仮差押申立ての必要書類と手続き|対象財産別の準備と費用を解説
取引先の支払いが遅延し、債権回収が滞っている場合、債務者の財産が散逸する前に対策を講じることが重要です。その有効な法的手段の一つが、判決前に相手の財産を凍結する「仮差押え」です。この手続きを成功させる鍵は、迅速かつ正確な書類準備にあります。この記事では、仮差押申立てに必要な書類を対象財産別に網羅的に解説し、手続きの流れや費用についても詳しく説明します。
仮差押申立ての必要書類
申立てに共通する必要書類一覧
仮差押えとは、金銭債権を保全するため、判決前に債務者の財産を暫定的に凍結する手続きです。申立てには、裁判所へ提出する複数の書類を正確に準備する必要があります。
申立書では、請求権である「被保全権利」の内容と、なぜ今差し押さえる必要があるのかという「保全の必要性」を具体的に記載します。保全の必要性とは、このままでは将来の強制執行が困難になる恐れがある事情を指します。
- 仮差押命令申立書: 手続きの根幹となる書類で、当事者目録、請求債権目録などを添付します。
- 資格証明書: 当事者が法人の場合に必要で、発行から3か月以内の登記事項証明書を提出します。
- 訴訟委任状: 弁護士を代理人として申立てを行う場合に必要となる原本です。
- 疎明資料: 請求権の存在を証明する証拠書類で、契約書や請求書の写しなどが該当します。
- 陳述書: 債務者の支払い遅延の経緯や、保全の必要性を補足説明するための債権者作成の書面です。
- 郵便切手: 裁判所が書類を送達するために使用するもので、あらかじめ指定された金額・金種を納付します。
対象財産が【不動産】の場合に必要な追加書類
仮差押えの対象が土地や建物などの不動産である場合、対象物件を正確に特定するための追加書類が必要です。不動産は登記によって権利関係が公示されるため、最新の公的資料に基づいて手続きを進めます。
- 不動産登記事項証明書: 対象不動産の最新の権利関係を確認するため、発行後1か月以内のものを提出します。
- 固定資産評価証明書: 担保金の額や登録免許税を算出する基準となる、不動産の公的な評価額を証明する書類です。
- 物件目録: 登記事項証明書の記載通りに、不動産の所在や地番などを正確に記載したリストです。
- 公図や図面など: 物件の所在地が分かりにくい場合に、場所を特定するための地図や図面を添付することがあります。
対象財産が【債権(預貯金・売掛金)】の場合に必要な追加書類
銀行預金や売掛金などの債権を仮差押えの対象とする場合、債務者にお金を支払う義務を負う第三者(第三債務者)に関する書類が重要となります。
- 第三債務者の登記事項証明書: 第三債務者(銀行や取引先企業など)が法人である場合に提出します。
- 他に差し押さえるべき財産がないことの証明資料: 債務者所有の不動産がない、または価値がないことを示す登記事項証明書や評価証明書など、保全の必要性を補強する資料として提出されることがあります。
対象財産が【動産】の場合に必要な追加書類
機械設備、商品在庫、什器備品などの動産を仮差押えする場合、個々の物品を詳細に特定するより、それらが存在する「場所の特定」が重要になります。差し押さえは、裁判所の命令後に執行官が現場で実施します。
- 執行場所の特定に関する書類: 債務者の事務所や倉庫などの所在地を示した略図や地図を提出します。
- 動産の内容を説明する資料: 差し押さえ対象の機械のパンフレットや写真、資産台帳の写しなど、任意で提出します。
申立書と各目録の記載におけるポイント
申立書や各種目録は、裁判所がそのまま命令書として利用できるよう、正確かつ詳細に作成する必要があります。書類の不備は、手続きの遅延に直結するため細心の注意が求められます。
- 被保全権利の発生原因を明確に: いつ、どのような取引で債権が発生し、支払期限がいつだったかを具体的に記述します。
- 保全の必要性を具体的に: 支払いを拒否されている経緯など、今すぐ差し押さえが必要な切迫した事情を事実に基づき記述します。
- 対象財産を正確に特定: 不動産は登記簿通りに、債権は銀行の支店名や預金種別まで正確に記載します。
- 遅延損害金も計算に含める: 請求金額には、元本に加えて支払期日の翌日から発生する遅延損害金も算出して、元本と区別して記載します。
請求権を証明する疎明資料(契約書・請求書など)の準備
疎明資料は、債権者の主張する請求権が正当なものであることを、裁判官に「一応確からしい」と判断させるために提出する証拠です。客観的な資料を整理して提出することが、迅速な決定を得るための鍵となります。
- 契約関係の資料: 契約書、注文書、納品書、受領書、取引内容が分かるメールの写しなど。
- 債務不履行を証明する資料: 支払期限を過ぎた請求書、督促状の写しなど。
- 督促の事実を証明する資料: 内容証明郵便の控えと、相手に届いたことを証明する配達証明書。
