労働安全衛生法違反の罰則とは?刑事罰と行政処分、企業リスクを解説
自社の安全管理体制が労働安全衛生法に適合しているか、不安を感じていませんか。労働安全衛生法の罰則は、刑事罰だけでなく企業名の公表や指名停止など、事業継続に深刻な影響を及ぼすリスクを伴います。万が一違反を指摘された場合、その後の対応を誤ると、企業の社会的信用を大きく損なう事態にもなりかねません。この記事では、労働安全衛生法違反となる行為類型から具体的な罰則、行政対応の流れ、そして実効性のある予防策までを網羅的に解説します。
労働安全衛生法の目的と義務
労働安全衛生法が目指すもの
労働安全衛生法(安衛法)は、職場における労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする法律です。かつて高度経済成長期に労働災害が多発したことを背景に、1972年に労働基準法から分離・独立する形で制定されました。この法律が目指すのは、単なる労働災害の防止に留まらず、労働者が心身ともに健康で、安心して働くことのできる職場環境を実現することにあります。
その目的を達成するため、安衛法は国や事業者が講じるべき具体的な措置を定めています。近年では、メンタルヘルス対策や受動喫煙防止、化学物質の自律的管理といった、社会の変化に応じた新たな課題への対応も重要な役割となっています。
- 目的: 労働者の安全確保、健康維持、快適な職場環境の形成
- 手段: 国による労働災害防止計画の策定、事業者による危害防止基準の確立、責任体制の明確化、事業者の自主的な安全衛生活動の促進
事業者に課されるおもな義務
事業者は、労働安全衛生法に基づき、労働者の安全と健康を守るため多岐にわたる義務を負います。これらの義務は、事業場の規模や業種に応じて内容が異なりますが、その根底にあるのは労働者への「安全配慮義務」です。法令で定められた最低基準を守るだけでなく、より安全で快適な職場を目指し、継続的に改善していく姿勢が求められます。
これらの義務を怠った場合、罰則が科されるだけでなく、労働災害が発生した際の民事上の損害賠償責任や社会的信用の失墜といった深刻な経営リスクにつながります。
- 危険防止措置: 機械・設備、爆発・発火性の物質、電気・熱などによる危険を防止するための物理的な対策。
- 健康障害防止措置: 原材料、ガス、粉じん、騒音、放射線などによる健康障害を防止するための対策。
- 安全衛生管理体制の構築: 総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医など、事業規模に応じた管理者の選任と委員会の設置・運営。
- 安全衛生教育の実施: 労働者の雇入れ時や作業内容変更時、また特定の危険有害業務に従事させる際の特別教育など。
- 健康管理措置: 雇入れ時および定期的な健康診断、ストレスチェック、長時間労働者への医師による面接指導など。
- 化学物質のリスクアセスメント: 法令で定められた化学物質の危険性や有害性を調査し、その結果に基づく対策を講じること。
違反となるおもな行為類型
安全衛生管理体制の不備
安全衛生管理体制の不備は、労働安全衛生法違反の中でも典型的な類型です。事業者は、事業場の規模や業種に応じて、法令で定められた管理者を選任し、安全衛生委員会などを設置・運営する義務があります。これらの体制は、労働者の安全と健康を組織的に管理するための基盤であり、形式的な選任だけでなく、実効性のある活動が求められます。
- 産業医や衛生管理者、安全管理者など、法令で定められた管理者を選任していない。
- 管理者を選任していても、職務を全く行っていない「名義貸し」の状態である。
- 安全委員会や衛生委員会の設置義務があるにもかかわらず、設置していない。
- 委員会を設置していても、毎月1回以上開催するという法定の要件を満たしていない。
- 小規模事業場で義務付けられている安全衛生推進者や衛生推進者を選任していない。
危険防止措置の未実施
危険防止措置の未実施は、労働者の生命や身体に直接的な危険を及ぼす、極めて重大な違反行為です。事業者は、機械設備、化学物質、作業環境、作業方法などに潜む危険性を特定し、それを除去または低減するための具体的な措置を講じなければなりません。労働災害の発生有無にかかわらず、危険な状態を放置した時点で法違反となります。
- プレス機や研削盤などの危険な機械に、安全装置や覆いを設置していない。
- 高さ2メートル以上の高所作業において、作業床や手すり、安全帯などの墜落防止措置を講じていない。
- 有害な化学物質を取り扱う作業場で、局所排気装置の未設置や保護具の未着用が常態化している。
- 建設機械やフォークリフトの作業範囲に立入禁止区域を設定せず、接触防止措置を怠っている。
- 酸素欠乏危険場所での作業において、適切な換気や測定を行っていない。
安全衛生教育の不実施
