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55歳からの給与カットは違法?役職定年や定年延長に伴う賃金見直しの法的要件と実務

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高年齢者雇用安定法への対応や組織の活性化のため、55歳を節目とした給与制度の見直しを検討されている経営者や人事担当者の方も多いのではないでしょうか。しかし、給与カットは労働条件の不利益変更にあたるため、法的リスクや従業員のモチベーション低下といった懸念が伴います。この記事では、55歳からの給与カットが法的に認められるための要件、役職定年や定年延長といったケース別の注意点、そして制度を導入するための具体的な手続きまでを解説します。

目次

55歳を境に給与カットが行われる主な背景

役職定年制度の導入による役割の変更

多くの企業では、組織の新陳代謝を促し、若手に昇進の機会を提供するために役職定年制度を設けています。これは、一定の年齢(多くは55歳)に達した管理職が役職から外れる制度です。旧来の55歳定年制の名残でもあります。

役職を解かれると、これまで支給されていた役職手当がなくなり、結果として年収がおおむね2〜3割程度減少するケースが多いのが実情です。企業側には、高年齢層の人件費を抑制し、労働生産性と賃金のバランスの適正化を図る狙いがあります。ただし、役職を降りた後も業務内容や責任範囲に実質的な変化がない場合、従業員のモチベーション低下を招くリスクも伴い得ます。

高年齢者雇用安定法改正に伴う定年延長・再雇用

高年齢者雇用安定法の改正により、企業は希望者全員を65歳まで雇用できるよう、いずれかの雇用確保措置を講じることが義務付けられました。これを受けて、多くの企業は「60歳で一度定年とし、その後は嘱託社員などとして再雇用する」という継続雇用制度を選択しています。

再雇用の際には、無期雇用から有期雇用契約へと変更されるのが一般的です。労働条件が新たに見直されるのが通例です。このタイミングで、勤務時間の短縮や責任範囲の縮小を理由に給与水準が大幅に引き下げられます。定年前の年収が半分以下となるケースも見られます。年金受給開始までの生活を支える一助となる雇用という側面も持ちます。

成果や貢献度を重視した賃金体系への移行

近年、年齢や勤続年数で賃金が決まる年功序列型から、個人の成果や職務の価値で給与を決定する職務給(成果主義)への移行が進んでいます。年功序列型賃金では、高年齢層の給与が実際の貢献度を上回ることがありました。

そこで、実際の役割に見合った報酬を支払うため、55歳などを節目に賃金の上昇を抑制したり、役職定年を機に賃金体系をリセットしたりする動きが広がっています。これにより、企業は年齢に関わらず労働生産性と処遇の整合性を図ろうとしています。しかし、適切な評価制度や経過措置なしに移行すると、ベテラン社員の不満や組織の公平感を損なうおそれがあります。

給与カットの法的妥当性|労働条件の不利益変更に関する原則

原則として従業員の同意なく給与の減額はできない

賃金は労働者にとって生活の基盤となる最も重要な労働条件です。そのため、労働契約法第8条では、労働条件の変更は労働者と使用者の合意によって行うことを大原則としています。

これは、会社が一方的に給与を引き下げることは原則として認められないことを意味します。たとえ就業規則を変更する場合でも、労働契約法第9条により、従業員の同意なく不利益な変更を行うことはできません。したがって、適切な手続きや同意を欠いた一方的な給与カットは、法的に無効と判断される可能性が極めて高いといえます。

一方的な不利益変更が例外的に認められるケースとは

従業員の個別の同意がない場合でも、例外的に就業規則の変更によって給与減額が認められることがあります。労働契約法第10条では、変更後の就業規則を従業員に周知し、かつその変更に客観的な合理性が認められる場合に限り、変更が有効になると定めています。

合理性の有無は、以下の要素を総合的に考慮して判断されます。

合理性の判断における総合考慮要素
  • 従業員が被る不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性の高さ(例:倒産の危機回避など)
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合などとの交渉の状況

特に給与のような重要な労働条件の変更には高度な必要性が求められ、単なる人件費削減を主たる目的とするだけでは、合理性が認められにくい傾向にあります。

同一労働同一賃金の原則と給与カット制度の関連性

正社員と非正規社員の間の不合理な待遇差を禁じる同一労働同一賃金の原則は、定年後に再雇用された従業員にも適用されます。パートタイム・有期雇用労働法第8条に基づき、職務内容、責任の程度、配置変更の範囲が定年前と同じであれば、賃金のみを不合理に引き下げることは許されません。

ただし、最高裁判例(長澤運輸事件など)では、定年後再雇用であるという事情も考慮されると示されています。退職金の支給や年金の受給といった背景があるため、一定の賃金格差は許容される余地があります。しかし、その格差が社会通念上、不合理なレベルと判断される場合は違法となる可能性があります。