- 金額の根拠を示す資料: これまでの入金履歴や残高をまとめた計算表など。
対象財産の選定における戦略的判断と注意点
どの財産を仮差押えの対象にするかは、債権回収の成功率や債務者に与える影響を考慮した戦略的な判断が求められます。各財産にはメリットとデメリットがあり、状況に応じた選択が重要です。
| 財産の種類 | 特徴・メリット | 注意点・デメリット |
|---|---|---|
| 不動産 | 価値が安定しており、登記により確実に保全できる。債務者の事業への直接的打撃は比較的小さい。 | 担保権が多数設定されていると価値がない場合がある。現金化に時間がかかる。 |
| 債権(預貯金・売掛金) | 現金を直接凍結できるため回収効率が高い。債務者に与える心理的圧力が大きい。 | 債務者の事業継続が困難になり、倒産の引き金になるリスクがある。担保金が高額になる傾向がある。 |
| 動産 | 店舗のレジ現金や重要設備を差し押さえることで、強力な交渉材料になる。 | 価値の評価が難しく、隠匿や処分がされやすい。管理や換価に手間と費用がかかる。 |
仮差押申立ての手続きと流れ
ステップ1:申立書の作成と管轄裁判所への提出
仮差押えの手続きは、作成した申立書一式を管轄の裁判所に提出することから始まります。提出先となる裁判所は、法律で定められています。
- 本案の管轄裁判所: 将来的に本訴訟を提起する場所を管轄する裁判所。
- 仮差押えの目的物の所在地を管轄する地方裁判所: 差し押さえたい不動産や動産がある場所の裁判所。
申立書には手数料として収入印紙を貼り付け、疎明資料の写しなどを添えて、専門部署の窓口に持参するか郵送で提出します。受付が完了すると事件番号が付与され、次のステップである債権者面接の日程が調整されます。
ステップ2:債権者面接(審尋)の準備と実施
申立書が受理されると、裁判官が債権者またはその代理人弁護士と面談する「債権者面接」が行われます。これは、提出された書類だけでは分からない事情を確認し、仮差押えの要件を審査するための重要な手続きです。
- 被保全権利の存在: 請求権が本当に存在するか、契約内容などを口頭で確認します。
- 保全の必要性: なぜ今すぐ財産を凍結する必要があるのか、具体的な事情をヒアリングします。
- 提出資料の原本確認: 提出した疎明資料の写しと原本を照合し、証拠の真正性を確かめます。
- 書類の不備・不足点の補正指示: 記載内容の修正や、追加で提出が必要な資料について指示されます。
面接には疎明資料の原本を必ず持参し、裁判官からの質問に的確に答えられるよう準備しておく必要があります。
ステップ3:担保決定と担保金の供託手続き
債権者面接を経て、裁判官が仮差押えを認める心証を持つと、申立人に対して担保を立てるよう命じる「担保決定」を出します。これは、万が一仮差押えが不当であった場合に、債務者が被る損害を賠償するための保証金です。担保金の供託手続きは以下の流れで進みます。
- 裁判所から担保決定正本が交付される。
- 指定された期限内(通常1週間程度)に、法務局の供託所に担保金を原則として現金で納付します。
- 法務局から発行された供託書正本を裁判所に提出し、供託が完了したことを報告する。
この担保金の準備と迅速な供託が、仮差押命令を早期に発令してもらうための鍵となります。
ステップ4:仮差押命令の発令と執行
裁判所が担保金の供託を確認すると、正式に「仮差押命令」が発令されます。その後、対象財産に応じて、財産を凍結するための執行手続きが自動的または申立てによって進められます。
| 財産の種類 | 執行方法 |
|---|---|
| 不動産 | 裁判所書記官が法務局に嘱託し、仮差押えの登記を入れる。 |
| 債権(預貯金・売掛金) | 裁判所が第三債務者(銀行など)に仮差押決定正本を送達し、支払いを禁止する。 |
| 動産 | 申立人が執行官に執行を委任し、執行官が現地で対象物を差し押さえる(封印など)。 |
これらの手続きは、債務者が財産を隠すのを防ぐため、債務者に通知される前に完了するよう「密行性」が保たれます。
仮差押命令が出た後の本案訴訟と交渉の進め方
仮差押えはあくまで暫定的な保全措置です。債権を最終的に回収するためには、別途「本案訴訟」を提起し、勝訴判決を得る必要があります。債務者からの申立てにより、裁判所から一定期間内に訴訟を起こすよう命じられる「本案訴訟提起命令」が出ることもあります。
しかし、実際には、仮差押えによって資産を凍結された債務者が、判決を待たずに和解交渉を申し入れてくるケースが多くあります。預金口座の凍結などは事業に致命的な影響を与えるため、債務者にとって大きなプレッシャーとなります。この段階で、差し押さえの解除を条件に、有利な条件での一括払いや分割払いの合意を目指すことが可能になります。このように、仮差押えは債権回収に向けた強力な交渉カードとしても機能します。
