債権仮差押え申立ての手続きと流れ|必要書類や費用も解説
取引先からの売掛金回収が滞り、このままでは財産を処分されてしまうのではないかと不安を抱えている経営者や担当者の方も多いのではないでしょうか。そのような状況で債権を保全するための強力な法的手段が「債権仮差押え」です。この記事では、債権仮差押命令を申し立てるための基本要件から、具体的な手続きの流れ、必要な費用、そして命令発令後の対応までをステップバイステップで詳しく解説します。
債権仮差押えを申立てるための基本要件
被保全権利の存在(回収対象の債権があること)
債権仮差押えを申し立てる大前提として、申立人(債権者)が相手方(債務者)に対して金銭の支払いを請求する権利、すなわち「被保全権利」を持っていることを裁判所に示す必要があります。仮差押えは金銭債権の回収を保全するための手続きであるため、この権利は金銭の支払いを目的とするものでなければなりません。
- 売掛金
- 貸付金
- 請負代金
- 損害賠償請求権
被保全権利の存在は、客観的な証拠資料によって示す必要があります。仮差押えの手続きでは、厳密な「証明」までは要求されず、裁判官が「一応確からしい」と判断できる程度の「疎明(そめい)」で足りるとされています。しかし、疎明が不十分だと申立てが却下されるため、証拠の準備は極めて重要です。
- 契約書(売買契約書、金銭消費貸借契約書など)
- 発注書、納品書、受領書、請求書
- 当事者間のメールやFAXのやり取り
- 債務者が支払いを認めたことを示す書類(債務承認弁済契約書など)
保全の必要性(仮差押えをしなければ回収が困難になる事情)
被保全権利が存在するだけでは、仮差押えは認められません。それに加えて、「保全の必要性」、つまり「このまま放置して通常の裁判(本案訴訟)の判決を待っていては、債務者が財産を処分・隠匿してしまい、将来の強制執行が不可能または著しく困難になるおそれがある」という事情を疎明する必要があります。
単に「債務者が支払いに応じない」というだけでは、保全の必要性を認めてもらうのは困難です。債務者の財産状態が悪化していることや、財産を散逸させる具体的な危険性を示す客観的な事情が求められます。
- 債務者の資金繰りが悪化し、手形の不渡りを起こしそうである
- 債務者が所有不動産を第三者に売却しようとしている
- 事業を縮小・廃業する準備を進めている
- 債務者と連絡が取れなくなり、行方をくらますおそれがある
また、仮差押えの対象とする財産の種類も、保全の必要性の判断に影響します。例えば、債務者が不動産を所有しているにもかかわらず、事業への影響が大きい預金や売掛金をあえて差し押さえようとする場合、裁判所からより説得力のある説明を求められることがあります。
申立て実行の判断基準|費用対効果と取引関係への影響
仮差押えを実行するかどうかは、法的な要件だけでなく、経営的な観点からも慎重に判断する必要があります。特に、費用対効果と取引関係への影響は重要な判断基準となります。
- 費用対効果: 申立てには、弁護士費用に加え、請求債権額の10%~30%程度が目安となる担保金を現金で供託する必要があります。この担保金は手続きが終了するまで原則として返還されないため、回収見込み額と費用、資金繰りへの影響を比較検討しなければなりません。
- 取引関係への影響: 仮差押えは、相手方の信用を著しく損なわせる強力な手段です。特に預金や売掛金を差し押さえると、金融機関や取引先に情報が伝わり、相手方を倒産に追い込んでしまう可能性があります。今後の取引継続を望む場合や、相手方の倒産でかえって回収が困難になるリスクがある場合は、慎重な判断が求められます。
債権仮差押え申立ての手続きと流れ
ステップ1:申立ての準備(必要書類の収集と申立書の作成)
仮差押えの手続きは、裁判所に提出する申立書と添付書類の準備から始まります。申立書には、申立ての趣旨や理由を法的に整理して記載する必要があり、特に「保全の必要性」については、具体的な事実を詳細に記述した陳述書を添付することが重要です。
- 当事者の表示(債権者、債務者、第三債務者)
- 請求債権の表示(被保全権利の内容と金額)
- 申立ての趣旨(どの財産を仮に差し押さえるか)
- 申立ての理由(被保全権利と保全の必要性の具体的な事情)
- 資格証明書(当事者が法人の場合、商業登記事項証明書)
- 被保全権利を疎明する証拠(契約書、請求書、内容証明郵便など)
- 保全の必要性を疎明する資料(不動産登記簿謄本、信用調査報告書など)
債権仮差押えでは、対象財産である預金や売掛金を正確に特定しなければなりません。預金であれば銀行名と支店名、売掛金であれば取引先の名称と所在地が必要です。これらが特定できないと、命令が出ても執行できないため、事前の調査が不可欠です。
ステップ2:管轄裁判所への申立てと受付
申立書類が揃ったら、管轄の裁判所に提出します。管轄裁判所は、原則として本案訴訟の管轄裁判所、または仮に差し押さえるべき物の所在地を管轄する地方裁判所となります。債権仮差押えの場合、第三債務者(銀行の支店や取引先企業)の所在地が「物の所在地」とみなされます。
申立ては裁判所の民事保全係の窓口へ持参するのが一般的で、申立書には手数料として収入印紙を貼り、書類送達用の郵便切手(予納郵券)を納めます。仮差押えは、債務者に知られずに手続きを進める「密行性」が重要なため、申立てが受理されると、債務者には知されずに審理が開始されます。
ステップ3:裁判官との面接(債権者審尋)