給与カットを適法に行うための2つの要件

要件1:従業員から自由な意思に基づく個別の同意を得る

給与カットを適法に行うための最も確実な方法は、従業員一人ひとりから個別の同意を得ることです。ただし、単に同意書に署名があればよいわけではありません。その同意が、従業員の自由な意思に基づいてなされたかどうかが厳格に問われます。

最高裁判例(山梨県民信用組合事件)でも示されているように、会社側は減額の理由や内容について十分な情報提供を行い、従業員がそれを真に理解したうえで自発的に同意したと認められる状況が必要です。会社が優越的な立場を利用して圧力をかけたり、検討時間を与えずに同意を迫ったりした場合、その同意は無効と判断されるおそれがあります。

要件2:就業規則の変更に客観的な合理性が認められる

個別同意が得られない場合に給与減額を行うには、就業規則の変更に客観的な合理性が認められる必要があります。これは労働契約法第10条に定められており、変更によって従業員が受ける不利益と、会社が変更を必要とする事情とを比較衡量して判断されます。

就業規則変更の合理性の判断要素
  • 経営悪化による事業継続の危機など、変更に高度な必要性があること
  • 減額後の賃金水準が同業他社などと比較して相当であること
  • 調整手当の支給や段階的な減額といった不利益を緩和する措置があること
  • 労働組合や従業員代表と誠実に協議を尽くしていること

これらの要素を総合的に考慮し、要件を満たして初めて、個別の同意なくして労働条件の不利益変更が法的に有効となります。

就業規則変更における「合理性」の判断基準

合理性の判断で最も重視されるのは、従業員の被る不利益の程度会社側の変更の必要性のバランスです。賃金や退職金といった生活に直結する重要な権利の不利益変更については、裁判所は会社側に高度の必要性を要求します。

例えば、最高裁判例(第四銀行事件)では、定年延長に伴う賃金減額について、大多数の従業員が所属する労働組合との合意や、依然として高い賃金水準が維持されていることなどを理由に合理性が認められました。一方で、他の判例(みちのく銀行事件)では、特定の高年齢層にのみ極端な不利益を課し、代替措置も不十分であったため合理性が否定されています。特定の層を狙い撃ちにしたり、会社の経営努力を欠いたりしたまま従業員にのみ犠牲を強いる変更は、不合理と判断される傾向にあります。

【ケース別】給与減額制度を導入・運用する際の注意点

役職定年制度に伴う給与減額の留意点

役職定年制で給与を減額する場合、単に年齢を理由にするのではなく、役職の解任に伴う役割や責任の変更が実態として伴っていることが重要です。例えば、部下の管理や人事評価といった管理業務から外れ、専門職や一担当者として業務にあたるなど、権限や責任が明確に軽減される必要があります。

役職名がなくなっても、以前と同様の責任を負い続けるような実態であれば、給与の大幅な削減は不当な不利益変更とみなされるおそれがあります。給与規定に役割の変更を明記し、従業員に事前に周知しておくことが、紛争を避ける上で不可欠です。

定年延長・継続雇用制度に伴う給与減額の留意点

60歳定年後の継続雇用で給与を見直す際は、同一労働同一賃金の原則との整合性に注意が必要です。定年退職は労働契約の一つの区切りであるため、再雇用時に新たな労働条件を提示すること自体は可能です。

しかし、業務内容が定年前と全く変わらないにもかかわらず、嘱託社員になったという形式的な理由だけで賃金を大幅に引き下げることは、不合理な待遇差と判断されるリスクがあります。最高裁判例(長澤運輸事件)などを参考に、基本給や各種手当の支給目的を整理し、なぜ定年前と差が生じるのかを合理的に説明できる賃金体系を構築することが求められます。

給与の減額率の目安と不利益の程度に関する考え方

法律上、給与を何割まで下げてよいかという明確な数値基準はありません。裁判所は個別の事案ごとに、減額の割合だけでなく、減額後の賃金額が社会通念上相当な水準かを重視します。

一般的には、役割の変更などを伴う場合、おおむね2〜3割程度の減額であれば、他の要素と合わせて合理性が認められやすい傾向にあります。一方で、5割を超えるような大幅な減額は、従業員の生活に与える影響が甚大であるため、よほど高度な経営上の必要性がなければ、その有効性は認められにくいでしょう。企業の状況や減額に至る経緯を総合的に考慮し、従業員が受け入れられる範囲(受忍限度)を超えないよう慎重に判断する必要があります。

給与減額とセットで検討したいベテラン社員のモチベーション維持策

給与の減額は、ベテラン社員の勤労意欲や自己肯定感を大きく損なう可能性があります。これは組織全体の生産性低下にもつながりかねません。そのため、金銭的な報酬以外の方法で意欲を維持する施策を併せて検討することが有効です。

給与減額を補うモチベーション維持策の例
  • 長年の経験を活かせるメンターや顧問といった役割を付与する
  • 高度な専門性を発揮できるエキスパート職を新設する
  • 週3日勤務や在宅勤務など、柔軟な働き方を認める
  • 知識やスキルの更新を目的とした研修機会を提供する