安全衛生教育の不実施は、労働者が業務に伴う危険性や正しい作業手順を知らないまま作業に従事することにつながり、労働災害の直接的な原因となり得ます。事業者は、労働者を雇い入れる際や作業内容を変更する際に、その業務に関する安全衛生教育を行うことが義務付けられています。
特に、法令で定められた特定の危険有害業務については、専門的な知識と技能を習得させるための「特別教育」が必要です。教育を実施した際は、その記録を作成し、適切に保存することも重要です。
- 労働者を雇い入れた際に、業務の危険性や安全な作業方法に関する教育を行っていない。
- クレーン運転、フォークリフト運転、アーク溶接など、特別教育が必要な業務に無資格の労働者を就かせている。
- 建設業などで新たに職長となる者に対して、職長教育を実施していない。
- 安全衛生教育の実施記録(日時、内容、講師、受講者名など)を作成・保存していない。
健康診断・事後措置の未実施
労働者の健康を管理し、疾病を未然に防ぐことは事業者の重要な義務です。事業者は常時使用する労働者に対し、雇入れ時および1年以内ごとに1回の定期健康診断を実施しなければなりません。健康診断は、実施するだけでなく、その結果に基づいた適切な事後措置を講じることが一体として求められます。
この義務を怠ると、労働者の健康状態が悪化し、安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われるリスクも高まります。
- 法定の健康診断(定期、雇入れ時、特定業務従事者)を実施していない。
- 健康診断の結果を本人に通知していない、または個人票を作成し5年間保存していない。
- 健診結果に異常所見があった労働者について、医師の意見聴取を怠っている。
- 医師の意見に基づき、就業場所の変更や労働時間の短縮といった就業上の措置(事後措置)を講じていない。
- 常時50人以上の事業場において、定期健康診断結果報告書を所轄労働基準監督署長に提出していない。
労働安全衛生法違反の罰則
懲役または罰金が科される罰則
労働安全衛生法違反の中でも、労働者の生命や健康に重大な影響を及ぼす危険性の高い行為や、悪質な行為に対しては、懲役刑を含む重い刑事罰が科されます。これらの罰則は、違反行為を行った担当者個人だけでなく、多くの場合、法人である企業自体にも罰金刑が科される「両罰規定」が適用されます。
| 罰則 | 主な対象行為の例 |
|---|---|
| 3年以下の懲役または300万円以下の罰金 | 特定の有害物質(黄りんマッチ、ベンジジン等)の製造、輸入、使用など |
| 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 | 特定機械(クレーン、ボイラー等)の無許可製造や無検査での設置 |
| 6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金 | 危険防止措置(足場の設置等)や健康障害防止措置の未実施 |
| 6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金 | 作業主任者の未選任、無資格者による就業制限業務の実施、作業環境測定の未実施など |
罰金のみが科される罰則
懲役刑を伴わない、手続き上の義務違反や形式的な違反に対しては、罰金刑が定められています。これらの違反は直接的な危険性が比較的低いと見なされることもありますが、安全衛生管理体制の根幹に関わる重要な義務であり、遵守が求められます。
| 罰則 | 主な対象行為の例 |
|---|---|
| 50万円以下の罰金 | 総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医などの未選任 |
| 50万円以下の罰金 | 安全委員会や衛生委員会の未設置、または法定通りの未開催 |
| 50万円以下の罰金 | 安全衛生教育(雇入れ時、特別教育等)の不実施 |
| 50万円以下の罰金 | 定期健康診断の未実施、結果の未通知・未保存 |
| 50万円以下の罰金 | 労働者死傷病報告の未提出・虚偽報告(いわゆる「労災隠し」) |
| 30万円以下の罰金 | 労働基準監督官による立入調査(臨検)の拒否、妨害、忌避など |
罰則以外の経営リスク
行政処分(使用停止・作業停止)
労働安全衛生法違反が確認され、労働者に急迫した危険があると判断された場合、労働基準監督署長などから「使用停止命令」や「作業停止命令」といった行政処分が出されます。これは是正勧告などの行政指導と異なり、法的強制力を持ちます。命令に違反して操業を続ければ、さらなる罰則の対象となります。生産活動や工事が物理的に停止するため、納期遅延や逸失利益など、企業経営に直接的な経済的損失を与えます。
企業名の公表
