少額訴訟の取り下げにかかる費用と手続き|被告の同意が必要なケースやデメリットも解説
少額訴訟を提起したものの、相手方の状況変化や交渉の進展により、訴えの取り下げを検討されることがあるかと存じます。その際、提訴時に支払った費用はどうなるのか、相手方から費用を請求される可能性はないのかなど、金銭的な不安は尽きません。この記事では、少額訴訟を取り下げる際の具体的な費用内訳、手続きの流れ、そして再訴禁止などの重要な注意点について詳しく解説します。
少額訴訟における「訴えの取り下げ」とは
訴えの取り下げの定義と訴訟終了の仕組み
訴えの取り下げとは、原告が自ら提起した訴訟手続きを、判決が確定する前に終了させる意思表示のことです。この手続きにより、訴訟は初めからなかったものとみなされ、遡及的に消滅します。
これは、判決や和解などと並ぶ訴訟の終了事由の一つですが、裁判所の判断が示されない点で異なります。また、請求権そのものを放棄する「請求の放棄」とは違い、あくまで現在の訴訟手続きを白紙に戻すものです。そのため、後述する例外(再訴禁止)に触れない限り、原則として同じ内容で再び訴えを提起することが可能です。
訴えを取り下げられるタイミングと期限
訴えの取り下げは、判決が確定するまでであれば、訴訟のどの段階でも可能です。第一審の判決言渡し後であっても、その判決が確定する前であれば取り下げはできます。
ただし、手続きの進行状況によって要件が異なります。被告が訴訟で争う姿勢を見せた後、具体的には答弁書を提出したり、法廷で主張を述べたりした後は、被告の同意がなければ取り下げの効力が生じません。少額訴訟は原則として一回の期日で審理を終えるため、多くの場合、この同意が必要となります。判決が確定した後は、訴えの取り下げはできず、控訴など別の手段を検討することになります。
少額訴訟の取り下げにかかる費用の内訳
裁判所に納めた手数料(印紙代・郵券)の返還手続き
訴えの取り下げ自体に新たな手数料はかかりませんが、提訴時に納めた費用のうち一部が返還される可能性があります。返還を受けるには、別途「還付申立て」の手続きが必要です。
- 訴え提起手数料(収入印紙代): 口頭弁論終結前に取り下げた場合に限り、納付額の2分の1が還付されます。
- 予納郵便切手(郵券)代: 取り下げ時点で送達などに使われなかった未使用分が返還されます。
相手方(被告)から請求される可能性のある費用とは
訴えが取り下げられた場合、それまでにかかった訴訟費用(印紙代や旅費など)は、原則として原告が負担します。被告は、応訴のために要した費用(裁判所への交通費、日当など)の支払いを原告に求める権利があります。
この請求は、被告が裁判所に「訴訟費用額確定処分」を申し立てることで行われます。もっとも、少額訴訟の実務では、費用額が少額であることなどから、この手続きが利用されることは稀です。多くの場合、訴訟費用は各自が負担するとの合意のもとで取り下げが行われます。
弁護士に依頼している場合の報酬の取り扱い
弁護士に依頼して訴訟を進めている途中で取り下げる場合、報酬の精算は委任契約書の内容に従います。一般的には、以下のようになります。
- 着手金: 事件に着手した対価として支払う費用のため、原則として返還されません。
- 実費・日当: 書面作成や裁判所への出頭のために発生した費用は、依頼者の負担となります。
- 報酬金: 裁判外での和解成立など、取り下げによって実質的な経済的利益が得られた場合に発生します。勝訴の見込みがないなどの理由で一方的に取り下げた場合は、発生しないのが通常です。
ただし、契約内容によっては、解決直前での取り下げなどについて別途の規定が置かれている場合があるため、必ず委任契約書を確認してください。
少額訴訟を取り下げるための具体的な手続き
手続きの流れ:取下書の作成から裁判所の受理まで
訴えの取り下げは、原則として書面を提出して行います。具体的な手続きは以下の流れで進みます。
- 原告が「訴えの取下書」を作成します。
- 作成した取下書を、管轄の簡易裁判所に持参または郵送で提出します。
