代表取締役の退任届の書き方と登記手続き|ケース別の文例と注意点を解説
代表取締役が退任する際には、法的な手続きを正確に進めることが極めて重要です。特に、役員変更登記の起点となる退任届(辞任届)は、記載事項や押印の種類など、法的な要件を正しく満たさなければなりません。後々のトラブルを避け、登記申請を不備なく進めるためにも、正しい知識に基づいた書類作成が不可欠です。この記事では、代表取締役の退任届(辞任届)の法的な意味合いから、すぐに使えるケース別の文例、提出後の登記手続きまでを網羅的に解説します。
代表取締役の退任届とは?辞任届との違い
「退任届」と「辞任届」の法的な意味合いの違い
会社法上の役員がその地位を離れる際、「退任」と「辞任」という言葉は似ていますが、法的な意味合いは異なります。「退任」は、任期満了、辞任、解任、死亡、欠格事由への該当など、役員が地位を失うすべての原因を含む包括的な用語です。一方で「辞任」は、役員が任期の途中で自らの意思によって、会社との委任契約を解除する行為を指す、より限定的な概念です。
したがって、「辞任届」は任期中に自発的に職を辞することを通知する特定の文書を指します。任期満了による退任は、定款で定められた期間の終了と定時株主総会の終結をもって自動的に発生するため、本来は届出を必要としません。しかし、実務上は意思確認や引き継ぎのために「退任届」という名称の書類を提出することがあります。
登記申請においては、この違いが重要になります。自らの意思で辞める場合は登記原因が「辞任」となり、任期満了の場合は「退任」と明確に区別して記載されるため、書類の名称もそれに合わせることが望ましいです。
| 項目 | 退任 | 辞任 |
|---|---|---|
| 意味 | 任期満了、辞任、解任、死亡など、役員の地位を離れること全般を指す総称 | 役員が任期途中で自らの意思により役員の地位を離れること |
| 原因 | 任期満了、辞任、解任、死亡、欠格事由など多岐にわたる | 役員自身の自発的な意思表示 |
| 提出書類(例) | 退任届、辞任届、解任決議の議事録など | 辞任届 |
| 商業登記上の原因 | 「退任」「辞任」「解任」など、事実に応じた記載 | 「辞任」 |
辞任の意思表示は口頭でも有効か
会社と取締役の関係は民法の委任契約に関する規定に従うため、辞任の意思表示は法律上、口頭でも有効です。書面の提出は必須要件ではなく、会社側に辞任の意思が伝わった時点でその効力は発生し、相手方の承諾も必要ありません。
しかし、口頭での意思表示は「言った、言わない」という水掛け論に発展しやすく、後日、辞任の事実やその日付を巡って紛争になった際に証明が困難になります。そのため、法的には有効であっても、企業法務の実務においては口頭のみで処理することは極めて稀であり、後のトラブルを避けるために書面で証拠を残すことが強く推奨されます。
なぜ書面での退任届(辞任届)が必要になるのか
書面での辞任届が実務上不可欠とされる理由は、主に以下の3点です。
- 法務局への登記申請: 役員変更登記を申請する際、辞任の事実を証明する書面として辞任届の原本の添付が求められることが多いため。
- 社内での記録: 役員報酬や退職慰労金の計算、社会保険手続きなどにおいて、正確な辞任日を確定させるための公式な記録となるため。
- 対外的な責任の明確化: 辞任後に会社で問題が発生した場合、すでに経営に関与していなかったことを証明し、善管注意義務違反などの責任を回避するための重要な証拠となるため。
代表取締役の退任届の書き方と必須記載事項
退任届に記載すべき必須項目一覧
退任届(辞任届)に法律で定められた厳格な書式はありませんが、登記手続きや社内処理を円滑に進めるためには、以下の項目を漏れなく記載する必要があります。
- 辞任する旨の明確な意思表示(例:「辞任いたします」)
- 辞任する役職名(「代表取締役」のみか、「取締役」の地位も含むか)
- 辞任の効力が発生する日付(辞任日)
- 届出を作成した日付(届出日)
- 本人の住所および氏名(登記簿上の住所と一致していることが望ましい)
- 本人の押印(代表取締役は原則として個人の実印。その際、印鑑証明書の添付が求められることがある。)
- 宛名(会社の正式名称と代表者名)
宛名(提出先)の正しい書き方
辞任届の宛名は、原則として会社そのものとなります。具体的には、会社の正式商号を記載し、その下に代表取締役の氏名を「殿」などの敬称付きで記すのが一般的です(例:株式会社〇〇 代表取締役 〇〇 殿)。
辞任する本人が代表取締役で、他に代表取締役がいる場合は、その別の代表取締役を宛名とします。代表取締役が自分一人の場合は、形式的には会社宛てとしつつ、実質的には取締役会や株主総会といった会社の機関に対して意思表示を行うことになります。宛名を略称で記載したり、代表者名を省略したりすると正式な書類として扱われない可能性があるため、登記簿謄本などで正確な情報を確認しましょう。
退任理由の記載は必要か