重大な労働災害を発生させたり、悪質な法令違反で送検されたりした場合、厚生労働省や都道府県労働局のウェブサイトで企業名、所在地、違反内容などが公表されることがあります。この公表は「ブラック企業リスト」として社会に広く認知され、企業のブランドイメージを著しく傷つけます。取引先や金融機関からの信用を失い、事業活動に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
入札参加資格の指名停止
国や地方自治体などの公共事業の入札に参加している企業が労働安全衛生法違反で送検された場合、発注機関から一定期間の指名停止処分を受けることが一般的です。指名停止期間中は公共事業の受注機会が失われ、経営の根幹を揺るがす事態に発展しかねません。また、指名停止の事実は公表されるため、民間取引における信用不安にもつながります。
社会的信用の失墜と人材流出
法令違反や労働災害の発生は、コンプライアンス意識の低い企業という評価を社会に定着させ、社会的信用を大きく損ないます。従業員にとっては、自社が安全を軽視しているという事実はエンゲージメントの低下を招き、優秀な人材の離職につながります。また、採用活動においても「ブラック企業」という評判が広まれば、人材確保が困難になり、事業の継続性そのものが危ぶまれる事態に陥ります。
安全配慮義務違反による民事上の損害賠償責任
労働安全衛生法違反が原因で労働者が死傷した場合、企業は刑事罰とは別に、民事上の損害賠償責任を問われる可能性が極めて高くなります。企業は労働契約法に基づき、労働者の生命・身体の安全を確保する「安全配慮義務」を負っています。安衛法違反の事実は、この義務を怠った有力な証拠と見なされ、被災者や遺族からの損害賠償請求訴訟において、企業側の過失が認定されやすくなります。賠償額は数千万円から億単位に上ることもあり、企業の財務に深刻な打撃を与えます。
違反発覚後の行政対応フロー
労働基準監督署による調査
労働安全衛生法違反に関する行政対応は、労働基準監督署による調査(臨検監督)から始まります。調査には、定期的に実施される「定期監督」、労働者からの申告に基づく「申告監督」、労働災害発生時に行われる「災害時監督」などがあります。労働基準監督官は、事前の予告なく事業場に立ち入り、帳簿書類や設備の確認、関係者へのヒアリングを行う強力な権限を持っています。事業者はこの調査を拒否できず、誠実に対応する義務があります。
是正勧告・指導と改善報告
調査の結果、法令違反が確認された場合、労働基準監督官から「是正勧告書」が交付されます。これは違反事項と是正期日を明記した行政指導であり、法的な強制力はありませんが、極めて重く受け止めるべきものです。法令違反に至らないものの改善が望ましい点については、「指導票」が交付されます。事業者は指摘事項を速やかに改善し、是正内容を具体的に記した「是正(改善)報告書」を所轄の労働基準監督署へ提出しなければなりません。
司法処分(告発・送検)
是正勧告に従わない、虚偽の報告を行う、または違反内容が極めて重大・悪質であると判断された場合、行政指導の段階から刑事手続きへと移行します。労働基準監督官は特別司法警察職員として、事件を検察庁に送致(書類送検)する権限を持っています。送検されると刑事事件として捜査が進められ、起訴されれば裁判を経て罰金刑や懲役刑が科されます。送検の事実は報道されることも多く、企業は深刻な社会的制裁を受けることになります。
是正勧告への対応と改善報告書作成のポイント
是正勧告を受けた際は、指摘された違反の事実を真摯に受け止め、迅速かつ確実に対応することが重要です。改善報告書を作成する際は、単に是正を報告するだけでなく、再発防止策まで含めて具体的に記述することが、企業の法令遵守姿勢を示す上で効果的です。
- 指摘された違反内容を正確に把握し、速やかに具体的な改善計画を策定・実行する。
- 改善報告書には、「何を」「いつ」「どのように」改善したかを客観的に記載する。
- 安全装置を設置した際の写真や、安全教育を実施した際の記録など、改善の事実を証明する資料を添付する。
- 期限内の是正が困難な場合は、事前に監督署に連絡し、誠実に相談する。
違反を防ぐための予防策
安全衛生管理体制の構築と見直し
労働安全衛生法違反を防ぐための最も基本的な対策は、実効性のある安全衛生管理体制を構築し、継続的に見直すことです。事業場の実態に合わせて管理者を適正に選任し、その役割を明確にすることが求められます。また、労使が協力して職場のリスクを管理する委員会活動などを通じて、常に安全衛生水準の向上を図る必要があります。
- 事業場の規模や業種に応じ、法令に基づき管理者(産業医、衛生管理者等)を選任し、その職務が遂行できる環境を整備する。
- 安全委員会や衛生委員会を形骸化させず、定期的に開催して職場のリスクについて実質的な審議を行う。
- 企業の成長や組織変更に伴い、管理体制が法令要件を満たしているか定期的に点検・見直しを行う。
