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アスペルガー症候群の従業員への退職勧奨|適法な手順と企業が負う合理的配慮義務を解説

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アスペルガー症候群(ASD)の特性を持つ可能性のある従業員への対応に苦慮し、周囲への影響も考慮して退職勧奨を検討されている経営者や人事担当者の方もいらっしゃるでしょう。しかし、その進め方を誤ると、障害者雇用促進法に抵触したり、不当な退職強要と見なされたりする重大なリスクを伴います。この記事では、アスペルガー症候群の従業員に対する退職勧奨を適法かつ適切に進めるための大前提となる「合理的配慮」から、具体的な手順、法的な注意点、そして紛争を避けるためのポイントまでを網羅的に解説します。

目次

大前提:退職勧奨の前に企業が果たすべき「合理的配慮」とは

障害者雇用促進法が定める「合理的配慮の提供義務」の基本

障害者雇用促進法は、すべての事業主に対し、障害のある労働者が能力を有効に発揮できるよう、業務上の支障を取り除くための措置(合理的配慮)を講じることを義務付けています。かつて努力義務であったこの規定は、法改正により法的義務へと強化されました。合理的配慮の目的は、障害の有無にかかわらず均等な機会や待遇を確保することにあり、個々の状況に応じたオーダーメイドの対応が求められます。

合理的配慮の対象となる労働者
  • 身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、その他心身の機能の障害がある者
  • 障害者手帳の有無は問わない
  • 上記の障害により、長期にわたり職業生活に相当の制限を受ける、または受けることが見込まれる者

事業主は、障害のある労働者本人の意向を十分に尊重しながら、具体的な配慮の内容を決定し、実施する責任を負います。

従業員から診断の開示がない・不明な場合の企業の対応

従業員から障害に関する申し出や診断書の提出がなくても、業務遂行の状況から何らかの支援が必要だと客観的に判断される場合、企業側から能動的に働きかけることが求められます。障害者雇用促進法が想定する障害者は幅広く、本人が障害を自覚していないケースも含まれるためです。

企業としては、まずプライバシーに最大限配慮しつつ、業務上の困りごとについて対話の機会を設けるべきです。診断名や手帳の有無に固執せず、現に生じている支障に焦点を当て、建設的な対話を通じて必要な支援を一緒に考える姿勢が重要です。根拠資料の提出が難しい場合でも、対話によって配慮の必要性が確認できれば、検討を進めることが望ましい対応です。

具体的な働きかけの例
  • 全従業員を対象とした定期的なアンケートの実施
  • 社内の相談窓口の設置と周知徹底
  • 個別の面談を通じた業務上の困りごとのヒアリング

合理的配慮の具体的な検討プロセスと進め方

合理的配慮の検討は、原則として従業員本人からの意思表明を起点としますが、企業からの働きかけで開始されることもあります。円滑なプロセスは、継続的な対話と柔軟な見直しが鍵となります。

合理的配慮の検討プロセス
  1. 意思の表明:従業員本人から、または企業からの働きかけにより配慮の必要性を共有します。
  2. 建設的対話:本人、上司、人事担当者、場合によっては産業医や支援機関も交え、具体的な課題を話し合います。
  3. 実態把握とニーズ確認:業務のどの部分に、どのような支障があるのかを具体的に把握し、必要な支援内容(ニーズ)を明確にします。
  4. 配慮内容の検討・決定:把握したニーズに基づき、企業の状況も踏まえた上で、実現可能な配慮内容を具体的に検討し、決定します。
  5. 書面化と情報共有:決定した配慮内容は書面にまとめ、関係者間で共有し、共通認識を形成します。
  6. 実施とモニタリング:配慮策を実施し、有効に機能しているかを定期的に確認(モニタリング)します。
  7. 評価と見直し:モニタリングの結果を踏まえ、状況の変化に応じて配慮内容を柔軟に見直します。

