損害賠償命令制度とは?民事訴訟との違いと手続きの流れを解説
犯罪被害の回復のため損害賠償命令制度の利用を検討しているものの、どのような手続きなのか分からずお困りではないでしょうか。加害者への損害賠償請求は、通常の民事訴訟では時間や費用がかかり、被害者にとって大きな負担となります。この制度は、特定の刑事事件において、刑事裁判の成果を活用し、より簡易かつ迅速に被害回復を図ることを目的としています。この記事では、損害賠償命令制度の仕組みや対象事件、メリット・デメリットについて詳しく解説します。
損害賠償命令制度とは
刑事裁判に付随する賠償手続き
損害賠償命令制度とは、犯罪行為に関する刑事裁判を担当した裁判所が、有罪判決後に引き続いて、被害者の損害賠償請求に関する民事的な審理を行う制度です。
従来、犯罪被害者が損害の回復を求めるには、刑事裁判とは別に、多大な時間と費用をかけて民事訴訟を提起する必要がありました。この二重の負担を軽減し、刑事手続きの成果を活用して迅速かつ簡易に被害回復を図ることを目的に、本制度が導入されました。
被害者は、刑事事件が審理されている地方裁判所に対し、犯罪事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償を申し立てます。刑事裁判で有罪判決が言い渡されると、同じ裁判官が民事の審理を開始し、被告人(加害者)に損害賠償を命じる決定を出します。この決定が当事者からの異議なく確定すれば、民事訴訟の確定判決と同一の効力を持ちます。
対象となる特定の犯罪類型
損害賠償命令制度を利用できるのは、故意による特定の重大犯罪に限られています。これは、被害者の迅速な救済が特に求められる事案を対象としつつ、審理が複雑化しやすい過失犯などを除外することで、制度の迅速性を確保するためです。
具体的には、以下のような犯罪が対象となります。
- 殺人罪、傷害罪など、故意に人を死傷させる犯罪
- 不同意わいせつ罪、不同意性交等罪などの性犯罪
- 逮捕・監禁罪
- 略取・誘拐・人身売買の罪
- 上記の犯罪の未遂罪や、これらの犯罪行為を含む罪
一方で、業務上過失致死傷罪や自動車運転過失致死傷罪といった過失犯は対象外です。そのため、交通事故の被害回復には、原則として通常の民事訴訟を提起する必要があります。
法人が申立人となる場合の留意点
法人が被害者として損害賠償命令を申し立てる場合、対象となる犯罪が極めて限定的である点に注意が必要です。
本制度は、個人の生命、身体、自由といった重大な法益が侵害された故意犯を主な対象として設計されています。そのため、法人が被害者となることが多い経済犯罪は、原則として対象に含まれていません。
- 詐欺罪
- 横領罪
- 背任罪
例えば、従業員による横領で法人が損害を受けた場合でも、本制度を利用して賠償を求めることはできず、通常の民事訴訟など別の手続きを選択する必要があります。
申立てから決定までの流れ
刑事裁判中の申立てが必須
損害賠償命令を利用するためには、刑事裁判の第一審の弁論が終結するまでに申立てを完了させる必要があります。これは、刑事手続きの成果を円滑に引き継いで審理を行うという制度の趣旨によるものです。
申立書は、事件が起訴されてから判決前の弁論終結時までに、管轄の地方裁判所に提出します。申立書には、請求の趣旨や、刑事事件の訴因として特定された犯罪事実などを記載します。刑事裁判を担当する裁判官に予断を与えないよう、それ以外の事項の記載は原則として制限されています。
この期限を過ぎてしまうと申立ては認められないため、刑事裁判の進行状況を正確に把握し、早期に準備を進めることが重要です。
原則4回以内の審理で終結
損害賠償命令の審理は、被害者の迅速な救済を最優先とするため、原則として4回以内の期日で終結するよう定められています。
有罪判決後、速やかに審理が開始されます。裁判所は職権で刑事訴訟の記録を取り調べ、当事者の主張を聴取(審尋)して手続きを進めます。民事訴訟と異なり、公開の法廷での口頭弁論を開く必要はなく、非公開の審尋で進めることが可能です。これにより、被害者が加害者と直接顔を合わせる精神的負担が軽減されます。