- 裁判所が取下書を受理し、その副本(コピー)を被告へ送達します。
- 被告がすでに応訴している場合、送達から2週間以内に異議を述べなければ、取り下げに同意したとみなされます(同意擬制)。
- 被告の同意または同意擬制が成立した時点で、訴訟が正式に終了します。
期日であれば口頭での取り下げも可能ですが、記録が残る書面での手続きが確実です。
「訴えの取下書」の書き方と提出方法
「訴えの取下書」には、事件を特定する情報と、訴えを取り下げる意思を明確に記載します。書式は裁判所のウェブサイトで入手できる雛形を利用するのが便利です。
- 記載事項: 事件番号、当事者(原告・被告)の氏名、訴えを取り下げる旨を明記します。
- 押印: 訴状に押印したものと同じ印鑑を使用するのが原則です。
- 提出部数: 裁判所用と、被告の人数分の副本を用意します。
- 提出方法: 裁判所の担当窓口へ直接持参するか、記録の残る郵便(書留郵便など)で送付します。
ファクシミリでの提出は認められていないため注意が必要です。
被告の同意が必要になるケースと不要なケース
訴えの取り下げに被告の同意が必要かどうかは、被告が訴訟手続きに関与したかどうかで決まります。
| ケース | 具体的な状況 | 同意の要否 |
|---|---|---|
| 同意が不要な場合 | 被告が答弁書を提出せず、最初の口頭弁論期日にも出頭・陳述していない段階 | 不要 |
| 同意が必要な場合 | 被告が答弁書を提出した、または口頭弁論期日で主張を述べた後 | 必要 |
被告の同意が必要な場合でも、被告が取下書の送達を受けてから2週間以内に異議を述べなければ、法律上、同意したものとみなされます。
訴えの取り下げに伴う注意点とデメリット
再訴禁止効とは?同一内容での再提訴が制限されるリスク
訴えの取り下げで特に注意すべきなのが「再訴禁止効」です。これは、本案(請求内容そのもの)について終局判決があった後に訴えを取り下げた場合、同一の訴えを再び提起できなくなるというルールです。
このルールは、一度裁判所の判断が示されたにもかかわらず、それを無視して訴訟の蒸し返しを図ることを防ぐためのものです。少額訴訟でも、終局判決があった後に敗訴の見込みが高いからといって安易に取り下げを選択すると、将来的に同じ請求ができなくなるという重大な不利益を被るリスクがあります。
費用倒れのリスクと相手方との関係性への影響
訴えの取り下げには、費用面や人間関係におけるデメリットも伴います。
- 費用倒れのリスク: 提訴時に支払った印紙代や弁護士の着手金は、全額が戻ってくるわけではありません。結果的に何も回収できなければ、支出した費用がそのまま損失となります。
- 相手方との関係悪化: 訴訟によって損なわれた相手方との信頼関係は、取り下げによって自動的に修復されるわけではありません。むしろ、一方的な提訴と取り下げは不信感を増幅させ、その後の任意の交渉を困難にする可能性があります。
取り下げの判断が社内の与信管理に与える影響
法人が原告として債権回収訴訟を取り下げる場合、その判断は社内管理にも影響を及ぼします。回収できないまま訴えを取り下げることは、事実上の貸し倒れ(焦げ付き)を意味し、財務上の損失として計上されます。
これは、単に一つの債権を回収できなかったという問題に留まりません。取引先の与信管理が甘い、あるいは債権回収能力が低いといった社内外からの評価につながり、企業の信用力全体に悪影響を及ぼすリスクも考慮する必要があります。
通常訴訟へ移行した場合の取り下げ手続きと費用の違い
手続き上の相違点:審理の進行度合いによる影響
少額訴訟から通常訴訟へ移行した場合、審理は複数回にわたり、期間も長期化します。このため、取り下げの判断はより複雑になります。
審理が進み、証拠調べなどが進んだ段階で取り下げを申し出ても、判決による白黒をつけたい被告が同意を拒む可能性が高まります。また、審理が長期化・複雑化すればするほど、弁護士費用も増大するため、取り下げによる経済的な損失も大きくなる傾向にあります。
