不当訴訟への損害賠償請求、要件と手続きを判例から解説
悪意のある不当訴訟を提起され、対応に多大なコストを強いられていませんか。訴訟対応には弁護士費用や時間、精神的負担がかかりますが、これらの損害を泣き寝入りするしかないと考える必要はありません。一定の厳しい要件を満たす必要はありますが、提訴そのものを不法行為として、相手方に損害賠償を請求できる可能性があります。この記事では、不当訴訟による損害賠償請求が認められるための法的要件、請求できる損害の範囲、具体的な手続き、そして立証のポイントについて詳しく解説します。
不当訴訟とは何か
訴訟提起が不法行為となる場合
民事訴訟を提起することは、憲法で保障された「裁判を受ける権利」の正当な行使であり、原則として違法にはなりません。裁判を通じて法的な紛争解決を図ることは、法治国家の根幹をなす重要な制度だからです。したがって、訴訟で敗訴したという事実だけで、その提訴が直ちに不法行為と判断されることはありません。
しかし、この権利行使も無制限に認められるわけではありません。訴えられた側(被告)は、意に反して訴訟対応を強いられ、弁護士費用や時間、精神的な面で大きな負担を負います。このような負担を不当に強いる目的で行われる訴訟は、相手方の権利や利益を侵害する行為とみなされ、例外的に民法上の不法行為に該当する場合があります。裁判制度を濫用し、相手に不当な損害を与えるような訴えの提起は、損害賠償責任を問われる可能性があるのです。
不当訴訟と判断されやすい類型
裁判制度の目的から逸脱し、不当訴訟と判断されやすい訴訟には、典型的な類型が存在します。これらは、紛争の正当な解決ではなく、被告を威圧し、経済的・精神的な苦痛を与えることを主な目的としている点で共通しています。
- 自己に不都合な言論活動を抑圧する目的の訴訟(いわゆるスラップ訴訟)
- 相手方に精神的・経済的苦痛を与えること自体を目的とした嫌がらせ訴訟
- 全く事実無根の主張や、既に解決済みの事件を繰り返し持ち出す訴訟
- 相手方の営業妨害など、裁判制度を他の不当な目的のために利用する訴訟
損害賠償が認められる法的要件
最高裁判例が示す判断基準の概要
訴えの提起が不法行為となるか否かについて、最高裁判所は昭和63年の判決で厳格な判断基準を示しました。これは、「裁判を受ける権利」の保障と、不当な提訴から応訴者を保護するという要請のバランスを取るためです。単に敗訴しただけでは足りず、以下の要件をすべて満たす場合に限り、提訴は違法な不法行為となるとされています。
- 提訴者の主張する権利・法律関係が、事実的・法律的根拠を欠いていること
- 提訴者が、根拠を欠くことを知りながら、または通常人なら容易に知り得たのにあえて提訴したこと
- 訴えの提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められること
このように、客観的な根拠の欠如に加え、提訴者の主観的な認識(故意または重過失)や、訴訟行為全体の相当性が総合的に評価されます。
請求者の主張・証拠に相当性があるか
不当訴訟の成否を判断する上で、提訴者の主張や証拠に客観的な相当性があったかは重要なポイントです。主張する権利や法律関係が事実的・法律的根拠を全く欠いていると評価されれば、不法行為が成立しやすくなります。
例えば、提訴者が自ら指示した業務行為を、後になって従業員による横領だと主張して訴えるようなケースは、主張の根拠がない典型例です。一方で、警察の捜査結果とは異なる事実を主張していても、独自の調査に基づく目撃証言や鑑定結果など、提訴するに至ったことに無理からぬ理由が客観的に存在する場合は、主張の相当性が認められ、不法行為の成立は否定される傾向にあります。
客観的な証拠に照らして主張が著しく不合理なのか、それとも一定の根拠に基づき真実と信じるに足りる事情があったのかが、判断を大きく左右します。
提訴者に不当な目的があったか
提訴者の主観的な目的や動機も、違法性を判断する上で重視されます。紛争解決という本来の目的から逸脱し、相手に損害を加えること自体を主な目的とする提訴は、裁判制度の濫用と評価されます。
具体的には、相手方を困惑させたり社会的信用を傷つけたりする目的の嫌がらせ訴訟や、正当な言論活動を萎縮させる目的のスラップ訴訟がこれにあたります。提訴者が自らの主張に根拠がないと認識しながら、あえて相手に時間的・経済的・精神的負担を強いるために訴えを提起したと客観的に推認される場合、その提訴は「著しく相当性を欠く」と判断されやすくなります。
提訴者の内心の意図を直接証明することは困難なため、訴訟に至る経緯、不自然に高額な請求、提訴前後の言動といった間接的な事実から、不当な目的の有無が客観的に判断されます。
請求できる損害賠償の範囲
弁護士費用はどこまで請求可能か