辞任届に詳細な退任理由を記載する法的な義務はありません。実務上は「一身上の都合により」という定型句を用いるのが一般的です。病気療養や家庭の事情といった具体的な理由があったとしても、辞任届は登記申請の添付書類として第三者の目に触れる可能性があるため、プライバシーに関わる情報を詳しく記載する必要はありません。
ただし、会社との意見対立や不正行為への加担を拒否するなど、後日の紛争に備えて自身の立場を明確にしておきたい特別な事情がある場合には、あえて具体的な理由を記載することもあります。しかし、通常の円満な辞任手続きにおいては、簡潔な定型文で済ませるのが無難です。
日付の記載方法(退任日と届出日)
退任届には「辞任日」と「届出日」という2種類の日付を記載するため、混同しないよう注意が必要です。
- 辞任日: 役員としての地位を辞する効力が発生する日です。「令和〇年〇月〇日をもって辞任いたします」と記載し、この日付が登記簿上の退任年月日となります。
- 届出日: 退任届という文書を作成・提出した日です。通常は署名・押印の近くに記載します。
重要なのは、届出日は辞任日と同日か、それより前の日付でなければならないという点です。未来の日付を辞任日として指定することは可能ですが、届出日よりも過去の日付を辞任日とすることは、原則として登記実務上認められません。
【ケース別】代表取締役の退任届の文例
文例1:代表取締役と取締役の地位を併せて辞任する場合
代表取締役が会社経営から完全に離れる場合は、代表取締役の地位だけでなく、取締役としての地位も同時に辞任する必要があります。この意思を明確にするため、辞任届には両方の役職を明記します。
(文例) 辞任届
私儀 このたび、一身上の都合により、令和〇年〇月〇日をもって、貴社の代表取締役および取締役を辞任いたします。
令和〇年〇月〇日
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇‐〇‐〇 氏名 〇〇 〇〇 ㊞
株式会社〇〇 代表取締役 〇〇 〇〇 殿
文例2:代表取締役の地位のみを辞任する場合
経営の第一線からは退くものの、平取締役として会社に残り、経営の監督や助言を続ける場合は、代表取締役の地位のみを辞任する旨を明確に記載します。これにより、取締役としての地位は継続されます。
(文例) 辞任届
私儀 このたび、一身上の都合により、令和〇年〇月〇日をもって、貴社の代表取締役の地位を辞任いたします。 なお、取締役としては引き続きその職務を遂行いたします。
令和〇年〇月〇日
住所 〇〇県〇〇市〇〇町〇‐〇‐〇 氏名 〇〇 〇〇 ㊞
株式会社〇〇 代表取締役 〇〇 〇〇 殿
退任届の作成・提出における法的な注意点
退任届に押印する印鑑は実印であるべきか
辞任届に押印する印鑑は、辞任する役員の地位によって要件が異なります。特に代表取締役の場合は、虚偽の登記を防ぐため厳格なルールが定められています。
| 辞任する役員 | 必要な印鑑 | 備考 |
|---|---|---|
| 代表取締役(法務局に印鑑届出あり) | 個人の実印(印鑑証明書の添付が必須) | 登記申請の真正性を担保するため、個人の実印での押印と印鑑証明書の添付が必須となります。 |
| 代表取締役以外(平取締役、監査役など) | 認印でも可 | 登記手続き上は認印でも受理されますが、トラブル防止のため実印での押印が推奨されます。 |
辞任後も責任が残る「権利義務取締役」とは
辞任届を提出しても、直ちに役員としての責任から完全に解放されないケースがあります。会社法では、役員の辞任によって法律または定款で定められた役員の最低員数を満たさなくなる場合、後任者が就任するまで、辞任した役員は引き続き役員としての権利と義務を負うと定められています。これを「権利義務取締役」と呼びます。
例えば、取締役会設置会社(取締役3名以上が必須)で取締役が3名しかおらず、そのうち1名が辞任するケースがこれに該当します。この状態では辞任の登記も受理されず、後任者が就任するまでの間は、会社に対して善管注意義務などの法的責任を負い続けます。この状態を解消するには、会社が速やかに後任者を選任する必要があります。
作成した退任届の提出先と提出方法
作成した退任届は、会社の代表取締役または取締役会に提出します。提出方法に法的な定めはありませんが、確実に提出した事実を証明するために、記録が残る方法を選択することが重要です。
特に会社との関係が悪化している場合は、「受け取っていない」と主張されるリスクを避けるため、内容証明郵便や配達証明付き郵便を利用するのが最も確実です。手渡しする場合は、受領印のある受領証を交付してもらうとよいでしょう。また、提出前に必ず提出する辞任届のコピーを控えとして保管しておくことが大切です。
受理した退任届の社内での取り扱いと保管方法
会社が退任届を受理した場合、その原本は役員変更登記の重要な添付書類となるため、慎重に取り扱う必要があります。受理後は速やかに記載内容(特に日付や押印)に不備がないかを確認し、取締役会などで報告の上、後任選任の手続きを進めます。
