元従業員の失業保険不正受給でハローワークから調査依頼が来た企業の対応
元従業員の失業保険不正受給に関して、ある日突然ハローワークから調査協力依頼の通知が届けば、多くの労務・法務担当者様は対応に苦慮されることでしょう。自社にどのような法的責任が及ぶのか、具体的に何をどこまで協力すべきかなど、判断に迷う点も少なくありません。この記事では、ハローワークからの調査依頼に対する企業の具体的な対応フロー、法的責任の範囲、そして今後の再発防止策について、実務的な観点から詳しく解説します。
失業保険の不正受給と企業への調査が行われる仕組み
失業保険における不正受給の定義と典型的な事例
失業保険の不正受給とは、受給資格がないにもかかわらず、偽りの申告や事実の隠蔽によって基本手当などを受け取る行為です。実際に給付金を受け取ったか否かにかかわらず、不正な手段で申請を行った時点で不正受給とみなされるため、注意が必要です。
- 就労の事実の隠蔽: 正社員だけでなく、パート、アルバイト、日雇い、試用期間などで就労した事実を失業認定申告書に記載しない。
- 事業開始の隠蔽: 自営業を開始したり、法人の役員に就任したりした事実を申告せずに受給を続ける。
- 離職理由の偽装: 自己都合退職であるにもかかわらず、会社と共謀または会社を欺き、会社都合退職として離職票を作成させ、給付制限を不正に回避する。
- 求職活動の虚偽報告: 実際には行っていない求職活動を、失業認定申告書に実績として記載する。
ハローワークが企業に調査を行う主なきっかけ
ハローワークが不正受給の疑いを持ち、企業への調査を開始するきっかけは多岐にわたります。
- 第三者からの通報: 元同僚や知人などから、不正受給に関する具体的な情報が匿名で寄せられるケース。
- 行政システムのデータ照合: 新しい勤務先で雇用保険に加入すると、受給期間との重複がシステム上で自動的に検知される。
- ハローワーク職員による指摘: 失業認定日の面談で、受給者の言動に不審な点が見られたり、提出書類に矛盾があったりする場合。
- 他機関からの情報連携: 税務署の確定申告情報などから給与所得の存在が判明し、不正受給の疑いが浮上する。
企業への在籍確認や賃金台帳の照会で発覚する仕組み
ハローワークは、不正受給の疑いがある場合、その裏付けを取るために企業へ調査を行います。調査官が企業を直接訪問、または文書で照会し、客観的な証拠の提出を求めます。失業認定申告書の内容と、企業が保管する出勤簿や賃金台帳などの記録を照合することで、申告の真偽を検証します。例えば、求職活動をしていたと申告された日に勤務記録があれば、それは不正受給の決定的な証拠となります。企業が法律に基づき保管しているこれらの帳簿類は、不正を立証する上で極めて重要な役割を果たします。
ハローワークから調査依頼が来た際の企業の具体的な対応フロー
通知内容の確認と対象期間における事実関係の社内調査
ハローワークから調査依頼が届いたら、まずは落ち着いて以下の手順で対応します。
- 通知内容の精査: 調査対象者、対象期間、調査の趣旨を正確に把握する。
- 客観的資料の確認: 賃金台帳、出勤簿、タイムカードなどの人事関連書類を確認し、対象者の在籍や勤務の実態を調査する。
- 関係者へのヒアリング: 必要に応じて当時の上司や同僚に事実確認を行うが、憶測ではなく記録に基づいた確認を徹底する。
- 事実関係の整理: 社内調査で判明した客観的な事実を整理し、ハローワークへ回答する準備を整える。
調査協力の範囲と提出すべき書類(賃金台帳・出勤簿など)の準備
ハローワークの調査には、法令に基づく協力義務があります。調査官から提出を求められる書類は、主に労働基準法で作成・保存が義務付けられている帳簿類です。
- 労働者名簿: 対象者の基本的な雇用情報を証明する書類。
- 賃金台帳: 賃金の支払状況や労働日数が記録されており、就労の事実を裏付ける重要な証拠となる。
- 出勤簿・タイムカード: 日々の出退勤時刻が記録されており、勤務実態を直接証明する書類。
- 雇用契約書・労働条件通知書: 雇用契約の内容を確認するために必要となる場合がある。
- 退職関連書類: 退職届、解雇通知書、離職票の控えなど、離職理由を確認するための書類。
ハローワークへの報告書の作成と提出方法
社内調査と資料準備が完了したら、ハローワークへ提出する報告書を作成します。指定の様式があればそれに従い、なければ事実を簡潔にまとめた文書を作成します。報告書には、対象者の在籍期間、勤務形態、賃金支払日と金額などの客観的な事実のみを正確に記載します。企業側の手続きに誤りがあった場合は、その事実を正直に申告し、是正する意思を示してください。虚偽の報告は、企業の連帯責任を問われるリスクを高めるため、絶対に行ってはいけません。報告書は指定された期日までに提出し、提出した書類の控えは必ず保管しておきましょう。
調査後のハローワークとのやり取りと対応時の注意点
