仮差押え後の和解契約書作成ガイド|条項の書き方と文例、取下げ手続きを解説
仮差押えの当事者となり、訴訟の長期化を避けるために相手方との和解を検討することは、紛争を早期に解決するための有効な手段です。しかし、和解契約書に盛り込むべき条項、特に仮差押えの取下げや担保の扱いを誤ると、将来的に新たなトラブルを招くリスクがあります。この記事では、仮差押えに関する和解契約書に必須の条項や具体的な文例、手続きの流れ、そして法的な注意点までを網羅的に解説します。
仮差押えにおける和解の重要性とメリット
訴訟の長期化を避け、早期に紛争を解決できる
仮差押えは、あくまで債権を保全するための暫定的な措置であり、権利関係を最終的に確定させるものではありません。確定のためには本案訴訟(通常の民事訴訟)が必要ですが、審理には数か月から数年単位の時間がかかることもあります。
和解を選択すれば、この長期間にわたる法的手続きを省略し、迅速に紛争を終結させることが可能です。これにより、企業は不安定な係争状態から早期に解放され、通常の経済活動へ速やかに復帰できます。
債権者・債務者双方の金銭的・時間的コストを軽減する
訴訟が長引くと、債権者と債務者の双方に様々なコストやリスクが発生します。和解はこれらの負担を最小限に抑える効果があります。
- 債権者の負担: 弁護士報酬や印紙代の継続的な発生、訴訟中に債務者が倒産し債権回収が不能になるリスク。
- 債務者の負担: 資産(預金口座や不動産)が凍結され続けることによる資金繰りの悪化や事業継続への支障。
- 共通の負担: 訴訟対応に要する担当者の時間や労力といった、目に見えないコストの増大。
当事者の実情に合わせた柔軟な解決策を定められる
裁判所の判決は、請求を認めるか退けるかという画一的な結論になりがちです。一方、和解では当事者間の合意に基づき、実情に即した柔軟な解決を図ることができます。
- 和解金の分割払いスケジュールを設定する。
- 遅延損害金や将来発生する利息を免除する。
- 債務の一部を免除する代わりに、将来的な取引の継続を約束する。
このように、互いに譲歩することで双方が納得できる着地点を見出し、将来の良好な関係維持につなげることも可能です。
仮差押えの和解契約書に盛り込むべき主要条項
債権債務の確定と清算に関する条項
まず、和解の前提として、債務者が債権者に対して特定の債務を負っていること、そしてその具体的な金額を契約書で明確に認めます。これにより、争いの対象となっていた権利関係が確定します。
同時に、「本契約書に定めるほか、当事者間に一切の債権債務が存在しない」ことを相互に確認する清算条項を設けます。これは、後になって別の請求をされるなど紛争が再燃するのを防ぎ、問題を終局的に解決するために不可欠です。
和解金の支払方法・時期に関する条項
合意した和解金を「いつまでに、どのような方法で支払うか」を具体的に定めます。曖昧な定め方をすると、支払いが遅れた際に責任を追及することが難しくなるため、詳細に記載する必要があります。
- 支払期日(一括払いの日付、または分割払いの各支払日)
- 支払方法(銀行振込が一般的)
- 振込先口座情報(金融機関名、支店名、口座種別、口座番号、口座名義)
- 振込手数料をどちらが負担するか
仮差押えの取下げ義務に関する条項
債務者にとって和解に応じる最大の動機は、仮差押えによる資産凍結の解除です。そのため、債権者がいつ仮差押えの申立てを取り下げるのかを明確に定める必要があります。
取下げのタイミングは、「和解契約の締結と同時」か、「和解金の一部または全額の支払いを確認した後」とするかが交渉の重要ポイントになります。契約書には、対象となる仮差押え事件を事件番号で特定し、債権者が取下げ手続きを行う義務を明記します。
担保取消手続きへの協力義務に関する条項
債権者は、仮差押えを申し立てる際に、万一の損害を賠償するための担保金を法務局に供託しています。和解が成立し仮差押えが不要になった後、債権者はこの担保金を回収します。
手続きを迅速に進めるため、債務者が担保の取消しに同意し、裁判所の決定に対して抗告しないことを約束する条項を設けます。また、手続きに必要な同意書や印鑑証明書を速やかに交付する義務も定めておくのが一般的です。
契約不履行時の措置に関する条項(期限の利益喪失など)
債務者が和解契約で定めた分割金の支払いを怠った場合に備え、期限の利益喪失条項を設けます。これは、支払いが滞った時点で、残額の分割払いが認められなくなり、一括で請求できるようにする取り決めです。
一般的には、「支払いを2回以上怠った場合」や「債務者が破産手続の申立てをした場合」などを喪失事由とします。あわせて、支払いが遅れた場合に備えて遅延損害金の利率も定めておくと、債務者に確実な履行を促す効果が期待できます。
