法務

仮差押えの要件『被保全債権』とは?適格性と特定方法を解説

経営リスクナビ編集部

債権回収が滞り、債務者の財産を保全するため仮差押えを検討する際、「被保全債権」の要件を正確に理解することが不可欠です。この要件を満たさなければ、申立ては認められず、その間に財産が処分されて回収が困難になるおそれがあります。仮差押えを成功させるには、被保全債権として認められる権利の種類や、申立書でどのように特定し、その存在を疎明(そめい)するかが重要となります。この記事では、仮差押えの根幹である被保全債権の定義から、申立ての実務で求められる具体的な記載方法、疎明資料の例までを解説します。

被保全債権とは何か

仮差押えにおける位置づけ

仮差押えとは、将来の強制執行を確実にするため、裁判所の決定に基づき、債務者が財産を処分することを暫定的に禁止する手続きです。この手続きにおいて、債権者が保全(守る)しようとする権利そのものを「被保全債権」と呼びます。

仮差押えを申し立てるには、この被保全債権が現に存在することを裁判所に示す必要があります。そのため、被保全債権を明確に特定し、その存在を主張・疎明することが、仮差押えを成功させるための根幹となります。

満たすべき法的要件

被保全債権として認められるには、いくつかの法的要件を満たす必要があります。その中でも最も重要なのは、金銭の支払いを目的とする債権(金銭債権)であることです。金銭債権以外の権利(例:建物の明渡し請求権)は、仮差押えではなく「仮処分」という別の手続きの対象となります。

被保全債権の主な法的要件
  • 金銭の支払いを目的とする債権であること
  • 支払期日が到来している必要はない
  • 将来発生する債権や、条件付きの債権も対象となりうる
  • 同時履行の抗弁権が付いている債権も含まれる

もう一つの要件「保全の必要性」

仮差押えが認められるには、被保全債権の存在に加え、「保全の必要性」がなければなりません。これは、現時点で債務者の財産を保全しておかなければ、将来の強制執行が不可能になる、または著しく困難になるおそれがある状態を指します。

債務者に十分な資力があり、支払能力に問題がないと判断される場合は、保全の必要性が否定されます。そのため、申立ての際には、保全の必要性があることを具体的に主張することが求められます。

「保全の必要性」が認められる事情の例
  • 債務者が財産を隠匿、毀損、または不当に安く売却しようとしている
  • 債務者の信用状態が急激に悪化している(例:他の債権者からの差押え)
  • 債務者が住所を転々とし、行方をくらますおそれがある
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被保全債権として認められる債権

適格性が認められる債権の条件

被保全債権として適格性が認められるためには、その権利が法的に保護されるべき実体法上の請求権であり、かつ金銭に見積もることができるものである必要があります。

被保全債権の適格性に関する条件
  • 金銭の支払いを請求できる権利であること
  • 実体法上の請求権として法的に有効に存在していること
  • 債務者に対して法的に支払いを強制できる性質を持っていること

裁判所は、申立ての根拠となる事実関係を審査し、その権利が法的な保護を与えるに値するかを判断します。なお、債権の一部がすでに弁済されている場合は、その残額部分のみが被保全債権となります。

具体例①:売掛金・貸付金

企業間の取引で発生する債権は、被保全債権の典型例です。特に売掛金や貸付金は、契約書などの客観的な証拠によって権利の発生を証明しやすいため、仮差押えの手続きに適しています。

典型的な被保全債権の具体例
  • 売掛金:商取引における商品の売買契約に基づき発生した、未払いの代金請求権
  • 貸付金:金銭消費貸借契約に基づき発生した、元本の返還請求権および利息・遅延損害金請求権

具体例②:損害賠償請求権

不法行為(例:交通事故)や債務不履行(例:契約違反)によって生じた損害の賠償を求める権利も、被保全債権となります。例えば、取引先が契約上の義務を果たさなかったために自社が被った損害などがこれに該当します。

ただし、損害賠償請求権は、売掛金などと比べて権利の発生原因や損害額の算定が複雑になる傾向があります。そのため、申立てにおいては、不法行為や債務不履行の具体的な事実と、それによって生じた損害との因果関係を詳細に主張し、疎明する必要があります。

被保全債権として認められにくい場合の具体例

金銭債権であっても、その存在自体が疑わしい場合や、法的に請求が困難と見なされる場合には、被保全債権として認められにくくなります。

被保全債権として認められにくいケース
  • 契約書がなく口約束のみで、当事者の主張が真っ向から対立している場合
  • 損害賠償請求において、損害額の算定根拠が抽象的で客観性に欠ける場合
  • すでに消滅時効が完成しており、債務者が時効の利益を主張(援用)する可能性が極めて高い場合

申立てにおける特定と疎明

申立書への特定・記載方法

仮差押えを申し立てる際は、申立書の一部である「請求債権目録」において、被保全債権を他の権利と明確に区別できるように特定して記載する必要があります。特定が不十分だと、裁判所から補正を命じられ、手続きが遅れる原因となります。

請求債権目録への記載事項例
  • 売掛金の場合:売買契約の締結日、商品名、数量、代金額、未払残高など
  • 貸付金の場合:貸付実行日、元本額、弁済期、利率、遅延損害金の割合など
  • 損害賠償請求権の場合:不法行為や債務不履行の発生日、原因となった事実、損害額の内訳など

債権の存在を示す「疎明」

民事保全手続きでは、権利の存在を証明(裁判官が確信を抱くレベルの立証)するまでは求められず、疎明(そめい)で足りるとされています。「疎明」とは、裁判官に対し「おそらく権利が存在するだろう」という一応確からしい心証を抱かせる程度の立証活動を指します。

