不当利得返還請求と損害賠償請求の違いとは?成立要件や時効、請求範囲を比較解説
取引先とのトラブルや社内の不正行為などによって予期せぬ金銭的損失が発生した場合、法的にどのような手段で回復を図るべきか判断に迷うことがあるでしょう。特に、損失を回復するための代表的な手段である「不当利得返還請求」と「不法行為に基づく損害賠償請求」は、似ているようで成立要件や請求できる範囲が大きく異なります。この記事では、両者の違いを7つの観点から徹底比較し、実務における適切な請求権の選択方法や具体的な手続きの流れについて詳しく解説します。
不当利得返還請求と損害賠償請求の基礎知識
不当利得返還請求とは(法律上の原因なく得た利益の返還)
不当利得返還請求とは、法律上の正当な理由なく他人の財産や労務から利益を得て、その結果相手に損失を与えた者に対し、その利益の返還を求める制度です。民法第703条を根拠とし、当事者間の財産的な不均衡を是正するという公平の理念に基づいています。例えば、無効な契約に基づいて支払われた代金や、誤って振り込まれた金銭などが典型例です。
この請求権が成立するには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
- 受益者が何らかの利益を得ていること(受益)
- 損失者が損失を被っていること(損失)
- 受益と損失の間に因果関係があること
- 利益を保持する法律上の原因がないこと
不法行為に基づく損害賠償請求とは(故意・過失による損害の賠償)
不法行為に基づく損害賠償請求とは、故意または過失によって他人の権利や法律上保護される利益を違法に侵害した者に対し、それによって生じた損害の賠償を求める権利です。民法第709条を根拠とし、加害者に損害を負担させることで、被害者の救済と損害の公平な分担を図ることを目的としています。
不法行為の成立には、以下の4つの要件が必要です。
- 加害者に故意または過失があること
- 被害者の権利または法律上保護される利益を侵害したこと
- 損害が発生したこと
- 加害行為と損害の間に相当因果関係があること
賠償の対象となる損害には、直接的な損害だけでなく、精神的苦痛なども含まれます。
- 積極損害: 治療費や修理費など、実際に支出した費用
- 消極損害: 不法行為がなければ得られたはずの逸失利益(休業損害など)
- 慰謝料: 精神的苦痛に対する賠償金
【徹底比較】不当利得返還請求と損害賠償請求の7つの違い
違い① 成立要件:故意・過失や因果関係の要否
両者の最も大きな違いは、加害者(受益者)の主観的な認識を問うか否かです。不法行為では加害者の故意・過失が必須ですが、不当利得では受益者の内心は問われず、利益を保持する法律上の原因がないという客観的な事実だけで成立します。このため、相手の過失を証明するのが難しい場合でも、不当利得として請求できる可能性があります。
| 項目 | 不当利得返還請求 | 不法行為に基づく損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 加害者の主観 | 不要(受益者の善意・悪意は問わない) | 必須(故意または過失が必要) |
| 因果関係 | 受益と損失の間の社会観念上の結びつき | 加害行為と損害の間の相当因果関係 |
違い② 請求範囲:現存利益か、発生した全損害か
返還を求められる範囲も大きく異なります。不当利得は、原則として利益が手元に残っている範囲(現存利益)に限られます。一方、不法行為は、加害者が利益を得たか否かにかかわらず、被害者が被った全ての損害が賠償の対象となります。
| 項目 | 不当利得返還請求 | 不法行為に基づく損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 原則的な請求範囲 | 現存利益(利益が残っている限度) | 発生した全損害(積極損害、消極損害、慰謝料) |
| 例外(請求範囲の拡大) | 悪意の受益者は、得た利益の全額+利息+損害賠償 | なし(常に全損害が対象) |
違い③ 利息・遅延損害金:有無と利息の起算点
金銭請求に付随する利息や遅延損害金の扱いは、最終的な回収額に影響します。不法行為の場合、損害が発生した時点(不法行為時)から当然に遅延損害金が発生します。一方、不当利得では、受益者が善意か悪意かによって扱いが変わります。