このように、手続きを簡略化し、集中的に審理を行うことで、被害者の負担を抑えつつ迅速な解決を実現します。
異議申立てと民事訴訟への移行
損害賠償命令の決定に対し、当事者は決定書の送達から2週間以内に異議を申し立てることができます。適法な異議申立てがあった場合、手続きは通常の民事訴訟に移行します。
これは、加害者側にも正式な裁判を受ける権利を保障するためです。異議が申し立てられると、それまでの決定は効力を失い、申立ての時点に訴えが提起されたものとみなされて、民事訴訟として審理がやり直されます。
また、審理が複雑で4回以内の終結が困難であると裁判所が判断した場合や、当事者からの求めがあった場合にも、民事訴訟へ移行することがあります。迅速な解決を期待して申し立てても、必ずしも短期間で終結するとは限らない点を理解しておく必要があります。
民事訴訟との手続き上の違い
迅速性・簡易性の比較
損害賠償命令制度は、通常の民事訴訟と比較して、手続きの迅速性と簡易性に大きな特徴があります。法律で期日回数の制限や手続きの簡略化が定められているためです。
| 項目 | 損害賠償命令制度 | 通常の民事訴訟 |
|---|---|---|
| 審理回数 | 原則4回以内 | 制限なし(長期化しやすい) |
| 審理期間 | 比較的短い(数か月程度) | 長期間に及ぶことが多い |
| 手続き | 非公開の審尋が可能 | 公開の口頭弁論が原則 |
| 証拠 | 刑事記録を職権で利用 | 原告が原則すべて収集・立証 |
このように、損害賠償命令制度は、被害者の時間的・精神的負担を大幅に軽減する仕組みとなっています。
証拠収集における負担軽減
被害者は、損害賠償命令制度を利用することで、証拠収集にかかる負担を大幅に軽減できます。刑事裁判で収集・作成された膨大な訴訟記録を、裁判所が職権で取り調べて民事の審理に活用するためです。
通常の民事訴訟では、被害者(原告)自身が、加害者の不法行為の事実やそれによって生じた損害を証明するための証拠をすべて集め、提出しなければなりません。しかし本制度では、刑事事件の有罪判決の基礎となった証拠がそのまま審理に利用されます。
そのため、被害者は加害行為そのものを一から立証する必要がなく、自身の受けた損害額を明らかにする診断書や領収書などを追加で提出するだけで済む場合が多くなります。
メリットと利用時の注意点
制度利用で期待できる主な利点
損害賠償命令制度は、犯罪被害者が少ない負担で被害回復を図るための多くの利点を備えています。
- 迅速な解決: 原則4回以内の期日で審理が終結し、早期に結論が得られる。
- 立証負担の軽減: 刑事記録が利用されるため、被害者自身が証拠を集める労力が大幅に減る。
- 費用の低さ: 請求額にかかわらず、申立手数料が一律2,000円と低額である。
- 精神的負担の軽減: 非公開の審尋で手続きが進むため、加害者と顔を合わせる苦痛が和らぐ。
- 強力な効力: 確定すれば民事の確定判決と同一の効力を持ち、強制執行が可能になる。
これらの利点により、被害者は迅速かつ実効性の高い権利実現を期待できます。
制度利用のデメリットと注意点
多くのメリットがある一方で、損害賠償命令制度にはデメリットや注意すべき点も存在します。
- 民事訴訟への移行リスク: 加害者から異議が出されると、自動的に通常の民事訴訟に移行してしまう。
- 手続きの長期化: 民事訴訟に移行した場合、迅速な解決というメリットが失われ、解決まで時間がかかる。
- 追加費用の発生: 民事訴訟に移行すると、通常の訴訟提起時との差額の申立手数料を追加で納付する必要がある。
加害者が賠償額などを争う姿勢を見せている場合、異議申立てによって民事訴訟に移行する可能性が高いことを念頭に置き、利用を検討する必要があります。
申立て前に検討すべき加害者の資力
損害賠償命令を申し立てる前に、加害者に賠償金を支払う資力(財産)があるかを検討することが極めて重要です。たとえ裁判所から賠償を命じる決定が出ても、加害者に財産がなければ、現実の被害回復にはつながりません。
決定が確定すれば、加害者の預貯金や給与、不動産などを差し押さえる強制執行が可能になります。しかし、加害者に差し押さえるべき財産が何もなければ、強制執行は空振りに終わり、労力が報われない結果となります。
