給与カット(減給)の合法的な進め方とは?4つのケースと手続き、上限額を解説
企業の業績不振や従業員の勤怠問題などを背景に、給与カット(減給)を検討することは、経営上の重要な判断の一つです。しかし、給与は従業員の生活の基盤となる極めて重要な労働条件であり、法的な手続きを誤ると深刻な労使トラブルに発展しかねません。この記事では、給与カットが法的に認められる4つのケースについて、それぞれの理由に応じた具体的な条件、減額の上限、そして適法に進めるための手続きを網羅的に解説します。
給与カット(減給)の基本原則と認められるケース
使用者による一方的な給与カットは原則として違法
労働契約において、賃金は使用者と労働者の合意に基づく最も重要な要素です。そのため、どちらか一方が労働者の同意なく一方的に給与を減額することは、原則として違法となります。これは、労働契約法第9条で、使用者が労働者の同意を得ずに一方的に労働条件を不利益に変更することは原則として認められないこと、また労働基準法第24条で賃金の全額払いが義務付けられていることによります。
会社の業績不振などを理由に一方的な給与カットが行われた場合、それは実質的な賃金未払いとみなされます。労働者は差額分の支払いを請求でき、会社側は未払い賃金に加えて遅延損害金の支払いを命じられる可能性があります。したがって、いかなる経営上の理由があっても、法的に定められた手続きを経ない一方的な減給は認められません。
適法性が認められる4つのケースの概要
例外的に給与の減額が法的に認められるのは、厳格な要件を満たした場合に限られます。主に以下の4つのケースが該当します。
- 従業員の個別同意を得るケース: 労働者一人ひとりが、自由な意思に基づいて減給に合意する場合です。
- 就業規則の不利益変更によるケース: 高度の経営上の必要性など合理的な理由があり、適正な手続きを経て就業規則を変更する場合です。
- 懲戒処分によるケース: 従業員の服務規律違反に対し、就業規則に定められた制裁として減給を行う場合です。
- 人事評価や降格に伴うケース: 職務内容や役割の変更に応じて給与が変動する制度に基づき、人事権の行使として行われる場合です。
ケース1:従業員の個別同意を得て減給する場合
同意を得るための手続きと適切な進め方
従業員から減給に関する個別の同意を得る際は、形式的ではなく、実質的な納得を得るための誠実なプロセスが不可欠です。適切な手続きは以下の通りです。
- 経営状況と減給内容の丁寧な説明: 財務資料など客観的なデータを用いて、減給の必要性、減給幅、期間、回復時の見通しなどを具体的に説明します。
- 個別面談の実施: 全体説明の後、従業員一人ひとりと面談し、個別の質問や懸念に真摯に対応します。
- 十分な熟慮期間の付与: その場で即決を迫らず、従業員が冷静に判断できるよう、数日から1週間程度の検討期間を設けます。
- 書面による合意の締結: 最終的に合意に至った場合、後のトラブルを防ぐために必ず書面で「労働条件変更合意書」などを取り交わします。
同意の有効性が認められるための要件(自由な意思に基づくこと)
従業員から同意書を取得しても、その同意が本人の自由な意思に基づいていなければ法的に無効と判断されることがあります。裁判例(山梨県民信用組合事件など)でも、同意の有効性は慎重に判断されます。
- 従業員が減給による不利益の内容や程度を正確に理解していること。
- 会社側から十分な情報提供がなされていること。
- 同意に至る経緯に、脅迫や強制など従業員の意思決定を不当に歪める要素がないこと。
- 従業員が検討するための十分な時間が与えられていること。
例えば、退職を示唆して同意を迫ったり、圧迫感のある面談で署名を強要したりして得た同意は、無効となる可能性が極めて高いです。
トラブルを防止する同意書の作成ポイント
法的な紛争を避けるため、同意書には具体的かつ明確な内容を記載することが重要です。記載すべき主な項目は以下の通りです。
- 変更前と変更後の具体的な給与額(基本給、手当など)。
- 減給が適用される開始日と、予定している場合は終了日。
- 業績が回復した場合の給与復元の条件や時期(可能な範囲で)。
- 減給の理由(例:業績不振による経営改善のため)。
- 十分な説明を受け、自由な意思で同意する旨の一文。
- 従業員本人による自筆の署名と日付。