業務遂行やコミュニケーションを支援する合理的配慮の具体例

合理的配慮は、従業員の障害特性や業務内容に応じて多岐にわたります。ここでは、発達障害のある従業員などを想定した一般的な例を挙げます。

合理的配慮の具体例
  • 業務指示の工夫:口頭だけでなく、図や文章を用いたマニュアルを作成し、作業手順を明確に指示する。
  • 環境の整備:感覚過敏に配慮し、パーテーションの設置や、耳栓・イヤーマフの使用を許可する。
  • スケジュールの視覚化:ホワイトボードや共有カレンダーを使い、業務の優先順位や期限を視覚的に示す。
  • コミュニケーション支援:相談しやすいように担当者を固定したり、定期的な面談の機会を設けたりする。
  • 柔軟な労働条件:通院や体調管理のため、時差出勤や休憩時間の分割取得などを認める。

合理的配慮の提供義務に「過重な負担」が生じるケース

合理的配慮の提供義務は無制限ではなく、その措置が事業主に「過重な負担」を及ぼす場合には、例外的に提供義務が免除されます。ただし、その判断は客観的かつ総合的に行われる必要があります。

「過重な負担」の判断要素
  • 事業への影響の程度(事業の目的や内容、機能が本質的に損なわれないか)
  • 実現の困難度(物理的・技術的な制約、職場の実情)
  • 費用・負担の程度
  • 企業の事業規模、財務状況、人員体制

単に「費用がかかる」「前例がない」といった理由だけで拒否することはできません。過重な負担に当たると判断した場合、企業は従業員にその理由を丁寧に説明し、負担にならない範囲での代替案を提案する努力が求められます。

合理的配慮と他の従業員との公平性をどう両立させるか

合理的配慮は、特定の従業員を優遇するものではなく、障害によって生じる不利益を調整し、他の従業員と等しいスタートラインに立つための措置です。この点を周囲の従業員に正しく理解してもらうことが、不公平感を防ぐ上で不可欠です。

そのためには、本人の同意を得た上で、障害特性や配慮の必要性について職場内で情報共有を行い、チームとして支え合う文化を醸成することが重要です。管理職は、特定の個人に業務負荷が偏らないよう、チーム全体の業務量を可視化し、適切に再配分するなどのマネジメントが求められます。

適法な退職勧奨の具体的な手順とフロー

退職勧奨に至る前の客観的な事実記録と準備

退職勧奨を適法に行うためには、感情論を排し、客観的な事実に基づく周到な準備が不可欠です。これらの記録は、企業が雇用継続のために努力を尽くした証拠となり、後の紛争リスクを低減させます。

事前に準備すべき客観的記録
  • 人事評価の記録:直近の人事評価シートや目標管理シートなど。
  • 業務上の問題に関する記録:具体的な業務上のミス、トラブル、顧客からのクレームの内容と日時。
  • 指導・注意の記録:いつ、誰が、どのような問題について、どのような改善指導を行ったかの履歴。
  • 合理的配慮の実施記録:提供した配慮の内容と、それによる業務遂行状況の変化(または改善が見られなかった事実)。
  • 関係者へのヒアリング記録:同僚や上司からの客観的な意見。

面談の進め方と伝えるべき内容・条件

退職勧奨の面談は、従業員の自由な意思決定を尊重し、プライバシーに配慮した環境で冷静に進める必要があります。

退職勧奨面談の基本的な進め方
  1. 環境設定:他の従業員の目に触れない個室を用意し、会社側は上司と人事担当者など2名程度で臨みます。
  2. 目的の明示:一方的な通告ではなく、今後のキャリアに関する話し合いであることを伝えます。
  3. 事実の伝達:事前に準備した客観的記録に基づき、現状のパフォーマンスと会社が期待する役割との間に乖離があることを具体的に説明します。人格否定は厳禁です。
  4. 退職条件の提示:退職を強制するのではなく、新しいキャリアを支援する選択肢として、退職金の加算や会社都合退職扱いなどの具体的な条件を提示します。
  5. 検討期間の付与:その場での決断を迫らず、最低でも1週間程度の検討期間を与え、家族などと相談するよう促します。

後々の紛争を防ぐための面談記録と退職合意書の重要性

従業員が退職に同意した場合は、後日の「言った言わない」というトラブルを防ぐため、必ず退職合意書を書面で締結します。これは、合意が双方の自由な意思に基づいていたことを証明する重要な証拠となります。

