特定責任追及の訴え(多重代表訴訟)とは?要件や手続き、株主代表訴訟との違いを解説
グループ経営が主流となる現代において、子会社の役員の責任をいかに追及するかは、親会社の経営者や株主にとって重要な経営課題です。子会社で不正や任務懈怠が発生した際、その損害は親会社の企業価値にも直結しますが、責任追及が適切に行われないケースも少なくありません。このような状況に対応するため、2015年の会社法改正で導入されたのが「特定責任追及の訴え(多重代表訴訟)」制度です。この記事では、特定責任追及の訴えの定義や目的、提訴の要件、手続きの流れといった実務的な知識を網羅的に解説します。
特定責任追及の訴え(多重代表訴訟)とは
特定責任追及の訴えの定義と目的
特定責任追及の訴えとは、親会社の株主が、その子会社の取締役などの役員に対して経営責任を追及するために提起する訴訟のことです。実務では「多重代表訴訟」とも呼ばれます。通常の株主代表訴訟が自社の役員を対象とするのに対し、この制度は資本関係のある別法人の役員を対象とする点が大きな特徴です。
現代の企業経営では持株会社を中心としたグループ経営が一般的ですが、事業を担う子会社で役員の不正や任務懈怠が発生すると、その損害は親会社の企業価値を低下させ、最終的に親会社の株主の利益を害します。しかし、子会社役員を監督すべき親会社の取締役が、人的関係などから責任追及をためらうケースは少なくありません。
そこで、親会社が子会社役員の責任を追及しない場合に、親会社の株主が代わって訴えを起こせるようにしたのが本制度です。この制度には、損害を回復するだけでなく、子会社の経営に対する監督を強化し、企業グループ全体のガバナンスを向上させるという重要な目的があります。
2015年会社法改正で制度が導入された背景
多重代表訴訟制度が導入された背景には、企業形態の変化に伴う「株主権の縮減」という問題がありました。1997年の独占禁止法改正で持株会社が解禁されて以降、多くの企業が事業部門を子会社化し、親会社がグループ全体の経営管理に専念する体制へ移行しました。
この結果、親会社の株主は、実際の事業を行っている子会社の取締役に対して直接経営を監督する手段を失ってしまいました。子会社の経営状態は親会社の企業価値に直結するにもかかわらず、親会社株主の権限が事実上、形骸化してしまったのです。
このような構造的な問題に対処し、多層的な親子会社関係を悪用した無責任な経営を防ぐため、2014年の会社法改正(2015年5月施行)で多重代表訴訟制度が創設されました。ただし、経済界からは濫訴(訴権の濫用)を懸念する声も上がったため、提訴できる株主や対象となる子会社の範囲を限定するなど、経営の機動性を損なわないよう慎重な制度設計がなされています。
従来の株主代表訴訟との主な違い
提訴できる株主の範囲
特定責任追及の訴えは、従来の株主代表訴訟と比べて、提訴できる株主の要件が厳しく設定されています。これは、子会社への過度な干渉や濫用的な訴訟を防ぐためです。
| 項目 | 従来の株主代表訴訟 | 特定責任追及の訴え |
|---|---|---|
| 株主権の種類 | 単独株主権(原則として誰でも可能) | 少数株主権(一定数以上の株式保有が必要) |
| 株式保有要件 | 原則として1株以上 | 総議決権または発行済株式の100分の1以上 |
| 株式継続保有 | 公開会社の場合、6か月以上の継続保有が必要 | 最終完全親会社等が公開会社の場合、6か月以上の継続保有が必要 |
| 提訴できる株主 | 対象役員が所属する会社の株主 | 最終完全親会社等の株主のみ |
このように、特定責任追及の訴えを提起できるのは、グループの頂点に立つ会社の主要株主に限定されており、中間持株会社の株主などは提訴できません。
訴訟の対象となる役員と責任の範囲
訴訟の対象となる役員や責任の範囲にも違いがあります。特定責任追及の訴えは、グループ経営の根幹に関わる重大な責任に焦点を当てています。
| 項目 | 従来の株主代表訴訟 | 特定責任追及の訴え |
|---|---|---|
| 対象となる法人 | 提訴株主が所属する会社 | 親会社が100%の株式を保有する完全子会社(重要性基準あり) |
| 対象となる者 | 発起人、取締役、監査役、会計監査人など広範 | 完全子会社の役員等 |
| 追及できる責任 | 任務懈怠責任、利益供与の返還義務など | 特定責任(主に任務懈怠による損害賠償責任)に限定 |
「特定責任」とは、子会社の役員が任務を怠ったことで子会社に生じた損害賠償責任などを指します。従来の代表訴訟で対象となる利益供与の返還請求などは特定責任に含まれません。
また、対象となる子会社は、親会社が直接または間接に100%の株式を保有する完全子会社であり、かつ、責任の原因となった事実が生じた日において、その子会社株式の帳簿価額が親会社の総資産額の5分の1を超えるという「重要性基準」を満たす必要があります。
手続き上の相違点
訴訟を提起するまでの手続きにも、いくつかの重要な違いが存在します。
| 項目 | 従来の株主代表訴訟 | 特定責任追及の訴え |
|---|---|---|
| 提訴請求の相手方 | 役員が所属する会社 | 役員が所属する子会社 |