費用面の相違点:印紙代の追加納付と弁護士費用
通常訴訟へ移行した場合、最も大きな違いは弁護士費用です。審理が複数回に及ぶため、裁判所への出頭回数が増え、それに伴う日当や交通費がかさみます。準備する書面も複雑になるため、着手金や報酬金の算定基準も少額訴訟より高額になるのが一般的です。
請求額を増やして通常訴訟へ移行した場合は、差額分の印紙代を追加で納付する必要があります。少額訴訟での取り下げに比べて、通常訴訟での取り下げは費用倒れのリスクが格段に高くなることを認識しておくべきです。
通常訴訟に移行すべきか?取り下げるべきかの判断基準
少額訴訟の審理のなかで、通常訴訟へ移行するか、あるいは訴えを取り下げるべきかの判断は、以下の点を基準に検討します。
- 通常訴訟への移行を検討するケース: 事案が複雑で証拠や証人が多く、一回の期日では審理を尽くせない場合。
- 訴えの取り下げを検討するケース: 裁判外で分割払いの合意が成立した、または相手方に支払い能力が全くないと判明した場合。
費用と時間をかけて通常訴訟で争う実益があるのか、それとも早期に取り下げて損失を確定させるのが合理的か、慎重に見極める必要があります。
少額訴訟の取り下げに関するよくある質問
訴訟を取り下げたら、裁判所に支払った印紙代は全額戻ってきますか?
いいえ、全額は戻りません。還付を受けるには、口頭弁論終結前に取り下げ、かつ裁判所に還付申立てを行う必要があります。この条件を満たした場合に、納付した印紙代の2分の1に相当する額が返還されます。期日が一度でも開かれ、それが終結した場合は、印紙代は一切返還されません。なお、未使用の郵便切手(郵券)は返還されます。
相手(被告)がすでに応訴の準備をしていた場合、取り下げに同意は必要ですか?
はい、必要です。被告が答弁書を提出したり、法廷で主張を述べたりして争う姿勢を見せた後は、被告の同意がなければ訴えを取り下げることはできません。ただし、裁判所から被告に取下書が送達された後、2週間以内に被告が特に異議を述べなければ、同意したものとみなされます。
一度取り下げた後、同じ相手に同じ内容で再度訴訟を起こすことはできますか?
原則として可能です。訴えの取り下げは、判決とは異なり、権利関係を確定させるものではないためです。ただし、終局判決があった後に訴えを取り下げた場合は、「再訴禁止」のルールが適用され、同一の訴えを提起することができなくなりますので、細心の注意が必要です。
訴えを取り下げた場合、相手から弁護士費用などを請求されることはありますか?
相手方の弁護士費用を支払う義務は、原則としてありません。日本の訴訟制度では、弁護士費用は各自負担が原則とされているためです。ただし、相手方が裁判手続きのために支出した交通費や日当などの実費(訴訟費用)については、取り下げた原告の負担となるため、相手方から支払いを求められる可能性はあります。
和解が成立した場合も、訴えの取り下げ手続きは必要ですか?
和解の種類によります。裁判官が関与して行う「裁判上の和解」が成立した場合、和解調書が作成され、それ自体で訴訟は終了するため、別途取り下げの手続きは不要です。一方、当事者間の話し合いで合意に至った「裁判外の和解」の場合は、訴訟手続き自体は継続しているため、訴訟を正式に終わらせるために原告による訴えの取り下げ手続きが必要になります。
まとめ:少額訴訟の取り下げは費用とリスクを理解して慎重に判断を
少額訴訟の取り下げは、訴訟を初期段階に戻す手続きですが、費用とリスクが伴います。提訴時に納めた印紙代は一部しか返還されず、弁護士費用や相手方への訴訟費用を負担する可能性も考慮しなければなりません。特に、終局判決があった後に取り下げると「再訴禁止」により同じ請求ができなくなる重大なデメリットがあります。手続き自体は取下書の提出で進められますが、被告の同意が必要な場合も多いです。取り下げを判断する際は、これらの費用倒れリスクや法的制約を十分に理解し、裁判外での和解や通常訴訟への移行といった他の選択肢とも比較しながら、総合的に検討することが求められます。

