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労災保険は物損事故に適用される?補償範囲と会社・個人の対応

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業務中や通勤中に、社用車や私物が破損する物損事故は、誰にでも起こりうる身近なトラブルです。このような状況で、「怪我はないが、この修理費用に労災保険は使えるのだろうか?」と疑問に思うのは当然のことでしょう。この記事では、労災保険が物損を補償対象とするか否かという結論を明確にし、万が一物損事故が発生した際の具体的な対応方法や責任の所在について、企業の担当者および従業員双方の視点から詳しく解説します。

目次

まず結論:労災保険は物損を補償しない

労災保険の目的と補償範囲(人身損害が対象)

労働者災害補償保険(労災保険)は、業務上の事由または通勤によって発生した労働者の負傷、疾病、障害、死亡といった人身損害に対して、必要な保険給付を行う公的制度です。この制度は、被災した労働者とその家族の生活を支えるとともに、事業主が負う高額な賠償責任リスクを社会全体で分散させる役割を担っています。

労災保険法で定められた給付は、すべて人の生命や身体に関する損害を対象としています。具体的には、以下のような給付があります。

労災保険の主な給付内容(人身損害が対象)
  • 療養(補償)給付:怪我や病気の治療費、入院費など
  • 休業(補償)給付:療養のために働けない期間の所得補償
  • 障害(補償)給付:後遺障害が残った場合の年金または一時金
  • 遺族(補償)給付:労働者が死亡した際に遺族へ支払われる年金または一時金
  • 傷病(補償)年金:療養開始から1年6か月経過後も治癒せず、重い障害が残る場合の年金
  • 介護(補償)給付:重い障害により介護が必要となった場合の費用
  • 葬祭料(葬祭給付):労働者が死亡した場合の葬儀費用

このように、労災保険の補償範囲は人身損害に限定されているため、業務中に破損した自家用車、スマートフォン、眼鏡といった物的損害(物損)は一切補償されません。物損の補填は、民事上の損害賠償請求や民間の損害保険など、別の枠組みで対応する必要があります。

なぜ物損(車両・私物など)は労災保険の対象外なのか

労災保険が物的損害を補償の対象外としているのには、制度の目的と社会的な役割分担に基づいた明確な理由があります。

物損が労災保険の対象外とされる主な理由
  • 制度目的の特化: 労災保険は、労働者の生命と身体の安全を確保し、生活を保障するという社会保障制度としての役割に特化しているため。
  • 民間保険との役割分担: 物的損害については、自動車保険や火災保険といった民間の損害保険市場が充実しており、そちらで対応することが社会的に合理的とされているため。
  • 損害評価の困難性: 私物の価値は個々で大きく異なり、公平な損害額を算定するための統一基準を設けることが極めて困難であるため。
  • 原因特定の複雑さ: 物品の破損が、純粋に業務に起因するものか、個人の不注意や私的利用が介在しているのかを厳密に切り分けることが実務上難しいため。
  • 行政コストの抑制: 物損まで対象に含めると、認定手続きが著しく煩雑化し、制度を維持するための行政コストが増大してしまうため。

これらの理由から、公的な保険制度である労災保険は、セーフティネットとして最も重要な人身損害の救済に資源を集中させています。その結果、物的損害の回復は、当事者間の話し合いや、他の保険制度を利用して解決することが前提とされています。

労災保険が使えない場合の損害補填方法

自動車保険(自賠責保険・任意保険)の活用

労災保険の対象外となる物損事故、特に交通事故が発生した場合、最も主要な補填手段となるのが自動車保険です。ただし、自動車保険には種類があり、物損への対応可否が異なります。

保険の種類 対象 物損への対応 備考
自賠責保険(強制保険) 人身損害のみ 対象外 被害者の身体に対する最低限の補償を目的とします。
任意保険(対物賠償保険) 相手方の財産 対象 事故相手の車両や建物などの修理費を補償します。
任意保険(車両保険) 自身の車両 対象 自身の車両の修理費を補償します(契約内容によります)。
自動車保険の種類と物損への対応

このように、物損をカバーするためには任意保険への加入が不可欠です。業務で自家用車を使用中に事故を起こした場合、保険契約時に使用目的を「業務使用」として告知していないと、保険金が支払われない可能性があるため注意が必要です。また、賠償額は当事者間の過失割合に応じて決定されるため、ドライブレコーダーの記録など客観的な証拠を確保することが重要になります。

事故の加害者(第三者)に対する損害賠償請求

業務中や通勤中に、第三者の不法行為によって自身の車両や私物が破損した場合、民法第709条に基づき、加害者に対して直接損害賠償を請求することができます。請求できる損害には、主に以下のような項目があります。

