転落・墜落事故の労災認定と企業の法的責任|発生後の対応と再発防止策
自社で従業員の転落・墜落事故が発生した場合、あるいはそのリスクに備える上で、企業はどのような法的責任を負う可能性があるのでしょうか。事故が労災認定されるための要件や、安全配慮義務違反による損害賠償責任の有無は、その後の対応を大きく左右する重要なポイントです。本記事では、転落・墜落事故における労災認定の基準、企業が負う法的責任、事故発生後の対応フロー、そして具体的な再発防止策について詳しく解説します。
転落・墜落災害の定義と発生状況
「墜落」と「転落」の違いと労働安全衛生法における定義
「墜落」と「転落」は、どちらも高所から落下する災害を指しますが、その態様によって区別されます。労働安全衛生規則では、高さが2メートル以上の箇所での作業を「高所作業」と定義し、事業主に対して墜落による労働者の危険を防止するための措置を義務付けています。
| 項目 | 墜落 | 転落 |
|---|---|---|
| 落下時の状態 | 身体が完全に宙に浮き、途中で何にも接触せず垂直に落下する | 階段や斜面などに身体が接触しながら転がり落ちる |
| 具体例 | 足場や屋根から身体が投げ出されて地面に落下する | 階段やスロープ、法面などで足を踏み外して転げ落ちる |
| 法令上の扱い | 2メートル以上の高所からの落下が規制対象の中心となる | 転落災害の防止には、転倒防止措置や手すり設置など、場所に応じた安全対策が義務付けられる |
労働災害における転落・墜落事故の発生件数と傾向
転落・墜落災害は、労働災害の中でも依然として多くの割合を占めており、特に重篤な結果につながりやすい災害です。厚生労働省の統計によると、全労働災害の死傷者数において常に上位を占め、特に死亡災害においては建設業を中心に全業種の約4分の1から3割を占める主要な原因となっています。
- 全事故類型の中で、休業4日以上の死傷者数が「転倒」に次いで多い
- 死亡災害に限定すると、最も発生件数の多い事故類型である
- 業種別では建設業での発生が突出して多いが、製造業や運輸業でも頻発している
- 発生場所としては、足場、屋根、はしご、脚立、階段、トラックの荷台などが多くを占める
- 原因としては、安全設備の不備や保護具の不適切な使用が背景にあるケースが多い
転落・墜落事故における労災認定の要件
要件①:業務遂行性(事業主の支配・管理下にあったか)
労災認定の第一の要件は「業務遂行性」です。これは、事故が労働契約に基づき、労働者が事業主の支配・管理下にある状態で発生したことを意味します。事業場内での業務中はもちろん、業務に付随する行為中に起きた事故も含まれます。
- 所定労働時間内や残業時間中に、事業場内で業務に従事している場合
- トイレや水分補給など、業務に付随する生理的行為のために移動している場合
- 出張や社用車での移動など、事業場の外であっても事業主の命令を受けている場合
- 始業前や休憩時間中でも、事業場の施設・設備の欠陥が原因で事故が起きた場合
要件②:業務起因性(業務に起因する事故であったか)
第二の要件は「業務起因性」です。これは、発生した傷病と業務との間に相当因果関係があることを指します。単に就業中に発生しただけでは足りず、その業務に内在する危険が現実化したものと評価される必要があります。
- 高所での作業手順に従って業務を行っている最中に、足場から落下した場合
- トラックの荷台で荷物の積み下ろし作業中に、バランスを崩して転落した場合
- 機械の点検作業中、不安定な足場が原因で転落した場合
- 業務と無関係な私的行為(同僚とのふざけ合いなど)が原因で転落した場合
- 第三者による個人的な怨恨に基づく暴行によって突き落とされた場合
- 労働者が故意に事故を引き起こした場合(自殺など)
- 業務とは無関係の私的な基礎疾患(てんかん発作など)が原因で意識を失い転落した場合
事故発生時に企業が負う法的責任
安全配慮義務違反(労働契約法第5条)に基づく損害賠償責任
会社は、労働契約法第5条に基づき、労働者が安全と健康を確保しながら働けるように配慮する「安全配慮義務」を負っています。転落・墜落事故に関して、必要な安全対策を怠っていた場合、この義務に違反したと判断され、被災した従業員に対して損害賠償責任を負うことになります。責任の有無は、主に以下の2つの観点から判断されます。
- 予見可能性:事故が発生する危険性を事前に予測できたか
- 結果回避可能性:危険を予測した上で、事故を回避するための措置を講じることが可能であったか
裁判では、法令の最低基準を守っているかだけでなく、作業の具体的な状況に応じた適切な安全対策を講じていたかが厳しく問われます。
使用者責任(民法第715条)に基づく損害賠償責任