報告書を提出した後も、ハローワークから追加の質問や資料提出を求められることがあります。その際も、引き続き誠実に対応することが重要です。調査の結果、元従業員の不正受給が認定され、その原因の一端が企業側の離職票の記載ミスなどにあった場合は、速やかに訂正手続きに応じます。対応時には、以下の点に注意してください。
- プライバシーへの配慮: 調査で知り得た元従業員の個人情報を、社内で不必要に広めない。
- 元従業員への対応: 本人から問い合わせがあっても、企業独自の判断は伝えず、ハローワークに直接確認するよう案内する。
- 誠実な対応の徹底: 企業を守るためにも、元従業員をかばうような虚偽の説明はせず、事実のみを伝える。
調査対応における社内での情報共有と報告体制のポイント
調査対応が完了したら、事案の概要と結果を経営層や関係部署に報告します。この際、個人のプライバシーには十分配慮し、共有範囲は必要最小限に留めます。人事労務部門では、今回の調査対応を教訓とし、今後の再発防止策を検討することが重要です。具体的には、以下の点などを検証し、業務プロセスの改善につなげます。
- 勤怠管理や給与計算のプロセスに曖昧な点はなかったか。
- 退職手続き、特に離職票の作成プロセスに確認漏れはなかったか。
- 帳簿類の管理・保存方法は適切であったか。
不正受給における企業の法的責任と実務上の影響範囲
原則として元従業員の不正受給で企業に直接罰則はない
元従業員が単独で不正受給を行っていた場合、原則として企業に直接的な罰則が科されることはありません。企業が法令に従って雇用保険手続きを行い、事実に基づいた離職票を作成していれば、元従業員のその後の行動についてまで監督する義務はないからです。ただし、これは企業が調査に誠実に協力し、かつ帳簿類の管理が適正に行われていることが前提となります。調査協力を拒否したり、帳簿の不備を指摘されたりした場合は、不正受給とは別の問題で行政指導を受ける可能性があります。
企業が連帯責任や罰則を問われる特殊なケースとは
例外的に、企業が不正受給に意図的に関与したと判断された場合は、厳しいペナルティが科されます。雇用保険法では、事業主が偽りの証明などをした結果、不正に給付が行われた場合、事業主は不正受給者と連帯して返還・納付を命じられると定められています。
- 離職理由の偽装: 退職者と共謀し、自己都合退職を会社都合退職として離職票を作成する。
- 就労事実の隠蔽協力: 受給期間中のアルバイトを依頼され、就労の事実を隠すために虚偽の証明を行う。
- 帳簿類の改ざん: 調査の際に、対象者の勤務実態を隠す目的で出勤簿や賃金台帳を改ざんする。
- 賃金額の虚偽記載: 基本手当の額を不正に増やす目的で、離職票に事実と異なる高い賃金額を記載する。
罰則以外の実務上の影響(行政対応の工数・信用問題など)
たとえ法的な罰則がなくても、不正受給の調査対応は企業に様々な実務的影響を及ぼします。
- 管理コストの増大: 過去の書類の捜索、報告書の作成、担当者の聴取対応など、多大な時間と労力がかかる。
- 労務管理上の問題発覚: 調査の過程で、サービス残業や社会保険の未加入など、別の労務問題が発覚するリスクがある。
- 社会的信用の低下: 不正に関与した事実が明らかになれば、取引先や金融機関からの信用を失う可能性がある。
- 助成金の不支給措置: 不正への関与が認定されると、数年間にわたり各種の雇用関係助成金が受給できなくなることがある。
参考:不正受給を行った元従業員が受けるペナルティ
支給停止(不正発覚後の受給権の喪失)
不正受給が発覚した日以降、失業保険の基本手当などを受ける権利がすべて失われます。これを支給停止といいます。たとえ受給期間や日数が残っていたとしても、その後の給付は一切行われません。
返還命令(不正に受給した手当の全額返還)
不正な手段で受け取った給付金は、その全額を返還しなければなりません。これを返還命令といいます。基本手当だけでなく、再就職手当なども含め、不正に関連するすべての給付金が対象となります。
納付命令(不正受給額の最大2倍の金額の納付)
返還命令に加え、ペナルティとして、不正に受給した額の最大2倍に相当する金額の納付を命じられます。これを納付命令といいます。返還額と合わせると、最大で受け取った額の3倍の金額を支払う必要があり、「3倍返し」と呼ばれています。
悪質な場合の刑事罰(詐欺罪としての告発)
不正の手口が特に悪質であると判断された場合、ハローワークは刑事告発を行います。この場合、刑法の詐欺罪が適用され、10年以下の懲役に処される可能性があります。軽い気持ちで行った不正が、前科のつく重大な犯罪となるリスクがあります。
今後の不正受給を防ぐための企業の再発防止策
離職証明書の正確な作成(離職理由・賃金額の適切な記載)
不正受給問題の端緒となりやすいのが離職証明書です。企業は、客観的な事実に基づき、正確な内容で作成することを徹底しなければなりません。