第三者に請求できる主な損害項目
  • 修理費用: 破損した車両や物品の修理にかかる実費。
  • 買替差額: 修理が不可能な場合に、事故直前の時価相当額(新品価格ではない点に注意)。
  • 評価損(格落ち損): 修理しても残る車両価値の低下分(認められるケースは限定的)。
  • 代車使用料: 修理や買い替えの期間中に代車を利用した場合の相当な費用。
  • 休車損害: 営業用の車両が使えなくなったことで生じた逸失利益。

交渉は、加害者が任意保険に加入していれば、その保険会社の担当者と行うのが一般的です。ただし、こちら側にも過失があれば、その割合に応じて受け取れる賠償額が減額される「過失相殺」が適用されます。交渉がまとまらない場合は、内容証明郵便の送付、民事調停、訴訟といった法的手段を検討することになります。

会社の安全配慮義務違反などを理由とする損害賠償請求

物損事故の原因が、会社の設備不良や不適切な指示など、管理体制の不備にあった場合、労働者は会社に対して安全配慮義務違反(労働契約法第5条)を根拠に損害賠償を請求できる可能性があります。この義務は、労働者の生命・身体の安全が主眼ですが、事案によっては業務の過程で損壊した私物の補償もその射程に入ると解釈されることがあります

会社に物損の賠償を請求できる可能性のあるケース
  • 会社が提供した社用車の整備が著しく不良で、事故につながった場合。
  • 荷崩れの危険がある場所での作業を指示され、私物が破損した場合。
  • 業務上必要な保護具が支給されず、結果として私物が損傷した場合。
  • 就業規則や労働契約において、会社による物損補償が明確に定められている場合。

この請求が認められるためには、会社側に「予見可能性」(事故の危険を予測できたこと)と「結果回避可能性」(対策を講じれば事故を防げたこと)があったにもかかわらず、それを怠ったという事実を労働者側が立証する必要があります。労働者自身の単純なミスが原因であれば、会社への請求は困難です。

事故の状況別に見る物損の扱い

業務災害(業務中の事故)における物損の考え方

業務の遂行中に発生した物損事故における会社の責任は、その状況によって異なりますが、原則として会社が負担すべきリスクの一部とされます。これは、従業員の労働によって利益を得ている会社は、その活動に伴って生じるリスクも負担すべきという「報償責任」の考え方に基づいています。

社用車や会社の備品を破損させた場合、その修理費用は会社が負担するのが基本であり、従業員に重大な過失(飲酒運転など)がない限り、全額を弁償させることはできません。

また、従業員が第三者の財産に損害を与えた場合、会社は使用者責任(民法第715条)に基づき、被害者への賠償義務を負います。その後、会社から従業員へ負担を求めること(求償)は可能ですが、その範囲は損害の公平な分担という観点から、ごく一部に制限されるのが通例です。

通勤災害(通勤中の事故)における物損の考え方

通勤中に発生した物損事故は、業務災害とは異なり、原則として従業員個人の責任となります。通勤行為は、会社の直接的な支配管理下で行われるものではなく、使用する自家用車や自転車も従業員の私有財産であるためです。

通勤災害における物損の責任分担
  • 原則(従業員の個人責任): 通勤は会社の支配管理下にないため、自損事故や第三者への賠償は、従業員個人の自動車保険などで対応する。
  • 例外(会社が責任を問われる可能性): 会社が特定の通勤手段を業務上強制していたり、自家用車の利用が事実上の業務命令と見なされたりする特殊なケース。

したがって、通勤中に自分の車を電柱にぶつけた場合や、他人の車と接触事故を起こした場合、その修理費や賠償金は基本的に自己負担となります。多くの企業では、こうしたトラブルを避けるため、任意保険への加入を義務付けるなどのマイカー通勤規程を設けています。

人身損害が伴う場合の対応(労災保険と他の補償の使い分け)

一つの事故で人身損害と物的損害が同時に発生した場合、複数の補償制度を賢く使い分ける必要があります。損害の種類に応じて、どの制度を利用すべきかを整理すると以下のようになります。

損害項目 主な補償方法 備考
治療費・休業補償など(人身損害 労災保険を優先的に利用 自身の過失割合に関わらず給付が受けられ、補償も手厚いため有利です。
車両の修理代など(物的損害 加害者の自動車保険(対物賠償)や会社への請求 労災保険の対象外であるため、別の方法で補填を求めます。
精神的苦痛への慰謝料 加害者の自動車保険(自賠責・任意)や会社への請求 労災保険からは支払われません。
人身・物損が同時に発生した場合の補償の使い分け

実務上は、まず自身の治療や休業補償について労災保険の申請手続きを進め、それと並行して、物損や慰謝料について加害者側の保険会社と交渉を進めるのが一般的です。ただし、同じ損害項目(例:休業損害)について、労災保険と自動車保険から二重に給付を受けることはできず、支給額は調整されます。

