法務

発信者情報開示命令とは?申立ての流れ・費用・期間を法務視点で解説

経営リスクナビ編集部

インターネット上の誹謗中傷で投稿者を特定したい場合、2022年10月に施行された改正プロバイダ責任制限法に基づく「発信者情報開示命令」が有効な手段となります。この新しい裁判手続きは、従来の方法に比べて迅速かつ低コストで発信者を特定できる可能性がありますが、申立てには法的な要件を正確に満たす必要があります。手続きの全体像を把握し、ログの保存期間内に対応することが極めて重要です。この記事では、発信者情報開示命令の概要から、申立ての要件、具体的な流れ、費用や期間の目安、そして情報開示後の法的措置までを詳しく解説します。

発信者情報開示命令の概要

改正法で創設された新制度

発信者情報開示命令は、2022年10月1日に施行された改正プロバイダ責任制限法により創設された新しい裁判手続です。インターネット上の誹謗中傷やプライバシー侵害、企業の信用毀損といった権利侵害に対し、被害者が迅速に救済を受けられるようにすることを目的としています。匿名で行われることが多いネット上の投稿について、損害賠償請求などの法的措置をとる前提として、投稿者を特定するためにこの手続が利用されます。

従来の手続きとの主な違い

従来の手続では、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダに対し、それぞれ別の裁判手続(仮処分と訴訟)が必要で、時間と費用が大きな負担でした。新制度では、これらを一体的な「非訟手続」として、一つの裁判所でまとめて審理できるようになったため、被害者の負担が大幅に軽減されました。

項目 従来の手続 新制度(発信者情報開示命令)
手続の種類 仮処分と通常訴訟の2段階 一体的な非訟手続
審理の方法 口頭弁論が原則 書面審査が中心
期間の目安 約8か月から1年程度 約3か月~6か月
費用の特徴 申立手数料に加え、担保金(数十万円)が必要な場合がある 担保金は原則不要
従来手続と新制度の比較

制度の目的と対象となる権利侵害

この制度は、インターネット上での違法な情報発信による被害者を迅速に救済することと、憲法で保障される表現の自由とのバランスを図ることを目的としています。企業法務においては、事実無根の悪評によるレピュテーションリスクへの重要な対抗策となります。

対象となる主な権利侵害の例
  • 個人の名誉やプライバシーを侵害する投稿
  • 企業の信用を毀損する虚偽情報の掲載
  • 著作権や商標権などの知的財産権の侵害
  • 役員や従業員個人に対する誹謗中傷

申立てが認められる要件

権利侵害の明白性

申立てが認められるためには、対象となる情報の流通によって「権利が侵害されたことが明白である」と判断される必要があります。これは、単に不快な表現であるだけでなく、客観的な証拠に基づき、名誉毀損などの不法行為が成立し、かつ違法性を否定する事情(公益性や真実性など)が存在しないことが明らかな状態を指します。裁判所は表現の自由にも配慮し、この要件を厳格に審査します。

開示を受けるべき正当な理由

発信者のプライバシーを保護する観点から、申立人が発信者情報を「開示を受けるべき正当な理由」を持っていることも必要です。具体的には、開示された情報をどのような目的で利用するのかを明らかにする必要があり、主に以下のようなケースが該当します。

正当な理由の具体例
  • 発信者に対して損害賠償請求訴訟を提起するため
  • 違法な投稿の削除を求める差止請求権を行使するため
  • 謝罪広告の掲載など、名誉を回復するための措置を求めるため
  • 再発防止を求めたり、刑事告訴をしたりするため

対象となる発信者情報の範囲

開示請求の対象となる発信者情報は、総務省令で定められています。氏名や住所といった基本的な情報に加え、改正法では、SNSなどのログイン型サービスにも対応できるよう、侵害情報の投稿に利用された際のログイン・ログアウト時の通信記録なども「特定発信者情報」として開示対象に含まれました。これにより、従来は特定が難しかったケースでも、発信者にたどり着ける可能性が高まりました。

申立てから開示までの流れ

裁判所への申立て

まず、申立人はウェブサイトの運営者など(コンテンツプロバイダ)を相手方として、管轄の裁判所に発信者情報開示命令を申し立てます。実務上は、この申立てと同時に、アクセスログが消去されるのを防ぐための「消去禁止命令」や、アクセスプロバイダの情報を開示させる「提供命令」も申し立てるのが一般的です。