- 離職理由の正確な記載: 退職届などに基づき、事実をありのままに記載する。退職者からの「会社都合にしてほしい」といった依頼には絶対に応じない。
- 賃金額の正確な記載: 賃金台帳と厳密に照合し、手当などを含めた総支給額を正しく転記する。
- 本人による内容確認: トラブル防止のため、提出前に退職者本人に記載内容を確認してもらい、署名・捺印を得るプロセスを徹底する。
退職者への失業保険制度に関する適切な情報提供
不正受給は、制度への無知や誤解から生じるケースも少なくありません。退職手続きの際に、企業から適切な情報提供を行うことが、意図しない不正を防ぐ上で有効です。
- 申告が必要な就労の範囲: 短時間のアルバイトや手伝い、自営業の準備なども申告義務があることを伝える。
- 不正受給のリスク: 不正が発覚した場合の厳しいペナルティ(3倍返しや刑事罰など)について注意喚起する。
- 正規制度の案内: 再就職手当など、早期の再就職を促す有利な制度があることを紹介する。
雇用保険関連手続きにおける社内チェック体制の整備
担当者の勘違いや事務処理ミスが、意図せず不正受給の原因となることを防ぐため、社内のチェック体制を強化します。
- ダブルチェックの徹底: 離職証明書などの重要書類は、必ず複数の担当者で内容を確認するフローを構築する。
- 根拠資料との突合: 賃金台帳や出勤簿などの元資料と記載内容が完全に一致しているかを確認する。
- 専門家の活用: 顧問社会保険労務士などの専門家によるチェックを受け、法的な正確性を担保する。
- 法定三帳簿の適切な管理: 調査時に速やかに提出できるよう、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿を適切に整理・保管する。
企業の担当者向け|失業保険の不正受給に関するよくある質問
ハローワークからの調査に協力しなかった場合、会社に罰則はありますか?
はい、罰則が科される可能性があります。雇用保険法には、正当な理由なく調査を拒否したり、虚偽の報告をしたりした事業者に対し、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金を科す規定があります。実務上、直ちに罰則が適用されることは稀ですが、非協力的な態度は心証を悪化させるため、誠実に対応すべきです。
退職理由の認識が会社と元従業員で異なり不正受給となった場合、会社に責任は問われますか?
会社が客観的事実に基づき、適切に離職票を作成していれば、通常、会社の責任は問われません。しかし、会社の認識が誤っており、事実と異なる離職票を作成していた場合は訂正が必要です。もし元従業員の虚偽申告に気づきながら協力したと判断されれば、連帯責任を問われる可能性があります。
元従業員本人から不正受給について相談された場合、会社はどう対応すべきですか?
会社としては、速やかに本人が管轄のハローワークに自主的に申告するよう促すべきです。自主申告した場合、納付命令(不正受給額の最大2倍の加算金)が免除される可能性があります。会社が不正を隠蔽することはできず、またその義務もないことを明確に伝え、正直に申告することが本人にとっても最善の道であると助言してください。
不正受給による返還命令や納付命令に時効はありますか?
返還命令などの徴収権の時効は原則として2年ですが、不正行為があった場合、その時効の進行が問題となり、過去の不正であっても厳しく対処されるのが実情です。また、刑事罰(詐欺罪)の公訴時効は7年です。「時が経てば発覚しない」ということはなく、過去の行為であっても発覚すれば処分の対象となります。
調査の過程で、自社の手続き(離職票など)にミスが見つかった場合はどうすればよいですか?
隠蔽せず、速やかにハローワークの担当者に事実を申し出て、訂正手続きを行ってください。意図的でない単なる事務ミスであれば、正直に申告し是正することで、悪質な関与とみなされることは通常ありません。ミスを隠そうと虚偽の説明を重ねるほうが、かえって企業の立場を危うくします。誠実な対応が最も重要です。
まとめ:失業保険の不正受給調査への対応と企業の法的責任
元従業員の失業保険不正受給に関するハローワークからの調査依頼は、企業にとって対応に慎重を要する事案です。最も重要なのは、慌てずに通知内容を精査し、賃金台帳や出勤簿といった客観的な資料に基づいて事実関係を正確に報告することです。企業が不正に直接関与していなければ、原則として罰則を問われることはありませんが、調査への非協力や虚偽報告は別途罰則の対象となるため、誠実な対応が求められます。法的な責任とは別に、調査対応には多大な管理コストが発生し、企業の社会的信用にも関わる可能性があることを認識しておく必要があります。今回の対応を機に、離職証明書の作成プロセスや社内のチェック体制を見直し、再発防止策を講じることが、将来的なリスク管理において極めて重要です。

