人事労務

シェーン英会話の労働争議から学ぶ企業の労務リスク|争点と対策を解説

catfish_admin

企業の労務管理において、有事の際の対応は極めて重要です。特に、従業員の生活に直結する休業時の賃金問題は、深刻な労使紛争に発展するリスクをはらんでいます。この記事では、シェーン英会話で実際に発生した労働争議を具体的な事例として取り上げ、休業手当の「貸付金」処理を巡るストライキの経緯から、法的論点、そして企業が学ぶべき労務リスク対策までを網羅的に解説します。

目次

シェーン英会話で発生した労働争議の経緯

複数回にわたるストライキの背景と組合の要求内容

シェーン英会話の労働争議は、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う一斉休校期間中の賃金の取り扱いを巡って発生しました。2020年4月から5月の緊急事態宣言下、会社は従業員に休業期間中の賃金を全額支払いました。しかし、同年6月、この支払いを将来の労働を条件とする賃金の前払い(実質的な貸付金)として扱い、返済を求める方針を提示したことが直接の引き金となりました。

会社側が従業員に示した選択肢は、極めて不利益な内容でした。

会社側が提示した選択肢
  • 支払われた給与の約半分を、事後的に給与から天引きする
  • 休業中に実施できなかったレッスンを、後日無給の補講として行うことで相殺する
  • 上記のいずれにも同意しない場合は、自動的に給与からの天引きを適用する

これに対し、全国一般東京ゼネラルユニオン(東ゼン労組)のシェーン支部は、生活保障であるべき賃金を負債に振り替える行為は違法であると強く反発しました。組合側の要求は、賃金問題にとどまらず、より広範な労働環境の改善に及びました。

労働組合側の主な要求
  • 休業手当を「貸付」として扱う不当な措置を即時撤回すること
  • 労働基準法に基づき、適切な休業手当の支払いを維持すること
  • 慢性的な人手不足に陥っていたスクールカウンセラーの労働環境を整備すること
  • 透明性の高い経営情報を開示すること

会社の強硬な姿勢に従業員の危機感は高まり、組合員数は当初の約20名から短期間で80名近くまで急増。要求が受け入れられない中、組合は2020年7月21日に41名が参加する大規模なストライキを決行しました。これは、コロナ禍における企業の強引な不利益変更に対する、生存権をかけた抵抗として社会的な注目を集めました。

労働組合(東ゼン労組)との団体交渉からストライキに至るまで

団体交渉において、東ゼン労組シェーン支部は、休業分給与の返還要求を即時中止するよう会社側に繰り返し求めました。会社側は経営の厳しさを理由に「雇用維持のための苦肉の策」と説明しましたが、組合側はこれが労働基準法第17条(前借金相殺の禁止)に抵触する違法行為であると主張し、両者の対立は深まりました。

交渉が行き詰まる中、会社側は「返還に同意しない者は自動的に給与天引きの対象とする」と通告し、従業員の自由な意思を無視する姿勢を明確にしました。これに対し組合側は、各教室で従業員代表選挙をやり直すことで、会社が提示する協定案への署名を阻止し、法的に対抗しました。会社側が誠実な交渉を拒み続けたため、組合はストライキ権の行使を決断しました。

ストライキは複数回にわたり実施され、特に2020年7月のストライキには、これまで組織化が困難とされてきたスクールカウンセラーも初めて参加しました。一方的な天引き通告が、かえって彼らの団結を促す結果となったのです。ストライキ当日は多くの教室でレッスンが休講となり、会社の業務運営に大きな影響を与えました。

組合員はストライキと並行し、本社前での抗議行動やSNSを通じた情報発信を積極的に行い、「休業手当は借金ではない」というメッセージを社会に訴えました。組合員数の増加と社会的な批判の高まりを受け、当初は強硬だった会社側も、徐々に交渉のテーブルで譲歩案を検討せざるを得ない状況へと追い込まれていきました。

法的論点となった3つの主要な労務問題

争点①:休業手当の「貸付金」処理と労働基準法上の問題点

シェーン英会話が実施した、支払済みの休業手当を「貸付金」として処理する手法は、労働基準法上の複数の問題点を内包していました。

休業手当の貸付金処理における法的問題点
  • 労働基準法第26条(休業手当)の趣旨逸脱:使用者の都合による休業の場合、平均賃金の60%以上の休業手当が義務付けられています。一度支払ったものを「負債」と定義し直すことは、実質的に支払い義務を否定する行為とみなされます。
  • 労働基準法第17条(前借金相殺の禁止)への抵触:労働を条件とする金銭の貸付と、将来の賃金との相殺を禁じる規定です。「返済したくなければ無給で働け」という要求は、労働者を不当に拘束する債務奴隷的な状況を防ぐための本条項に明確に違反します。
  • 民法第536条第2項との関係:会社の責任で労働が提供できなくなった場合、労働者は賃金全額の支払いを請求できる場合があります。行政の休業要請は、多くの場合、経営判断に最終的な責任が伴うため、一般的には不可抗力とは認められにくい傾向にあります。