「使用者責任」とは、従業員が業務の執行中に、その過失によって他の従業員や第三者に損害を与えた場合、使用者である会社も連帯して賠償責任を負うという制度です(民法第715条)。例えば、ある従業員の不注意な操作で同僚が墜落した場合、加害した従業員本人だけでなく、会社も使用者として被害者への賠償責任を負います。この責任は、従業員の活動によって利益を得ている会社は、その活動から生じるリスクも負担すべきという「報償責任」の考え方に基づいています。会社が従業員の選任・監督について相当の注意を払ったことを証明すれば免責されると定められていますが、実務上その証明は極めて困難です。
労災保険給付と損害賠償の関係(給付で補填されない損害)
労災保険からは治療費や休業補償などが給付されますが、被災者が被ったすべての損害を補填するものではありません。特に、精神的苦痛に対する慰謝料は労災保険の給付対象外です。そのため、会社に安全配慮義務違反などの責任がある場合、被災した従業員やその遺族は、労災保険給付だけでは不足する損害について、会社に対して別途損害賠償を請求することができます。
- 慰謝料(入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料など)
- 逸失利益の全額(労災保険の給付額を超える部分)
- 休業損害の全額(休業補償給付は平均賃金の約8割であり、差額分)
会社が支払う損害賠償額からは、すでに支払われた労災保険給付金の一部が差し引かれます(損益相殺)。
損害賠償額に影響する「過失相殺」の考え方
「過失相殺」とは、事故の発生について被災した労働者側にも不注意などの落ち度(過失)があった場合に、その過失の程度に応じて損害賠償額を減額する考え方です。例えば、会社が安全帯の使用を指示していたにもかかわらず、労働者が独断で使用せずに作業し墜落したようなケースでは、労働者側の過失が認められ、賠償額が一定割合で減額されることがあります。ただし、会社側が危険な作業方法を黙認していたり、安全教育が不十分だったりした場合は、過失相殺の割合は小さくなる傾向にあります。
事故発生後の企業の対応フロー
事故発生直後の初動対応(被災者救護と現場保全)
事故発生時は、何よりも人命救助が最優先です。パニックにならず、冷静かつ迅速に対応することが求められます。
- 被災者の救護:直ちに119番通報し、救急隊の指示を仰ぎながら応急処置を行います。
- 二次災害の防止:周囲の作業員を安全な場所へ避難させ、危険な機械の電源を切るなど、さらなる事故の発生を防ぎます。
- 現場の保全:警察や労働基準監督署による調査のため、事故現場の状況を可能な限りそのままの状態で保全します。
- 証拠の記録:さまざまな角度から現場の写真を撮影し、状況を客観的な形で記録に残します。
関係各所への報告(労働基準監督署など)と事実調査
事故後は、関係機関への報告と、社内での迅速な事実調査が不可欠です。
- 労働基準監督署への報告:死亡または休業4日以上の労働災害が発生した場合、「労働者死傷病報告」を管轄の労働基準監督署へ遅滞なく提出する義務があります。
- 関係機関の調査への対応:警察による実況見分や、労働基準監督官による立ち入り調査には誠実に対応し、把握している事実を正確に説明します。
- 社内での事実調査:目撃者や関係者から、記憶が新しいうちにヒアリングを行い、事故発生の経緯を詳細に記録します。
労災保険の申請手続きと被災者・遺族への対応
被災した従業員やその家族が、安心して療養や生活の再建に専念できるよう、会社は全面的にサポートする姿勢を示すことが重要です。
- 労災申請のサポート:被災者や遺族に代わり、療養補償給付や休業補償給付などの請求手続きを迅速に進めます。
- 誠実な情報提供:事故の状況や今後の会社の対応方針について、真摯な態度で丁寧に説明します。
- 精神的なケア:お見舞いや定期的な連絡を欠かさず、被災者や遺族の心情に寄り添い、信頼関係を損なわないよう努めます。
社内事故調査報告書の作成と再発防止への活用
事故の調査結果は報告書としてまとめ、全社的な再発防止策につなげることが企業の重要な責務です。
- 事故の直接的な原因(不安全な行動や状態)
- 背景にある間接的な原因(作業手順の問題、安全管理体制の不備など)
- さらに根本にある組織的な原因(安全文化の欠如、生産優先の風土など)
作成した報告書は経営層を含む全従業員で共有し、具体的な改善策を講じることで、二度と悲劇を繰り返さないための教訓としなければなりません。
【業種別】転落・墜落災害の主な発生事例と原因
建設業:足場や開口部、屋根からの墜落
建設現場は高所作業の塊であり、転落・墜落災害の発生件数が最も多い業種です。特に足場に関連する事故が多発しています。
- 手すりや中さん、幅木などの安全設備が未設置、または不完全な状態であった
- 作業のために一時的に取り外した手すりや床板を、作業後に復旧し忘れた
- 老朽化したスレート屋根を踏み抜いて墜落した
- 強風などの悪天候下で、無理に作業を続行した
製造業:機械の点検・修理中や高所作業での転落
製造業では、大型機械の上部や高所に設置された設備のメンテナンスなど、非定常作業での転落が目立ちます。
