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個人事業主の廃業・倒産でも未払い賃金立替払制度は使える?要件・対象・手続きを解説

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経営状況が悪化し、事業の閉鎖を検討する中で、従業員への未払い賃金の支払いは事業主にとって大きな懸念事項です。このような状況に置かれた従業員の生活を保護するため、国が事業主に代わって未払い賃金の一部を立て替える「未払い賃金立替払制度」が存在します。この記事では、個人事業主が事業を廃止した場合にこの制度を利用できるのか、そのための具体的な要件や手続きの流れ、注意点について詳しく解説します。

目次

未払い賃金立替払制度とは?個人事業主への適用について

制度の目的と基本的な仕組み

未払い賃金立替払制度は、勤務先の企業が倒産したために、賃金が支払われないまま退職した労働者を保護するための公的な制度です。「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づき、独立行政法人労働者健康安全機構が運営しています。

企業の倒産によって事業主が賃金を支払えなくなると、労働者は生活の基盤を失う深刻な事態に陥ります。この制度は、そのような状況に置かれた労働者の生活を守るセーフティーネットとして、国が事業主に代わって未払い賃金の一部を立て替えて支払うものです。

立替払が行われると、労働者が事業主に対して持っていた賃金請求権は、立て替えた金額の範囲で労働者健康安全機構に移ります。これを債権の代位取得と呼びます。その後、機構は事業主(またはその財産を管理する破産管財人など)に対して、立て替えた金額の返還を求める(求償する)ことで、債権の回収に努めます。

個人事業主の事業廃止(倒産)も対象となる

この制度は、株式会社などの法人だけでなく、個人事業主が経営する事業所も対象となります。個人事業主が事業を廃止した場合でも、法律上の要件を満たせば、そこで雇用されていた従業員は制度を利用することが可能です。

個人事業主の「倒産」には、裁判所が関与する「法律上の倒産」(例:破産手続開始の決定)と、裁判所の手続きを経ずに事業活動を停止し、実質的に経営が破綻した状態を労働基準監督署長が認定する「事実上の倒産」の2種類があります。事業主が夜逃げして連絡が取れないようなケースでも、「事実上の倒産」として認定されれば、制度の対象となり得ます。

ただし、この制度はあくまで雇用されていた労働者を救済するものです。そのため、経営者である個人事業主本人の未払い報酬は対象外です。また、雇用形態は問われず、正社員だけでなくパートタイマーやアルバイトとして働いていた方も対象となります。

制度を利用するための前提要件

事業主側に求められる要件(労災保険の適用事業)

未払い賃金立替払制度を利用するには、まず事業主側が以下の要件をすべて満たしている必要があります。

事業主側の主な要件
  • 労働者を一人でも雇用する労災保険の適用事業であること。
  • 倒産した日から遡って1年以上事業活動を継続していたこと。
  • 倒産していること(法律上の倒産、または労働基準監督署による事実上の倒産の認定)。

制度の財源は事業主が納める労災保険料の一部で賄われているため、労災保険の適用事業であることが大前提です。事業を縮小しただけで活動を継続している場合や、一時的な資金不足に陥っている状態は「倒産」とは認められません。

対象となる労働者の要件(退職時期など)

次に、制度を利用できる労働者側にも、以下の要件が定められています。

労働者側の主な要件
  • 労働基準法上の「労働者」であること(正社員、パート、アルバイトなど雇用形態は問いません)。
  • 倒産の申立て日(または事実上の倒産認定の申請日)の6か月前から2年の間に退職していること。
  • 未払いの定期賃金および退職手当の総額が2万円以上であること。
  • 倒産の決定・認定日の翌日から2年以内に立替払請求を行うこと。

経営に従事する役員などは、労働者性が認められない限り原則として対象外です。また、事業主と同居している親族も、他の従業員と同様の勤務実態があるなど特別な事情がない限り、対象とはなりません。

個人事業主に関わる「倒産」の2つの種類と認定

法律上の倒産(破産手続開始の決定など)

法律上の倒産とは、裁判所の公的な手続きによって法的に倒産した状態を指します。個人事業主の場合、主に破産手続開始の決定がこれに該当します。この決定がなされると、裁判所に選任された破産管財人が事業主の財産を管理・換価(現金化)し、債権者への配当準備を進めます。

このほか、民事再生手続開始の決定なども法律上の倒産に含まれます。法律上の倒産では、破産管財人などが労働者の未払い賃金額や退職日を証明する書類を作成するため、手続きが比較的明確に進みます。

事実上の倒産(事業活動が停止し、再開の見込みがない状態)

事実上の倒産とは、裁判所の手続きを経ずに、事業の実態として経営が破綻している状態を指します。資金的な余裕がなく、法的な倒産手続きを申し立てられない中小企業の事業主(個人事業主を含む)を救済するための区分です。

