労働基準監督署の是正勧告を無視するとどうなる?リスクと正しい対応フローを解説
労働基準監督署から是正勧告を受け、その対応に不安を感じている経営者や労務担当者の方も多いのではないでしょうか。特に「勧告を無視するとどうなるのか」という点は、事業継続に関わる重大な関心事です。是正勧告の放置は、書類送検や企業名公表といった深刻なリスクにつながる可能性があります。この記事では、是正勧告を無視した場合の具体的なリスクと、勧告を受けた後の正しい対応フローを分かりやすく解説します。
労働基準監督署の是正勧告とは
是正勧告の定義と法的根拠
是正勧告とは、労働基準監督署が事業場への立ち入り調査(臨検監督)を実施した結果、労働基準法や労働安全衛生法などの法令違反を発見した場合に、その是正を求める行政指導のことです。労働基準監督官は、労働基準法第101条に基づき、事業場への立ち入りや帳簿書類の提出を求める権限を持っています。
この調査の結果、明確な法令違反が確認された場合に、違反状態の改善を促すために書面で交付されるのが是正勧告書です。これは、企業に自律的な改善を求めることを目的としています。
是正勧告に法的拘束力はあるか
是正勧告は行政手続法上の「行政指導」に位置づけられるため、勧告そのものに直接的な法的拘束力や強制力はありません。したがって、勧告に従わなかったこと自体を理由に、直ちに罰則が科されることはありません。
しかし、是正勧告の背景には必ず具体的な法令違反が存在します。この法令違反の状態を放置し続ければ、その違反行為に対して罰則が適用される可能性があります。労働基準監督官は、刑事訴訟法上の司法警察官としての権限も有しており、悪質なケースでは逮捕や検察庁への送検(書類送検)といった司法処分に移行することもあります。そのため、是正勧告には事実上の強制力が伴うと理解すべきです。
「指導票」「使用停止等命令書」との違い
労働基準監督署が交付する書面には、是正勧告書のほかに「指導票」と「使用停止等命令書」があり、指摘内容の緊急性や法的効力が異なります。
| 書面の種類 | 指摘内容 | 法的効力 |
|---|---|---|
| 指導票 | 法令違反ではないが改善が望ましい事項 | 行政指導(法的拘束力なし) |
| 是正勧告書 | 明確な法令違反の事実 | 行政指導(法的拘束力なし) |
| 使用停止等命令書 | 施設・設備等の急迫した危険 | 行政処分(法的拘束力あり) |
指導票は改善を助言する役割、是正勧告書は法令違反の是正を求める役割を持ちます。一方、使用停止等命令書は、労働者に差し迫った危険がある場合に発せられる強制力のある行政処分であり、従わない場合は罰則の対象となります。
是正勧告で指摘されやすい主な違反事例
是正勧告では、日常的な労務管理の不備が指摘されることが多く、特に労働時間や賃金に関する違反が典型です。
- 時間外労働: 36協定を未締結・未届出のまま、法定労働時間を超えて労働させている。
- 割増賃金の未払い: 残業代や休日出勤手当が、法律で定められた割増率で正しく計算・支払われていない。
- 労働時間の管理: 労働時間を1分単位で管理せず、端数を不当に切り捨てている。
- 年次有給休暇: 法定の付与日数を満たしていない、または年5日の時季指定義務を果たしていない。
- 就業規則: 常時10人以上の労働者を使用しているにもかかわらず、就業規則を作成・届出していない。
- 健康診断: 法定の定期健康診断を実施していない、または有所見者への医師の意見聴取を怠っている。
是正勧告を無視・放置した場合の段階的リスク
再監督の実施とより厳しい指導
指定された期日までに是正報告書を提出しない、または改善が不十分な場合、再監督(再度の立ち入り調査)が実施されます。再監督では、指摘事項が改善されているかがより厳しくチェックされます。
再監督でも改善が見られない場合、企業に遵法意識が欠けていると判断され、指導内容が厳しくなります。これは、後述する司法処分へと移行する一因となり得ます。
悪質な場合は司法処分(書類送検)に至る
是正勧告を繰り返し無視したり、違反内容が重大・悪質であったりする場合には、司法処分として検察庁へ書類送検される可能性があります。労働基準監督官は司法警察官として、逮捕や差押えなどの強制捜査を行う権限を持っています。
特に、大幅な違法残業の常態化や組織的な賃金未払いなどは、悪質と判断されやすい典型例です。送検後、検察官が起訴を決定すれば刑事裁判となり、経営者や法人に前科がつく可能性があります。
企業名が公表されることによる信用の低下
重大・悪質な法令違反を繰り返した企業は、厚生労働省や都道府県労働局のウェブサイトで企業名が公表されることがあります。例えば、複数の事業場で月80時間を超えるような長時間労働が確認された場合などが対象です。