仮差押申立てにかかる費用
申立手数料(収入印紙)の計算方法
仮差押えを申し立てる際、手数料として申立書に収入印紙を貼付します。金額は申立て1件につき2,000円が基本です。
申立書に貼付する際、割印は不要です。
予納郵便切手の金額と内訳
裁判所が関係者への書類送達に使う郵便料金として、申立人はあらかじめ郵便切手を納付します。これを「予納郵券」と呼びます。
必要な金額や切手の組み合わせは各裁判所のウェブサイトで定められており、事前の確認が必須です。金額は当事者の数によって異なり、一般的には3,000円~5,000円程度が目安です。切手が不足すると手続きが遅延するため、正確な金額を準備することが重要です。手続き終了後に余った切手は返還されます。
担保金の相場と役割
担保金は、不当な仮差押えによって債務者が受ける損害を賠償するための保証金であり、申立て費用の中で最も高額になります。金額は裁判官が決定しますが、実務上の相場が存在します。
| 対象財産 | 担保金の相場(請求債権額または財産価額に対する割合) |
|---|---|
| 不動産 | 10%~20%程度 |
| 債権(預貯金など)・動産 | 20%~30%程度 |
預金などの差し押さえは債務者の事業に与える影響が大きいため、担保金も高額に設定される傾向があります。申立てを検討する段階で、この担保金を捻出できるかどうかが大きなポイントとなります。
供託した担保金はいつ、どのように取り戻せるのか
法務局に供託した担保金は、仮差押えの必要がなくなった後に「担保取消」の手続きを経て取り戻すことができます。取り戻しが可能になるのは、主に以下のようなケースです。
- 本案訴訟で勝訴判決が確定した: 債権者の主張が正しかったと証明されたため、担保は不要になります。
- 和解により債務者の同意を得た: 和解交渉の中で、債務者から担保取消に関する同意書を取得します。
- 権利行使の催告後に債務者から応答がない: 訴訟が終わった後、債務者が損害賠償請求権を行使しない場合に、同意があったものとみなされます。
これらの条件を満たした上で裁判所に申立てを行い、担保取消決定を得てから法務局で還付手続きを行います。
仮差押の申立てに関するよくある質問
弁護士に依頼せず自分で申立てはできますか?
法律上、本人による申立ては可能です。しかし、仮差押えは法的要件の主張や特殊な書式作成、裁判官との面接対応など、高度な専門知識を要します。書類不備で時間がかかると、その間に債務者が財産を処分するリスクがあるため、確実かつ迅速に進めるには弁護士への依頼を強く推奨します。
申立てから仮差押の実行までどのくらいの期間がかかりますか?
事案や裁判所の混雑状況によりますが、申立てから1週間程度で仮差押命令が発令されるのが一般的です。申立て後2~3日で債権者面接が行われ、その直後に担保決定が出ます。担保金を速やかに供託すれば、当日か翌日には命令が発令され、直ちに執行手続きが開始されます。
申立てをすると債務者にすぐに知られてしまいますか?
いいえ、知られません。仮差押えは、債務者に財産隠しの機会を与えないよう、密行性(秘密裏に進めること)が原則です。債務者が事実を知るのは、不動産に登記が入ったり、銀行口座が凍結されたりといった執行が完了し、その後に裁判所から通知が届いた時点になります。
担保金は必ず用意する必要がありますか?
はい、原則として必須です。債務者の反論を聞かずに財産を凍結する強力な手続きであるため、債務者を保護するための保証金は不可欠です。例外的に、人道上の配慮が必要なごく一部のケースで無担保となることもありますが、企業間の取引など一般的な債権回収では、担保金なしで認められることはまずありません。
法人の登記事項証明書はどこで取得できますか?
全国どの法務局でも取得可能です。法務局の窓口で申請するほか、郵送やオンライン請求も利用できます。オンライン請求は手数料が割安になるメリットがあります。仮差押えの申立てでは、当事者の資格証明書として発行後3か月以内、不動産の証明書として発行後1か月以内など、有効期間の定めがあるため注意が必要です。
まとめ:仮差押えの成功は迅速かつ正確な書類準備が鍵
仮差押えは、債権を保全するための非常に強力な法的手段ですが、その申立てには正確な書類準備が不可欠です。申立書や疎明資料を通じて「被保全権利」と「保全の必要性」を裁判所に明確に示し、対象財産に応じた追加書類を漏れなく揃える必要があります。また、申立てには手数料や郵便切手のほか、請求額の1〜3割程度にもなる高額な担保金の準備が必須となります。これらの複雑な書類作成や手続き、裁判官との面接対応には高度な専門知識が求められます。手続きの遅延は債権回収の失敗に直結するため、財産隠しのリスクを最小限に抑え、確実な債権保全を目指すのであれば、速やかに弁護士へ相談することを強く推奨します。