退職合意書に盛り込むべき主要項目
  • 合意退職である旨の確認具体的な退職日
  • 退職条件(退職金の加算額、支払日、支払方法など)
  • 清算条項(本合意書に定めるほか、相互に一切の債権債務がないことの確認)
  • 守秘義務条項(退職の経緯や条件を口外しない約束)
  • 誹謗中傷の禁止条項

また、面談の全過程について詳細な議事録を作成・保管しておくことで、適正なプロセスであったことを客観的に証明できます。

指導記録と合理的配慮の実施記録を連携させるポイント

指導記録と合理的配慮の実施記録を連携させて記録することは、退職勧奨の正当性を補強する上で極めて有効です。「どのような配慮を行い、どのような支援体制のもとで指導を尽くしたか。それでもなお改善が見られなかった」という一連の経緯を示すことで、企業が解雇回避努力を真摯に行ったことを客観的に証明できます。この連携した記録は、万が一の紛争時に、企業の対応の妥当性を裏付ける強力な証拠となります。

違法な「退職強要」と判断されるボーダーライン

「退職勧奨」と「退職強要」の法的な違い

適法な「退職勧奨」と違法な「退職強要」を分ける境界線は、従業員の自由な意思決定が尊重されているか、すなわち拒否する自由が実質的に確保されているかにあります。

項目 適法な「退職勧奨」 違法な「退職強要」
目的 従業員の自発的な退職の意思形成を促すこと 強制的に退職させること
手段 客観的事実に基づく説得、条件提示 威圧、脅迫、心理的な圧迫、執拗な繰り返し
従業員の意思 自由な意思で退職を決定・拒否できる 退職せざるを得ない状況に追い込まれる
法的評価 正当な業務行為 不法行為(損害賠償の対象)
退職勧奨と退職強要の比較

従業員が明確に退職を拒否した後も、執拗に面談を繰り返すなど、社会通念上相当な範囲を逸脱した行為は「退職強要」と判断されます。

違法と判断されやすい言動や面談方法のNG例

以下のような言動や方法は、従業員の自由な意思決定を妨げる「退職強要」とみなされ、違法と判断されるリスクが極めて高い行為です。

違法な退職強要と判断されやすいNG例
  • 執拗な面談:1回数時間に及ぶ長時間の面談や、連日のように繰り返される面談。
  • 威圧的な言動:「辞めなければ懲戒解雇にするぞ」といった脅迫や、「君は能力がない」などの人格を否定する発言。
  • 物理的な拘束:複数人で取り囲んだり、退室を妨げたりして退職届への署名を強要する行為。
  • 不利益な処遇:退職を拒否した従業員に対し、仕事を取り上げたり、嫌がらせ目的の配置転換を行ったりする行為。

これらの行為は、退職の意思表示を無効にするだけでなく、企業に損害賠償責任を生じさせる原因となります。

退職勧奨が不成立だった場合の次の選択肢

退職勧奨に応じない従業員を解雇できるか?その判断基準

従業員が退職勧奨を拒否した場合、その事実のみを理由として解雇することはできません。会社が一方的に雇用契約を終了させる「解雇」は、労働契約法第16条により厳しく制限されており、客観的に合理的な理由社会通念上の相当性がなければ権利の濫用として無効になります。

裁判所は、企業が解雇を回避するために最大限の努力を尽くしたかを厳しく審査します。具体的には、配置転換の可能性の検討、再教育や改善指導の実施、適切な合理的配慮の提供などが十分に行われたかが問われます。能力不足などを理由とする解雇は、改善の見込みが全くないことを客観的証拠で立証できない限り、無効とされるリスクが非常に高いと認識すべきです。

普通解雇が法的に有効と認められるための要件とリスク

普通解雇が有効と認められるには、労働契約上の義務を果たせない状態が、雇用継続を困難にするほど重大であることを客観的証拠に基づき立証する必要があります。度重なる指導記録や、改善機会を与えても改善されなかった事実などが求められます。また、30日前の解雇予告または解雇予告手当の支払いという手続きも必須です。

解雇に踏み切る場合、不当解雇として訴訟に発展するリスクを覚悟しなければなりません。

解雇が無効と判断された場合の主なリスク
  • バックペイの支払い義務:解雇期間中の未払い賃金を、判決確定時まで遡って全額支払う義務が生じる。
  • 従業員の復職:解雇した従業員を職場に復帰させなければならない。
  • 企業の信用の失墜:紛争が表面化することによる、企業の社会的イメージの低下。
  • 職場環境の悪化:他の従業員の士気低下や会社への不信感の増大。

アスペルガー症候群の従業員の退職勧奨に関するよくある質問

従業員本人からアスペルガー症候群だと開示された場合、どう対応すべきですか?