申立てが受理されると、多くの場合、裁判官と債権者(またはその代理人弁護士)との面接(債権者審尋)が行われます。この面接は非公開で、裁判官が申立書や証拠書類の内容について直接質問し、被保全権利の存在や保全の必要性が十分に疎明されているかを確認します。
特に、なぜ今このタイミングで仮差押えが必要なのか、なぜその財産を対象に選んだのかといった点について、説得力のある説明が求められます。この面接の結果によって、仮差押えの申立てが認められるか、そして次に述べる担保金の額がいくらになるかが事実上決定されます。
ステップ4:担保金の決定と法務局への供託
裁判官が仮差押えを認める心証を得ると、担保金の額を決定し、債権者にその納付を命じます。仮差押えは、債務者の反論を聞かないまま一方的に財産を凍結する強力な手続きです。そのため、万が一この仮差押えが不当だった場合に債務者が被る損害を賠償するための保証として、債権者は担保金を預けることが法律で義務付けられています。
決定された担保金は、期限内に管轄の法務局へ現金で供託します。供託が完了したら、その証明書(供託書正本)を裁判所に提出します。この供託手続きが完了して初めて、裁判所は次のステップである仮差押命令の発令に進みます。
ステップ5:仮差押命令の発令と第三債務者への送達
担保金の供託が確認されると、裁判所は正式に仮差押命令を発令します。債権仮差押えでは、命令書はまず第三債務者(銀行や取引先)に送達されます。第三債務者が命令を受け取った時点で仮差押えの効力が発生し、預金口座からの出金や、売掛金の債務者への支払いが法的に禁止されます。
その後、債務者本人にも仮差押命令が送達されます。この送達順序により、債務者が財産を差し押さえられたことを知る前に財産を凍結できるため、手続きの「密行性」が保たれ、財産の隠匿を防ぐことができます。
債権仮差押え申立てにかかる費用の内訳と目安
申立手数料(収入印紙)と予納郵便切手
仮差押えを申し立てる際、裁判所に実費を納める必要があります。申立手数料として、申立て1件につき2,000円の収入印紙を申立書に貼付します。
また、裁判所が関係者に書類を送達するための費用として、郵便切手(予納郵券)をあらかじめ納付します。金額は事案や裁判所によって異なるものの、おおむね3,000円程度が目安です。
担保金(供託金)の相場と算定基準
仮差押えの手続きで最も大きな費用負担となるのが担保金です。担保金の額は裁判官の裁量で決まりますが、一般的には請求債権額の10%~30%程度が相場とされています。
この割合は、差し押さえる財産の種類によって変動する傾向があります。例えば、不動産に比べて、預金や売掛金といった債務者の事業活動に直接的な影響を与える財産を対象とする場合、債務者が受ける損害が大きくなる可能性があるため、担保金の割合は高く設定される傾向にあります。この担保金は、原則として紛争が解決するまで返還されないため、資金計画において重要な考慮事項となります。
弁護士に依頼する場合の費用
弁護士に仮差押えの手続きを依頼する場合、相談料、着手金、報酬金などの費用がかかります。費用体系は法律事務所によって異なるため、事前に必ず見積もりを確認しましょう。
- 相談料: 30分5,000円~1万円程度が一般的ですが、初回相談は無料の事務所も多いです。
- 着手金: 手続きの依頼時に支払う費用で、事案の難易度や請求額によりますが、20万円~50万円程度が目安です。
- 報酬金: 仮差押えの成功や、最終的な債権回収額に応じて支払う成功報酬で、回収額の10%~20%程度が相場です。
仮差押命令の発令後に行うべきこと
第三債務者からの陳述書の確認と債権額の把握
仮差押命令の申立てと同時に「陳述催告の申立て」を行うと、命令を受け取った第三債務者(銀行など)は、差し押さえた債権の存否や額(預金残高など)を記載した「陳述書」を裁判所に提出する義務を負います。
債権者はこの陳述書の内容を確認することで、実際にいくらの財産を差し押さえることができたのか、あるいは残高がなくて空振りに終わったのかを正確に把握できます。この結果は、その後の本案訴訟や和解交渉の方針を決める上で重要な情報となります。
本案訴訟の提起による債務名義の取得
仮差押えは、あくまで債務者の財産を暫定的に凍結する保全措置であり、これだけで直接債権を回収することはできません。差し押さえた財産から支払いを受けるためには、別途、通常の裁判(貸金返還請求訴訟など)である本案訴訟を提起し、勝訴判決などの「債務名義」を取得する必要があります。
仮差押えをした後、正当な理由なく本案訴訟を提起しないでいると、債務者から「起訴命令の申立て」をされ、裁判所が定めた期間内に提訴しないと仮差押えが取り消されてしまう可能性があります。そのため、仮差押えが成功したら、速やかに本案訴訟の準備を進めることが不可欠です。
本差押え(強制執行)への移行手続き
本案訴訟で勝訴判決を得るなどして債務名義を取得したら、次はその債務名義に基づき、仮差押えを「本差押え」へと移行させるための強制執行(債権差押命令)を申し立てます。
この申立てが認められ、差押命令が債務者に送達されてから原則として1週間が経過すると、債権者は第三債務者から直接支払いを受けることができる「取立権」を取得します。これにより、ようやく債権の現実的な回収が可能になります。
第三債務者への送達後の実務対応と注意点
取立権が発生したら、債権者は自ら第三債務者(銀行や取引先)に連絡を取り、差し押さえた金銭の支払いを請求します。支払いを受けたら、速やかに裁判所への報告が必要です。