会社が個々のキャリアを尊重し、貢献に報いる姿勢を示すことは、シニア社員の活躍を促す上で重要です。

給与カット制度を導入するための具体的な実務手続き

給与カット制度の導入は、以下のステップで慎重に進める必要があります。

給与カット制度導入の主な手続き
  1. ステップ1:制度設計と法的リスクの検討

まず、自社の人員構成や人件費を分析し、制度変更の必要性を明確にします。その上で、労働契約法や同一労働同一賃金の原則に抵触しないか、弁護士などの専門家も交えて法的リスクを検証します。減額対象の給与項目や、従業員の生活に与える影響をシミュレーションし、妥当な減額率を検討します。

  1. ステップ2:就業規則(賃金規程)の変更案作成
  2. 制度の骨子が固まったら、就業規則や賃金規程にその内容を具体的に落とし込みます。適用対象者、減額の基準・方法、適用開始日などを明確に規定します。また、急激な収入減を緩和するための経過措置(調整手当の支給など)も盛り込むことが、後の合理性判断において有利に働きます。

  3. ステップ3:従業員への説明と意見聴取・同意取得
  4. 変更案が完成したら、従業員に対して説明会や個別面談を実施します。会社の経営状況や制度変更の必要性を丁寧に説明し、質疑応答を通じて理解を求めます。労働基準法に基づき、労働組合または従業員の過半数代表者から意見を聴取し、その意見書を作成してもらう義務があります。このプロセスを誠実に行うことが、後のトラブル防止につながります。

  5. ステップ4:労働基準監督署への就業規則変更届の提出
  6. 社内手続き完了後、就業規則(変更)届意見書変更後の就業規則の3点を、管轄の労働基準監督署へ提出します。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、この届出が義務付けられています。最後に、変更後の就業規則を全従業員に周知することで、法的な効力が発生します。

55歳からの給与カットに関するよくある質問

給与カットに同意しない従業員にはどう対応すべきですか?

従業員が給与カットに同意しないからといって、それを理由に解雇や降格を行うことは、原則として許されません。まずは、制度変更の必要性や合理性を再度丁寧に説明し、合意形成に努めることが基本です。それでも同意が得られない場合、就業規則の変更が客観的に合理的であると認められる要件を満たしていれば、個別の同意なく減額を適用することも法的には可能です。しかし、最終的な有効性は裁判所の判断に委ねられるため、強行すれば訴訟リスクを伴う可能性があります。

役職定年後は、職務内容や責任範囲の変更も必要ですか?

はい、実態として職務内容や責任範囲を変更することが極めて重要です。同一労働同一賃金の原則により、仕事の内容が役職定年前と全く同じにもかかわらず賃金だけを大幅に引き下げることは、不合理な待遇差とみなされるおそれが高いからです。管理監督業務から外す、担当範囲を縮小するなど、給与減額に見合った役割の変更を客観的に示す必要があります。

給与は変えずに賞与(ボーナス)のみを減額することは可能ですか?

賞与の減額は、基本給の減額に比べて会社の裁量が広く認められる傾向にあります。就業規則に「会社の業績や個人の評価に応じて支給額を変動させる」といった定めがあれば、その規定に基づいて減額することは可能です。ただし、「基本給の〇ヶ月分」のように支給額が確定的に定められている場合、それを一方的に減額することは労働条件の不利益変更にあたり、原則として従業員の同意が必要になります。

給与カットの代わりに、どのような代替措置が考えられますか?

給与減額による不利益を緩和し、従業員の納得を得るためには、金銭以外の代替措置を組み合わせることが有効です。これにより、就業規則変更の合理性が認められやすくなる効果も期待できます。

給与減額の主な代替措置
  • 勤務時間の短縮や週休3日制の導入
  • フレックスタイム制や在宅勤務といった柔軟な働き方の許可
  • 期間限定の調整手当の支給
  • 経験を活かせる新たな役割(社内講師、メンターなど)の付与

まとめ:55歳からの給与カットは法的手続きと丁寧な説明が成功の鍵

55歳を対象とする給与カットは、役職定年や定年延長に伴い検討されますが、労働条件の不利益変更にあたるため、法的な原則を遵守することが不可欠です。最も確実な方法は、十分な説明の上で従業員から自由な意思に基づく個別の同意を得ることです。それが難しい場合は、就業規則の変更に経営上の高度な必要性や不利益を緩和する代替措置といった「客観的な合理性」が認められる必要があります。特に役職定年や定年後再雇用においては、給与減額に見合う職務内容や責任範囲の実質的な変更が求められます。一方的な制度導入は訴訟リスクやベテラン社員のモチベーション低下を招くおそれがあるため、専門家も交えて法的妥当性を検証し、従業員への丁寧な説明と協議を尽くすことが円滑な運用の鍵となります。

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