| 検討期間 | 請求から60日以内 | 請求から60日以内 |
| 管轄裁判所 | 会社の本店所在地を管轄する地方裁判所 | 子会社の本店所在地を管轄する地方裁判所 |
| 訴訟手数料(印紙代) | 請求額にかかわらず一律1万3000円 | 請求額にかかわらず一律1万3000円 |
最大の違いは、役員の責任を追及するよう求める「提訴請求」の相手方です。特定責任追及の訴えでは、親会社ではなく、損害賠償請求権の主体である子会社に対して直接請求します。また、裁判の管轄が子会社の本店所在地になる点も注意が必要です。
特定責任追及の訴えを提起するための要件
提訴権者となる「最終完全親会社等」の株主の資格
特定責任追及の訴えを提起できるのは、企業グループの最上位に位置する「最終完全親会社等」の株主に限られます。最終完全親会社等とは、ある株式会社の完全親会社であり、かつ、その会社自身にはさらに親会社が存在しない会社を指します。
提訴を検討する株主は、以下のすべての要件を満たす必要があります。
- 最終完全親会社等の株主であること
- 総株主の議決権または発行済株式の100分の1以上を保有していること
- 最終完全親会社等が公開会社である場合、6か月以上継続して株式を保有していること
これらの要件は、訴訟が提起された後も維持する必要があります。もし株式の保有割合が基準を下回った場合、原則として原告としての資格を失います。
対象となる子会社・孫会社の範囲
訴訟の対象とできるのは、親会社の完全子会社または完全孫会社のうち、特定の条件を満たす重要な会社に限られます。
- 最終完全親会社等によって発行済株式のすべてが保有されている完全子会社であること
- 外部の少数株主が一人も存在しないこと
- 重要性基準を満たすこと(責任原因事実が生じた日において、子会社株式の帳簿価額が親会社の総資産額の5分の1を超えていること)
外部の株主がいる子会社は対象外です。なぜなら、その株主自身が通常の株主代表訴訟を提起できるため、親会社株主による代位的な訴訟を認める必要がないからです。重要性基準は、グループ経営への影響が軽微な事案での濫訴を防ぐ目的で設けられています。
訴えの対象となる「特定責任」とは
株主が追及できる責任は「特定責任」に限定されます。これは、子会社の役員等が任務を怠ったことにより、子会社に生じさせた損害を賠償する責任(会社法423条1項)が中心です。
具体的に、特定責任に含まれるものと、含まれないものの例は以下の通りです。
- 含まれるもの: 善管注意義務違反や忠実義務違反など、役員の任務懈怠に基づく損害賠償責任
- 含まれないものの例: 違法な利益供与を受けた者への返還請求、不公正な価額で株式を引き受けた者の差額支払責任
特定責任追及の訴えは、あくまで役員の経営上の任務懈怠によって生じた損害の回復を目的としており、会社と第三者間の不適切な取引の是正などを目的とする請求は対象外とされています。また、この制度が施行された2015年5月1日以降に発生した原因事実に基づく責任のみが対象となります。
制度利用の注意点:親会社への損害がない場合は提訴できない
この制度を利用する上で、極めて重要な注意点があります。それは、子会社に損害が発生した場合でも、その結果として最終完全親会社等に損害が生じていなければ、訴えを提起できないというルールです。
例えば、ある子会社から親会社や他の兄弟会社へ不当に安価な価格で資産が移転された場合、子会社には損失が発生しますが、グループ全体で見れば資産は外部に流出していません。このようなグループ内での利益移転のケースでは、親会社の株主価値は実質的に損なわれていないと判断され、訴えが認められない可能性があります。
この「親会社への損害不発生」の事実は、訴えられた役員側が主張・立証する責任を負います。被告役員は、当該取引がグループ全体の利益に資するものであったと反論することが想定されます。
特定責任追及の訴えを提起する手続きの流れ
特定責任追及の訴えを提起する手続きは、大きく3つのステップに分かれます。
- ステップ1:子会社等に対する責任追及等の催告
株主は、まず訴訟を提起する前に、子会社に対して役員の責任を追及するよう書面で請求(提訴請求)しなければなりません。請求の際には、責任を追及する役員、原因となる事実、請求の趣旨を具体的に記載する必要があります。子会社はこの請求を受けてから60日間、自ら提訴するかどうかを検討します。
- ステップ2:子会社等が提訴しない場合の提訴予告通知
- ステップ3:裁判所への訴えの提起
60日が経過しても子会社が訴えを提起しない場合、株主は自ら訴訟を提起できます。この際、訴訟の準備として「提訴予告通知」を役員に送付することで、提訴前照会制度を利用し、子会社の内部資料など、主張の裏付けに必要な情報の開示を求めることが可能です。
準備が整ったら、子会社の本店所在地を管轄する地方裁判所に訴状を提出します。訴状には、株主としての資格や提訴請求などの手続き要件を満たしていることを証明する資料を添付します。訴訟が提起された後、原告株主は親会社に対して訴訟があったことを通知(訴訟告知)する義務があります。
特定責任追及の訴えに関するよくある質問
訴訟にかかる弁護士費用は誰が負担しますか?