労働基準監督署から事実上の倒産として認定されるには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。

事実上の倒産の認定要件
  • 事業活動が停止していること(事業所が閉鎖され、本来の営業活動が行われていない状態)。
  • 事業再開の見込みがないこと(事業主が事業再開の意思を放棄している状態)。
  • 賃金を支払う能力がないこと(資産がなく、借入れも困難で支払い能力が枯渇している状態)。

事業主と連絡が取れない場合や、事業所の資産が差し押さえられている場合などが典型例です。

労働基準監督署による「事実上の倒産」の認定手続き

事実上の倒産の認定を受けるための手続きは、以下の流れで進められます。

事実上の倒産認定の申請手続き
  1. 退職した労働者が、退職日の翌日から6か月以内に、所轄の労働基準監督署へ認定を申請します。
  2. 労働基準監督署が、事業所への訪問調査や関係者への聞き取りなどの実態調査を行います。
  3. 調査の結果、要件を満たすと判断されると「認定通知書」が申請者に交付されます。
  4. 各労働者は、認定とは別に、自身の未払い賃金額などについて「確認申請」を行います。
  5. 労働基準監督署が内容を審査し、個々の労働者へ「確認通知書」を交付します。

労働者のうち誰か一人が代表して認定申請を行えば、その効果は同じ事業所で働いていた他の退職者全員に及びます。

立替払の対象となる賃金の範囲と上限額

対象となる賃金の種類(定期賃金と退職手当)

立替払制度の対象となる賃金は、労働の対償として支払われる「定期賃金」「退職手当」の2種類です。これらは、退職日の6か月前の日から立替払請求日の前日までに支払期日が到来している必要があります。

立替払の対象となる賃金
  • 定期賃金: 基本給のほか、役職手当、通勤手当、時間外労働に対する割増賃金(残業代)などが含まれます。
  • 退職手当: 就業規則などの定めに基づき支払われる退職金が対象です。

立替払額の計算は、税金や社会保険料が控除される前の「額面額」を基に行われます。

ボーナスや解雇予告手当など対象外の支払い

未払いの金銭がすべて対象になるわけではありません。以下のものは立替払の対象外となります。

立替払の対象とならないもの
  • 賞与(ボーナス)
  • 解雇予告手当
  • 祝金や見舞金などの福利厚生的な給付
  • 旅費や備品代などの実費弁償
  • 賃金の支払遅延に対する遅延損害金
  • 年末調整で還付されるべき所得税

請求にあたっては、未払い金の内訳を確認し、対象となる賃金と退職手当のみを正確に計算する必要があります。

立替払される金額の計算方法(未払総額の8割)

立替払される金額は、対象となる未払い賃金総額の80%です。

全額ではなく8割となっているのは、この制度が労働者の当面の生活を保障するための最低限のセーフティーネットであり、本来の支払義務は事業主にあるという考え方に基づいています。ただし、実際に支払われる金額は、次に説明する年齢に応じた上限額の範囲内となります。

未払い賃金総額が上限額を超えている場合は、その上限額の80%が支払われることになります。

退職時の年齢によって定められている上限額

立替払制度には、労働者の退職時の年齢に応じて、対象となる未払い賃金総額と、実際に支払われる立替払額に上限が設けられています。これは、年齢による賃金水準の違いを考慮したものです。

退職時の年齢 未払賃金総額の限度額 立替払の上限額(8割)
45歳以上 370万円 296万円
30歳以上45歳未満 220万円 176万円
30歳未満 110万円 88万円
退職時の年齢に応じた上限額

例えば、40歳の方の未払い賃金総額が300万円だった場合、限度額である220万円が計算の基準となり、その8割にあたる176万円が立替払の上限額となります。

未払い賃金立替払制度の申請手続きと流れ

【事業主・破産管財人等】倒産の証明・認定に関する手続き

事業主や破産管財人には、労働者が立替払を請求するために必要な証明書類を作成する役割があります。

法律上の倒産の場合、破産管財人などが、裁判所の決定に基づき、労働者ごとの未払い賃金額や退職日を記載した「証明書」を発行します。事実上の倒産の場合、労働基準監督署の調査に協力し、賃金台帳や出勤簿といった客観的な資料を提出することが求められます。

これらの手続きは、労働者が迅速に立替払を受けられるようにするための重要なステップです。

【労働者】労働者健康安全機構への立替払請求手続き

労働者は、倒産の証明や確認が完了した後、以下の手順で労働者健康安全機構へ立替払を請求します。

労働者による立替払請求手続き
  1. 「未払賃金の立替払請求書」を入手し、必要事項を記入します。
  2. 破産管財人などから交付された「証明書」または労働基準監督署から交付された「確認通知書」の原本を添付します。
  3. 氏名、住所、振込を希望する本人名義の金融機関口座などを正確に記入します。
  4. 税金の源泉徴収に影響する「退職所得の受給に関する申告書」欄にも忘れずに記入します。
  5. 書類一式を労働者健康安全機構に郵送または持参して提出します。

