遊休車(予備車)がなかったことを日報や配車表などで立証する必要があります。

一方、代車使用料は、業務や通勤で車が不可欠な場合に、修理や買替に必要な相当期間について認められます。認められる代車のクラスは、被害車両と同等ではなく、国産の同等クラスや、業務に支障のない範囲とされることが一般的です。休車期間の目安は、修理の場合は1〜2週間程度、買替の場合は時価額の協定成立から納車までの相当期間となります。

重要な点として、代車を使用して営業を継続できる場合、休車損害は発生しないため、休車損害と代車料を二重に請求することはできません

損害賠償請求の手続きと流れ

事故直後の証拠保全と情報収集

損害賠償請求を有利に進めるためには、事故直後の初期対応が極めて重要です。冷静に行動し、必要な証拠を確実に保全しましょう。

事故直後に行うべきこと
  1. 警察への通報: 軽微な事故でも必ず警察に届け出て「交通事故証明書」が発行されるようにします。
  2. 現場状況の記録: スマートフォン等で、車両の損傷箇所、停止位置、スリップ痕、周辺の道路状況などを多角的に撮影します。
  3. ドライブレコーダー映像の保全: データが上書きされないよう、速やかにSDカードを抜き、データをPCなどにバックアップします。
  4. 相手方情報の確認: 相手方の氏名、連絡先、住所、加入保険会社、車のナンバーなどを確認し、メモや写真で記録します。
  5. 目撃者の確保: 目撃者がいれば、協力を依頼し、連絡先を聞いておきます。

その場で安易に示談の口約束をしたり、念書を書いたりすることは、後々不利になる可能性があるため絶対に行わないでください。

示談交渉の開始から合意までの進め方

車両の修理見積書や時価額の査定が完了し、損害額が確定したら、相手方の保険会社との間で本格的な示談交渉が始まります。

示談交渉の基本的な流れ
  1. 損害額の確定と請求: 修理見積書や休車損害の根拠資料などを揃え、相手方保険会社に損害賠償額を提示します。
  2. 損害額と過失割合の交渉: 保険会社は自社の基準で算定した金額や過失割合を提示してきます。提示内容に納得できない場合は、判例や客観的証拠を基に反論し、適正な賠償を求めます。
  3. 合意と示談書の締結: 双方が賠償額や条件に合意すると、保険会社から「免責証書(示談書)」が送付されます。内容を十分に確認し、署名・捺印して返送します。
  4. 示談金の受領: 示談書を返送後、通常1〜2週間程度で指定の口座に示談金が振り込まれます。

一度示談書にサインすると、原則としてその内容を覆すことはできません。合意する前に、内容に不明点や不満な点がないか、慎重に確認することが不可欠です。

示談不成立時の法的措置(ADR・訴訟)

当事者間の交渉で合意に至らない場合は、第三者機関や裁判所を通じた法的な手続きを検討します。主な選択肢として「ADR(裁判外紛争解決手続)」と「訴訟」があります。

手続きの種類 特徴 費用 期間の目安
ADR(裁判外紛争解決手続) 専門家が中立な立場で和解を斡旋。交通事故紛争処理センターなどが利用でき、迅速な解決が期待できる。 無料または低額 数ヶ月程度
訴訟(裁判) 裁判官が証拠に基づいて法的な判断を下す。判決には強制力があるが、時間と費用がかかる。 請求額に応じる 半年〜1年以上
示談不成立時の主な法的措置

ADRは、訴訟に比べて費用や時間の負担が少なく、実務上よく利用される手続きです。特に交通事故紛争処理センターの裁定は、保険会社を拘束する力があるため、被害者にとって有利な解決策となる場合があります。

法的措置を検討する際は、専門的な知識が必要となるため、弁護士への相談が推奨されます。弁護士費用特約に加入していれば、費用の心配なく依頼できるケースが多いため、ご自身の保険内容を確認してみましょう。

示談金受領後の社内手続き(会計処理・資産除却)

企業が損害賠償金(示談金)を受け取った場合、適切な会計処理が必要です。 受け取った賠償金のうち、損害の補填に充てられるもの(修理費や車両の買替費用など)は原則として法人税の課税対象となる益金にはなりません。ただし、休車損害のような逸失利益を補填する部分は益金として課税対象となります。

具体的な会計処理は、車両の状態によって異なります。

示談金受領後の会計処理
  • 車両を修理した場合: 支払った修理費を「修繕費(損金)」として計上し、受け取った賠償金を「雑収入(益金)」として計上し、結果的に損益が相殺されるように処理します。
  • 車両が全損となり廃車・買替した場合: 車両の帳簿価額を「固定資産除却損」として費用計上します。受け取った賠償金は、帳簿価額を上回る部分があれば「保険差益(雑収入)」として計上します。

損害賠償金は消費税の不課税取引ですが、修理費には消費税がかかるため、経理処理には注意が必要です。示談書は会計処理の証拠書類として、また税務調査に備えるためにも、必ず保管してください。休車損害など利益補填部分の会計処理については、顧問税理士などの専門家への確認をお勧めします。

賠償額を左右する「過失相殺」

過失相殺の仕組みと賠償額への影響

過失相殺とは、交通事故の発生について被害者側にも不注意(過失)があった場合に、その過失の割合に応じて、加害者が支払う損害賠償額を減額する制度です(民法722条2項)。

例えば、自社の損害額が100万円で、過失割合が「自社20%:相手方80%」とされた場合、請求できる金額は、損害額100万円から自身の過失分20%(20万円)が差し引かれた80万円となります。

