労働安全衛生法違反の罰則とは?事例や企業リスク、防止策を解説
企業の安全管理体制は法的に問題ないか、万が一労働災害が発生し労働安全衛生法違反と判断された場合、どのような罰則を受けるのか。企業の経営者や労務担当者にとって、これらの点は常に懸念される事項です。労働安全衛生法への違反は、罰金や懲役といった刑事罰だけでなく、事業停止や社会的信用の失墜など、企業の存続を揺るがす深刻な事態に発展する可能性があります。この記事では、労働安全衛生法違反の具体的な罰則内容、行政処分、企業が負う多様なリスク、そして未然に防ぐための対策までを網羅的に解説します。
労働安全衛生法とは?目的と事業者の責務
労働安全衛生法の目的と基本理念
労働安全衛生法は、職場における労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境の形成を促進することを目的として制定された法律です。高度経済成長期に多発した労働災害を防ぐための法的枠組みとして誕生しました。
この法律は、単に事故を防ぐだけでなく、事業者が自主的に安全衛生活動に取り組むための体制づくりも求めています。事業者は、法律で定められた最低基準を守るだけでなく、継続的な改善を通じて労働者の安全と健康を確保する責務を負います。
- 職場における労働者の安全と健康の確保
- 労働災害を防止するための危害防止基準の確立
- 事業所内における安全衛生管理の責任体制の明確化
- 事業者の自主的な安全衛生活動の促進
- 快適な職場環境の形成
事業者に課せられる安全配慮義務の概要
事業者は、労働契約法第5条に基づき、労働者が安全で健康に働けるよう配慮する「安全配慮義務」を負っています。これは、特定の業種に限らず、すべての事業者に課せられる基本的な義務です。
この義務には、機械や設備による物理的な危険からの保護だけでなく、長時間労働やハラスメントによる精神的な健康障害(メンタルヘルス不調)を防ぐことも含まれます。もし事業者がこの義務を怠り、労働災害が発生した場合、債務不履行や不法行為として、民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。
構築が求められる安全衛生管理体制
企業は、労働災害を組織的に防ぐため、事業場の規模や業種に応じて、法で定められた安全衛生管理体制を構築しなければなりません。具体的には、一定規模以上の事業場では、以下の責任者を選任し、労働基準監督署に報告する義務があります。
- 総括安全衛生管理者: 事業全体の安全衛生管理を統括する責任者
- 安全管理者: 安全に関する技術的な事項を管理する専門家
- 衛生管理者: 衛生に関する技術的な事項を管理する専門家
- 産業医: 専門的な医学的見地から労働者の健康管理について助言・指導を行う医師
【類型別】労働安全衛生法の主な違反行為と具体例
安全措置義務違反(機械・設備・危険な作業場所)
事業者は、機械、設備、危険な作業場所などから生じる労働者の危険を防止するため、必要な安全措置を講じる義務があります。これらの措置を怠ることは、重大な労働災害に直結するため、厳しく取り締まられています。
- プレス機や旋盤の回転部に覆いや囲いを設置しない
- 機械の清掃・修理中に運転を停止させない(インターロックの未設置など)
- 高所作業で足場や手すりを設置しない
- 土砂崩壊の恐れがある場所で土留め支保工を設けない
衛生措置義務違反(有害物質の管理・健康障害防止)
事業者は、有害な化学物質、ガス、粉じん、騒音などによる労働者の健康障害を防ぐための衛生措置を講じる義務があります。これらの違反は、職業病や長期的な健康被害を引き起こす可能性があります。
- 有害物質を扱う現場で局所排気装置などを設置しない
- 防じんマスクや防毒マスクなどの保護具を労働者に使用させない
- 化学物質のリスクアセスメントを実施しない、またはその結果に基づいた措置を講じない
- 酸素欠乏危険場所で作業前に酸素濃度を測定しない
安全衛生教育の実施義務違反
事業者は、労働者を新たに雇い入れた際や作業内容を変更した際に、その業務に関する安全衛生教育を実施する義務があります。この義務は、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトを含むすべての労働者が対象です。