不当訴訟に対して損害賠償を請求する際、応訴のために支出した弁護士費用も損害に含めることができます。ただし、実際に支払った実費全額が認められるとは限りません。
日本の民事訴訟では、弁護士費用は原則として各自負担とされています。例外的に、不法行為に基づく損害賠償として、その不法行為と相当因果関係のある範囲でのみ、相手方への請求が認められます。裁判所は、事案の難易度、訴訟の規模や期間などを総合的に考慮し、相当と認める金額を算定します。そのため、実際に支払った着手金や報酬金の一部に減額されて認定されるのが一般的です。
精神的苦痛に対する慰謝料の相場
不当訴訟によって受けた精神的苦痛に対して、慰謝料を請求することも可能です。しかし、その認容額は、事案の悪質性に比して比較的低額にとどまる傾向があります。
訴えられること自体の精神的負担は、ある程度は社会生活上やむを得ないものと解されているためです。根拠のない訴えで名誉を著しく傷つけられたり、長期間の対応を強いられたりした場合に慰謝料が認められますが、その相場はおおむね数十万円から百万円程度となるケースが多く見られます。他の違法行為が伴うなど極めて悪質な事案でなければ、高額な慰謝料が認められることは稀です。
その他(対応時間、逸失利益など)
弁護士費用や慰謝料のほかに、不当訴訟への対応に要した時間や、それによって失われた営業上の利益(逸失利益)を請求することも理論上は可能です。しかし、これらの損害を裁判所に認めてもらうのは非常に困難です。
裁判所への出頭にかかる交通費などの実費は認められやすいですが、訴訟対応に費やした時間に対する休業損害や、本来得られたはずの利益を失ったという逸失利益については、その損害額と不当訴訟との間の直接的な因果関係を厳密に立証する必要があります。この立証は極めてハードルが高く、実際に賠償が認められるケースは限定的です。
見落としがちな社内対応コストの記録と立証
企業が不当訴訟の被害に遭った場合、法務担当者や関連部署の従業員が対応に費やした人件費(社内対応コスト)も損害となり得ます。しかし、これを損害として請求するためには、詳細な記録と証拠が不可欠です。
これらのコストは通常業務の一環とみなされやすく、特別な損害として認定されにくいためです。立証のためには、以下のような客観的な記録を日頃から残しておくことが重要です。
- 誰が、いつ、どの訴訟対応業務に何時間従事したかの詳細な記録(タイムシートなど)
- 訴訟対応によって発生した残業代の具体的な証拠
- 業務を代替するために発生した人件費や外注費などの証拠
損害賠償を請求する具体的な方法
本訴への反訴による請求
不当訴訟による損害賠償を請求する上で、最も一般的かつ効率的な方法は、相手方が提起した訴訟(本訴)の手続き内で「反訴」を提起することです。
反訴を提起すると、本訴と反訴が同じ裁判手続きの中で一緒に審理されるため、当事者と裁判所の労力や時間を大幅に削減できます。また、本訴と反訴で矛盾した判決が出るリスクを回避できるという大きなメリットがあります。原告の提訴自体が不法行為であると主張し、本訴で提出された証拠を利用しながら、慰謝料や弁護士費用を請求します。関連する紛争を一度に解決できるため、極めて有効な手段といえます。
訴訟終結後の別訴による請求
本訴の判決が確定した後や、訴えが取り下げられた後に、新たに別の訴訟(別訴)を提起して損害賠償を請求することも可能です。反訴を提起する義務はないため、本訴の進行状況や戦略的判断から、後日請求する選択肢も残されています。
ただし、別訴の場合は新たな裁判手続きとなるため、印紙代などの費用が別途かかります。また、本訴の記録を証拠として提出し直す必要があり、別の裁判官が審理するため、主張や立証の手間が二重にかかるというデメリットがあります。そのため、別訴は、本訴の係属中に反訴を提起できなかった場合の次善の策と位置づけられます。
反訴と別訴のメリット・デメリット
不当訴訟への対抗手段として、反訴と別訴にはそれぞれメリットとデメリットがあります。実務上は紛争の一回的解決とコスト削減の観点から反訴が推奨されることが多いですが、状況に応じた選択が求められます。
| 反訴 | 別訴 | |
|---|---|---|
| メリット | 紛争の一回的解決が可能で、時間・費用を節約できる | 本訴の結果を見てから慎重に判断できる |
| デメリット | 本訴の進行中に準備が必要で、時間的制約がある | 新たな訴訟費用がかかり、解決まで時間がかかる |
請求時の注意点と立証のポイント
立証責任は請求側にある原則
不当訴訟を理由に損害賠償を請求する場合、その成立要件を満たしていることを証明する責任(立証責任)は、請求する側、つまり不当な提訴をされた被害者側にあります。
これは民事訴訟の大原則であり、相手方の訴えが棄却されたという事実だけでは不十分です。被害者側が、相手方の主張に根拠がなかったこと、相手方に故意または重過失があったこと、提訴が著しく相当性を欠くこと、そして損害額と因果関係のすべてを、具体的な証拠をもって証明しなければなりません。相手方が自らの正当性を証明できないからといって、自動的に不当訴訟が成立するわけではない点に注意が必要です。