さらに重要なのは、相手方にも損害が発生している場合、自社の過失割合(20%)に応じて、相手方の損害も賠償する義務が生じることです。仮に相手方の損害額が50万円であれば、その20%にあたる10万円を支払う必要があります。結果として、受け取る80万円から支払う10万円が相殺され、手元に残るのは70万円となります。

このように、過失割合が数%違うだけで、最終的に受け取れる金額が大きく変動するため、安易に妥協せず、適正な過失割合を主張することが極めて重要です。

自社の過失割合を適正化するポイント

保険会社から提示された過失割合に納得できない場合、客観的な基準と証拠に基づいて反論し、適正化を求める必要があります。そのためのポイントは以下の通りです。

過失割合を適正化するための手順
  1. 事故類型と基本過失割合の特定: 過去の裁判例を類型化した「別冊判例タイムズ38号」などを参考に、今回の事故がどの類型に当てはまるかを確認し、基本となる過失割合を把握します。
  2. 修正要素の主張と立証: 基本割合に加算・減算される「修正要素」を検討します。相手方の著しい過失(脇見運転、速度超過など)や重過失(無免許運転、飲酒運転など)があれば、それを主張して自社の過失割合を下げられる可能性があります。
  3. 客観的証拠の提出: 主張を裏付けるためには客観的な証拠が不可欠です。最も強力な証拠はドライブレコーダーの映像です。その他、現場写真、警察の作成した調書、目撃者の証言なども有効です。

感情的に反論するのではなく、「判例タイムズのこの図に該当し、相手方には速度超過という修正要素があるため、過失割合は10:90が妥当である」といったように、論理的に主張を展開することが重要です。

物損事故の損害賠償に関するFAQ

物損事故で慰謝料が認められる例外ケースとは?

原則として物損事故では慰謝料は認められませんが、財産権の侵害に留まらず、被害者の生活基盤や精神的平穏が著しく害された特段の事情がある場合に、例外的に認められることがあります。具体的には、自動車が家屋に突っ込んで長期間の避難生活を強いられた場合や、墓石が破壊され遺骨が露出した場合などが該当します。単なる「愛車が壊された」という精神的苦痛だけでは認められないのが実情です。

事故でペットが死傷した場合の賠償はどうなる?

法律上、ペットは「物」として扱われるため、損害賠償は購入価格などの時価額が基本となります。しかし、裁判例ではペットを家族の一員と捉える考え方が広がっており、時価額を超える治療費や、飼い主の精神的苦痛に対する慰謝料が別途認められるケースが増えています。ただし、慰謝料の金額は人間の場合とは異なり、数万円から数十万円程度が一般的です。

相手方が示談交渉に応じない場合の対処法は?

相手方が交渉を拒否したり、連絡を無視したりする場合は、まず請求の意思を明確にするため内容証明郵便を送付します。それでも応じない場合は、弁護士に依頼して交渉を委任する、交通事故紛争処理センターなどのADRを利用する、最終手段として訴訟を提起するといった段階的な対応を検討します。訴訟で判決を得れば、相手の給与や預金などを差し押さえる強制執行が可能になります。

保険会社の提示額に納得できない時の対応は?

保険会社の提示額は、裁判基準よりも低い独自の社内基準で算出されていることが多いため、安易に合意してはいけません。まずは提示額の算定根拠(時価額の資料、過失割合の認定理由など)を具体的に開示するよう求めます。その上で、判例や市場データなどの客観的資料を基に反論します。個人での交渉が難しい場合は、弁護士に相談することで、裁判基準に基づいた正当な賠償額への増額が期待できます。

リース車両が事故に遭った場合の請求権者は誰になりますか?

リース車両の所有権はリース会社にあるため、車両の価値自体が失われる全損事故の場合、損害賠償請求権は原則としてリース会社(所有者)にあります。一方、修理可能な分損事故で、リース契約に基づき使用者(ユーザー)が修理義務を負い、実際に修理費を支払った場合は、その使用者が加害者に対して修理費を請求できるのが一般的です。事故発生時は、まずリース契約の内容を確認し、リース会社と対応を協議する必要があります。

まとめ:物損事故における損害賠償請求のポイント

物損事故の損害賠償請求では、車両の修理費や買替差額だけでなく、評価損、休車損害、代車料など多岐にわたる項目が対象となり得ます。各損害額の算定は「時価額」が基準となり、特に評価損や休車損害は認められるための要件が厳格に定められている点を理解しておくことが重要です。請求を有利に進めるには、事故直後のドライブレコーダー映像などの客観的な証拠保全が不可欠となります。相手方保険会社の提示する賠償額や過失割合に疑問がある場合は安易に示談せず、まずは算定根拠の開示を求め、客観的な資料を基に交渉しましょう。個別の事情に応じた最適な対応については、弁護士などの専門家へ相談することをお勧めします。

Baseconnect株式会社
サイト運営会社

本メディアは、「企業が経営リスクを正しく知り、素早く動けるように」という想いから、Baseconnect株式会社が運営しています。

当社は、日本最大級の法人データベース「Musubu」において国内1200万件超の企業情報を掲げ、企業の変化の兆しを捉える情報基盤を整備しています。

加えて、与信管理・コンプライアンスチェック・法人確認を支援する「Riskdog」では、年間20億件のリスク情報をAI処理、日々4000以上のニュース媒体を自動取得、1.8億件のデータベース等を活用し、取引先の倒産・不正等の兆候の早期把握を支援しています。

記事URLをコピーしました