請求には期限があるため、証明書類が揃ったら速やかに手続きを進めることが重要です。

申請から支払いまでにかかる期間の目安

労働者健康安全機構が請求書を受理してから、指定口座に立替払金が振り込まれるまでの期間は、書類に不備がなければ通常30日以内が目安です。

ただし、これは審査期間のみの日数です。事実上の倒産認定を申請する場合、労働基準監督署による調査に1か月から2か月程度かかることが一般的です。そのため、事業停止から実際に現金を受け取るまでには、合計で3か月から4か月程度を見込んでおくとよいでしょう。

支払いが決定すると、機構から「支払通知書」が郵送されます。

事業主として従業員の手続きに協力する際の注意点

事業主が従業員の手続きに協力する際は、情報の正確性に最大限注意を払う必要があります。未払い額や退職日を偽って報告することは、国に対する詐欺行為と見なされる可能性があります。

虚偽の証明によって不正に立替払が行われたことが発覚した場合、事業主は労働者と連帯して立替金の返還義務を負うだけでなく、ペナルティとして多額の納付金の支払いを命じられることがあります。悪質な場合は、刑事告発の対象となる恐れもあるため、賃金台帳などの客観的な証拠に基づき、誠実に対応しなければなりません。

未払い賃金立替払制度に関するよくある質問

未払い賃金の残り2割は事業主に請求できますか?

はい、請求できます。立替払制度は未払い賃金の8割をカバーするものですが、残りの2割についての請求権が消滅するわけではありません。本来の支払義務は引き続き事業主にあります。

法律上の破産手続きが進んでいる場合は、残りの2割を「破産債権」として届け出て、財産の状況に応じた配当を待つことになります。ただし、倒産企業には資産がほとんど残っていないケースが多く、実際に回収できる可能性は低いのが実情です。

立替払で受け取ったお金に税金はかかりますか?

立替払金は、税務上すべて「退職所得」として扱われます。退職所得には勤続年数に応じた大きな控除(退職所得控除)が適用されるため、多くの場合、所得税や住民税はかからないか、かかってもごくわずかです。

この控除を受けるためには、立替払請求書の「退職所得の受給に関する申告書」欄に正しく記入し、提出することが必須です。提出しないと、一律20.42%の高い税率で源泉徴収されてしまうため注意が必要です。

アルバイトやパートタイマーでも制度を利用できますか?

はい、雇用形態にかかわらず利用できます。この制度は、労働基準法上の「労働者」であれば、正社員、アルバイト、パートタイマーといった区別なく対象となります。労災保険の適用事業所で雇用され、未払い賃金が2万円以上あるなどの要件を満たしていれば、正社員と同様に請求が可能です。

事業主の協力が得られない場合、手続きは進められますか?

はい、事業主の協力がなくても手続きを進めることは可能です。事業主が行方不明の場合や非協力的な場合でも、諦める必要はありません。

法律上の倒産であれば、裁判所が選任した破産管財人が事業主に代わって証明手続きを行います。事実上の倒産の場合は、労働基準監督署が調査を行い、倒産の実態や未払い賃金額を確認します。給与明細、雇用契約書、タイムカードの控え、賃金の振込履歴がわかる預金通帳など、手元にある資料を提出することで、行政が事実認定を進めてくれます。

立替払が行われた後、事業主の支払い義務はどうなりますか?

立替払が行われると、その金額(8割分)について、事業主の労働者に対する支払義務は消滅します。しかし、その義務が完全になくなるわけではなく、支払う相手が国(労働者健康安全機構)に変わります

機構は労働者に代わって債権者となり、事業主に対して立て替えた金額の返還を請求(求償)します。立替払の対象外となった残り2割の賃金については、引き続き事業主が労働者本人に対して直接支払う義務を負い続けます。

まとめ:個人事業主も要件を満たせば制度の対象。誠実な協力が重要です

この記事で解説した通り、個人事業主が事業を廃止した場合でも、労災保険の適用事業所であり、1年以上の事業活動実績があれば、未払い賃金立替払制度を従業員のために利用することが可能です。裁判所を通じた「法律上の倒産」だけでなく、労働基準監督署が認定する「事実上の倒産」も対象となるため、事業主の状況に応じた選択肢があります。立替払の対象は未払いの定期賃金と退職手当の8割で、年齢別の上限額が定められている点を従業員に説明する必要があります。事業主としては、従業員が円滑に申請できるよう、賃金台帳などの客観的資料に基づき、正確な情報提供に協力する義務があります。虚偽の証明は不正受給につながり、事業主にも重いペナルティが課される可能性があるため、最後まで誠実な対応を心がけましょう。

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