特に、クレーン運転や玉掛け、溶接など、法令で定められた危険または有害な業務に従事させる場合は、より専門的な「特別教育」を行わなければなりません。これらの教育を怠ったまま労働者を業務に従事させることは、重大な法令違反となります。
健康診断の実施・結果措置義務違反
事業者は、労働者の健康を確保するため、定期的な健康診断を実施する義務があります。単に診断を受けさせるだけでなく、その結果に基づいた適切な事後措置を講じることが重要です。
- 労働者に対し、年1回の定期健康診断を実施する(雇入れ時も必須)
- 深夜業などの特定業務従事者には、6か月に1回の診断を実施する
- 診断結果を本人に通知し、異常所見があれば医師の意見を聴取する
- 医師の意見に基づき、就業場所の変更や労働時間の短縮などの措置を講じる
- 特定の健康診断の結果については、労働基準監督署に報告する義務がある。
労働災害発生時の報告義務違反(労災かくし)
労働災害により労働者が死亡または休業した場合、事業者は、その状況を記載した「労働者死傷病報告」を、所轄の労働基準監督署長に提出しなければなりません。この報告を故意に行わなかったり、虚偽の内容を記載したりする行為は「労災かくし」と呼ばれ、犯罪行為として厳しく処罰されます。
労災かくしは、企業の社会的信用を著しく損なうだけでなく、労働安全衛生法に基づく罰則の対象となります。事故の隠蔽は、結果としてより大きな経営リスクにつながります。
労働安全衛生法違反の罰則一覧(懲役・罰金)
最も重い罰則(3年以下の懲役または300万円以下の罰金)が科されるケース
労働安全衛生法の中で最も重い罰則は、労働者の生命に著しい危険を及ぼす、極めて悪質な違反行為に適用されます。
- 黄リンマッチなど、製造が全面的に禁止されている極めて有害な物質を製造・使用した場合
- 労働基準監督署からの使用停止命令や作業停止命令に違反して業務を継続した場合
1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されるケース
安全管理制度の根幹を揺るがすような、許可や検定に関する不正行為などが対象となります。
- ジクロルベンジジンなど、製造に国の許可が必要な物質を無許可で製造した場合
- クレーンなどの機械の型式検定で不正を行ったり、無検定の機械を譲渡したりした場合
- 免許試験や技能講習に関する秘密を漏洩させた場合
6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科されるケース
労働災害を防止するための具体的な措置義務違反など、現場で発生しやすい違反行為の多くがこの罰則の対象となります。
- 機械の防護措置や高所作業の転落防止措置など、具体的な安全措置を怠った場合
- 有害な作業環境での作業環境測定を実施しなかった場合
- 感染症の労働者を就業させるなど、医師の就業禁止指示に違反した場合
50万円以下の罰金が科される違反行為
安全衛生管理体制の構築や、各種手続きに関する義務違反などが主に該当します。事務的な過失と見なされがちですが、これらも罰金刑の対象です。
- 安全管理者、衛生管理者、産業医など、法で定められた責任者を選任しなかった場合
- 労働者に一般健康診断を受けさせなかった場合
- 安全衛生教育を実施しなかった場合
- 労働災害の発生を報告しなかった場合(労災かくし)
両罰規定により法人と個人(代表者・担当者)双方が処罰対象に
労働安全衛生法には「両罰規定」が設けられています。これは、違反行為を行った担当者個人を罰するだけでなく、その使用者である法人(会社)に対しても罰金刑を科す制度です。法人の代表者や代理人、従業員などが違反行為を犯した場合、実行者個人だけでなく、会社も監督責任を問われ、罰金を科されます。これにより、企業全体としての安全管理体制の構築が強く促されています。
刑事罰だけではない企業リスクと行政処分
行政処分による使用停止命令・作業停止命令など
労働基準監督署の調査で、労働者に差し迫った危険があると判断された場合、行政処分として使用停止命令や作業停止命令が出されることがあります。これは行政指導である是正勧告とは異なり、法的拘束力を持ちます。命令に従わない場合は、より重い刑事罰が科されます。命令が出されれば、安全が確認されるまで操業が停止するため、企業は甚大な経済的損失を被ります。
公共工事の入札参加資格停止(指名停止)
