競売物件の引渡命令とは?申立てから強制執行までの流れ・費用を解説
競売で不動産を落札したにもかかわらず、占有者が退去に応じない状況は、買受人にとって大きなストレスとなります。このような膠着状態を打開し、法的に占有を確保するための強力な手段が「不動産引渡命令」制度です。この記事では、不動産引渡命令の申立てから最終的な強制執行に至るまでの具体的なステップ、必要な費用や書類、実務上の注意点について網羅的に解説します。
競売における不動産引渡命令の基本
引渡命令の概要と通常の明渡訴訟との違い
不動産競売で物件を落札した買受人は、代金を納付することで法律上の所有権を取得します。しかし、元の所有者や占有者が物件に居座っている場合、実力で退去させることは「自力救済の禁止」の原則により許されません。このような状況で、裁判所の手続きを通じて迅速かつ強制的に物件の占有を確保する手段が「不動産引渡命令」制度です。
通常の不動産取引で占有者が立ち退かない場合は、時間と費用のかかる「建物明渡請求訴訟」を提起する必要があります。これに対し、引渡命令は競売手続きに付随した簡易な書面審理が中心であり、買受人が円滑に権利を実現できるよう設けられた特別な制度です。
| 比較項目 | 不動産引渡命令 | 建物明渡請求訴訟 |
|---|---|---|
| 根拠法 | 民事執行法 | 民事訴訟法 |
| 位置づけ | 競売手続きに付随する略式の手続き | 独立した訴訟手続き |
| 審理方法 | 原則として書面審理のみ | 口頭弁論(当事者の主張・立証)が必要 |
| 所要期間 | 申立てから発令まで数日~1週間程度 | 判決まで数か月~半年以上 |
| 費用 | 低額(収入印紙500円/人、予納郵券数千円) | 高額(訴額に応じた印紙代、弁護士費用など) |
引渡命令を申し立てできる要件と対象者
引渡命令を申し立てるための絶対的な前提条件は、買受人が売却代金の全額を裁判所に納付していることです。代金納付によって所有権は買受人に移転しますが、その後に占有を確保できない場合にこの制度を利用できます。
引渡命令の対象となるのは、物件を占有している債務者(元の所有者)や、買受人に対抗できる正当な権利を持たない占有者です。
- 債務者および元の所有者
- 競売開始決定の効力発生(差押え登記)後に占有を始めた者
- 抵当権設定登記よりも後に賃貸借契約を結んだ賃借人
- その他、買受人に対抗できる正当な権原を有しないすべての占有者
なお、相手方が法人の場合は代表者が登記されている必要があり、占有の事実を証明するために調査報告書の提出が求められることもあります。引渡命令の主目的はあくまで不動産の占有を回復することにあり、建物内の動産(家具など)については、別途動産執行などの手続きが必要となります。
申立てが可能な期間(代金納付からの期限)
引渡命令の申立てには厳格な期間制限があり、これを過ぎると利用できなくなります。
原則として、代金を納付した日から6か月以内に申し立てる必要があります。この期間を過ぎてしまうと、簡易な引渡命令は利用できず、時間と費用のかかる通常の建物明渡請求訴訟を提起しなければなりません。
ただし、占有者が法律上の「明渡猶予制度」の対象となる賃借人である場合には例外があります。この制度は、抵当権設定後に入居した賃借人に対し、代金納付日から6か月間の立ち退き猶予を認めるものです。このような賃借人がいる物件の買受人に限り、申立て期間は代金納付日から9か月に延長されます。
引渡命令の申立てが認められない(却下される)主なケース
引渡命令は強力な制度ですが、申立てが認められない(却下される)ケースも存在します。占有者に買受人よりも優先される権利がある場合や、手続き上の要件を満たさない場合がこれにあたります。
- 占有者が買受人に対抗できる正当な権原(例:最優先の抵当権より前の賃借権)を持っている場合