登記申請に使用した後も、役員の変更に関する重要な記録として、その写しを会社に保管しておくべきです。会社法では、議事録などの関連書類と共に、最低10年間は本店で保管することが義務付けられています。税務調査などで役員の在任期間の証明を求められることもあるため、適切に管理しましょう。
退任届提出後に行う役員変更登記の手続き
役員変更登記の申請期限と懈怠した場合のリスク
役員が辞任し、登記事項に変更が生じた場合、会社は辞任の効力が発生した日から2週間以内に、本店所在地を管轄する法務局へ変更登記を申請しなければなりません。この期限は非常に短いため、迅速な対応が求められます。
正当な理由なくこの期限を過ぎて申請した場合、「登記懈怠(とうきけたい)」と見なされ、会社の代表者個人に対して100万円以下の過料が科される可能性があります。さらに、長期間登記を放置すると、事業を継続していないと判断され、法務局の職権で会社が解散させられる「みなし解散」の対象となるリスクもあります。
登記申請の際に必要となる書類
代表取締役の辞任に伴う変更登記では、主に以下の書類が必要となります。ただし、会社の機関設計や後任選任の有無によって変動するため、事前に法務局や専門家に確認することをお勧めします。
- 株式会社変更登記申請書
- 辞任届(原本)
- 印鑑証明書(辞任届に個人の実印を押した場合)
- 株主総会議事録(後任を選任した場合など)
- 株主リスト(株主総会の決議が必要な場合)
- 就任承諾書(後任者がいる場合)
- 委任状(司法書士などの代理人に依頼する場合)
登記申請から完了までの基本的な流れ
役員変更登記の手続きは、以下の流れで進めるのが一般的です。
- 辞任届を受理し、辞任日を確定させます。
- 変更登記申請書や辞任届、印鑑証明書などの必要書類を準備します。
- 登録免許税(1万円または3万円)相当額の収入印紙を貼付し、管轄の法務局に申請します。
- 法務局での審査(通常1~2週間程度)を経て、登記が完了します。
- 登記完了後、登記事項証明書を取得し、変更内容が正しく反映されているかを確認します。
後任者の登記と同時に申請する場合の注意点
辞任する役員の後任者を同時に選任して登記する場合、辞任と就任の登記を1通の申請書でまとめて行うのが効率的です。この際の注意点は、日付の整合性です。前任者の辞任日と後任者の就任日に空白期間が生じないよう、日付を連続させるか、同日に設定する必要があります。
特に、役員の員数不足で権利義務取締役が発生するケースでは、後任者の就任が前任者の退任の前提条件となるため、両者の登記は必ず同時に申請しなければなりません。また、登録免許税は申請1件ごとに課税されるため、辞任と就任を一度に申請すれば、費用を1回分に抑えることができます。
代表取締役の退任に関するよくある質問
代表取締役が1名しかいない場合、後任者が未定でも退任できますか?
代表取締役が1名しかいない会社では、後任者が決まっていなければ実質的に退任することはできません。辞任届を提出しても、後任の代表取締役が就任するまでは「権利義務代表取締役」として会社の代表者としての責任を負い続け、退任の登記も受理されません。
したがって、代表取締役としての責任から完全に解放されるためには、株主総会などで後任者を必ず選任し、その就任登記を完了させる必要があります。後任者が見つからない場合は、裁判所に一時代表取締役の選任を申し立てるか、会社の解散・清算を検討することになります。
一度提出した退任届を撤回することは可能ですか?
辞任の意思表示は会社に到達した時点で効力が発生する単独行為であるため、一度提出した辞任届を原則として一方的に撤回することはできません。
ただし、会社側が撤回に同意し、まだ登記申請や対外的な公表が行われていない段階であれば、当事者間の合意によって辞任をなかったことにすることは可能です。しかし、すでに後任選定の手続きが進んでいる場合など、会社側に不利益が生じる状況では撤回が認められない可能性が高いため、辞任届の提出は慎重に行うべきです。
役員変更登記にかかる登録免許税はいくらですか?
役員変更登記にかかる登録免許税は、会社の資本金の額によって決まります。
- 資本金が1億円以下の会社:1万円
- 資本金が1億円を超えるの会社:3万円
この税額は申請1件あたりの定額であり、変更される役員の人数には影響されません。一度の申請で複数名の役員が辞任・就任しても、上記の金額は変わりません。
まとめ:代表取締役の退任届は法務・登記の要となる重要書類
本記事では、代表取締役の退任届(辞任届)の作成方法から登記手続きまでを解説しました。退任届は、単なる社内手続きの書類ではなく、役員変更登記の根拠となる法的に極めて重要な文書です。作成にあたっては、辞任する役職の範囲を明確にし、辞任日を正確に記載した上で、原則として個人の実印で押印し、印鑑証明書を添付する必要があります。また、辞任届の提出後は2週間以内に変更登記を申請する義務があり、後任者が決まらない場合は「権利義務取締役」として責任が継続する点にも注意が必要です。本記事の文例を参考に、自社の状況に応じた適切な書類を作成し、必要に応じて司法書士などの専門家と連携しながら、円滑に手続きを進めてください。