- 正規の作業床や昇降設備を使用せず、不安定な脚立や台の上で作業した
- 機械の上など、本来作業を想定していない場所で点検や修理を行った
- 生産を優先するあまり、安全確認を省略して急いで作業した
- 保護帽や安全帯を着用していなかった、または正しく使用していなかった
運輸業・倉庫業:トラックの荷台やフォークリフトからの転落
運輸業や倉庫業では、トラックの荷台や荷役作業中の転落事故が頻発しています。
- トラックのあおり(荷台の囲い)の上で作業中にバランスを崩した
- 荷物の積み下ろし中に、荷崩れに巻き込まれて荷台から転落した
- フォークリフトのパレットに乗って高所の荷物を取ろうとするなど、不適切な使い方をした
- 昇降ステップを使わずに荷台から飛び降りた
企業が講じるべき具体的な再発防止策
作業床の設置や手すり・囲いの確保といった物理的対策
最も効果的な対策は、「落ちる場所」や「落ちる可能性」そのものを物理的になくすことです。労働安全衛生規則でも、事業者に対して具体的な措置が義務付けられています。
- 高さ2メートル以上の作業場所には、原則として幅40cm以上の作業床を設置する
- 作業床の端や開口部には、高さ90cm以上の手すりや囲いを設ける
- 手すりの設置が困難な場合は、防網を張るなどの代替措置を講じる
保護帽や安全帯(墜落制止用器具)の適切な使用徹底
物理的な対策が困難な場合に備え、労働者自身を守る保護具の使用徹底が不可欠です。特に、安全帯は「フルハーネス型」の使用が原則となっています。
- 墜落時保護用の検定に合格した保護帽を着用し、あご紐を確実に締める
- フルハーネス型の墜落制止用器具を正しく装着し、フックを堅固な設備に掛ける
- 作業開始前に、担当者が保護具の使用状況を必ず点検する
- 保護具の定期的な点検・保守を確実に実施する
安全衛生教育の実施と作業手順の見直し
設備や保護具を正しく運用するためには、働く人々の安全意識と知識の向上が欠かせません。
- 新規入場者教育や職長教育など、階層に応じた安全衛生教育を定期的に実施する
- 高所作業など危険を伴う業務については、法令で定められた特別教育を行う
- 過去の事故事例やヒヤリハット事例を共有し、危険への感受性を高める
- 始業前ミーティングで危険予知訓練(KY活動)を行い、その日の作業に潜む危険を全員で確認する
- 現場の実態に合わない無理な作業手順書は、形骸化しないよう常に見直しを行う
転落・墜落災害に関するよくある質問
従業員自身の不注意(過失)があった場合でも労災は認定されますか?
はい、原則として認定されます。労災保険制度は、労働者の過失の有無を問わずに補償を行う「無過失責任主義」を採用しているためです。従業員に不注意があったとしても、それが業務中に起きた災害であれば、業務との因果関係が認められる限り労災保険の対象となります。ただし、労働者が故意に事故を起こした場合や、犯罪行為に等しい重大な過失があった場合など、例外的に給付が制限されることがあります。
下請け会社の従業員が事故に遭った場合、元請け会社の責任も問われますか?
はい、問われる可能性は十分にあります。建設現場などでは、元請け会社が現場全体の安全管理を統括する責任を負っています。元請けが設置した足場や開口部の安全対策に不備があったことが事故の原因であれば、下請け会社の従業員に対する安全配慮義務違反として、損害賠償責任を負うことが一般的です。また、元請けが下請けの作業員に対して直接的な指揮命令を行っている場合も、責任が問われやすくなります。
いわゆる「労災隠し」を行った場合の罰則について教えてください。
労働災害の発生を意図的に労働基準監督署へ報告しない、いわゆる「労災隠し」は、労働安全衛生法に違反する重大な犯罪行為です。発覚した場合、同法第120条に基づき50万円以下の罰金が科される可能性があります。罰則だけでなく、企業の社会的信用を大きく損なう行為であり、発覚時には企業名が公表されるなどの厳しい社会的制裁を受けることになります。事故が発生した際は、規模の大小にかかわらず、誠実に法律に基づいた報告を行うことが企業の義務です。
まとめ:法的責任を理解し、実効性のある再発防止策を
転落・墜落事故は、労働災害の中でも死亡災害に直結しやすい極めて重大なものです。労災認定においては業務との関連性が判断されますが、企業はそれとは別に、安全配慮義務違反を問われ、労災保険では補填されない慰謝料などを含む損害賠償責任を負うリスクがあります。事故発生時には、被災者の救護を最優先し、労働基準監督署への報告や遺族への誠実な対応を迅速に行わなければなりません。しかし、最も重要なのは事故を未然に防ぐことであり、物理的対策、保護具の徹底、安全教育という三位一体の取り組みが不可欠です。この機会に自社の安全管理体制を再点検し、従業員の命を守るための具体的な改善策を講じることが、企業に課された最も重要な責務と言えるでしょう。