作成した同意書は、会社が原本を保管し、従業員には必ず写しを交付して双方が同じ内容を保有するようにします。
同意形成プロセスにおける面談記録の重要性
同意を得るまでのプロセスを記録しておくことは、将来的な紛争に対する重要な防御策となります。面談の日時、場所、同席者、会社からの説明内容、従業員からの質問やそれに対する回答などを詳細に記録しておくことで、合意が強制的ではなく、誠実な対話の結果であったことを客観的に証明できます。口頭でのやり取りは記憶違いが生じやすいため、議事録の作成や、相手の同意を得た上での録音も有効な手段です。
ケース2:就業規則の変更によって減給する場合
就業規則の不利益変更による減給に求められる手続き
従業員の個別の同意を得ずに、就業規則の変更によって一律に減給を行うには、労働契約法で定められた厳格な手続きを踏む必要があります。
- 労働者代表からの意見聴取: 事業場の労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者から、変更案に対する意見を聴取します。
- 労働基準監督署への届出: 聴取した意見を記載した「意見書」を添付し、変更後の就業規則を所轄の労働基準監督署長に届け出ます。
- 全従業員への周知: 変更後の就業規則を、掲示、書面での配布、社内ネットワークへの掲載などの方法で、全従業員がいつでも確認できる状態にします。
これらの手続きを一つでも怠ると、就業規則の変更自体が無効となる可能性があります。
変更の「合理性」が認められる具体的な判断基準
手続きを履践した上で、就業規則の不利益変更が有効と認められるには、その変更に「合理性」があることが必要です(労働契約法第10条)。合理性は、以下の要素を総合的に考慮して判断されます。
- 従業員が受ける不利益の程度: 減給の幅が大きく、生活に与える影響が深刻でないか。
- 変更の必要性の内容・程度: 倒産の危機回避など、高度な経営上の必要性があるか。
- 変更後の就業規則の内容の相当性: 変更後の賃金水準が、社会通念上、妥当な範囲内か。
- 代償措置その他関連する労働条件の状況: 減給を緩和する代替措置(休日増など)や経過措置が設けられているか。
- 労働組合等との交渉の状況: 会社が誠実に説明を行い、従業員側の理解を得る努力を尽くしたか。
従業員への周知義務と意見聴取の重要性
就業規則の変更における「周知」と「意見聴取」は、法的な効力を持つための極めて重要な要件です。周知とは、従業員がいつでも内容を確認できる状態に置くことであり、単に作成しただけでは効力は生じません。また、意見聴取の前提となる労働者代表の選出は、会社の指名ではなく、投票や挙手など民主的な方法で行われなければなりません。たとえ代表者から反対意見が出たとしても、手続き自体は適法に進められますが、真摯な協議を欠いた一方的な変更は、後の裁判で合理性を否定される一因となります。
ケース3:懲戒処分として減給する場合
懲戒処分としての減給が有効となるための前提条件
従業員の規律違反行為に対する制裁として減給を行うには、以下の前提条件をすべて満たす必要があります。
- 就業規則に懲戒処分の種類として「減給」が明記されていること。
- 就業規則に懲戒処分の対象となる具体的な違反行為(懲戒事由)が定められていること。
- 違反行為の事実が、客観的な証拠に基づいて認定できること。
- 処分の内容が、違反行為の重大性と比較して社会通念上相当であること(懲戒権の濫用に当たらないこと)。
- 処分に先立ち、対象従業員に弁明の機会を与えるなど、適正な手続きを踏んでいること。
労働基準法第91条に定められた減給額の上限
懲戒処分による減給には、労働者の生活を保護するため、労働基準法第91条によって金額に厳しい上限が設けられています。
- 1回の違反行為に対する減給額: 平均賃金の1日分の半額を超えてはならない。
- 1賃金支払期における減給総額: その期の賃金総額の10分の1を超えてはならない。
例えば、月給30万円(平均賃金1日分が約1万円)の従業員の場合、1回の違反に対する減給上限は約5,000円です。また、同じ月に複数の違反があっても、その月の給与から天引きできる合計額は3万円までとなります。
就業規則への懲戒事由と減給制裁の明記が必須
