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IFRSにおける棚卸資産の低価法|日本基準との違いと会計処理を解説

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IFRSを適用する企業の経理担当者にとって、棚卸資産の期末評価は正確な財務報告に不可欠な実務です。特に、日本基準とは異なる低価法の考え方、とりわけ正味実現可能価額(NRV)の算定や評価損の戻し入れ(洗替法)の扱いは、正確な理解が求められます。この記事では、IFRS(IAS第2号)における棚卸資産の低価法について、その基本原則から日本基準との主要な相違点、具体的な会計処理までを網羅的に解説します。

IFRSにおける棚卸資産評価の基本原則(IAS第2号)

IAS第2号「棚卸資産」が定める評価のルール

国際会計基準(IFRS)のIAS第2号「棚卸資産」は、資産の過大評価を防ぐため、棚卸資産の評価について厳格なルールを定めています。基本原則は、棚卸資産を取得原価正味実現可能価額(NRV)のいずれか低い方の金額で測定するという低価法です。これは、棚卸資産が将来の販売や使用によって回収できる見込み額を超えて計上されるべきではない、という考え方に基づいています。この原則は、企業の財政状態をより適切に反映させるために不可欠な手続きです。

低価法が適用される主な状況
  • 棚卸資産の物理的な損傷や品質低下
  • 製品の陳腐化(旧式化)による市場価値の下落
  • 販売価格そのものの下落

低価法:取得原価と正味実現可能価額(NRV)のいずれか低い方で測定

IFRSにおける低価法は、棚卸資産の取得原価と正味実現可能価額(NRV)を比較し、低い方の金額を期末の貸借対照表価額とする評価方法です。取得原価は、棚卸資産の購入や製造にかかったコストの総額を指します。NRVが取得原価を下回った場合、その差額を評価損として認識し、当期の費用として処理します。この会計処理は、将来発生しうる損失を現時点で財務諸表に反映させるものであり、会計における保守主義の原則の観点からも重要とされています。

正味実現可能価額(NRV)の具体的な算定方法

正味実現可能価額(NRV)の定義と構成要素

正味実現可能価額(Net Realisable Value: NRV)とは、企業が通常の事業活動において、棚卸資産を販売することによって得られると見込まれる正味の金額を指します。この価額は、市場参加者間の価格である「公正価値」とは異なり、企業固有の状況を反映した見積りである点が特徴です。NRVは、見積販売価格から完成までにかかるコストと販売費用を差し引いて算出されます。

NRVの算出は、以下の要素から構成されます。

正味実現可能価額(NRV)の構成要素
  • 見積販売価格: 企業が通常の事業活動で販売することにより得られると見込まれる価格
  • 完成までに要する見積原価: 仕掛品などを完成させるために必要となる追加のコスト
  • 販売に要する見積費用: 販売手数料や輸送費など、販売を実現するために直接必要なコスト

製品・仕掛品・原材料ごとのNRV算定の実務

実務上、NRVの算定方法は棚卸資産の種類や状態によって異なります。製品、仕掛品、原材料ごとに、それぞれの状況に応じた適切な方法でNRVを見積もる必要があります。

棚卸資産の種類 NRVの算定方法
製品・商品 見積販売価格から販売に要する見積費用を控除して算定します。
仕掛品 完成後の見積販売価格から、完成までに要する見積原価と販売費用を控除して算定します。
原材料 原材料を用いて製造される製品が原価以上で販売可能なら評価減は不要です。製品が原価割れする場合、原材料は再調達原価まで評価減します。
棚卸資産の種類ごとのNRV算定方法

NRV算定における客観性の担保と監査上の留意点

NRVの算定には将来の予測が含まれるため、恣意的な見積りを排除し、客観的な根拠に基づいて行う必要があります。監査においても、この見積りの合理性が重要な検証ポイントとなります。

NRV算定の客観性を担保するための証拠
  • 決算日後に実際に成立した販売契約の価格
  • 顧客から受領した確定注文書の価格
  • 過去の実績に基づく合理的な販売経費率

監査人は、NRV算定の妥当性を評価する際に以下の点に留意します。

監査における主要な検証項目
  • 経営者が採用した見積りの仮定が、市場環境や過去の実績と整合しているか
  • 過去の見積りと実際の結果との間に大きな乖離がないか、ある場合はその原因が分析されているか
  • 見積りの根拠となる証拠資料が適切に保管されているか

日本基準との比較でみるIFRS低価法の主要な相違点

相違点1:評価基準の違い(簿価切放法と洗替法の原則)

IFRSと日本基準では、棚卸資産の評価損を計上した後の会計処理に大きな違いがあります。IFRSが資産の実態価値をより忠実に反映することを重視する一方、日本基準は会計方針の選択を許容しています。

項目 IFRS 日本基準
原則的な処理 洗替法(評価損の戻し入れが必須) 洗替法切放法の選択適用が可能
切放法の適用 認められない 選択により可能
考え方の背景 各決算日時点での資産価値を正確に財務諸表に反映させることを重視 企業の会計方針の選択を尊重
IFRSと日本基準の棚卸資産評価損の処理方法の違い

