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監査役の責任限定契約とは?締結要件から定款変更・登記手続きまで解説

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企業の監査役には、任務懈怠時に高額な損害賠償責任を負うリスクがあり、優秀な人材を確保する上で課題となることがあります。このリスクを軽減し、監査役が安心して職務に専念できる環境を整えるため、「責任限定契約」の導入を検討する企業が増えています。この記事では、監査役の責任限定契約制度の概要、締結に不可欠な法的要件、そして定款変更や登記を含む具体的な手続きの流れを網羅的に解説します。

目次

監査役の責任限定契約とは?制度の目的と対象者

役員の損害賠償責任を軽減し、優秀な人材を確保する制度

株式会社の監査役は、任務を怠ったことで会社に損害を与えた場合、会社法に基づき損害賠償責任を負います。この賠償額は時に莫大となり、個人の資産では到底賄いきれないリスクとなる可能性があります。このような過大な責任は、優秀な人材が監査役への就任を躊躇する原因となったり、就任後も責任追及を恐れて監査機能が十分に発揮されなかったりする「萎縮効果」を生む懸念があります。

そこで会社法は、役員が職務を遂行するにあたり善意かつ重大な過失がない場合に限り、あらかじめ会社との契約によって賠償責任額に上限を設けることができる責任限定契約の制度を定めています。この制度は、問題発生後に株主総会決議などで責任を免除する事後的な措置とは異なり、就任時などに事前にリスクの上限を明確にできる点が大きな特徴です。

責任限定契約制度の主な目的・メリット
  • 過大な賠償リスクを軽減し、監査役候補者の心理的ハードルを下げる
  • 企業が多様で優秀な人材を監査役として確保しやすくなる
  • 監査役が責任追及を過度に恐れることなく、職務に専念できる環境を整備する

契約の対象となる役員の範囲(監査役・会計参与・社外取締役など)

責任限定契約を締結できる役員等の範囲は、会社法で定められています。かつては社外役員などに限定されていましたが、平成26年の会社法改正により対象が拡大されました。監査役は、その職務の性質上、業務執行権限を持たないため、社外監査役か常勤の社内監査役かを問わず、すべての監査役が責任限定契約の対象となります。

一方で取締役については、代表取締役や業務執行取締役は対象外であり、主に社外取締役やその他の非業務執行取締役が対象となります。監査役は属性を問わず対象となるため、社内出身の常勤監査役であっても、定款に定めがあれば会社と契約を締結し、安心して監査業務に専念することが可能です。

責任限定契約の対象となる役員等(現行法)
  • 業務執行を行わない取締役(社外取締役など)
  • 会計参与
  • 監査役(社内・社外を問わない)
  • 会計監査人

責任限定契約を締結するための法的要件

定款に責任限定契約を締結できる旨の定めがあること

会社が監査役と責任限定契約を締結するための大前提として、定款にその旨の規定がなければなりません。会社法第427条第1項に基づき、「監査役と責任限定契約を締結することができる」といった内容の定めをあらかじめ設けておく必要があります。この規定は、個別の契約を可能にするための授権規定として機能します。

もし定款にこの規定がない場合は、まず株主総会の特別決議によって定款を変更し、規定を新設する手続きが必要です。また、この定款の定めは登記事項であるため、定款変更後は法務局での変更登記申請も行わなければなりません。

対象役員が任務を怠ったことに善意かつ重過失がないこと

責任限定契約を締結していても、いかなる場合でも責任が限定されるわけではありません。この契約の効力が発揮されるには、任務懈怠(任務を怠ること)について、その監査役に「善意でかつ重大な過失がないこと」が絶対条件となります。

責任限定が適用されるための条件
  • 善意であること: 自身の行為が任務懈怠にあたることを知らなかった状態を指します。
  • 重大な過失がないこと: わずかな注意を払えば容易に不正や損害の発生を防げたにもかかわらず、著しい不注意により見過ごした、というようなケースではないことを指します。