懲戒処分を行うための大前提は、就業規則にその根拠規定が明確に存在することです。就業規則には、どのような行為が処分の対象となるのか(無断欠勤、業務命令違反、ハラスメントなど)を具体的に列挙し、処分の種類として「減給」を明記しておく必要があります。あらかじめルールと罰則を周知しておくことで、規律違反を抑止するとともに、万が一処分を行う際の正当性を確保することができます。
ケース4:人事評価や降格に伴い減給する場合
人事評価に基づく減給の法的根拠と運用の注意点
人事評価の結果、能力や成果に応じて給与を減額することは、適正な人事権の行使として認められます。ただし、そのためには就業規則や賃金規程に、評価結果と賃金が連動する仕組み(等級制度や賃金テーブルなど)が明確に定められていることが法的根拠となります。運用上の注意点として、評価の客観性と公平性が極めて重要です。評価者の主観に偏った評価や、恣意的な低評価による減給は、人事権の濫用として無効とされるリスクがあります。
降格に伴う減給が権利濫用と判断されないための要件
役職の引き下げ(降格)に伴う減給が、権利濫用と判断されないためには、降格自体の正当性と減給幅の妥当性が求められます。特に、役職手当の減額・不支給は認められやすい一方、職能給などの基本給を大幅に引き下げる場合は、その根拠が厳しく問われます。
- 降格の理由が、就業規則の規定に基づき、客観的かつ合理的であること(能力不足、役職不適格など)。
- 減給の幅が、役職の変更に伴う責任や職務内容の変化に対して相当であること。
- 降格の前に、対象者への指導や改善の機会、弁明の機会を与えるなど、適正な手続きを踏んでいること。
- 退職に追い込むことなどを目的とした、不当な動機による降格でないこと。
関連する判例から見る実務上のポイント
過去の判例を見ると、裁判所は降格に伴う減給の有効性を厳格に判断しています。役職手当のカットは認められやすい一方で、明確な根拠のない基本給の大幅な減額は、権利濫用として無効と判断される傾向にあります。判例は、給与カットを行う際には、制度上の根拠が明確であること、減額幅が事案の重さと均衡していること、そして従業員への誠実な説明責任を果たすことが、適法性を維持する上で不可欠であることを示唆しています。
給与カットを円滑に進めるための実務上の留意点
減給の必要性や内容に関する丁寧な説明責任を果たす
どのようなケースであっても、従業員に対して減給の必要性や内容を丁寧に説明することは、法的な有効性を担保し、組織の混乱を防ぐ上で最も重要です。経営状況などの客観的なデータを示し、役員報酬の削減といった会社の自助努力も伝えながら、誠実に対話する姿勢が求められます。曖昧な説明は不信感を生み、後のトラブルの原因となるため、具体的かつ論理的な情報提供を心がけるべきです。
対象従業員の選定における公平性の確保
減給の対象者を選ぶ際には、その基準が公平であることが不可欠です。特定の個人を狙い撃ちにするような恣意的な選定は、差別として法的に無効とされる可能性が高いです。全社一律の率、役職に応じた段階的な率、客観的な人事評価結果など、誰にでも説明できる論理的な基準を設ける必要があります。公平性を欠く選定は、従業員のモチベーションを著しく低下させ、法廷で争われた際に会社の立場を弱めることになります。
手続きの妥当性について専門家(弁護士等)へ相談する
給与カットは法的に非常にデリケートな問題であり、手続きの些細な瑕疵が原因で無効となるリスクがあります。そのため、計画段階から労働問題に詳しい弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することが強く推奨されます。専門家によるリーガルチェックを受けることで、就業規則の不備や同意書の法的リスクを事前に洗い出し、手続きの妥当性を確保することができます。
経営陣の報酬削減など、公平性を示す姿勢の重要性
従業員に減給という負担を求める以上、経営陣が率先して自らの報酬を削減する姿勢を示すことは、従業員の納得感を得る上で極めて重要です。役員がまず身を削ることで、会社が本気で経営危機に立ち向かっているというメッセージが伝わり、組織の一体感を醸成します。これは単なる精神論ではなく、不利益変更の合理性を判断する上で、会社が減給を回避するために努力を尽くしたかという点で、法的に有利な事情として考慮されることもあります。
給与カット(減給)に関するよくある質問
給与カットに同意しない従業員を解雇することはできますか?