建設業などの事業者が労働安全衛生法に違反し、重大な労働災害を発生させた場合、官公庁から「指名停止措置」を受けることがあります。これは、公共工事の入札参加資格を一定期間停止する行政上の制裁です。公共事業を収益の柱とする企業にとっては、経営に直結する非常に厳しい処分といえます。
厚生労働省による企業名の公表とその影響
重大な法令違反や過労死につながるような長時間労働が複数の事業場で確認されるなど、社会的な影響が大きいと判断された場合、厚生労働省によって企業名が公表されることがあります。一度公表されると、報道などを通じて広く知れ渡り、企業のブランドイメージや社会的信用が著しく低下するリスクがあります。
社会的信用の低下や人材採用への悪影響
法令違反は、刑事罰や行政処分にとどまらず、企業の存続を揺るがす様々な経営リスクを引き起こします。
- ブランドイメージの失墜と「ブラック企業」という評判の拡散
- 既存取引先との関係悪化や新規契約の困難化
- 優秀な人材の流出や採用活動の難航
- 従業員の士気(モチベーション)低下と組織全体の競争力低下
安全配慮義務違反に基づく民事上の損害賠償責任
労働災害が発生した場合、企業は労災保険による給付とは別に、被災した労働者や遺族から安全配慮義務違反を理由に民事訴訟を起こされる可能性があります。特に死亡事故や重度の後遺障害が残るケースでは、慰謝料などを含めて賠償額が数千万円から1億円を超えることもあり、企業にとって重大な財務リスクとなります。
違反発覚から刑事罰に至るまでの手続きの流れ
労働基準監督署による立ち入り調査(臨検)
労働基準監督官は、法令違反の疑いがある事業場に対して、予告なしに立ち入り調査(臨検)を行う権限を持っています。事業者は正当な理由なくこの調査を拒否することはできません。
- 定期監督: 年度計画に基づき、管内の事業場を対象に実施
- 申告監督: 労働者からの通報(申告)を受けて実施
- 災害時監督: 重大な労働災害が発生した際に、原因究明のために実施
是正勧告・指導と司法処分への移行(告発・送検)
臨検の結果、法令違反が確認された場合、通常はまず「是正勧告書」が交付され、期限を定めて改善が指導されます。しかし、違反が悪質であったり、勧告に従わなかったりする場合には、行政指導から刑事事件へと移行します。労働基準監督官は特別司法警察職員として、事件を検察庁に送検する権限を持っています。
検察官による捜査と起訴・不起訴の判断
事件の送致を受けた検察官は、捜査を行い、被疑者を裁判にかけるかどうか(起訴・不起訴)を判断します。違反が軽微で、事業者が深く反省し改善措置を講じている場合は不起訴(起訴猶予)となることもあります。しかし、死亡災害などの重大事案や悪質な隠蔽があった場合は、公判請求や略式請求によって起訴される可能性が高まります。
刑事裁判から判決確定までのプロセス
起訴されると、刑事裁判が開かれます。略式請求の場合は書面審理で罰金額が決定されますが、公判請求の場合は公開の法廷で審理が行われます。裁判の結果、有罪判決が確定すれば、法人や代表者個人に懲役刑や罰金刑が科され、前科として記録されます。これは企業の社会的信用に決定的なダメージを与えます。
企業が講じるべき労働安全衛生法違反の防止策
安全衛生委員会の設置と実効性のある運営
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、安全委員会や衛生委員会(または両者を統合した安全衛生委員会)の設置が義務付けられています。これらの委員会を毎月開催し、現場の労働者の意見も取り入れながら、職場のリスクについて実質的な審議を行うことが、違反防止の第一歩です。
リスクアセスメントの実施と継続的な改善
事故が起きてから対応するのではなく、事前に職場の危険性や有害性を洗い出し、リスクの大きさを評価して対策を講じる「リスクアセスメント」が重要です。このプロセスを継続的に回すことで、安全な職場環境を維持できます。
- 職場に潜む危険性や有害性を特定する
- 特定した危険性・有害性によるリスクの大きさを評価(見積り)する
- 評価に基づき、リスクを除去・低減するための措置を検討し、実施する
- 実施した措置の効果を確認し、記録・改善を続ける
従業員への定期的な安全衛生教育の徹底
安全な職場環境は、従業員一人ひとりの知識と意識によって支えられます。雇い入れ時や作業内容の変更時はもちろん、定期的に教育を実施し、安全意識の維持・向上を図ることが不可欠です。
- 雇い入れ時や作業内容変更時に加え、定期的な研修で意識の風化を防ぐ