プロバイダへの提供命令・意見照会

裁判所が提供命令を発令すると、コンテンツプロバイダは保有するIPアドレスなどの情報から、投稿に使われた経由プロバイダ(アクセスプロバイダ)を特定し、その名称等を申立人に提供します。並行して、コンテンツプロバイダは発信者に対し、情報を開示してよいかどうかの意見照会を行います。発信者が開示に同意すれば、裁判手続は早期に終了することもあります。

プロバイダからの情報提供

申立人は、コンテンツプロバイダから提供された情報に基づき、新たに判明したアクセスプロバイダを相手方として追加の申立てを行います。申立人がこの申立てを行ったことをコンテンツプロバイダに通知すると、コンテンツプロバイダは、裁判所の命令に基づき、侵害情報に係る発信者情報(IPアドレス等)を裁判所に提出し、これによりアクセスプロバイダの特定が図られます。

発信者への開示命令・意見照会

アクセスプロバイダは、申立人から提供された情報(IPアドレス等)と自社の契約者情報を照合し、発信者の氏名・住所を特定します。その後、アクセスプロバイダは発信者に対して、再度、情報の開示に同意するかどうかの意見照会を行います。発信者が同意しなくても、裁判所が申立てに理由があると判断すれば、最終的に発信者情報開示命令が発令されます。

発信者が開示に同意しない場合のリスクと対応

発信者が意見照会に対して開示を拒否した場合、裁判手続で自身の投稿の正当性を主張していくことになります。しかし、裁判所が開示命令を発令すれば、発信者の意向にかかわらず情報は開示されます。発信者側は、投稿が正当な論評であることなどを客観的証拠で立証できなければ、開示を覆すことは困難です。安易に争うよりも、早期に被害者との示談交渉を行う方が、最終的な賠償額や費用の負担を抑えられる場合もあります。

申立てに必要な書類

申立書(記載事項のポイント)

申立書には、申立ての趣旨と理由を法的に説得力がある形で記載する必要があります。特に「権利侵害の明白性」や「開示を受けるべき正当な理由」については、具体的な事実を挙げて主張を組み立てます。多くの裁判所では、記載漏れを防ぎ、審理を効率化するための定型書式が用意されているため、これを利用するのが望ましいです。

権利侵害を証明する証拠資料

申立ての際には、権利が侵害されていることを客観的に示す証拠の提出が不可欠です。不十分な証拠では、申立てが認められない可能性が高まります。

主な証拠資料の例
  • 侵害投稿が掲載されたページのスクリーンショット(URLや投稿日時が分かるもの)
  • 投稿内容が虚偽であることを示す資料(例:会社の内部資料、契約書など)
  • 権利侵害によって生じた損害を示す資料(例:売上減少を示すデータなど)

資格証明書などの添付書類

申立ての際には、申立書や証拠資料のほかに、手続き上必要となる各種の書類を添付します。

主な添付書類
  • 当事者が法人の場合:代表者の資格を証明する登記事項証明書(発行から3か月以内)
  • 代理人弁護士に委任する場合:委任状
  • 申立手数料分の収入印紙
  • 裁判所からの書類送達に使う郵便切手

費用と期間の目安

裁判所に納める申立手数料・郵便料

発信者情報開示命令の申立てに必要な手数料は、1つの申立てにつき収入印紙1,000円です。提供命令や消去禁止命令を同時に申し立てる場合は、それぞれについて1,000円が追加で必要となります。このほか、書類の送達にかかる郵便切手を数千円分予納します。従来の手続で必要だった高額な担保金が原則不要となり、初期費用の負担は大きく軽減されました。

手続きにかかる期間の目安

新制度を利用した場合、申立てから発信者情報が開示されるまでの期間は、おおむね3か月から6か月程度が目安です。これは、従来の手続(約8か月から1年)に比べて大幅な短縮です。ただし、プロバイダがアクセスログを保存している期間は一般的に3か月から6か月と短いため、権利侵害を発見した場合は、証拠を保全した上で速やかに手続を開始することが極めて重要です。