休業手当は、労働者の生活を保障するための公的なセーフティネットです。これを経営側の都合で私的な債権債務関係にすり替えることは、公序良俗に反する脱法行為と厳しく批判されました。当初の全額支給が、結果的に労働者を法的に追い込む手段として利用された点が、本件の最大の問題点となりました。

争点②:社会保険の未加入問題と労働契約(週29.5時間)

英会話業界では、労働契約上の所定労働時間を週30時間未満(例:29.5時間)に設定し、社会保険への加入義務を回避する慣行が長年問題視されてきました。

しかし、社会保険の加入義務は、形式的な契約時間だけでなく実労働時間に基づいて判断されます。レッスンの準備、事務作業、会議などの時間を含めた実態が基準を超えていれば、会社には遡及して加入させる義務が発生します。労働組合は、契約上の労働時間が加入逃れのために意図的に操作されていると強く指摘しました。

さらに、法改正により社会保険の適用は拡大しています。2022年10月以降、従業員数が一定規模以上の企業では、週20時間以上の勤務で加入対象となるケースが増えました。英会話講師の多くはこの基準を満たす実態にあり、社会保険未加入は、将来の年金や健康保険の面で労働者に重大な不利益をもたらします。

会社が社会保険料の負担を免れるために実態と異なる契約を維持することは、単なる事務上の不備ではなく、公的な社会保障制度を形骸化させるコンプライアンス違反として、厳しく問われる問題です。

争点③:同意なき賃金控除と不当労働行為の認定

労働基準法第24条は、賃金は全額を労働者に支払わなければならないとする「全額払いの原則」を定めています。使用者が賃金を控除できるのは、法令に定めがある場合か、有効な労使協定が締結されている場合に限られます。シェーン英会話が従業員の個別同意を得ずに、あるいは拒否している者に対しても一律に天引きを行ったことは、この原則に明確に違反します。

司法の場では、賃金控除に対する労働者の「同意」が有効とされるには、それが労働者の自由な意思に基づいて行われたと認めるに足りる、客観的・合理的な理由が必要であるとされています(日新製鋼事件・最高裁判例)。給与カットか無給労働かという二者択一を迫る状況下での同意は、事実上の強要であり、自由な意思とは到底認められません。

さらに、一連の措置が組合員であることやストライキへの参加を理由とした報復として行われた場合、労働組合法第7条が禁じる不当労働行為に該当します。組合のリーダー格を狙い撃ちにするような雇い止めや、組合員にのみ厳しい条件を課すことは、労働者の団結権を侵害する行為として法的に禁じられています。会社側の「反組合的意思」が推認されるかどうかが、不当労働行為認定の重要な判断基準となります。

労働委員会・裁判所の判断と争議の帰結

東京都労働委員会による不当労働行為の認定内容

東京都労働委員会は、シェーン英会話の一連の対応が労働組合法上の不当労働行為に該当するかを審査しました。委員会は、会社側が十分な説明を行わないまま団体交渉を打ち切り、一方的に給与天引きを実施した点を誠実交渉義務に違反する団体交渉拒否であると認定しました。

また、争議の中心人物であった組合員らに対する雇い止めについても、会社が主張した理由は客観的な合理性を欠き、組合活動を嫌悪し組織を弱体化させることを目的とした報復的な不利益取り扱いであると結論付けました。これは労働組合法第7条に抵触する明白な違法行為です。

命令項目 内容
原職復帰 不当に雇い止めされた組合員を、元の職場・職務に戻すこと。
バックペイ 解雇期間中に本来支払われるべきであった賃金相当額を、遡って支払うこと。
ポストノーティス 不当労働行為があった事実を認め、再発防止を約束する文書を社内に掲示すること。
東京都労働委員会の救済命令の概要

この命令は、労働者の正当な権利行使を抑圧しようとした経営姿勢を公的に断罪するものであり、英会話業界全体の不透明な雇用慣行に対しても警鐘を鳴らす結果となりました。

裁判所が下した休業手当・賃金控除に関する司法判断の要点

裁判所も、労働基準法および労働契約法の観点から、会社側の措置を違法・無効と判断しました。休業手当の貸付金化と同意なき給与天引きは、労働基準法第24条(全額払いの原則)および第17条(前借金相殺の禁止)に違反すると明確に判示されました。会社が主張した「合意」は、優越的地位を利用した半ば強制的なものであり、真に自由な意思に基づくとは認められないとされました。