物損事故で会社が負う法的責任とは

従業員の事故で会社が賠償義務を負う「使用者責任」

従業員が業務の遂行中に、第三者の自動車や建物などに損害を与えた場合、雇用主である会社は民法第715条に定められた「使用者責任」に基づき、被害者に対して損害を賠償する法的な義務を負います。

使用者責任(民法第715条)のポイント
  • 根拠: 事業活動で利益を得る者は、その過程で生じるリスクも負担すべきという「報償責任」の考え方。
  • 要件: 「事業の執行について」生じた損害であること。これは、客観的に見て業務に関連する行為であれば広く認められます。
  • 効果: 被害者は、直接の加害者である従業員と、使用者である会社の両方に対して損害賠償を請求できます。
  • 実務: 支払い能力が高い会社側が、まず被害者への賠償に対応するのが一般的です。

例えば、配送ドライバーが脇見運転で追突事故を起こした場合や、営業担当者が訪問先で誤って備品を壊した場合などが典型例です。被害者保護の観点から、会社は従業員の行為に対して重い責任を負うことになります。

会社は従業員に修理費などを請求(求償)できるか

会社が使用者責任に基づき第三者に賠償金を支払った後、その原因を作った従業員に対して費用の一部を請求する権利を「求償権」といいます。しかし、裁判実務では、会社がその全額を従業員に請求することは、信義則の観点からほとんど認められません。

裁判所は、事業の性格や規模、従業員の業務内容、会社の管理体制、損害予防策の状況などを総合的に考慮し、損害の公平な分担という観点から求償できる範囲を判断します。通常の不注意によるミスの場合、従業員の負担割合は損害額の4分の1程度までに制限されるのが一般的です。

また、労働基準法第16条は、労働契約に違反した場合の違約金や損害賠償額をあらかじめ定めること(賠償予定)を禁止しています。そのため、「事故を起こしたら一律〇万円の罰金」といった就業規則は無効です。求償が広く認められるのは、飲酒運転や横領といった、従業員の故意または重大な過失による場合に限られます。

従業員への求償権行使を判断する際の実務的留意点

会社が従業員への求償権行使を検討する際には、法的な権利の有無だけでなく、労務管理や経営的な視点からも慎重な判断が求められます。

求償権行使を検討する際の留意点
  • 会社の管理責任の検証: 無理なスケジュールや不十分な安全教育など、会社側に事故を誘発する要因がなかったかを自己点検する。
  • 過失の程度の客観的判断: 単純なミスか、飲酒運転などの重過失・故意かを冷静に見極める。
  • 給与からの一方的な天引きは厳禁: 従業員の同意なく賠償金を給与から天引きする行為は、賃金全額払いの原則(労働基準法第24条)に違反する。
  • 適正な手続きの遵守: 求償する場合は、必ず従業員と話し合い、合意書を取り交わした上で、任意に支払ってもらう形式をとる。
  • 組織への影響: 安易な求償は従業員の士気低下や離職につながり、労使間の信頼関係を損なうリスクがあることを考慮する。

これらの点を踏まえ、求償を行うか否か、また行う場合の金額や方法を総合的に判断する必要があります。

破損した物品別の対応方針(社用車・私物)

社用車の修理費用は誰が負担するのか

業務中に従業員が運転する社用車が損傷した場合、その修理費用は原則として全額を会社が負担します。社用車は会社の業務を遂行するための資産であり、その使用に伴う事故のリスクや維持管理コストは、会社が負担すべき経営経費の一部と考えられるためです。

通常、会社が加入している自動車保険の車両保険を使って修理を行いますが、保険を使うと翌年以降の保険料が上がるため、損害額によっては会社が自費で修理することもあります。

従業員に修理費の負担を求めることができるのは、飲酒運転、故意による破壊、会社に無断での私的利用中の事故など、極めて悪質で例外的なケースに限られます。通常の運転ミスに対して金銭的なペナルティを課すのではなく、原因を究明し、再発防止のための指導や教育を行うことが、企業としてあるべき対応です。

業務中に破損した従業員の私物(PC・スマホ等)の扱い

従業員の私物が業務中に破損した場合、会社が補償責任を負うかどうかは、会社がその私物の業務利用を認めていたかが重要な判断基準となります。

状況 会社の補償責任 理由
会社が私物の業務利用を許可・推奨していた場合 有り(可能性が高い) 私物が業務に必要な備品と同等に扱われ、会社の安全配慮義務の対象となるためです。
会社が私物の業務利用を明確に禁止していた場合 無し(可能性が高い) 従業員が会社のルールに反して独断で使用した結果であり、自己責任と判断されるためです。
業務に不要な高価品(ブランド時計など) 限定的または無し 業務遂行上の必要性が低く、損害の全額を会社が負担するのは相当でないと判断されるためです。
私物破損における会社の補償責任