| 項目 | 不当利得返還請求 | 不法行為に基づく損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 善意の受益者 | 原則として利息の返還義務なし(ただし、訴えの提起後は遅延損害金が発生) | 該当なし |
| 悪意の受益者 | 利益を受けた時から利息を付して返還 | 該当なし |
| 不法行為の加害者 | 該当なし | 不法行為の時から遅延損害金が発生 |
違い④ 消滅時効:期間と起算点の違い
権利を主張できる期間である消滅時効には明確な差があり、どちらの請求権を選択するかの重要な判断材料となります。不法行為の時効(原則3年)が過ぎてしまった場合でも、不当利得の時効(原則5年)が完成していなければ、請求できる可能性があります。
| 項目 | 不当利得返還請求(民法166条) | 不法行為に基づく損害賠償請求(民法724条) |
|---|---|---|
| 主観的起算点 | 権利を行使できると知った時から5年 | 損害及び加害者を知った時から3年(人の生命・身体の侵害は5年) |
| 客観的起算点 | 権利を行使できる時から10年 | 不法行為の時から20年 |
違い⑤ 立証責任:どちらが何を証明する必要があるか
裁判でどちらが何を証明しなければならないかという立証責任の負担も異なります。特に、不法行為では請求者(被害者)が相手の故意・過失まで証明する必要があるため、立証のハードルが高くなる傾向があります。
| 項目 | 不当利得返還請求 | 不法行為に基づく損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 請求者の立証事項 | 受益、損失、因果関係、法律上の原因がないこと | 故意・過失、権利侵害、損害額、因果関係など全要件 |
| 相手方の主張 | (善意の場合)現存利益が消滅したこと | 請求者の主張に対する反論 |
| 立証の難易度 | 相手の主観を立証する必要がないため、比較的低い | 相手の故意・過失の立証が困難な場合がある |
違い⑥ 弁護士費用:相手方へ請求できるか
訴訟になった場合、弁護士費用を相手に負担させられるか否かは実務上大きなポイントです。不法行為の場合は、弁護士費用も損害の一部として認められ、認容額の1割程度が上乗せされるのが一般的です。一方、不当利得では原則として認められません。
| 請求権の種類 | 弁護士費用の請求 |
|---|---|
| 不当利得返還請求 | 原則不可 |
| 不法行為に基づく損害賠償請求 | 原則可能(損害額の1割程度が目安) |
違い⑦ 相殺:相手方の債権と相殺できるか
相手がこちらに対しても債権を持っている場合、その債権と支払いを「相殺」できるかが問題となります。不法行為、特に悪意によるものや生命・身体の侵害による損害賠償については、被害者保護の観点から加害者側からの相殺が法律で禁止されています。
| 項目 | 不当利得返還請求 | 不法行為に基づく損害賠償請求 |
|---|---|---|
| 相手方からの相殺 | 原則可能 | 原則禁止(悪意による不法行為など、民法509条に規定) |
実務における請求権の選択と使い分け
請求権が競合する場合の基本的な考え方
一つの事実関係から不当利得と不法行為の両方の請求権が成立しうる場合を請求権競合と呼びます。この場合、債権者はどちらか一方、または両方を予備的に主張するなど、自分に有利な権利を選択して行使できます。例えば、従業員による横領は、会社資金の不当な利得であると同時に、会社に対する不法行為でもあります。基本的な判断軸は、立証の容易さと回収額の最大化のバランスです。不当利得は立証のハードルが低い一方、損害賠償は弁護士費用や慰謝料を含めた高額回収が期待できる反面、立証責任が重くなります。
どちらの請求権を優先して行使すべきかの判断基準
事案に応じてどちらの請求権を優先するかは、以下の基準を総合的に考慮して判断します。
- 消滅時効: 不法行為の時効(原則3年)が経過している場合は、より期間の長い不当利得返還請求を選択する。
- 立証の難易度: 相手の故意・過失を証明する証拠が乏しい場合は、客観的な事実のみで主張できる不当利得返還請求が有利。