不当な雇い止めを巡る訴訟では、有期労働契約であっても更新実態がある場合には、労働契約法第19条の雇止めの法理が適用され、解雇と同等の厳格な審査が行われることが確認されました。正当な権利行使を理由とする契約終了は、社会通念上相当性を欠くとして無効と結論付けられました。

民事上の責任として、裁判所は会社に対し、不当に控除した金額の返還と遅延損害金の支払いを命じました。一連の司法判断は、非常時であっても法令遵守は企業経営の絶対的な前提であることを改めて示し、有期雇用労働者の権利保護を強化する重要な先例となりました。

シェーン英会話の事例から学ぶべき企業の労務リスク対策

適切な休業手当の支払いと労働時間管理の徹底

本事例の最大の教訓は、非常時における休業手当の支払義務を正しく理解することの重要性です。行政からの休業要請など、一見不可抗力に見える事態でも、法的な強制力がなければ最終的な休業判断は経営者に委ねられており、原則として労働基準法第26条に基づく休業手当の支払い義務を免れることはできません。

また、日頃からの労働時間管理の徹底も不可欠です。厚生労働省のガイドラインに従い、始業・終業時刻を客観的に記録し、賃金台帳と整合させる体制が求められます。特に英会話業界のように準備時間などが曖昧になりがちな職種では、業務の範囲を明確に定義し、すべての労働時間に対して適切に対価を支払うことが、将来の未払い賃金請求リスクを回避する上で極めて重要です。

雇用調整助成金を使わず『貸付』を選んだ経営判断の落とし穴

シェーン英会話は、雇用調整助成金という公的な支援制度を活用せず、従業員への「貸付」という極めてリスクの高い手段を選択しました。これは経営判断上の重大な誤りです。助成金制度を適切に利用すれば、企業の財務負担を軽減しつつ、従業員の雇用と生活を守ることが可能でした。

この判断の背景には、助成金申請の前提となる適正な労務管理(正確な労働時間管理や社会保険の適正加入など)がなされていなかった可能性が推察されます。日常的なコンプライアンス遵守を怠っている企業ほど、有事の際に公的支援を受けられないという悪循環に陥ります。目先の資金繰りのために違法な手段を選べば、後に紛争コストやブランド価値の毀損という形で、助成金額を遥かに上回る代償を支払うことになるのです。

労働組合との健全な関係構築と団体交渉への誠実な対応方法

労働組合からの団体交渉の申し入れに対し、会社が取るべき最善の対応は、誠実に対話のテーブルにつくことです。正当な理由なき団交拒否や不誠実な対応は不当労働行為と認定されます。誠実な対応とは、組合の要求をすべて受け入れることではなく、会社の経営状況などを具体的に説明し、論理的な対話を通じて相互理解を図ろうと努力する姿勢を指します。

シェーン英会話の事例では、一方的な条件提示に終始したことが組合の不信感を増大させ、争議を激化させました。紛争が起きる前から従業員代表と定期的に情報交換を行い、風通しの良い労使関係を築いておくことが、無用な対立を避けるための最良の策となります。対話の際は、弁護士など専門家の助言を得つつ、法的妥当性と経営の実行可能性を両立させた回答を準備することが重要です。

不当労働行為と『業務上の必要性』の判断境界線とは

従業員に対する解雇や配置転換などの人事措置が、労働組合員への報復(不当労働行為)と見なされるか、正当な「業務上の必要性」に基づくものと認められるかの境界線は、その措置の決定的な動機にあります。

特に、争議のリーダー格の人物を狙い撃ちにするようなタイミングでの処分は、いかに形式的な理由を整えても、組合活動を理由とする不利益取り扱いであると強く推認されます。企業側は、その措置が組合活動とは無関係であり、他の従業員と比較しても公平な基準に基づいていることを、客観的な証拠をもって証明できなければなりません。不透明な人事は労働組合の結束を強め、企業の経営基盤を揺るがす深刻なリスクとなり得ます。

労務問題が及ぼすレピュテーションリスクとその管理

現代において、労務トラブルは深刻なレピュテーションリスクを伴います。SNSの普及により、ストライキや不当な賃金カットといった情報は瞬時に拡散され、企業のブランドイメージを大きく損ないます。特にシェーン英会話のようなBtoCビジネスでは、顧客の信頼が収益の源泉であり、「ブラック企業」という評判は致命的な打撃となり得ます。

このリスクを管理するためには、平時からのコンプライアンス体制の構築はもちろん、有事の際には広報・人事・法務部門が密に連携し、迅速かつ誠実な対応を行うことが不可欠です。事実を隠蔽したり、強弁したりすることは、社会的な批判を増幅させるだけです。自社に非がある場合は、速やかに謝罪と是正策を公表し、信頼回復に努める姿勢が、結果的にダメージを最小限に食い止めます。また、社内の不満を早期に察知し解決するための相談窓口の設置も有効な対策です。

シェーン英会話の労働争議に関するよくある質問

休業手当を「貸付」として処理することは、なぜ法的に問題となるのですか?