弁護士費用の負担は、訴訟の結果によって変わります。
- 株主が勝訴した場合: 株主は、会社のために行動したと認められ、訴訟のために支出した弁護士費用等を、裁判所が認める相当な範囲で会社に請求できます。
- 株主が敗訴した場合: 弁護士費用は株主の自己負担となります。日本の民事訴訟では、原則として相手方に弁護士費用を請求することはできません。
- 株主が悪意で提訴した場合: 例外的に、株主が会社に損害を与える目的で不当な訴訟を起こしたと認められる場合には、会社が訴訟対応で支出した弁護士費用等を、株主が賠償する責任を負う可能性があります。
勝訴した場合、損害賠償金は誰のものになりますか?
株主が勝訴して役員への損害賠償が命じられた場合、その賠償金は原告株主ではなく、損害を被った子会社に支払われます。この訴訟は、あくまで子会社が持つ損害賠償請求権を株主が代わりに行使する制度だからです。
株主が得る利益は、子会社の財産が回復することで企業価値が高まり、その結果として親会社の保有する株式価値や、ひいては自身の持つ株式の価値が向上するという間接的なものになります。株主が自身の受けた直接的な損害の賠償を求める場合は、別の訴訟を検討する必要があります。
提訴された役員はどのような対応が考えられますか?
訴えられた役員側は、以下のような法的手段で対抗することが考えられます。
- 担保提供命令の申立て: 原告株主の訴えが悪意によるものと疑われる場合に、裁判所に対して、株主に担保を提供するよう命じることを求めます。
- 経営判断原則の主張: 行為当時に得られた情報に基づき、合理的な経営判断として行ったものであり、任務懈怠にはあたらないと反論します。
- 訴訟要件の欠如を主張: 親会社への損害不発生や、対象子会社が重要性基準を満たさないことなどを理由に、訴えの却下を求めます。
- 経済的防衛策の活用: 役員等賠償責任保険(D&O保険)を利用して弁護士費用や賠償金を填補したり、事前に締結した責任限定契約に基づき賠償額の減免を主張したりします。
株主から責任追及の催告を受けた場合、会社はどう対応すべきですか?
子会社が株主から提訴請求を受けた場合、誠実かつ迅速な対応が求められます。具体的な対応手順は以下の通りです。
- 客観的な調査の開始: まず、請求内容の事実関係について調査を開始します。馴れ合いを避けるため、社外取締役や弁護士などで構成される第三者委員会を設置することが望ましいです。
- 60日以内の提訴判断: 調査結果に基づき、請求の日から60日以内に、会社として役員の責任を追及する訴えを提起するかどうかを決定します。
- 提訴または不提訴理由の通知: 会社として提訴する場合は、速やかに訴訟を提起します。提訴しないと判断した場合は、調査内容や法的判断の根拠を具体的に記載した「不提訴理由通知書」を株主に送付する義務があります。
- 株主による提訴への対応: 株主が代表訴訟を提起した場合、会社は訴訟に補助参加するか、中立の立場をとるかなどを慎重に検討します。
まとめ:多重代表訴訟を理解し、グループガバナンスを強化する
特定責任追及の訴え(多重代表訴訟)は、親会社の株主が子会社の役員の責任を追及し、グループ全体のガバナンスを強化するための重要な制度です。ただし、従来の株主代表訴訟とは異なり、提訴できるのは最終完全親会社の1%以上の株式を保有する株主に限定され、対象も重要性基準を満たす完全子会社の「特定責任」に限られるなど、濫訴を防ぐための厳格な要件が定められています。特に、子会社に損害が生じても親会社に損害がなければ提訴できない点や、提訴請求の相手方が子会社である点は、実務上注意すべき重要なポイントです。経営者や法務担当者としては、この制度の存在を前提としたガバナンス体制の構築が求められます。一方、株主がこの制度の利用を検討する際は、厳格な要件を満たしているか、弁護士などの専門家と慎重に確認することが不可欠です。