- 買受人が不動産の持分のみを取得し、他の共有者が正当に占有している場合
- 代金納付日から6か月(または9か月)の申立期間を過ぎてしまった場合
- 申立書に不備がある、または無資格者が代理申請するなど、手続き上の重大な瑕疵がある場合
引渡命令の申立てから強制執行完了までの全6ステップ
ステップ1:管轄裁判所への不動産引渡命令の申立て
まず、対象不動産の所在地を管轄する地方裁判所の不動産執行係に「不動産引渡命令申立書」を提出します。申立書には、事件番号、当事者(買受人と占有者)の情報、物件情報を正確に記載し、物件目録などを添付します。
申立てには、相手方1人につき500円の収入印紙と、裁判所が指定する金額・内訳の郵便切手が必要です。占有者が競売記録に現れていない人物である場合は、占有の事実を証明する調査報告書なども併せて提出します。申立てが受理されると、裁判所は原則として競売記録に基づき書面審査を行います。
ステップ2:引渡命令の発令と占有者への送達
裁判所が申立てを正当と認めると、「不動産引渡命令」が発令されます。この命令は決定書として書面で作成され、申立人(買受人)と相手方(占有者)の双方に郵送(送達)されます。
相手方が決定書を受け取った日の翌日から1週間以内に不服申立て(執行抗告)がなければ、引渡命令は「確定」します。執行抗告がなされると手続きは一時停止しますが、競売記録上、占有者に正当な権原がないことが明らかな場合、抗告が認められる可能性は極めて低いです。
命令が確定することにより、この決定書は強制執行を行うための「債務名義」としての効力を持ちます。
ステップ3:執行文付与の申立てと送達証明書の取得
引渡命令が確定しても、すぐに強制執行ができるわけではありません。次に、確定した引渡命令の決定書正本に基づき、強制執行を申し立てるための準備を行います。
具体的には、裁判所書記官に対し、以下の2つの手続きを申請します。
- 執行文付与の申立て:決定書正本の末尾に、強制執行できる旨を証明する「執行文」を付けてもらう手続きです(手数料:収入印紙300円)。
- 送達証明書の取得:決定書が相手方に間違いなく送達されたことを証明する書面です(手数料:収入印紙150円)。
これら2つの書類が揃って初めて、執行官に強制執行を申し立てることができます。
ステップ4:執行官に対する強制執行の申立て
執行文が付与された引渡命令正本と送達証明書が準備できたら、同じ地方裁判所内にある「執行官室」へ行き、建物明渡しの強制執行を申し立てます。
申立ての際には、これらの書類のほか、物件の地図や占有状況の報告書などを提出し、執行官への手数料や経費として「予納金」を納付します。予納金の額は管轄や事案によりますが、おおむね6万円から10万円程度が一般的です。
申立てが受理されると、担当の執行官が決定し、最初の現地訪問である「明渡しの催告」の日程調整が行われます。この際、荷物の搬出業者や鍵屋といった執行補助者の手配も進めます。
ステップ5:明渡しの催告(現地での最終通告)
「明渡しの催告」とは、強制執行(断行)に先立ち、執行官が買受人らと共に現地を訪れ、占有者に最後の任意退去を促す手続きです。通常、実際の断行日の約1か月前に行われます。
執行官は占有者に対し、引渡し期限を口頭で告知するとともに、その期限と断行日を明記した「公示書」を室内の目立つ場所に貼り付けます。これにより、占有者が入れ替わっても新たな引渡命令なしに執行が可能となります。
この時点で、執行補助業者は室内の荷物量を確認し、断行にかかる費用の見積もりを行います。催告によって法的手続きが最終段階に入ったことを実感し、断行日までに任意で立ち退く占有者も少なくありません。
ステップ6:強制執行の断行と物件の引渡し完了