休業手当を「貸付」として処理することは、主に2つの労働基準法の規定に違反するため、法的に大きな問題となります。

法的問題点の要約
  • 前借金相殺の禁止(労働基準法第17条)違反:将来の労働を条件にお金を貸し、給与と相殺することを禁じる規定です。休業手当を「借金」とし、返済のために無給労働を強いることは、労働者を不当に拘束する行為にあたります。
  • 全額払いの原則(労働基準法第24条)違反:賃金は全額を支払うのが原則であり、従業員の真に自由な意思に基づく合意なく、会社が一方的に給与から天引きすることは許されません。

休業手当は、あくまでも会社の都合で働けなくなった労働者の生活を保障するための賃金であり、返済義務のある「借金」にすり替えることは、制度の趣旨を根本から覆す脱法行為と判断されます。

不当労働行為とは、具体的にどのような行為が該当しますか?

不当労働行為とは、使用者が労働者の団結権などを侵害する行為のことで、労働組合法第7条で禁止されています。主に以下の4つの類型があります。

不当労働行為の主な類型
  1. 不利益取扱い:労働組合員であることや、正当な組合活動を行ったことを理由に、解雇・減給・雇い止めなどの不利益な処分をすること。
  2. 黄犬契約(おうけんけいやく):労働組合に加入しないことや、組合から脱退することを雇用条件とすること。
  3. 団体交渉拒否:正当な理由なく団体交渉を拒否したり、形式的には応じても実質的に誠実な交渉を行わなかったりすること。
  4. 支配介入:労働組合の結成や運営に会社が干渉したり、組合の運営経費を援助して組合の自主性を損なわせたりすること。

シェーン英会話の事例では、組合員への雇い止めが「1. 不利益取扱い」に、団体交渉への不誠実な対応が「3. 団体交渉拒否」に該当すると判断されました。

ストライキの結果、講師の待遇は具体的にどう改善されたのですか?

大規模なストライキと粘り強い交渉の結果、会社側は当初の方針を撤回し、講師の待遇は大きく改善されました。最も大きな成果は、2020年11月に会社が全従業員に対し、休業期間中の賃金の返還を一切求めないと通知したことです。これにより、給与天引きや無給補講といった不当な負担は完全になくなりました。

また、不当な雇い止めを通告された組合員についても、労働委員会や裁判所での判断を通じて、その多くが地位を保全されました。この争議は、個別の賃金問題の解決だけでなく、社会保険への適切な加入や労働時間管理の是正など、英会話業界全体の労働環境を見直すきっかけとなり、従業員が団結して声を上げることで企業の不当な決定を覆し、権利を勝ち取った重要な事例となりました。

まとめ:シェーン英会話の事例が示す、非常時の労務管理と法的リスク

シェーン英会話の労働争議は、コロナ禍という非常時において、休業手当を「貸付金」として処理するという違法な経営判断が、大規模なストライキと深刻な労使対立を引き起こした典型的な事例です。この問題は、労働基準法の「前借金相殺の禁止」や「賃金全額払いの原則」に抵触するだけでなく、不当労働行為としても認定され、最終的に司法の場でも会社の措置が無効と判断されました。本事例は、目先の資金繰りのために安易な手段を取ることが、法的リスクやレピュテーションリスクを増大させ、結果的に経営に大きな打撃を与えることを明確に示しています。企業経営者や労務担当者は、平時からコンプライアンス体制を徹底し、雇用調整助成金のような公的支援制度を正しく理解・活用するとともに、労働組合とは誠実に対話する姿勢を持つことが、同様のリスクを回避する上で不可欠です。

Baseconnect株式会社
サイト運営会社

本メディアは、「企業が経営リスクを正しく知り、素早く動けるように」という想いから、Baseconnect株式会社が運営しています。当社は、企業取引や与信管理における“潜在的な経営リスクの兆候”を早期に察知・通知するサービス「Riskdog」も展開し、経営判断を支える情報インフラの提供を目指しています。

記事URLをコピーしました