したがって、監査役が意図的に不正行為を見逃した場合(悪意)や、監査役として当然払うべき注意を著しく怠った場合(重過失)には、契約の効力は認められず、生じた損害の全額を賠償する責任を負うことになります。これは、本制度によるモラルハザードを防ぐための重要な仕組みです。

【要注意】法改正前の古い定款規定が残っていないか確認を

平成27年5月1日に施行された改正会社法より前から存在する会社では、定款の規定が古いままになっている可能性があるため注意が必要です。改正前の会社法では、責任限定契約の対象が「社外監査役」に限定されていました。

もし定款に「当会社は、社外監査役との間で責任限定契約を締結することができる」という古い規定が残っていると、その条文のままでは社内出身の常勤監査役と契約を締結することはできません。締結したとしても、定款の授権がない無効な契約と判断されるリスクがあります。

法改正に伴う定款規定の確認ポイント
  • 自社の定款に責任限定契約に関する規定があるか確認する
  • 規定がある場合、対象が「社外監査役」に限定されていないか文言を確認する
  • 社内監査役とも契約を結びたい場合、「社外」の文言を削除する定款変更を行う

責任が限定される範囲と最低責任限度額の計算方法

限定されるのは任務懈怠による損害賠償責任のみ

責任限定契約によって賠償額に上限が設けられるのは、あくまで会社法第423条第1項に基づく「会社に対する」損害賠償責任に限られます。株主や債権者、取引先といった第三者に対して負う損害賠償責任(会社法第429条)は、この契約の対象外です。

したがって、粉飾決算を見逃したことで損害を受けた投資家から直接訴えられた場合など、第三者に対する賠償責任は契約によって軽減されません。なお、株主が会社に代わって役員の責任を追及する株主代表訴訟は、会社に対する責任を問うものであるため、責任限定契約の効力が及びます。

責任の種類 契約の適用 具体例
会社に対する損害賠償責任 ◯(適用される) 任務懈怠により会社に損害を与えた場合の賠償(株主代表訴訟を含む)
第三者に対する損害賠償責任 ×(適用されない) 粉飾決算により損害を受けた投資家や債権者からの賠償請求
責任限定契約の適用範囲

会社法が定める最低責任限度額の具体的な算定方法

責任限定契約によって定められる賠償額の上限は、無制限に低く設定できるわけではありません。法律で定められた最低責任限度額を下回ることはできず、契約で定める限度額は「会社法が定める最低責任限度額」か「契約で定めた額」のいずれか高い方の額となります。

監査役の場合、最低責任限度額は、その役員が在職中に会社から受けた財産上の利益(報酬など)の年間合計額の2倍に相当する金額です。例えば、年間の役員報酬が1,000万円の監査役であれば、最低でも2,000万円までは賠償責任を負う必要があり、それ以下の金額に責任を限定することはできません。これは、役員の職責の重さに鑑みて法律が定める強行規定です。

契約締結後に注意すべきこと(契約が失効するケース)

一度締結した責任限定契約も、特定の状況下では将来に向かって効力を失うことがあります。また、任期ごとに契約手続きが必要となる点にも注意が必要です。

契約締結後の注意点
  • 契約の失効: 契約を締結した監査役が、退任後にその会社の業務執行取締役や使用人に就任した場合、監査役時代に結んだ契約は効力を失います。
  • 任期満了と再任: 監査役が任期満了で退任し、再任された場合、原則として新たな任期について再度契約を締結し直す必要があります(契約書に自動更新条項がある場合を除く)。

監査役との責任限定契約|締結から登記までの手続きフロー

【ステップ1】株主総会の特別決議による定款変更

監査役と責任限定契約を結ぶための第一歩は、定款にその根拠となる規定を設けることです。定款変更は株主総会の特別決議が必要であり、議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成が求められます。

特に、監査役の責任限定に関する定款変更議案を株主総会に提出するには、監査役全員の同意を得る必要があります。これは、取締役が監査役の責任を安易に軽減することを防ぎ、監査役の独立性を守るための重要な手続きです。