催告で定められた期限を過ぎても占有者が立ち退かない場合、最終手段である「強制執行の断行」が実施されます。断行日には、執行官、買受人、執行補助者(運送業者、鍵屋など)が現地に集合します。占有者が不在でも、鍵屋が鍵を開けて室内に入ります。
室内の家具や私物などの動産はすべて作業員によって搬出され、執行官が指定する倉庫で一時的に保管されます。すべての荷物が運び出された後、鍵を新しいものに交換し、執行官が買受人に対して物件の占有が移転したことを宣言します。
この瞬間をもって、一連の法的手続きは完了し、買受人は初めて物件を完全に支配下に置くことができます。ただし、断行にかかる費用は高額で、数十万円から百万円以上になることもあります。
引渡命令の手続きに必要な書類と費用
申立て時に裁判所へ提出する書類一覧
不動産引渡命令を申し立てる際は、以下の書類を準備して管轄の地方裁判所に提出します。事案によっては、これ以外の書類の提出を求められることもあります。
- 不動産引渡命令申立書:当事者目録と物件目録を添付します。
- 資格証明書:当事者が法人の場合に必要です(発行後3か月以内の代表者事項証明書など)。
- 住民票や戸籍謄本:買受人の住所や氏名が競売申立て時から変更されている場合に必要です。
- 調査報告書:競売記録に記載のない第三者が占有している場合に、その事実を証明するために提出します。
- 図面:建物の一部のみの引渡しを求める場合に、対象範囲を明示するために添付します。
申立てにかかる費用(収入印紙・郵便切手代)
引渡命令の申立て自体にかかる実費は、訴訟に比べて非常に安価です。
- 収入印紙(申立手数料):相手方1人につき500円を申立書に貼付します。
- 郵便切手(予納郵券):決定書の送達などに使われ、裁判所ごとに定められた組み合わせで2,000円~3,000円程度を納付します。
これらの費用は手続きを開始するための最低限の実費であり、後に説明する強制執行の費用とは別です。相手方が郵便物を受け取らないなどの事情で再送達が必要になると、追加で郵便切手の納付を求められることがあります。
強制執行で発生する費用(執行官への予納金など)
引渡命令が発令された後、実際に強制執行を行う段階では、申立て時とは比較にならない高額な費用が発生します。これらの費用は、一旦すべて買受人が立て替えて支払う必要があります。
- 執行官への予納金:執行官の日当や交通費に充てられ、おおむね6万円~10万円が目安です。
- 執行補助者への費用:最も高額になる部分で、荷物の搬出作業費、運搬費、保管料、廃棄物処分費、鍵の交換費用などが含まれます。
執行補助者への費用総額は、物件の規模や荷物の量によって大きく変動します。ワンルームでも20万円以上、一戸建てで荷物が多い場合は100万円を超えるケースも珍しくありません。
強制執行後の残置物(動産)の取扱い方法
強制執行の当日に買受人がすべきこと・注意点
強制執行の断行日には、買受人またはその代理人が必ず現場に立ち会う必要があります。単に作業を見守るだけでなく、執行を円滑に進め、後のトラブルを防ぐために重要な役割を担います。
- 必ず現場に立ち会う:執行官からの確認事項に対応し、引渡しを受けるために必須です。
- 執行官の指揮に従う:勝手に室内の物品に触れたり、処分を指示したりしてはいけません。
- 貴重品の確認:現金や有価証券などが発見された場合は、執行官が適切に処理します。
- 状況を記録する:作業開始前後の室内の状況や残置物を写真で撮影しておくことが推奨されます。
- 速やかに鍵を交換する:引渡し完了後、直ちにすべての鍵を新しいものに交換し、不法な再侵入を防ぎます。
残置物の法的な位置づけと買受人の保管義務
競売の対象は不動産であり、室内に残された家具や家電などの動産(残置物)は、強制執行後も元の所有者の財産です。買受人がこれらを勝手に自分のものにしたり、売却・廃棄したりすることは法律で禁じられています。