【項目別】和解条項の具体的な書き方と文例
文例1:債権債務額を確定し、それ以外の請求権を相互に放棄する(清算条項)
乙(債務者)は、甲(債権者)に対し、本件売買契約に基づく代金支払債務として、本日現在、金〇〇万円の支払義務があることを認める。 甲及び乙は、本件に関し、本契約書に定めるもののほか、甲乙間に何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する。
この条項は、争点となっていた債務額を確定させると同時に、本件に関するその他の請求権が相互に存在しないことを確認するものです。これにより、後日に追加請求や相殺主張がなされるリスクをなくし、紛争を完全に終わらせる効果があります。
文例2:和解金の支払方法を定める(一括払い・分割払い)
【一括払いの場合】 乙は、甲に対し、前項の債務を、令和〇年〇月〇日限り、甲が指定する下記銀行口座に振り込む方法により支払う。なお、振込手数料は乙の負担とする。
【分割払いの場合】 乙は、甲に対し、前項の債務を、令和〇年〇月から令和〇年〇月まで、毎月末日限り、金〇万円ずつ分割して、甲が指定する下記銀行口座に振り込む方法により支払う。
解説:振込先口座の特定は必須です。支払期日が金融機関の休業日にあたる場合の取り扱い(例:翌営業日に支払う)についても定めておくと、より明確になります。
文例3:仮差押えの取下げ時期と手続きを明記する
甲は、乙から第2条に定める解決金(または初回分割金)の支払いを受けたときは、速やかに〇〇地方裁判所令和〇年(ヨ)第〇〇号債権仮差押命令申立事件の申立てを取り下げる。
解説:取下げのタイミングは、債権回収の確実性と、債務者の事業再開の必要性を天秤にかけて決定します。事件番号で対象を特定し、債権者に手続きを遅滞なく行う義務を課すことが重要です。
文例4:担保取消への同意と必要書類の交付を約束させる
乙は、甲が前条の仮差押命令申立事件の保証として〇〇法務局に供託した担保(令和〇年度金第〇〇号、金〇〇万円)について、その取消しに同意し、取消決定に対して抗告しない。 乙は、本契約成立後直ちに、前項の担保取消しに必要な同意書及び印鑑登録証明書を甲に交付する。
解説:この条項がないと、債権者が担保金を回収するまでに「権利行使催告」という別の法的手続きが必要となり、時間がかかります。債務者の同意書があれば、この手続きを省略でき、迅速な回収が可能です。
和解成立から供託金回収までの手続きの流れ
和解成立から債権者が担保金を回収するまでの一般的な流れは、以下の通りです。
- ステップ1:和解契約書の締結と内容の最終確認
当事者双方が合意内容を盛り込んだ和解契約書に署名・押印します。この際、担保取消に必要な同意書なども同時に受け渡すのが安全です。実効性を高めるため、公正証書にすることも検討します。
- ステップ2:債務者による和解金の支払い実行
- ステップ3:債権者による裁判所への仮差押え取下げ申立て
- ステップ4:担保取消決定の申立てと供託金の回収手続き
契約書で定めた期日と方法に従い、債務者が和解金を支払います。債権者は入金を確認し、契約上の条件が満たされたことを確認します。
債権者は、管轄の裁判所へ「仮差押命令申立取下書」を提出します。これにより、不動産仮差押えの場合は登記が抹消され、債権仮差押えの場合は第三債務者(銀行など)への差押えが解除されます。
仮差押えの取下げ後、債権者は裁判所に「担保取消決定申立」を行います。この際、和解時に債務者から受け取った同意書などを提出します。裁判所の決定が確定すれば、法務局で供託金を回収できます。
第三債務者(銀行等)への通知と差押え解除の確認実務
預金口座などが仮差押えされている場合、法的には裁判所からの取下通知が第三債務者(銀行など)に届けば差押えの効力は失われます。
しかし、通知の送達には時間がかかるため、債務者が急ぐ場合は、債権者から取下書の控えなどをもらい、銀行に直接提示して早期の凍結解除を依頼することがあります。債権者側も、円滑な関係維持のために第三債務者へ解決した旨を連絡するなどの配慮が望ましい場合があります。
和解契約書を作成する際の法的注意点とリスク管理
和解内容が履行されない場合のリスクと強制執行の準備
当事者間で作成した私的な和解契約書(合意書)だけでは、債務者が支払いを怠っても、直ちに給与や預金を差し押さえる強制執行はできません。強制執行を行うには、改めて訴訟を起こして勝訴判決を得るなど、「債務名義」と呼ばれる公的な文書が必要になります。
支払いが滞るリスクに備えるには、和解の時点で契約書を債務名義化しておくことが重要です。
執行力を確保するための公正証書の活用とそのメリット
和解契約の内容を公証役場で「強制執行認諾文言付き公正証書」として作成すると、裁判の判決と同じ債務名義としての効力を持ちます。