- 賠償の範囲: 相手が得た利益よりこちらの損害額が大きい場合や、慰謝料を請求したい場合は、全損害を請求できる不法行為を選択する。
- 訴訟コストの転嫁: 弁護士費用を相手に負担させたい場合は、不法行為として構成する必要がある。
- 相殺のリスク: 相手に反対債権があり相殺されるリスクを避けたい場合は、相殺が禁止される不法行為として構成する。
ビジネスシーン別のケーススタディ(契約無効・誤送金など)
実際のビジネスシーンでは、状況に応じて以下のように請求権を使い分けます。
- 契約の無効・取消: まずは不当利得(原状回復義務)に基づき給付したものの返還を求める。相手の詐欺などが原因であれば、不法行為を併せて主張し、調査費用なども請求する。
- 誤送金: 受取人が費消してしまった場合でも全額の返還を目指すには、現存利益を問われない不法行為として構成することが考えられます。ただし、そのためには相手方の故意・過失の立証が必要となります。
- 知的財産権の侵害: 不法行為による損害賠償が基本だが、自社の損害額の立証が難しい場合、相手が得た利益を不当利得として請求する手法も有効。
- 従業員による横領: 不法行為と不当利得の両方が成立する。本人が事実を認めれば不当利得として迅速な返還を促し、否認する場合は不法行為として証拠に基づき厳しく責任を追及する。
請求後の取引関係を考慮した請求方法の選択
法的な有利不利だけでなく、相手方との将来の関係性も考慮すべき要素です。不法行為に基づく請求は、相手の違法性を正面から問うものであり、取引関係の継続が困難になる可能性があります。一方、不当利得は「法律上の原因がない状態を是正する」という中立的なニュアンスが強く、相手の過失を直接的に非難するものではないため、関係を維持しながら問題を解決したい場合に適しています。
不当利得返還・損害賠償を請求する手続きの基本的な流れ
証拠の収集と事実関係の調査
請求を始める前に、主張を裏付ける証拠を確保することが最も重要です。どのような証拠が必要かは、請求の根拠によって異なります。
- 不当利得の場合: 銀行の取引履歴、送金記録、契約書(無効なもの)、領収書など、財産が移動した客観的な事実と、その原因がないことを示す資料。
- 不法行為の場合: 社内メール、防犯カメラ映像、PCの操作ログ、目撃者の証言など、相手の故意・過失や加害行為を具体的に示す証拠。
- 共通して必要なもの: 損害額を算定するための会計帳簿、見積書、鑑定書など。
内容証明郵便の送付と相手方との交渉
証拠が揃ったら、まず内容証明郵便で請求書を送付します。これは、誰が、いつ、どのような内容の文書を送ったかを郵便局が証明するもので、後の裁判で有力な証拠となります。また、時効完成が近い場合に、催告によって6か月間時効の完成を猶予させる効果もあります。相手方から応答があれば、示談交渉に移ります。交渉がまとまった場合は、後の紛争を防ぐために必ず和解合意書を作成します。
交渉不成立の場合は訴訟(裁判)を提起
当事者間の交渉で解決しない場合は、裁判所に訴訟を提起します。訴訟は、公開の法廷で主張と証拠を出し合い、最終的に裁判官に判決を下してもらう手続きです。
- 裁判所に訴状と証拠を提出する。
- 月に1回程度のペースで期日が開かれ、書面(準備書面)のやり取りを行う。
- 争点が整理された後、証人尋問や本人尋問が行われる。
- 裁判所から和解案が提示されることもある(多くの事件は和解で解決する)。
- 和解が成立しない場合、裁判所が判決を下す。
- 判決が確定すれば、相手の財産を差し押さえる強制執行が可能になる。
請求と並行して進めるべき社内の再発防止策
金銭的な被害の回復と同時に、同じ問題が二度と起こらないように社内体制を見直すことが不可欠です。原因を徹底的に分析し、具体的な再発防止策を講じる必要があります。
- 従業員の不正: 権限の分散、ダブルチェック体制の導入、定期的な職務ローテーションの実施。
- 契約トラブル: 法務部門による契約書チェックのフロー強化、コンプライアンス研修の実施。
- 情報漏洩: アクセス権限の見直し、セキュリティシステムの強化、情報管理に関する社内規程の整備。
不当利得返還請求・損害賠償請求に関するよくある質問
不当利得返還請求と損害賠償請求は、両方同時に主張できますか?