運び出された残置物は、執行官が価値ありと判断した場合、指定の倉庫で一定期間(通常1か月程度)保管されます。この保管にかかる費用は、買受人が立て替えて支払います。保管期間内に元の所有者から引取りの申し出があれば、保管費用を請求した上で返還します。
一方で、明らかに財産的価値がないゴミや腐敗しやすい物については、執行官の判断でその場で廃棄処分されることもあります。
動産執行による売却・換価または廃棄の具体的な流れ
保管期間を過ぎても元の所有者が残置物を引き取りに来ない場合、買受人はこれらの動産を処分するための法的手続きに進むことができます。
価値がある動産については、執行官に対して「動産執行」を申し立て、売却手続きを行います。競り売りの結果、買受人がつかなかった場合は、買受人自身が執行費用などと相殺する形で動産を買い取り、所有権を取得することも可能です。売却で得られた金銭は、まず保管費用や執行費用に充当されます。
財産的価値がないと判断された動産は、最終的に廃棄処分となります。この処分費用も買受人の負担です。実務では、明渡しの強制執行と動産執行の申立てを同時に行い、断行日に動産の売却や所有権移転までを完了させ、保管の手間と費用を省く手法もとられています。
不動産引渡命令に関するよくある質問
引渡命令の手続き全体にかかる期間はどのくらいですか?
申立てから強制執行の断行が完了するまでの期間は、手続きがスムーズに進んだ場合で、おおよそ2か月から3か月が目安です。内訳としては、申立てから命令確定までに約2~3週間、強制執行の申立てから催告までに約2週間、さらに催告から断行日までが約1か月というのが標準的なスケジュールです。
強制執行の費用は誰が負担し、占有者に請求できますか?
法律上、強制執行にかかった費用(予納金、運搬費、保管料など)は、すべて債務者である占有者が負担すべきものとされています。しかし、手続き上は買受人が全額を立て替える必要があり、後日、占有者に対して請求することになります。ただし、多くの場合、占有者に支払い能力はなく、事実上、買受人の自己負担で終わることがほとんどです。
占有者が引渡命令に不服を申し立てる(執行抗告)ことは可能ですか?
はい、占有者は引渡命令の決定書を受け取った日の翌日から1週間以内であれば、「執行抗告」という不服申立てができます。ただし、引渡命令は競売記録に基づいて明白な権利関係を判断するため、手続き上の重大な瑕疵がない限り、抗告が認められて決定が覆る可能性は極めて低いです。実務上は、単なる時間稼ぎの手段として利用されるケースがほとんどです。
任意での立ち退き交渉と引渡命令は、どちらを先に行うべきですか?
最も効率的で確実な方法は、任意での立ち退き交渉と引渡命令の申立てを並行して進めることです。代金納付後、すぐに占有者と交渉を開始する一方で、引渡命令の申立準備も進め、交渉が難航すると判断した時点ですぐに申し立てます。引渡命令には「代金納付後6か月」という期限があるため、交渉の長期化はリスクになります。また、法的手続きに着手したという事実が、相手方への交渉上のプレッシャーとなり、任意退去を促す効果も期待できます。
まとめ:引渡命令を正しく理解し、迅速な物件明渡しを実現しましょう
本記事では、競売物件の占有者を法的に退去させる不動産引渡命令について、申立てから強制執行までの全ステップを解説しました。引渡命令は、通常の明渡訴訟に比べて迅速かつ低コストで手続きを開始できる、買受人にとって非常に有効な制度です。しかし、「代金納付後6か月以内」という厳格な申立て期間がある点には最大限の注意が必要です。 強制執行まで進むと高額な費用が発生し、その回収が困難な場合も少なくありません。そのため、任意での立ち退き交渉と並行して、速やかに引渡命令の申立て準備を進めることが、時間と費用のリスクを最小限に抑える鍵となります。手続きに不安がある場合は、早期に弁護士などの専門家に相談することも有効な選択肢です。