リスクアセスメントの実施
リスクアセスメントは、労働災害につながる可能性のある危険性や有害性を未然に特定し、対策を講じる科学的な手法であり、違反の予防に極めて有効です。法令で義務付けられている化学物質のリスクアセスメントだけでなく、あらゆる作業について自主的に実施することで、潜在的なリスクを体系的に管理することができます。
リスクアセスメントの実施手順は以下の通りです。
- 職場に潜む危険性や有害性を洗い出し、特定する。
- 特定したリスクによって生じうる負傷または疾病の重篤度と発生の可能性を見積もる。
- リスクの見積もり結果に基づき、対策を講じる優先順位を決定する。
- リスクを除去または低減するための措置を検討し、実施する。
定期的な安全衛生教育の徹底
従業員一人ひとりの安全意識と知識が、法令違反や労働災害を防ぐ最終的な防波堤となります。法定の安全衛生教育を確実に実施することはもちろん、事業場の実態に即した実践的な教育を継続的に行うことが重要です。教育の実施記録を適切に管理することは、企業の義務遂行を証明する上でも不可欠です。
- 「雇入れ時教育」や「作業内容変更時教育」、危険有害業務の「特別教育」などを計画的に実施する。
- 実際の事故事例やヒヤリハット事例を活用し、危険を具体的にイメージできる教育内容とする。
- 教育の実施日時、内容、講師、受講者などの記録を整備し、3年間保存する。
- 外国人労働者など、言語や文化が異なる従業員にも内容が確実に伝わるよう配慮する。
内部通報制度の整備と活用
現場で起きている法令違反の兆候や不安全な状態を早期に把握し、組織の自浄作用を働かせるためには、実効性のある内部通報制度が効果的です。従業員が報復などを恐れることなく、安心して問題を報告できる仕組みを整え、活用することが、重大な違反や事故の未然防止につながります。通報に対しては、誠実かつ迅速な調査と是正措置が求められます。
よくある質問
違反で経営者など個人も責任を問われますか?
はい、問われます。労働安全衛生法の罰則の多くには「両罰規定」があり、違反行為を行った作業者や管理者だけでなく、法人としての会社や事業主個人にも罰金刑が科されます。さらに、経営者自身が違法な状態を認識しながら放置していた場合などは、経営者個人が違反行為者として懲役刑などの刑事責任を問われる可能性もあります。
従業員からの内部通報にはどう対応すべきですか?
まず、通報者のプライバシーを厳守し、通報したことを理由とする不利益な取り扱いを絶対にしないことが大前提です。その上で、通報内容について迅速かつ公正な事実調査を行い、違反が確認された場合は速やかに是正措置を講じます。対応結果は通報者へフィードバックすることが望ましく、誠実な対応が組織の自浄作用を高め、コンプライアンス経営を推進します。
労働災害がなくても違反になりますか?
はい、違反になります。労働安全衛生法の多くの規定は、労働災害の発生を未然に防ぐことを目的としています。そのため、実際に労働災害が発生していなくても、例えば「機械の安全装置を設置していない」「法律で定められた健康診断を実施していない」といった危険な状態や義務違反の事実そのものが法違反となり、罰則や行政処分の対象となります。
労働基準監督署の是正勧告を無視するとどうなりますか?
是正勧告は行政指導であり、直接的な強制力はありません。しかし、これを無視して改善を怠った場合、悪質と判断され、書類送検されて刑事事件に発展するリスクが非常に高まります。送検されれば、刑事罰だけでなく、企業名公表や指名停止といった重大な社会的制裁を受けることになり、企業の存続に影響を及ぼしかねません。是正勧告には必ず誠実に対応してください。
パートやアルバイトも保護対象ですか?
はい、保護対象です。労働安全衛生法は、正社員、契約社員、パート、アルバイトといった雇用形態にかかわらず、事業場で働くすべての「労働者」を保護の対象としています。したがって、事業者はパートやアルバイトに対しても、安全衛生教育や健康診断(労働時間等の要件を満たす場合)、危険防止措置など、法に定められたすべての義務を負います。
まとめ:労働安全衛生法違反のリスクを理解し、予防策を徹底する
本記事では、労働安全衛生法に違反した場合の刑事罰や行政処分、そして罰則以外に企業が負うことになる経営リスクについて解説しました。違反行為は、事業停止や企業名公表など、事業の存続を揺るがす深刻な事態につながる可能性があります。従業員の安全確保は、事業継続の基盤となる重要な経営課題であり、法令遵守は企業の責務です。まずは自社の安全衛生管理体制が形骸化していないかを見直し、リスクアセスメントや継続的な教育を通じて、実効性のある予防策を講じることが重要です。具体的な対応に不安がある場合や、すでに行政指導を受けている場合は、速やかに弁護士や社会保険労務士などの専門家へ相談してください。