【ステップ2】取締役会決議に基づく責任限定契約の締結

定款変更の効力が発生した後、会社と対象となる監査役との間で個別に責任限定契約書を締結します。この契約締結は会社の重要な業務執行にあたるため、取締役会設置会社では取締役会の決議によって承認される必要があります。

責任限定契約書の主な記載事項
  • 契約の当事者(会社および監査役)
  • 限定される責任の範囲(会社に対する任務懈怠責任であること)
  • 責任が限定されるための要件(善意・無重過失)
  • 賠償責任の限度額(最低責任限度額など)
  • 契約の有効期間や効力発生日

契約書は通常2通作成し、会社と監査役本人がそれぞれ署名または記名押印のうえ、1通ずつ保管します。

【ステップ3】法務局への変更登記申請

「責任限定契約を締結することができる」旨の定款の定めは、登記事項です。そのため、株主総会で定款変更が決議された日から2週間以内に、会社の本店所在地を管轄する法務局に変更登記を申請しなければなりません。この登記により、会社の登記事項証明書に規定の存在が公示され、第三者もその事実を確認できるようになります。なお、登記申請の際には、登録免許税として3万円が必要です。

登記申請の必要書類と登記すべき事項の記載例

責任限定契約に関する定款変更の登記申請には、主に以下の書類が必要となります。登記すべき事項の正確な記載については、司法書士などの専門家に相談することをお勧めします。

登記申請の主な添付書類
  • 変更登記申請書
  • 株主総会議事録(定款変更を決議したもの)
  • 株主リスト

登記すべき事項の記載例としては、「役員等責任限定契約の規定」という項目を設け、「監査役と会社法第427条第1項の契約を締結することができる。」のように記載します。

監査役の責任限定契約に関するよくある質問

監査役が複数いる場合、全員と契約を結ぶ必要がありますか?

法律上、定款に定めがあるからといって、在任するすべての監査役と契約を締結する義務はありません。特定の監査役とのみ契約することも可能です。ただし、監査役という同じ役職でありながら契約の有無で責任の範囲に差が生じるのは、公平性の観点から望ましくありません。そのため、実務上は、常勤・非常勤や社内・社外の別を問わず、対象となる監査役全員と一律に契約を締結するのが一般的です。

取締役会を設置していない会社の場合、手続きはどうなりますか?

取締役会を設置していない会社でも、責任限定契約を締結することは可能です。定款変更に株主総会の特別決議が必要な点は同じです。契約締結の承認プロセスが異なり、取締役会決議の代わりに取締役の過半数の決定によって契約締結を承認します。取締役が1名の場合は、その取締役の決定によります。後のトラブルを避けるためにも、決定内容を証明する書面(決定書など)を作成・保管しておくことが重要です。

任期の途中から責任限定契約を締結することは可能ですか?

はい、可能です。監査役の任期の途中からでも、株主総会で定款変更を行えば、責任限定契約を締結できます。ただし、その契約の効力は契約締結後に発生した任務懈怠行為に対してのみ適用され、契約前に生じた事象に遡って責任を限定することはできません。あくまで将来のリスクに備えるための契約となります。

まとめ:監査役の責任限定契約で、優秀な人材確保とガバナンス強化を

本記事では、監査役の責任限定契約について、その目的から具体的な手続きまでを解説しました。この制度は、監査役が負う過大な損害賠償リスクをあらかじめ限定することで、優秀な人材の確保を容易にし、監査役が萎縮することなく職務に専念できる環境を整える重要なガバナンス施策です。締結には、株主総会の特別決議による定款変更と登記、そして対象となる任務懈怠が善意・無重過失であることなど、厳格な法的要件を満たす必要があります。第三者に対する責任は対象外となる点や、最低責任限度額の規定も理解しておくべき重要なポイントです。自社での導入を検討する際は、まず定款の規定を確認し、必要に応じて司法書士などの専門家と連携しながら、株主総会の準備を進めることが最初のステップとなるでしょう。

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