申立てる前に、加害者の就労状況や資産について可能な範囲で情報を集め、実効的な回収が見込めるかを冷静に判断することが求められます。
申立てにかかる費用
裁判所に納める申立手数料
損害賠償命令の申立てにあたり、裁判所に納める手数料(収入印紙代)は、請求する金額にかかわらず、一律2,000円と非常に低額に設定されています。
これは、経済的に困難な状況にある被害者でも制度を利用しやすくするための配慮です。通常の民事訴訟では請求額に応じて手数料が高額になるため、この点は大きなメリットと言えます。その他、裁判所からの書類送付に使われる郵便切手代が別途必要になります。
弁護士に依頼する場合の報酬
手続きを弁護士に依頼する場合には、別途弁護士費用が必要となります。弁護士報酬は現在自由化されており、各法律事務所の規定によって異なります。
一般的には、依頼時に支払う「着手金」と、賠償金を回収できた場合にその額に応じて支払う「報酬金」から構成されます。経済的に支払いが難しい場合は、法テラス(日本司法支援センター)の民事法律扶助制度を利用できることがあります。収入などの要件を満たせば、弁護士費用の立て替え払いを受けられますので、まずは弁護士に相談してみるとよいでしょう。
よくある質問
少年事件でも利用できますか?
加害者が未成年で、家庭裁判所による少年審判の対象となっている場合、損害賠償命令制度を利用することはできません。
本制度は、あくまで刑事訴訟法に基づく刑事裁判に付随する手続きです。少年審判は刑罰を科すことを目的としないため、制度の対象外となります。ただし、例外的に事件が検察官に送致(逆送)され、成人と同様に刑事裁判が開かれる場合には利用可能です。少年事件の被害回復には、原則として通常の民事訴訟を検討することになります。
命令後に相手が支払わない場合は?
加害者が決定された賠償金を任意に支払わない場合、被害者は強制執行の手続きをとることができます。
損害賠償命令の決定は、確定すれば民事訴訟の確定判決と同じ効力を持ちます。この決定を債務名義として、裁判所に強制執行を申し立て、加害者が所有する預貯金、給与、不動産などの財産を差し押さえることで、強制的に賠償金を回収します。
手続き中に和解は可能ですか?
はい、損害賠償命令の審理手続き中に和解することは可能です。
審理の期日において、裁判官が双方の意向や加害者の支払い能力などを考慮し、和解を勧めることがあります。当事者双方が合意すれば和解が成立し、その内容を記載した和解調書が作成されます。この和解調書も確定判決と同一の効力を持ち、支払いがなければ強制執行の根拠となります。
損害賠償額はどのように決まりますか?
損害賠償額は、刑事手続きの一部ではありますが、民事上の不法行為に基づく損害賠償の算定基準に従って決定されます。
被害者は、受けた損害を証明する証拠(診断書、治療費の領収書、休業損害証明書など)を提出します。裁判所は、これらの証拠に基づき、以下の項目などを総合的に考慮して、適正な賠償額を算定します。
- 治療費、入院費などの積極損害
- 休業によって得られなかった収入(休業損害)
- 後遺障害によって将来得られなくなる収入(逸失利益)
- 精神的苦痛に対する慰謝料
まとめ:損害賠償命令制度を理解し、迅速な被害回復を目指す
損害賠償命令制度は、特定の故意の犯罪被害者が、刑事裁判の成果を活用して迅速かつ低コストで損害賠償を求めることができる手続きです。刑事記録を裁判所が職権で利用するため、被害者の立証負担が大幅に軽減される点が大きなメリットです。ただし、利用できる犯罪が限定されていることや、加害者から異議が出されると通常の民事訴訟に移行してしまうリスクも存在します。制度利用を検討する際は、これらのメリット・デメリットに加え、加害者に支払い能力があるかを事前に見極めることが重要です。最終的にどのような手続きを選択すべきか、具体的な状況については弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。この記事で解説した内容は一般的な情報であり、個別の事案への適用は専門家の助言を仰いでください。