相違点2:評価損の戻し入れ(洗替処理)の要否

前述の通り、IFRSでは評価損の戻し入れ(洗替処理)が必須です。これは、評価減の原因となった状況が解消されたり、販売価格の上昇が明確に確認されたりした場合に適用されます。戻し入れを行う際の帳簿価額は、当初の取得原価が上限となります。一方、日本基準で簿価を切り下げる「切放法」を採用している企業では、翌期以降にNRVが回復しても評価損の戻し入れは行われません。このため、市況が回復した局面では、IFRS適用企業と日本基準(切放法)適用企業とで、利益の計上額やタイミングに差異が生じる可能性があります。

低価法の適用単位と具体的な会計処理

適用単位の考え方:個別法とグルーピングの許容範囲

IFRSにおける低価法の適用は、原則として個別の品目ごとに行います。これは、ある品目の評価益で他の品目の評価損を相殺することを防ぐためです。ただし、実務上の便宜から、特定の条件下では類似の品目をグループ化して評価することが認められています。

グルーピングが許容される場合の例
  • 類似の目的や用途を持つ製品ライン
  • 同じ地域で生産・販売される商品群
  • その他、個別の評価が実務上困難な合理的なグループ
認められないグルーピングの例
  • 性質の異なる資産(例:完成品と原材料)の混在
  • 事業セグメント全体や地域全体といった広範すぎる単位

評価損益を計上する際の会計処理と仕訳例

棚卸資産の評価損は、発生した期の費用として認識し、一般的に売上原価に含めて処理します。または、棚卸資産評価損などの独立した科目で表示することもあります。例えば、取得原価1,000円の製品のNRVが800円に下落した場合、差額の200円について以下の仕訳を行います。

(借方)棚卸資産評価損 200円 / (貸方)棚卸資産 200円

翌期にNRVが取得原価以上に回復した場合、以前に計上した評価損を限度として戻し入れを行います。この処理は費用の減額(売上原価のマイナスなど)として認識されます。

(借方)棚卸資産 200円 / (貸方)棚卸資産評価損戻入 200円

低価法適用プロセスにおける内部統制上のポイント

低価法を適切に運用するには、客観的なデータに基づき、一貫したプロセスで見積りを行うための内部統制が不可欠です。見積りの信頼性を高め、監査に耐えうる体制を構築することが重要となります。

低価法適用における内部統制のポイント
  • 販売部門と製造部門から、売価やコストに関する最新情報を適時に入手する体制の構築
  • 在庫年齢表(エイジングリスト)などを用いて、長期滞留在庫を定期的に監視する仕組み
  • 陳腐化や物理的劣化のリスクを早期に識別し、評価に反映させるプロセス
  • 見積りに用いた仮定、計算根拠、判断理由などを文書化し、事後検証を可能にすること

IFRSの棚卸資産評価(低価法)に関するよくある質問

IFRSで評価損の戻し入れ(洗替)が要求されるのはなぜですか?

IFRSが評価損の戻し入れを要求するのは、各決算日時点での棚卸資産の価値を最も適切に財務諸表へ反映させるためです。過去に評価損を計上した原因が解消され、資産価値が回復しているにもかかわらず、低い価額のまま据え置くことは、企業の資産を過小に表示することになります。これにより財務諸表利用者の判断を誤らせる可能性があるため、価値の回復を反映させることが求められています。

正味実現可能価額(NRV)が取得原価を上回った場合はどうなりますか?

NRVが取得原価を上回っている場合、棚卸資産は取得原価で評価されます。IFRSの低価法は、あくまで「取得原価とNRVのいずれか低い方」で測定するルールです。したがって、NRVが取得原価を上回っていても、その差額(いわゆる含み益)を認識して、帳簿価額を取得原価以上に引き上げることは認められません

製造途中の仕掛品にも低価法は適用されますか?

はい、適用されます。製造途中である仕掛品も低価法の対象です。仕掛品のNRVは、その製品が完成した場合の見積販売価格から、今後発生するであろう「完成までに要する追加コスト」と「販売に要する費用」の両方を差し引いて算出します。この計算されたNRVが、仕掛品の現在の帳簿価額を下回る場合には、その差額を評価損として認識する必要があります。

日本基準からIFRSへ移行する際の棚卸資産評価の注意点は何ですか?

日本基準からIFRSへ移行する場合、棚卸資産の評価に関して会計方針や実務上のプロセスにいくつかの重要な変更が生じます。特に以下の点に注意が必要です。

IFRS移行時の主な注意点
  • 後入先出法(LIFO)の禁止: 原価計算方法の見直しが必要となる場合があります。
  • 低価法の洗替処理の強制: 切放法を採用している場合、会計方針とプロセスの変更が必要です。
  • 固定製造間接費の配賦: 正常生産能力に基づいて配賦する必要があり、従来の配賦方法と異なる可能性があります。

まとめ:IFRS低価法の理解と実務適用のポイント

本記事では、IFRSにおける棚卸資産の低価法について、その基本原則から日本基準との違いまでを解説しました。最も重要な点は、棚卸資産を「取得原価」と「正味実現可能価額(NRV)」のいずれか低い方で評価し、評価損の原因が解消された場合には「評価損の戻し入れ(洗替法)」が強制されることです。これは、簿価の切下げのみを認める「切放法」の選択が可能な日本基準との決定的な違いであり、IFRS移行時には特に注意が必要です。NRVの算定には客観的な根拠が求められるため、販売データやコスト情報を適切に管理する内部統制の構築が実務上の鍵となります。これらのルールを正しく理解し、自社の棚卸資産管理プロセスに反映させることが、IFRSに準拠した信頼性の高い財務報告につながります。

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