企業名が公表されると「ブラック企業」という評判が広まり、取引先からの信用失墜、金融機関からの融資への悪影響、採用活動の難化、従業員の離職など、事業経営に深刻なダメージを与えます。
刑事罰や付加金の支払い命令につながる可能性
司法処分の結果、刑事裁判で有罪となれば、懲役刑や罰金刑が科されます。例えば、割増賃金の不払いには「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が定められています。
さらに民事上のリスクとして、労働者からの訴訟により、裁判所から付加金の支払いを命じられる可能性があります。付加金とは、未払いの割増賃金などに対して、その未払額と同額を上限として追加で支払いを命じられる一種の制裁金です。これらに加え、高率の遅延損害金も発生するため、企業の経済的負担は非常に大きくなります。
是正勧告を受けた後の具体的な対応フロー
Step1. 勧告内容の正確な把握と事実確認
まず、是正勧告書に記載された違反事項、根拠条文、是正期日を正確に確認し、関係部署で情報を共有します。次に、指摘された内容について、タイムカードや賃金台帳などの客観的な資料に基づき、社内の事実関係を調査します。この段階で、現状を正確に把握することが、適切な対応の第一歩となります。
Step2. 違反事項に対する是正計画の策定
事実確認の結果に基づき、具体的な是正計画を立てます。計画には、指摘された違反状態の解消だけでなく、再発防止策も盛り込むことが重要です。誰が、いつまでに、何を行うかを明確にし、是正期日から逆算してスケジュールを管理します。期日内の対応が困難な場合は、この段階で速やかに労働基準監督署に連絡・相談します。
Step3. 是正措置の実施と証拠資料の準備
策定した計画に従い、未払い賃金の支払いや就業規則の改定など、具体的な是正措置を実行します。同時に、是正した事実を客観的に証明するための証拠資料を準備します。例えば、賃金を支払った際の振込明細の控え、監督署の受理印がある36協定の写し、改善後の状況を示す写真などがこれにあたります。
Step4. 是正報告書の作成と提出
すべての是正措置が完了したら、労働基準監督署長宛に是正報告書を作成します。報告書には、指摘事項ごとに、いつ、どのような改善措置を講じたかを具体的に記載します。Step3で準備した証拠資料を添付し、指定された期日までに提出します。提出した報告書と添付資料の控えは、必ず自社で保管してください。
是正報告書の書き方と提出時の注意点
是正報告書に記載すべき基本項目
是正報告書には、以下の基本項目を漏れなく記載し、会社の代表者印を押印します。これにより、公式な文書としての体裁が整います。
- 提出年月日
- 事業場の名称、所在地
- 報告者(代表者)の役職、氏名
- 会社の代表者印
- 是正勧告を受けた年月日
- 指摘された違反条項と違反内容
- 具体的な是正内容と是正完了年月日
指摘事項ごとに改善内容を具体的に記述する
報告書で最も重要なのは、改善内容の具体性です。「今後は適切に管理します」といった抽象的な表現ではなく、「誰が、いつ、何を、どのように改善したか」が明確にわかるように記述します。
例えば、未払い残業代を支払った場合は、対象者数、算定期間、支払総額、支払日を明記します。客観的な事実を記載することで、法令違反の状態が確実に解消されたことを示します。
是正を証明する添付資料の準備
是正報告書には、改善措置を講じたことを裏付ける証拠資料を必ず添付します。資料が不足していると、報告内容の信憑性が疑われ、再監督の原因となります。
- 賃金関連: 修正後の賃金台帳の写し、銀行の振込記録
- 36協定関連: 労働基準監督署の受理印がある協定届の写し
- 就業規則関連: 変更届の写し、労働者代表の意見書
- 安全衛生関連: 改善前後の状況がわかる写真、設備改善の見積書や領収書
提出期限の遵守と遅れる場合の連絡方法
是正報告書の提出期限は厳守が原則です。やむを得ない理由で期限に間に合わない場合は、放置せず、必ず期限前に担当の労働基準監督官へ電話などで連絡してください。遅れる理由と完了見込みを誠実に説明すれば、期限の延長など柔軟な対応をしてもらえることがあります。無断で期限を過ぎることは絶対に避けるべきです。
提出して終わりではない、恒久的な再発防止策の構築
是正報告書の提出は、あくまで違反状態を一時的に解消したに過ぎません。重要なのは、二度と同じ違反を繰り返さないための恒久的な再発防止策を構築し、運用することです。勤怠管理システムの見直し、管理職向けの労務研修の実施、社内監査体制の整備など、根本的な改善に取り組みましょう。是正勧告を、社内の労務管理体制を健全化する良い機会と捉えることが大切です。