これにより、万が一債務不履行が発生した場合でも、訴訟を起こすことなく直ちに強制執行手続きを開始できます。費用はかかりますが、特に分割払いで回収の確実性を高めたい場合には、極めて有効な手段です。
口頭での合意は避け、必ず書面で明確な証拠を残す
法律上、和解は口頭でも成立しますが、「言った、言わない」という水掛け論を避けるため、必ず書面を作成してください。特に、清算条項の範囲や仮差押え取下げの時期といった重要な条件は、解釈のずれが生じないよう明確な文言で文書化することが不可欠です。
契約書には、法人の場合は代表者印(実印)で押印し、印鑑証明書を添付することで、契約の信頼性を高めます。
専門家(弁護士)へ相談・依頼を検討すべきケース
以下のようなケースでは、トラブルを未然に防ぎ、有利な条件で解決するために弁護士への相談・依頼を検討すべきです。
- 債権額が高額である場合
- 契約関係や事実関係が複雑に絡み合っている場合
- 相手方の対応が不誠実であったり、交渉が難航したりしている場合
- 法的に不備のない和解契約書を作成したい場合
弁護士は、適切な条項の設計から、仮差押えの取下げ、担保金の回収までの一連の手続きを代理で行うことができます。
支払と取下げのタイミングに関する交渉と条項設計のポイント
和解交渉で最も意見が対立しやすいのが、「支払いが先か、取下げが先か」という点です。債務者は事業のために一刻も早い資産凍結の解除を望み、債権者は確実な債権回収を優先します。
| パターン | タイミング設計 | メリット・デメリット |
|---|---|---|
| 債権者有利 | 和解金全額の支払いを確認後に取り下げる | 回収の確実性は最も高いが、債務者が合意しにくい場合がある。 |
| バランス型 | 頭金の支払いや公正証書の作成完了をもって取り下げる | 双方のリスクをある程度軽減でき、実務上よく用いられる落としどころ。 |
| 債務者有利 | 和解契約の締結と同時に取り下げる | 債務者はすぐに事業を再開できるが、債権者には不払いリスクが残る。 |
このように、双方の状況に応じて支払と取下げのタイミングを調整し、契約書に明確に規定することが重要です。
仮差押えの和解に関するよくある質問
和解条項で定めた支払いが実行されない場合、どうすればよいですか?
対応は、和解契約が「債務名義」になっているかどうかで異なります。
- 債務名義がある場合(公正証書など): 直ちに裁判所へ強制執行を申し立て、預金や給与などの財産を差し押さえることができます。
- 債務名義がない場合(私的な合意書など): その合意書を証拠として、支払いを求める民事訴訟を新たに提起する必要があります。
いずれの場合も、期限の利益喪失条項に基づき残額を一括請求するのが一般的です。
仮差押えの取下げは、弁済が完了する前と後どちらで行うのが一般的ですか?
一概には言えず、ケースバイケースです。債務者の資金繰りのために早期の解除が必要な場合は、頭金の支払いや公正証書の作成を条件に、完済前に取り下げることも少なくありません。一方で、債務者の信用状態に不安がある場合は、債権者として全額の完済を確認してから取り下げるべきであり、当事者間の交渉によって決まります。
債権者が供託した担保金は、いつ、どのようにして返還されますか?
仮差押えの取下げ後に、裁判所に対して担保取消決定の申立てを行い、決定が出た後に法務局で返還手続きをします。この手続きを迅速に進める鍵は、和解時に債務者から「担保取消への同意書」と「印鑑証明書」を取得しておくことです。これらがあれば、裁判所の面倒な手続きを一部省略でき、比較的短期間(数週間程度)で回収できます。
当事者同士で作成した和解契約書も法的に有効ですか?
はい、当事者間の契約として法的に有効です。ただし、契約書自体に、相手の財産を強制的に差し押さえる「強制執行力(執行力)」はありません。相手が支払約束を破った場合に直ちに強制執行をしたいのであれば、契約書を作成する段階で強制執行認諾文言付きの公正証書にしておく必要があります。
まとめ:有利な条件で紛争を終結させる和解契約の要点
仮差押えに関する紛争において、和解は訴訟を回避し、双方のコストを削減する極めて有効な解決策です。和解契約書を作成する際は、債権債務を確定させる「清算条項」、資産凍結解除の鍵となる「仮差押えの取下げ時期」、そして債権者の担保金回収を円滑にする「担保取消への協力義務」を明確に定めなくてはなりません。さらに、将来の不履行リスクに備え、強制執行力を持つ「強制執行認諾文言付き公正証書」の作成も重要な選択肢となります。交渉が難航する場合や契約内容に不安が残る場合は、専門家である弁護士に相談し、自社にとって不利にならない条件で確実に紛争を終結させましょう。