- 第三債務者への支払い請求: 銀行に対しては振込を依頼し、取引先には支払いを求めるなど、直接取り立てを行います。
- 裁判所への取立届の提出: 第三債務者から支払いを受けたら、直ちに「取立届」を裁判所に提出しなければなりません。
債権仮差押えに関するよくある質問
Q. 申立てから仮差押命令の発令までどのくらいの期間がかかりますか?
仮差押えは緊急性を要する手続きのため、非常にスピーディーに進みます。申立書類に不備がなく、裁判官面接や担保金の供託がスムーズに進めば、申立てからおおむね数日(通常は2日〜5日程度)で仮差押命令が発令されるのが一般的です。
Q. 債務者の預金口座が不明な場合でも申立ては可能ですか?
原則として、預金口座を仮差押えするには、銀行名と支店名を特定する必要があります。口座番号までは不要な場合が多いですが、「A銀行の全支店」といった包括的な申立ては認められていません。支店が不明な場合、債務者の住所地や本店所在地の最寄り支店などを推測して申し立てることもありますが、口座が存在せず空振りに終わるリスクがあります。
Q. 仮差押えが空振り(対象財産なし)に終わるリスクはありますか?
はい、そのリスクは常にあります。仮差押えの効力は、命令書が第三債務者に送達された時点の預金残高や売掛金残高に対してのみ生じます。そのため、送達時にたまたま預金残高がなかったり、売掛金が支払済みだったりした場合は、何も差し押さえることができず「空振り」に終わります。給料日や入金日を狙うなど、申立てのタイミングが重要になることもあります。
Q. 供託した担保金はいつ、どのように返還されますか?
担保金は、債権者が本案訴訟で勝訴した場合や、債務者との間で和解が成立し、相手方が担保の取消しに同意した場合などに返還手続きが可能となります。具体的には、裁判所に「担保取消決定」を申し立てて決定を得た後、法務局で還付手続きを行います。紛争が解決してすぐに自動で返還されるわけではない点に注意が必要です。
Q. 「仮差押え」と「本差押え(強制執行)」の違いは何ですか?
「仮差押え」は判決前の暫定的な財産凍結措置、「本差押え」は判決後に行う本格的な回収手続きです。両者は目的や根拠法が全く異なります。
| 項目 | 仮差押え | 本差押え(強制執行) |
|---|---|---|
| 目的 | 判決確定前の財産保全(現状維持・凍結) | 判決確定後の債権回収(換価・取立て) |
| 根拠法 | 民事保全法 | 民事執行法 |
| 債務名義の要否 | 不要 | 必要(確定判決、和解調書など) |
| 効力 | 財産の処分を禁止する(換価・取立ては不可) | 財産を差し押さえ、換価や取立てができる |
Q. 弁護士に依頼せず、自社で手続きを進めることは可能ですか?
法律上、本人(自社)で申立てを行うことは可能ですが、実務的には非常に困難です。仮差押えは、専門的な申立書の作成、的確な証拠による疎明、迅速な裁判官面接への対応、担保金の供託など、専門知識とスピードが要求される複雑な手続きです。書類の不備で却下されたり、手続きに手間取って財産を処分されたりするリスクを避けるためにも、債権回収に詳しい弁護士に依頼することを強く推奨します。
まとめ:債権仮差押えを成功させるための重要ポイントと次のステップ
本記事では、債権仮差押えの申立てについて、その要件から具体的な手続き、費用、そして発令後の対応までを網羅的に解説しました。仮差押えを成功させるには、「被保全権利」と「保全の必要性」を客観的な証拠で疎明することが不可欠です。また、申立てには高額な担保金が必要となるため、回収見込み額との費用対効果や、取引関係への影響を考慮した慎重な経営判断が求められます。仮差押えはあくまで財産を保全する暫定的な措置であり、最終的な債権回収には本案訴訟を経て強制執行へ移行する必要があることを忘れてはなりません。手続きは専門的かつ迅速性を要するため、まずは債権回収に精通した弁護士に相談し、自社の状況に最適な戦略を検討することから始めるのが賢明です。