- 座学だけでなく、動画やVRなどを用いて実践的な内容にする
- 外国人労働者には、図解や映像を多用し多言語で対応する
- 教育の実施日時、内容、講師、受講者などを記録し、3年間保存する
産業医や外部専門家との連携体制の構築
産業医との連携を密にし、職場巡視や健康診断後の事後措置について専門的な助言を受けることが重要です。また、自社だけでの対応が難しい場合は、労働安全コンサルタントや社会保険労務士といった外部の専門家を活用し、客観的な視点から管理体制を見直すことも有効な手段です。
現場のヒヤリハットを収集・活用する仕組み作り
重大な事故には至らなかったものの、「ヒヤリ」としたり「ハッ」としたりした「ヒヤリハット」の情報を現場から積極的に収集する仕組みを構築します。報告者に不利益が生じないように配慮し、集まった情報を分析して再発防止策に繋げることが、事故を未然に防ぐ上で極めて効果的です。
是正勧告書を受領した際の具体的な社内対応フロー
万が一、労働基準監督署から是正勧告を受けた場合は、誠実かつ迅速に対応することが、事態の悪化を防ぐ鍵となります。
- 勧告内容を正確に把握し、社内に対応チームを設置する
- 指摘された違反事項の原因を調査し、具体的な改善策を策定する
- 改善策を実施し、指定された期日までに「是正報告書」を作成・提出する
- 改善後の状況を証明する写真や資料を報告書に添付する
- 是正完了後、再発防止策を講じ、全社的に周知・徹底する
労働安全衛生法違反に関するよくある質問
労働安全衛生法違反で代表者や担当者個人も罰せられますか?
はい、罰せられます。労働安全衛生法には両罰規定があり、違反行為を行った従業員や現場責任者といった個人が処罰されるだけでなく、その使用者である法人(会社)も罰金刑の対象となります。特に悪質なケースでは、代表取締役などの経営者個人が懲役刑や罰金刑を科される可能性があります。個人の過失が、会社と個人の双方の刑事責任に発展するリスクがあります。
違反した場合、必ず企業名が公表されるのでしょうか?
全ての違反で企業名が公表されるわけではありません。公表は、違反が悪質・重大で、社会的な影響が大きいと判断された場合に行われます。ただし、近年は企業のコンプライアンスに対する社会の目が厳しくなっており、公表基準も厳格化する傾向にあります。
- 社会的に影響の大きい企業が、重大・悪質な違反を繰り返した場合
- 複数の事業場で、1年以内に同様の重大違反が確認された場合
- 違反事案が検察庁へ送検され、社会的な関心が高いと判断された場合
下請け業者の違反に対して元請け企業も責任を問われますか?
はい、問われる可能性があります。特に建設業など複数の下請業者が混在して作業する現場では、元請け企業に現場全体の安全を管理する「統括管理義務」が課せられています。この義務を怠り、下請け業者の労働者が被災した場合、元請け企業も労働安全衛生法違反の責任を問われます。
- 混在作業場所での統括安全衛生管理(連絡調整、巡視など)を怠った場合
- 元請けが提供した機械や設備に安全上の不備があった場合
- 元請けの不適切な作業指示が違反の原因となった場合
労働基準監督署の立ち入り調査(臨検)は拒否できますか?
いいえ、拒否できません。労働基準監督官には、法律に基づく強力な調査権限が与えられており、事業者は正当な理由なく調査を拒否したり妨害したりすることは禁じられています。調査を拒否したり、虚偽の報告をしたりすると、それ自体が罰則の対象となります。調査には誠実に対応し、指摘された事項は真摯に受け止めて改善に努めることが重要です。
まとめ:安衛法違反のリスクを理解し、予防体制の構築を
本記事では、労働安全衛生法に違反した場合の罰則と、企業が直面する多様なリスクについて解説しました。違反行為には、懲役刑を含む刑事罰が科されるだけでなく、法人と個人の双方が処罰される「両罰規定」が適用されます。さらに、行政処分による事業停止命令、公共工事の指名停止、企業名の公表といったペナルティは、企業の財務や社会的信用に深刻なダメージを与えかねません。重要なのは、事故が起きてから対応するのではなく、日頃から予防策を徹底することです。リスクアセスメントの実施や安全衛生委員会の実効性ある運営、従業員への継続的な教育などを通じて、組織全体で安全文化を醸成することが不可欠です。本記事を参考に自社の管理体制を再点検し、従業員が安全に働ける職場環境の構築を進めてください。