是正勧告の内容に不服がある・納得できない場合の対処法
是正勧告に行政不服申立てはできない
是正勧告は、法的な権利義務を確定させる「行政処分」ではなく、任意の協力を求める「行政指導」とされています。そのため、内容に不服があっても、行政不服審査法に基づく不服申立てや、行政事件訴訟法による取消訴訟を提起することはできません。法的に争うのではなく、まずは監督官との対話で解決の道を探ることが現実的です。
労働基準監督官との対話で事実関係を説明する
勧告内容に事実誤認がある、あるいは法解釈に疑問がある場合は、まず担当の労働基準監督官と対話し、自社の見解を説明することが重要です。感情的にならず、タイムカードや業務日報といった客観的な証拠を示しながら、論理的に説明を尽くすことで、監督官の理解を得られる可能性があります。
弁護士や社会保険労務士など専門家への相談を検討する
自社のみでの対応に不安がある場合や、法的な論点が複雑な場合は、速やかに弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することを推奨します。専門家は、指摘内容の法的な妥当性を判断し、適切な対応方針や交渉戦略について助言してくれます。専門家が間に入ることで、監督署とのコミュニケーションが円滑に進み、より良い解決につながる可能性が高まります。
労働基準監督署の是正勧告に関するよくある質問
是正報告書の提出が期限に間に合わない場合、どうすればよいですか?
期限内に提出できない見込みとなった時点で、速やかに担当の労働基準監督官に電話で連絡し、その理由と対応の進捗状況、完了予定日を説明して指示を仰いでください。無断で期限を過ぎると、改善の意思がないとみなされ、再監督や司法処分といった、より厳しい措置につながるリスクがあります。
是正勧告で指摘された未払い賃金は、いつまで遡って支払う必要がありますか?
2020年4月1日に改正労働基準法が施行され、賃金請求権の消滅時効期間は、当面の間3年間とされています。したがって、労働者から請求があった場合、企業は最大で過去3年分の未払い賃金を支払う義務を負う可能性があります。是正勧告では実務上、直近の一定期間について支払うよう指導されることもありますが、法的な支払義務は時効が完成していない全期間に及びます。
弁護士や社労士に相談すべきタイミングはいつですか?
相談するタイミングは、早ければ早いほど良いです。理想は、労働基準監督署の調査の通知があった時点や、調査が実施された直後です。この段階であれば、調査への立ち会いや事前の準備など、より有利な対応を取りやすくなります。もちろん、是正勧告を受けた後でも、是正計画の策定や報告書の作成段階で相談すれば、的確なアドバイスを受けることができ、再発防止策の構築にもつながります。
一度是正すれば、もう調査は来ませんか?
是正報告書が受理されれば、その案件に関する調査は終了します。しかし、それで将来の調査がなくなるわけではありません。労働基準監督署は、毎年計画を立てて定期的に調査を行っているほか、労働者から新たな申告があれば、その都度調査(申告監督)を実施します。したがって、常に法令を遵守する体制を維持することが不可欠です。
是正勧告を受けた事実を、従業員にどこまで説明すべきですか?
是正勧告を受けた事実を全従業員に公表する法的な義務はありません。しかし、是正内容が就業規則の変更や未払い賃金の支払いなど、従業員の労働条件に直接関わる場合は、対象となる従業員への誠実な説明が不可欠です。事実を隠すのではなく、問題を真摯に受け止め、職場環境の改善に取り組む姿勢を示すことが、従業員との信頼関係を維持し、組織の健全化につながります。
まとめ:是正勧告は放置せず、誠実な対応と再発防止が重要
本記事では、労働基準監督署の是正勧告を無視した場合のリスクと、具体的な対応方法について解説しました。是正勧告自体に直接的な法的拘束力はありませんが、その背景には明確な法令違反が存在します。勧告を放置すれば、再監督、書類送検、企業名公表といった深刻な事態を招きかねません。
勧告を受けた際は、指摘内容を真摯に受け止め、速やかに事実確認と是正計画の策定に取り組みましょう。指定された期日までに是正報告書を提出することが原則です。自社での対応が難しい場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家へ相談することも有効な手段です。是正勧告を労務管理体制の健全化を図る好機と捉え、誠実に対応することが企業の信頼を守る上で重要です。