給与カットへの不同意のみを理由に従業員を解雇することは、解雇権の濫用として原則として無効です。ただし、減給に応じなければ倒産が避けられないといった極めて限定的な状況下では、整理解雇の一環として検討される余地がありますが、その場合でも解雇回避努力義務など厳しい要件を満たす必要があります。安易な解雇は法的なリスクが非常に高いため、まずは対話による合意形成を目指すべきです。
パートタイマーやアルバイトの給与も同じルールで減額できますか?
はい、パートタイマーやアルバイトであっても労働契約を結ぶ労働者であるため、正社員と全く同じルールが適用されます。一方的に時給を下げたり、シフトを大幅に削ったりすることは、本人の同意がない限り違法です。また、パートタイム・有期雇用労働法により、正社員との間で不合理な待遇差を設けることは禁じられており、雇用形態のみを理由に不利益な扱いをすることはできません。
遅刻や欠勤を理由に給与をカットする場合の上限はありますか?
「働かなかった時間分」の賃金を差し引く「欠勤控除」には、法的な上限はありません(ノーワーク・ノーペイの原則)。しかし、実際に働かなかった時間を超えてペナルティとして給与を減額する場合は「制裁としての減給」とみなされ、労働基準法第91条の上限(1回の額が平均賃金1日分の半分まで、総額が月給の10分の1まで)が適用されます。
業績が回復した場合、一度下げた給与を元に戻す義務はありますか?
法的に当然に戻す義務が生じるわけではありません。しかし、減給の際に「業績が回復したら元の給与に戻す」といった約束をしていた場合は、その合意内容に従う義務があります。後のトラブルを避けるためにも、減給に合意する際には、将来的な復元の条件について労使双方で明確にしておくことが望ましいです。
ボーナス(賞与)の減額も給与カットと同じ扱いになりますか?
月給のカットとは異なり、ボーナス(賞与)の減額は比較的広く会社の裁量が認められます。就業規則に「賞与は会社の業績や個人の勤務成績を考慮して支給する、または支給しないことがある」といった定めがあれば、業績悪化を理由とした減額や不支給は原則として適法です。ただし、特定の個人を狙い撃ちにするなど、不合理な理由による差別的な減額は権利濫用と判断される可能性があります。
まとめ:給与カット(減給)は法的要件の遵守と丁寧な手続きが不可欠
本記事では、給与カット(減給)が適法と認められる4つのケースと、それぞれに課される厳格な要件を解説しました。従業員の個別同意、就業規則の不利益変更、懲戒処分、人事評価や降格のいずれの方法を選択するにせよ、その根拠となる規定の整備と、手続きの正当性が厳しく問われます。特に、減給の必要性や内容について従業員へ誠実に説明し、納得を得る努力を尽くすことが、後の労使トラブルを防ぐ上で極めて重要です。給与カットは企業の経営判断と従業員の生活に深く関わるデリケートな問題であるため、実行前には必ず労働問題に詳しい弁護士などの専門家に相談し、法的なリスクを精査することをお勧めします。