会社が責任を負う場合、補償額は修理にかかる実費、または修理不能な場合はその物品の時価相当額が目安となります。トラブルを避けるためにも、私物の業務利用に関するルールをあらかじめ就業規則などで明確に定めておくことが望ましいでしょう。

トラブルを未然に防ぐ社内規程整備のポイント

物損事故をめぐる労使間の紛争を未然に防ぐためには、車両管理規程や就業規則など、社内ルールの整備が不可欠です。規程を整備する際には、以下の点を盛り込むことが重要です。

物損事故防止・対応のための社内規程のポイント
  • 車両管理規程: 社用車の使用許可基準、私的利用の厳禁、定期点検の義務などを明記する。
  • 事故報告義務: 怪我の有無や損害の大小にかかわらず、全ての事故について速やかな報告を義務付ける。
  • 損害負担の原則: 従業員に故意または重過失がある場合に限り、合理的な範囲で損害の一部を負担してもらう可能性があることを記載する(賠償額の予定は禁止)。
  • 私物の業務利用ルール: 私物の業務利用を許可制とし、対象品目や破損時の補償範囲、上限額などを具体的に定める。
  • 周知と教育の徹底: 制定した規程を全従業員に周知するとともに、定期的に安全運転教育などを実施する。

これらの規程を整備し、適切に運用することで、万が一事故が発生した際にも円滑な対応が可能となり、無用なトラブルを回避することができます。

労災と物損事故に関するよくある質問

物損のみ(怪我なし)でも会社への報告は必要ですか?

はい、絶対に必要です。たとえ身体に怪我がなく、車両や設備の破損のみで済んだ軽微な事故であっても、会社への報告は従業員の義務です。その理由は以下の通りです。

物損のみの事故でも会社への報告が必須である理由
  • 重大事故の防止: 軽微な物損事故(ヒヤリハット)の原因を分析することが、将来起こりうる重大な人身事故の防止につながるため。
  • 会社の法的責任の確認: 第三者に損害を与えた場合、会社が使用者責任を問われる可能性があるため、事実関係を速やかに把握する必要があるため。
  • 保険手続きの必要性: 会社が加入している損害保険を適用するには、事故報告が必須となるため。
  • コンプライアンスの遵守: 就業規則上の報告義務に違反した場合、隠蔽とみなされ懲戒処分の対象となる可能性があるため。

事故を正直に報告することは、結果的に従業員自身と会社全体を守るための重要な行動です。

相手方が無保険の場合、修理費などはどうなりますか?

交通事故の相手方が任意保険に加入していない(無保険)場合、物損の修理費などを回収するのは著しく困難になる可能性があります。人身損害には政府の保障事業による救済制度がありますが、物損はこの対象外です。

このような状況に陥った場合、以下のステップで対応を検討することになります。

相手が無保険の場合の対応ステップ
  1. 自身の車両保険を利用する: まずは自身の自動車保険に車両保険が付帯しているかを確認し、その利用を検討します。ただし、利用すると翌年以降の保険料が上がることがあります。
  2. 相手方と直接交渉する: 内容証明郵便を送付するなどして、相手方本人に直接支払いを請求します。
  3. 法的手段を検討する: 交渉で解決しない場合、民事訴訟を提起して支払いを命じる判決を得ることを目指します。
  4. 強制執行を試みる: 判決が出ても相手が支払わない場合、給与や財産の差し押さえといった強制執行を検討します。

しかし、訴訟を起こして勝訴しても、相手に支払い能力(資産や収入)がなければ、事実上回収できないリスクがあります。そのため、会社としては、社用車には必ず十分な車両保険を付帯させておくことが、最も現実的なリスク管理策となります。

まとめ:労災保険は物損を補償せず!事故発生時は状況に応じた適切な対応を

本記事で解説した通り、労災保険は労働者の負傷や疾病といった人身損害を対象とする制度であり、車両や私物などの物的損害は一切補償されません。物損事故が発生した場合、その補填は自動車保険(任意保険)の活用や、加害者への損害賠償請求といった民事上の手続きで対応するのが基本となります。特に、事故が業務中か通勤中かによって会社の使用者責任の有無が大きく異なり、従業員への求償も限定的である点を理解しておくことが重要です。企業としては、車両管理規程や私物の業務利用に関するルールを事前に整備し、従業員と共通認識を持つことが、無用な労使トラブルを防ぐ鍵となります。万が一の事態に備え、自社の規程や保険内容を今一度確認しておきましょう。

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