はい、両方同時に主張できます。これを請求権の競合といい、訴訟では一方を主位的主張、もう一方を予備的主張として構成することが一般的です。ただし、損害の填補という目的は同じであるため、両方の請求が認められたとしても、二重に支払いを受け取ることはできません。例えば、不当利得で回収した分は、損害賠償額から差し引かれます。実務では、不当利得で元本を請求し、不法行為に基づき弁護士費用相当額を上乗せして請求する、といった使い方がされます。
善意の受益者と悪意の受益者で返還範囲が違うのはなぜですか?
これは、法律上の原因がないことを知っていたか否か(主観)によって、保護すべき度合いが異なると考える公平の理念に基づいています。善意の受益者は、利益を得る権利があると信じているため、その信頼をある程度保護し、返還範囲を現存利益に限定しています。一方、悪意の受益者は、権利がないと知りながら利益を保持しているため、保護する必要がなく、より重い責任を負わせています。
| 区分 | 善意の受益者 | 悪意の受益者 |
|---|---|---|
| 定義 | 法律上の原因がないことを知らない | 法律上の原因がないことを知っている |
| 返還範囲 | 現存利益のみ | 受けた利益の全額+利息 |
| 追加の責任 | なし | さらに損害があればその賠償責任も負う |
不当利得返還請求が「難しい」と言われるのはなぜですか?
不当利得返還請求が難しいとされる理由は、主に以下の点にあります。
- 「法律上の原因がないこと」の立証: 単にお金が動いた事実だけでなく、その移動を正当化する契約や贈与などの理由が「存在しない」ことを証明する必要があるため、相手の反論によっては立証が難しい場合があります。
- 「現存利益」の範囲: 相手が善意の受益者である場合、返還範囲は現存利益に限定されます。相手が「お金は浪費して残っていない」と主張した場合、その利益が形を変えて残っていること(生活費に充てたなど)をこちら側で立証するのが困難なことがあります。
請求を相手に無視された場合はどうすればよいですか?
請求を無視された場合は、任意での支払いが期待できないため、速やかに法的手続きに移行すべきです。放置すると時効が進行してしまうリスクもあります。
- 財産の保全: 訴訟中に相手が財産を隠すのを防ぐため、裁判所に仮差押えを申し立てる。
- 訴訟の提起: 地方裁判所または簡易裁判所に訴状を提出し、裁判手続きを開始する。
- 判決の取得: 相手が裁判にも応じなければ、こちらの主張どおりの判決(欠席判決)を得られる可能性が高い。
- 強制執行: 確定した判決に基づき、相手の預金口座や不動産などを差し押さえて強制的に債権を回収する。
「不正利得」と「不当利得」に法的な違いはありますか?
はい、両者は使われる法律分野や意味合いが異なります。「不当利得」は民法上の用語であり、私人間の取引などで法律上の原因なく生じた利益の返還を指す一般的な概念です。一方、「不正利得」は、主に生活保護法や健康保険法などの行政法(公法)分野で、偽りの申請など不正な手段で公的な給付を受けた場合に用いられることが多い用語です。
| 項目 | 不当利得 | 不正利得 |
|---|---|---|
| 主な根拠法 | 民法 | 生活保護法、健康保険法などの行政法 |
| 使用される場面 | 個人間・企業間の契約無効、誤送金など | 生活保護費の不正受給、診療報酬の不正請求など |
| 特徴 | 公平の理念に基づく財産的価値の調整 | 行政処分として徴収され、加算金が課されることがある |
まとめ:不当利得と損害賠償、状況に応じた最適な請求権の選択が重要
不当利得返還請求と不法行為に基づく損害賠償請求は、どちらも金銭的損失を回復するための強力な手段ですが、その性質は大きく異なります。立証の容易さを重視するなら不当利得、慰謝料や弁護士費用を含めた最大限の回収を目指すなら損害賠償、というように、状況に応じた使い分けが肝心です。特に、消滅時効の期間や相手方の故意・過失を立証できるか否かは、どちらの請求権を選択するかの重要な判断材料となります。自社の状況でどちらの請求が有利か、また両方をどのように組み合わせて主張すべきか、最終的な判断は専門的な知識を要します。まずは本記事で解説した違いを理解し、証拠の確保を進めながら、必要に応じて速やかに弁護士などの専門家へ相談することをお勧めします。