請求が認められるハードルの高さ
不当訴訟を理由とする損害賠償請求が、裁判所で認められるためのハードルは極めて高いのが実情です。これは、憲法で保障された国民の「裁判を受ける権利」を不当に制約しないよう、裁判所が訴えの提起を違法と評価することに非常に慎重な姿勢をとっているためです。
提訴前の調査が多少不十分であっても、提訴者が「自らの権利がある」と信じるに足りる何らかの事情があれば、不法行為の成立は否定される傾向にあります。単なる事実誤認や見込み違いによる敗訴では不当訴訟とはならず、故意に近い悪意や重過失がなければ、違法性が認められることは稀です。法的に不当訴訟の責任を追及するには、極めて悪質で根拠のない提訴であったことを明確に立証する必要があります。
「提訴者の悪意」を立証するための証拠収集のポイント
提訴者の悪意、つまり「主張に根拠がないことを知っていた」という主観を直接証明することは不可能です。そのため、相手方の言動などから悪意を客観的に推認させる間接証拠を収集し、積み上げていくことが重要になります。
- 提訴前に交わされたメールや手紙、SNSのメッセージ
- 相手方の発言を記録した録音・録画データ
- 嫌がらせや不当な金銭要求がうかがえる客観的な記録
- 提訴に至るまでの経緯や言動の矛盾点を示す資料
不当訴訟に関するよくある質問
Q. 不当訴訟をされた場合の初動対応は?
不当訴訟と思われる訴状が届いた場合、決して無視せず、迅速に専門家へ相談することが最も重要です。たとえ相手の主張が荒唐無稽であっても、裁判所の期日を欠席し、答弁書も提出しないと、相手の主張をすべて認めたものとみなされ、自動的に敗訴判決が下されてしまいます。
- 訴状を無視せず、記載内容(請求の原因、期日)を冷静に確認する。
- 相手方の主張に対する反論と、それを裏付ける証拠を整理する。
- 指定された期日までに、まずは答弁書を提出する準備を進める。
- 速やかに企業法務や民事訴訟に詳しい弁護士へ相談する。
理不尽な訴えであっても法的手続きのルールに従う必要があるため、放置は絶対に避け、専門的な対応をとることが被害を防ぐ第一歩です。
Q. 損害賠償請求権の消滅時効は何年?
不当訴訟に基づく損害賠償請求権は、民法の不法行為に関する規定に従います。消滅時効の期間は、原則として以下の通りです。
- 被害者が損害および加害者を知った時から3年間
- 不法行為の時(提訴の時)から20年間
この期間内に訴訟を提起するなどの権利行使をしないと、時効によって請求権が消滅してしまいます。特に「知った時から3年」という期間は比較的短いため、賠償請求を検討する場合は、時効を意識して早めに行動を起こすことが重要です。
Q. 相手に弁護士がいても請求可能か?
はい、請求は可能です。相手方(提訴者)に代理人として弁護士が付いていたとしても、不法行為の責任を負うのは原則として提訴者本人です。
弁護士が代理しているからといって、違法な提訴が正当化されるわけではありません。
ただし、ごく例外的なケースでは、代理人弁護士の責任が問われる可能性もゼロではありません。依頼者の主張が客観的証拠と明らかに矛盾し、少し調査すれば根拠がないと判明するにもかかわらず、あえて提訴に及んだような悪質な場合には、弁護士自身の不法行為責任が問われる余地があります。
Q. こちらが敗訴しても請求できるか?
いいえ、事実上不可能です。相手が提起した本訴において、こちら側が敗訴した場合、その訴えを不当訴訟として損害賠償を請求することはできません。
不当訴訟が成立する大前提は、「相手方の主張に事実的・法律的根拠がないこと」です。本訴で敗訴したということは、裁判所が相手方の主張に正当な根拠があると公的に認めたことを意味します。そのため、不当訴訟の成立要件を根本から満たさなくなります。判決に不服がある場合は、不当訴訟で争うのではなく、控訴や上告といった手続きで争うべき問題となります。
まとめ:不当訴訟への損害賠償請求は要件と立証が鍵
不当訴訟を理由とする損害賠償請求は、提訴が「事実的・法律的根拠を欠き」「提訴者が悪意または重過失で提訴し」「著しく相当性を欠く」という極めて厳格な要件を満たす必要があります。請求できる損害は弁護士費用や慰謝料が中心ですが、裁判所が相当と認める範囲に限られます。重要なのは、単に訴訟で勝ったという事実だけでは不十分で、相手方の悪意を客観的な証拠で立証する責任が請求側にあるという点です。もし不当な提訴をされた場合は、提訴前のやり取りなどの証拠を保全し、速やかに弁護士に相談して反訴などの対抗策を検討することが肝要です。本記事は一般的な解説であり、個別の事案については必ず専門家のアドバイスを求めてください。