情報開示後の法的措置

発信者に対する損害賠償請求

発信者の氏名・住所が特定できた場合、不法行為に基づいて損害賠償請求を行います。請求できる損害には、精神的苦痛に対する慰謝料のほか、特定にかかった弁護士費用や調査費用も含まれることがあります。法人の場合は、風評被害による売上減少といった逸失利益も請求可能ですが、投稿と損害との因果関係を厳密に立証する必要があります。

謝罪広告などの名誉回復措置

金銭的な賠償だけでは回復できない名誉毀損などについては、民法の規定に基づき、謝罪広告の掲載といった名誉回復措置を請求することも可能です。具体的には、発信者が利用するSNSアカウントやウェブサイトへの謝罪文の掲載などが考えられます。どのような措置が適切かは、事案に応じて慎重に検討します。

特定後の費用対効果と交渉戦略の立て方

法的措置を進める際は、弁護士費用などのコストが、回収できる賠償額を上回ってしまう「費用倒れ」のリスクを常に考慮する必要があります。特に、慰謝料額が低くなりがちな軽微な事案では、訴訟を提起する前に、内容証明郵便を送付して任意での謝罪や示談金の支払いを促す交渉を行うのが有効な戦略です。交渉の際は、再発防止のための違約金条項などを盛り込んだ和解書を作成し、紛争の根本的な解決を目指します。

弁護士への依頼も検討

弁護士に依頼するメリット

発信者情報開示請求は、法的な専門知識と迅速な対応が求められる複雑な手続です。弁護士に依頼することで、手続きを正確かつスムーズに進めることができます。

弁護士に依頼する主なメリット
  • 権利侵害の法的主張や証拠収集を的確に行える
  • ログの保存期間内に複数の手続を並行して進める厳格な進行管理が期待できる
  • 開示後の損害賠償請求や示談交渉まで一貫して任せられる
  • 感情的にならず、冷静かつ戦略的な対応が可能になる

専門分野に強い弁護士の選び方

この分野は専門性が高いため、弁護士であれば誰でもよいというわけではありません。以下の点を参考に、信頼できる弁護士を選ぶことが重要です。

弁護士選びのポイント
  • インターネット上の誹謗中傷問題に関する実務経験や解決実績が豊富か
  • 費用体系が明確で、費用倒れのリスクについても誠実に説明してくれるか
  • 連絡に対する応答が早く、円滑なコミュニケーションがとれるか

よくある質問

どこの裁判所に申し立てればよいですか?

相手方となるプロバイダの本店所在地を管轄する地方裁判所が原則です。ただし、東京地方裁判所と大阪地方裁判所は、それぞれ東日本・西日本の事案について広く管轄が認められています。

海外のSNS事業者にも請求できますか?

はい、可能です。海外の事業者であっても、日本法人や日本における代表者が登記されていれば、日本の裁判手続を利用して開示を請求できます。

申立てを途中で取り下げることは可能ですか?

はい、手続のどの段階でも取り下げることは可能です。ただし、裁判所に所定の書面を提出するなどの手続が必要です。

申立てが認められないのはどのようなケースですか?

申立てが認められない代表的なケースは以下の通りです。

申立てが棄却される主なケース
  • 投稿が単なる感想や意見にとどまり、権利侵害の明白性が認められない場合
  • 投稿内容が公共の利害に関する事実で、公益目的の正当な論評と判断された場合
  • プロバイダのログ保存期間が経過し、発信者の通信記録がすでに消去されている場合

まとめ:発信者情報開示命令を理解し、迅速な権利回復を目指す

本記事では、改正プロバイダ責任制限法で新設された発信者情報開示命令について、その概要から申立ての流れ、費用、期間までを解説しました。この制度は、一体的な非訟手続により、従来よりも迅速かつ低コストで投稿者を特定し、被害者の権利救済を図ることを目的としています。申立てが認められるには、「権利侵害の明白性」や「開示を受けるべき正当な理由」といった法的要件を、客観的な証拠をもって示す必要があります。重要な点の一つは、プロバイダのログ保存期間が3か月から6か月と短いため、権利侵害を発見したら迅速に手続きを開始することです。自社に対する権利侵害が疑われる場合は、まずは投稿の証拠を保全し、インターネット問題に詳しい弁護士へ相談して具体的な対応を検討しましょう。



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