まずは診断名で先入観を持たず、開示してくれたことに対し真摯な姿勢で向き合うことが第一です。その上で、本人と丁寧に話し合い、どのような業務で困難を感じているか、どのような配慮があれば能力を発揮しやすいかを具体的にヒアリングします。この対話のプロセス自体が合理的配慮の第一歩です。本人の同意を得て、必要な範囲で周囲の理解と協力を得ることも検討し、雇用継続の可能性を探ることが優先されます。

医師の診断書がない従業員に対しても、合理的配慮は必要ですか?

はい、必要です。合理的配慮の提供義務は、医師の診断書や障害者手帳の有無のみで判断されるものではありません。客観的に見て、何らかの特性により業務遂行に著しい支障が生じている場合、企業は実態に基づいて配慮を検討することが求められます。診断書がないことを理由に話し合いを拒否するのは不適切です。ただし、適切な配慮を検討するために医学的知見が必要な場合は、産業医への相談や専門医の受診を勧めることも企業側の配慮の一環です。

退職勧奨に応じて退職した場合、自己都合・会社都合のどちらになりますか?

退職勧奨による退職は、従業員自らの意思決定ではありますが、そのきっかけは会社からの働きかけにあるため、離職理由は原則として「会社都合」として扱われます。会社都合退職は、雇用保険の失業給付において、自己都合退職に比べて給付開始が早く、給付日数も長くなるため、従業員にとって有利な条件です。この点を退職条件の一つとして明確に提示し、退職合意書にも明記しておくことが円満な解決につながります。

他の従業員から「特性のある社員との業務に支障がある」と相談されたらどうすべきですか?

特定の従業員を問題視するのではなく、チーム全体の課題として捉え、仕組みで解決する視点が重要です。

周囲の従業員から相談された際の対応策
  • 具体的な状況の把握:感情的な不満ではなく、どの業務でどのような支障が出ているかを具体的にヒアリングする。
  • 業務プロセスの見直し:個人の能力に依存しないよう、業務分担の変更やマニュアルの整備、コミュニケーションツールの導入などを検討する。
  • 職場全体での理解促進:障害特性や多様性に関する研修を実施し、お互いを支え合う職場風土を醸成する。
  • 過度な負担の防止:相談してきた従業員に過度な負担が集中しないよう、管理職が適切に業務を再配分する。

退職勧奨を検討する際、弁護士などの専門家にはどのタイミングで相談すべきですか?

退職勧奨の実施を具体的に検討し始めた初期段階で、弁護士などの労働問題の専門家に相談することを強く推奨します。一度退職勧奨を開始すると後戻りは難しく、初動の対応が紛争化のリスクを大きく左右するためです。専門家に早期に相談することで、これまでの指導や配慮が法的要件を満たしているか、退職勧奨の進め方に違法性がないか、提示する条件は妥当かといった点を客観的に検証できます。これにより、法的なリスクを最小限に抑え、円満な解決の可能性を高めることができます。

まとめ:適法な退職勧奨は「合理的配慮」と「客観的記録」が鍵

アスペルガー症候群の特性を持つ可能性のある従業員への退職勧奨を検討する際は、まず前提として障害者雇用促進法に基づく「合理的配慮」を誠実に尽くすことが法的義務であることを認識する必要があります。その上で、退職勧奨はあくまで従業員の自由な意思決定を尊重するものであり、客観的な事実記録に基づいた慎重なプロセスが不可欠です。威圧的な言動や執拗な面談は違法な「退職強要」とみなされ、深刻な法的リスクを招くため厳に慎まなければなりません。退職勧奨が不成立の場合、解雇のハードルは極めて高いのが実情です。法的なリスクを最小限に抑え、円満な解決を目指すためにも、検討の初期段階で弁護士など労働問題の専門家に相談し、適切な手順を踏むことが賢明な判断と言えるでしょう。

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