これは、迅速な判断を可能にするための緩やかな基準ですが、相手方に反論の機会を与えずに一方的な主張に基づいて財産を凍結する手続き(密行性)であるため、裁判所は提出された証拠を慎重に吟味します。実務上は、裁判所が疎明を認めるに足りる、相応に精度の高い証拠の提出が求められます。

疎明に用いる資料の例

被保全債権の存在を疎明するためには、客観性が高く、作成経緯が明確な資料を揃えることが重要です。以下に代表的な資料を挙げます。

疎明に用いる資料の具体例
  • 契約関連書類:取引基本契約書、個別契約書、金銭消費貸借契約書、注文書、請書など
  • 履行関連書類:納品書、受領書、検収書、請求書など
  • 債務の承認に関する資料:債務承認弁済契約書、念書、支払いを約束する内容のメールなど
  • その他:経緯を時系列でまとめた陳述書、内容証明郵便、商業登記簿謄本など
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仮差押え申立ての実務

申立てから発令までの手順

仮差押えの手続きは、申立書の提出から財産の凍結実行まで、以下の流れで進められます。

仮差押え申立てから発令までの流れ
  1. 管轄の裁判所へ申立書と疎明資料を提出する。
  2. 裁判所による書面審査の後、通常は裁判官との面接が行われる。
  3. 被保全債権の存在と保全の必要性が認められ、担保金の額が決定される。
  4. 債権者が指定された担保金を法務局に供託する。
  5. 供託証明書を裁判所に提出すると、正式に仮差押命令が発令される。
  6. 裁判所から銀行などの第三債務者へ命令が送達され、財産の凍結が実行される。

裁判官面接の主な内容

裁判官面接は、申立書や疎明資料だけでは分からない事情を確認し、申立ての正当性を判断するために行われます。多くの場合、申立代理人の弁護士が出頭します。

裁判官面接で確認される主な事項
  • 被保全債権が発生した具体的な経緯
  • 債務者との交渉の状況や内容
  • 保全の必要性(なぜ今すぐに財産を凍結しなければならないのか)
  • 債務者の資産状況や事業の動向に関する情報

担保金の供託と役割

仮差押えは、正式な裁判を経ずに債務者の財産を拘束する強力な手続きです。そのため、万が一、仮差押えが不当であった場合に債務者が被る損害を賠償するため、債権者には担保金を法務局に預けること(供託)が義務付けられています。

担保金の額は、被保全債権額、仮差押えの対象となる財産の価額、債務者が仮差押えにより被るおそれのある損害などを総合的に考慮して、裁判官の裁量で決定されます。この担保金は、本案訴訟で勝訴するなど一定の条件を満たした場合に、法務局から取り戻すことができます。

よくある質問

金銭債権以外でも仮差押えは可能か

できません。金銭の支払いを目的としない権利(例:特定の物の引渡し請求権、不動産の明渡し請求権など)を保全したい場合は、「係争物に関する仮処分」という別の民事保全手続きを利用する必要があります。

債権の一部のみを対象にできるか

可能です。債権の全額ではなく、その一部だけを被保全債権として仮差押えを申し立てることは実務上よく行われます。用意できる担保金の額や、差し押さえる財産の価額に応じて、請求額を戦略的に調整する場合があります。

申立てにかかる費用の目安は

仮差押えの申立てには、主に以下の費用が必要となります。

仮差押え申立てにかかる主な費用
  • 裁判所への実費:申立手数料としての収入印紙代、書類送達のための郵便切手代など
  • 弁護士費用:弁護士に依頼する場合の着手金や成功報酬
  • 担保金:法務局に供託する金銭(事案により大きく変動)

却下された場合に再申立ては可能か

可能です。申立てが却下された場合でも、法律上、再申立ては禁止されていません。ただし、一度否定された判断を覆すためには、却下の理由を分析し、新たな証拠を追加するなど、前回よりも強力な疎明資料を準備して臨む必要があります。

仮差押え後の本訴訟提起の期限は

仮差押えはあくまで暫定的な措置であるため、最終的な権利の確定は本案訴訟(通常の訴訟)で行います。仮差押命令の発令後、債務者から「起訴命令」の申立てがなされた場合、債権者は裁判所が定めた期間内(通常は2週間以上)に本案訴訟を提起しなければなりません。この期間内に提訴しないと、債務者の申立てにより仮差押えが取り消される可能性があります。

申立て時と本訴訟で請求内容が変わっても仮差押えは有効か

仮差押えの申立て時に主張した被保全債権と、その後の本案訴訟で認められた権利が完全に一致しない場合でも、仮差押えの効力が維持されることがあります。

この判断基準は「請求の基礎の同一性」があるかどうかです。例えば、申立て時には「不法行為に基づく損害賠償請求権」を被保全債権としていたものが、本案訴訟では「契約不履行に基づく損害賠償請求権」として認められた場合など、発生原因となった社会的な事実関係が共通していれば、効力は維持される可能性が高いです。

まとめ:被保全債権を正しく理解し、仮差押えを成功させる要点

本記事では、仮差押えの要件である被保全債権について解説しました。仮差押えを成功させるには、金銭の支払いを目的とする「被保全債権」の存在と、将来の強制執行が困難になる「保全の必要性」という二つの要件を、客観的な資料をもって疎明することが不可欠です。申立てにおいては、売掛金や貸付金といった債権の内容を請求債権目録で具体的に特定し、契約書や請求書などでその存在を裏付けなければなりません。ご自身の債権が要件を満たすか、どのような資料が必要かを確認することが、手続きの第一歩となります。仮差押えは迅速性が求められる一方で、担保金の供託も必要となる専門的な手続きのため、個別の状況に応じた最適な対応については、弁護士などの専門家へ相談することを検討しましょう。

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